07 ,2011
rose fever 15
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<ローズ・フィーバー 15>
上へ、光射す表層意識の水面へ。
古い家が連なる運河沿いの村で出口を探していた。
制限時間が迫っている。
ターゲットの夏 劉桂(カ・リュウウケイ)が目を覚ますまでの残り時間は、時限爆弾のタイマーのように刻々とその塊を硬い刃で削る。
深い潜在意識の狭間で夏の仕掛けたトラップに足止めを食らい、既に膨大な時間を消費していた。
色彩の失せた殺風景な風景の中で、住戸の木戸に付けられた赤い×印が鮮やかな毒花のように咲いている。
ここに潜り込んだ時、上の意識層(レイヤー)へ戻る為に自分でつけた目印だ。個人の意識の中で重なる心理階層は、一見おのおのが独立した意識に見えるが密接に他の意識と繋がっている。いちばん脆く、密接に繋がった場所に「意識の綻び」を作り、より深い意識へと潜入してゆく。
人の心理は複雑な迷路だ。
常識は通らず、辻褄が合わない。夢と同じで、意識の持ち主である本人ですら理解できないパラレルな世界なのだ。
この世界で道を失うと言う事は、潜り込んだ人間の現実世界での精神的死を意味する。
綻びに付けた目印は、文字通り命綱となる。来た道を戻らないと、心理という宇宙より広い迷路の中で迷子になり、脱出は絶望的になる。
今、その印のフェイク(偽物)が、村の至る所につけられていた。夏の仕業だ。
夏が目を覚ませば、綻びは意識の覚醒によって修復されてしまい道を失う。
目的の情報はまだ入手に至っていない。
だが、もうそんなことに構っている余裕もなかった。
脱出できなければ、自分の意識はこの貧しい運河の村に永遠に閉じ込められてしまう。
現実世界での自分の身体は、セントラルアジアの高楼にある。防弾の布が豪奢なドレープを作る天蓋のついた大きなベッドで夏と並んで眠っている
工作に3週間をかけて、ターゲットである夏劉桂の覚えを欲しがる側近の男を手懐けた。男に自分をVIPだけを相手にする男娼だと偽り、男色の趣を持つ夏に自分を貢物として献上させた。それが2時間前。
もし夏が先に目覚めたら、隣で眠る自分を夏は間違いなく殺す。
動くものも物音もない死んだような村の中で、声を張り上げジタンに助けを求める。直後にひとりで潜ったことを思い出し、泣きたくなった。
単独で潜るには、深くまで来過ぎた。
迂闊な自分への腹立ちと焦燥感で奥歯が鳴る。重く雲の垂れ込める動きのない空に向かって叫び声を上げ、そして狂ったように罵りの言葉を怒鳴り散らす。
荒ぶる感情に任せ、干してあった古い木船のオールをへし折り 軒先に積まれた漁に使う籠を片っ端から蹴り散らかす。
肩で息をしながら、物音ひとつない死んだ村をぎりと睨む。
パニックを起こせば全てが終わる。そんなことは百も承知だ。
焦る気持ちを落ち着かせ、運河に沿って張り出す細い木製のデッキを早足で抜ける。デッキは所々朽ちて穴が開き、動きのない黒い水面が顔を覗かせていた。跨ぐたび、薄く光が差し込む澱んだ暗い水の中から、誰かがじっと自分を見ているようで薄気味悪い。
運河の両岸に2階から3階建ての民家が隙間なくぎっしり並ぶ。過去には美しい水辺の村であっただろうが、荒廃を極めた今はその面影すらない。いまはどれもが少し傾き、隣の民家ともたれ合うようにして辛うじて状態を保っている有様だ。
白い土壁で作られたのであろうそれらの建物はみな一様に薄茶に変色し、壁の足元や石の土台に茶褐色の染みがついている。染みは血液が変色したものだ。
この村の住人がローズ・フィーバーによって死滅したことを疑う余地はなかった。
そして長いあいだ風雨に晒され、白っぽく焼けた木戸の全てに×印が毒々しい赤色で書かれている。
落ち着け。印は自分の思念でつけたものだ。夏(カ)の仕掛けたフェイクに騙されるな。自分と共鳴する波長を発する印を探すのだ。
息を潜め、目を閉じ、廃れた無人の古い運河の村に精神の一角を開く。
微かな風がノアの前髪を掠めた。
瞬間、赤い×印ではなく、足元の朽ち落ちたデッキから覗く暗い運河に飛び込んだ。
目の前のよく磨かれた濃い飴色の床に、警戒に緊張する自分の顔が映る。
水の中に飛び込んだはずだったが、自分は全く濡れていない。
それがこの世界だ。
運河の村でノアが自棄を起こして蹴散らしたオールや籠も瞬時に元に戻っているはずだ。いや、そもそもオールは折れていないし、籠も転がってはいない。
この世界は夏の下層意識の狭間に存在する、夏が自分の記憶を土台にして作り上げた世界なのだ。
開け放たれた木製の窓から、そよ風が吹いてくる。デッキの上でノアの前髪を揺らしたのはこの風だ。その木枠に赤い印を見つける。
ノアの顔に、ダイブしてからはじめての笑みが浮かんだ。
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<ローズ・フィーバー 15>
上へ、光射す表層意識の水面へ。
古い家が連なる運河沿いの村で出口を探していた。
制限時間が迫っている。
ターゲットの夏 劉桂(カ・リュウウケイ)が目を覚ますまでの残り時間は、時限爆弾のタイマーのように刻々とその塊を硬い刃で削る。
深い潜在意識の狭間で夏の仕掛けたトラップに足止めを食らい、既に膨大な時間を消費していた。
