07 ,2011
rose fever 14
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<ローズ・フィーバー 14>
退け・・・
どこまでも冷めた表情を崩さない男がシーツに臥せたまま低く声を発する。
だが背中で項垂れたノアは動こうとしない。
自分の中に溜まっていた欲を吐き出しても満たされない。
肌を合わせ、手を握り締めても、胸の中の空洞はがらんどうのままだ。。
なぜ埋まらない?なぜ満たされないのか?
「迅・・・」
目の前の背中にもう一度、と張り出した肩甲骨に愛撫と懇願の接吻する。その瞬間、絡めた手指が乱暴に払われ、逆にシーツに沈められた。
「もう充分だろう。そろそろ、私のポジションを返してもらおうか」
冷静な顔で見下ろす迅が冷たく笑う。その瞳にはさっきとは違った、確かな欲望の炎が揺らめき、所有物に対する傲慢さが滲み出ている。
開脚させられた膝裏を更に割りながら、迅がノアの唇を塞いだ。空いた手でノアの黒い髪を掴んで乱し、普段の冷静沈着な姿からは想像もつかない猛々しさでノアの口腔を蹂躙していく。ノアも迅の腕と首に手を回し応えた。
この瞬間だけは、胸の中の空虚さを忘れることが出来る。
既に臨戦態勢の整った躰は、煮え滾る官能の泥の中にその半身を落とした。
乱れた呼吸を繰り返しながら、濡れた瞳で見上げるノアを迅の硬質な目が見下ろす。
「ノア、夏劉桂のダイブでてこずったらしいな」
迅の声に思考が浮上する。
夏 劉桂(カ リュウケイ)。
先の“外勤”のターゲットだった男だ。
セントラルアジアの重鎮だった夏は、脳内スパイに対する防御トレーニングを済ませていた。そして、自分の心理層の至る所にトラップとフェイクをしこたま仕込んでいた。
「夏が対ダイバーのトレーニングを受けているなんて、聞いてなかった。情報収集不足は俺たちの命取りになるんだ。ずさんなお膳立てをした本部の奴らをぶっ飛ばしてやりたい気分だ」
セントラルアジアは、未だに古き習慣や思想・文化を固持し、他の都市とは異なった発展を遂げる。厚い謎のベールに包まれ、独自の物差しで動く奴らの動きや情報を掴むのは困難なのはわからないでもないが、命が掛かっているこちらとしては妥協は許しがたい。
夏の仕掛けたトラップは巧みで、制限時間ぎりぎりまでエスケープ出来ず、心理層の中を彷徨った。もしあのまま夏の世界に囚われてしまっていたら・・・そう想像しただけで、今も悪寒が忍びくる。
「夏の件ではお前にずいぶんと苦労を掛けたようだな」
褒美のように、耳の下や項に吐息と唇で愛撫を与えながら迅が覆いかぶさって来る。秘所に沈められた指に思考もかき回され、久々に訪れる瞬間を予感した皮膚に漣が立った。
長らく迅の肌に居座った女の残り香は消え、代わって密着する肌から立ち昇る迅の汗の匂いがノアを惑乱させる。ノアは陶酔するように深く息を吸い込みながら目を閉じた。
深く、もっと深く・・・
歪に撓む夏の心理層の狭間。
夏は、女物の服に情報を包んで隠していた。他人(ひと)の心理に忍び込めば、いらぬものの1つや2つは目に付いてしまう。女物の服は夏の母親のものだ。夏は10代で母親の命をローズ・フィーバーに奪われていた。
「本当に、何も思い出していないのか?」
「何を?」
「新世界に来る以前の事だ」
時々、灰色の瞳に自分を勘繰る色を見る。
そんな時、時間はひとりでに遡り、あの深緑の森に再び置き去りにされたような気分になる。
「俺の過去が気になる?今更、知ってどうすんの。きっと、ただのガキだったよ」