色彩の失せた殺風景な風景の中で、住戸の木戸に付けられた赤い×印が鮮やかな毒花のように咲いている。
ここに潜り込んだ時、上の意識層(レイヤー)へ戻る為に自分でつけた目印だ。個人の意識の中で重なる心理階層は、一見おのおのが独立した意識に見えるが密接に他の意識と繋がっている。いちばん脆く、密接に繋がった場所に「意識の綻び」を作り、より深い意識へと潜入してゆく。
人の心理は複雑な迷路だ。
常識は通らず、辻褄が合わない。夢と同じで、意識の持ち主である本人ですら理解できないパラレルな世界なのだ。
この世界で道を失うと言う事は、潜り込んだ人間の現実世界での精神的死を意味する。
綻びに付けた目印は、文字通り命綱となる。来た道を戻らないと、心理という宇宙より広い迷路の中で迷子になり、脱出は絶望的になる。
今、その印のフェイク(偽物)が、村の至る所につけられていた。夏の仕業だ。
夏が目を覚ませば、綻びは意識の覚醒によって修復されてしまい道を失う。
目的の情報はまだ入手に至っていない。
だが、もうそんなことに構っている余裕もなかった。
脱出できなければ、自分の意識はこの貧しい運河の村に永遠に閉じ込められてしまう。
現実世界での自分の身体は、セントラルアジアの高楼にある。防弾の布が豪奢なドレープを作る天蓋のついた大きなベッドで夏と並んで眠っている
工作に3週間をかけて、ターゲットである夏劉桂の覚えを欲しがる側近の男を手懐けた。男に自分をVIPだけを相手にする男娼だと偽り、男色の趣を持つ夏に自分を貢物として献上させた。それが2時間前。
もし夏が先に目覚めたら、隣で眠る自分を夏は間違いなく殺す。
動くものも物音もない死んだような村の中で、声を張り上げジタンに助けを求める。直後にひとりで潜ったことを思い出し、泣きたくなった。
単独で潜るには、深くまで来過ぎた。
迂闊な自分への腹立ちと焦燥感で奥歯が鳴る。重く雲の垂れ込める動きのない空に向かって叫び声を上げ、そして狂ったように罵りの言葉を怒鳴り散らす。
荒ぶる感情に任せ、干してあった古い木船のオールをへし折り 軒先に積まれた漁に使う籠を片っ端から蹴り散らかす。
肩で息をしながら、物音ひとつない死んだ村をぎりと睨む。
パニックを起こせば全てが終わる。そんなことは百も承知だ。
焦る気持ちを落ち着かせ、運河に沿って張り出す細い木製のデッキを早足で抜ける。デッキは所々朽ちて穴が開き、動きのない黒い水面が顔を覗かせていた。跨ぐたび、薄く光が差し込む澱んだ暗い水の中から、誰かがじっと自分を見ているようで薄気味悪い。
運河の両岸に2階から3階建ての民家が隙間なくぎっしり並ぶ。過去には美しい水辺の村であっただろうが、荒廃を極めた今はその面影すらない。いまはどれもが少し傾き、隣の民家ともたれ合うようにして辛うじて状態を保っている有様だ。
白い土壁で作られたのであろうそれらの建物はみな一様に薄茶に変色し、壁の足元や石の土台に茶褐色の染みがついている。染みは血液が変色したものだ。
この村の住人がローズ・フィーバーによって死滅したことを疑う余地はなかった。
そして長いあいだ風雨に晒され、白っぽく焼けた木戸の全てに×印が毒々しい赤色で書かれている。
落ち着け。印は自分の思念でつけたものだ。夏(カ)の仕掛けたフェイクに騙されるな。自分と共鳴する波長を発する印を探すのだ。
息を潜め、目を閉じ、廃れた無人の古い運河の村に精神の一角を開く。
微かな風がノアの前髪を掠めた。
瞬間、赤い×印ではなく、足元の朽ち落ちたデッキから覗く暗い運河に飛び込んだ。
目の前のよく磨かれた濃い飴色の床に、警戒に緊張する自分の顔が映る。
水の中に飛び込んだはずだったが、自分は全く濡れていない。
それがこの世界だ。
運河の村でノアが自棄を起こして蹴散らしたオールや籠も瞬時に元に戻っているはずだ。いや、そもそもオールは折れていないし、籠も転がってはいない。
この世界は夏の下層意識の狭間に存在する、夏が自分の記憶を土台にして作り上げた世界なのだ。
開け放たれた木製の窓から、そよ風が吹いてくる。デッキの上でノアの前髪を揺らしたのはこの風だ。その木枠に赤い印を見つける。
ノアの顔に、ダイブしてからはじめての笑みが浮かんだ。
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最後までお読みくださりありがとうございます。
またもや、BLから離れてしまった(><)
時系列が前後しているかのように思われ、
判りにくいかもですが、次話で説明が入ります。
心理層の描写については、ほぼ全部がフィクションですので
軽く読み流していただければと思います。
またもや、BLから離れてしまった(><)
時系列が前後しているかのように思われ、
判りにくいかもですが、次話で説明が入ります。
心理層の描写については、ほぼ全部がフィクションですので
軽く読み流していただければと思います。
「翠滴」の時も 紙魚さまの心理や背景の描写の 素晴らしさには いつも 魅入られてましたが。
「ユニバース」でも これだけ 肌理細やかで丁寧な描写されると 絵が下手な私でも 描けそうです((φ(・д・。)ホォホォ♪
でも 描けないけどね~(笑)
道理が あって無い 夢のような世界に ダイブするって 興味引かれるけど 帰って来れない恐怖は 嫌だなぁ~
ヤダ(((´;д;`)))ヤダ...byebye☆