手を伸ばし、疑問が留まる唇に自分の唇を重ねて貪る。
唇を甘噛みし、指先と舌で熱心に誘惑を続け。やがて、迅の唇も応え始める。
「は・・・・ぁ!ジ・・・・ぅ、んっ」
迅の欲望の先端が我が身を割る。逼迫した喘ぎが薄く形の良いノアの唇から零れた。
穿たれた熱に、胸のの憂いや空虚さが蒸発してゆく。
深く。
人の心に沈む意識の狭間には、見ない方がいいものも隠れている。
夜色のノア。と、誰かが深い闇の底から呼ぶ声がする。
濃厚な黒に蜜を垂らしたような艶のある声。
遠く、近くで。低く掠れた。手を伸ばすのに、その指先には何も触れない。
記憶に残るこの声を、どこかで鼓膜に捉えた気がするのに思い出せない
迅の律動に合わせ、下肢から自分を砕く甘い痺れが這い上がる。
滾々と湧きあがる快感に、呼吸が乱れ躰は理性が追い詰められていく。
カチ・・・・。
熱に浮かされる頭の片隅で、聞き覚えのある音が響いた。
瞬間、頭の芯が覚醒する。
この状況で決して聞く筈のない合図に、警戒心が一気にマックスに達した。同時に感覚が異変を捉え、警鐘を鳴らす。
ターゲットの心理にダイブをするには先ず、相手の表層心理と全く同じものを自分の中に偽造する。
2つの心理、脳波、呼吸。全てのチャンネルが合致するのを合図にダイブするタイミングを計る。。
脳内に鳴った音は、”自分だけ”の合図だ。
それがどうして・・・と、考える間もなく頭の中で響く警鐘を押し退け、ダイブへのカウントが始まった。
7,6,5,4,3・・・・
ターゲットは自分だ。馬鹿な・・・一体、誰が。
何が起こっているのか、全く理解が出来ない。閉じた瞼ををこじ開けると、自分を見下ろす灰色の瞳と視線が絡む。非常事態であることを知らせ、すぐに止させたいのに、首を横に振る事はおろか、指一本動かすことすら出来ない。
誰かが、意図的に自分とチャンネルを合わせようとしている。
しかも、相手はノアだけが知る合図を使っているのだ。
ぞっとする現実になされるがまま、手も足も出ない。
重なる唇に、また体温が上がった。
潮が引くように醒めてゆく思考と反比例するように、完全に乖離した肉体は、追い上げる熱に躰の芯が白熱し始めている。感じ過ぎて、皮膚の内側でうねる快感の暴走が止まらない。
まるで自分が遠隔操作されているように躰の自由が利かずにいた。
気力を振り絞り、危険を孕む快感から逃れようと痺れる手指を迅に伸ばす。その手首を頭上に押さえつけられ、一際強く熱の楔を打ち込まれた。
「ぅ、ああ・・・・・・・ぁっ!」
四肢を撓らせ達した瞬間、トラップを仕掛けた男の地響きのような笑い声が脳内に響き渡った。
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<ローズ・フィーバー 14>
退け・・・
どこまでも冷めた表情を崩さない男がシーツに臥せたまま低く声を発する。
だが背中で項垂れたノアは動こうとしない。
自分の中に溜まっていた欲を吐き出しても満たされない。
肌を合わせ、手を握り締めても、胸の中の空洞はがらんどうのままだ。。
なぜ埋まらない?なぜ満たされないのか?
「迅・・・」
目の前の背中にもう一度、と張り出した肩甲骨に愛撫と懇願の接吻する。その瞬間、絡めた手指が乱暴に払われ、逆にシーツに沈められた。
「もう充分だろう。そろそろ、私のポジションを返してもらおうか」
冷静な顔で見下ろす迅が冷たく笑う。その瞳にはさっきとは違った、確かな欲望の炎が揺らめき、所有物に対する傲慢さが滲み出ている。
開脚させられた膝裏を更に割りながら、迅がノアの唇を塞いだ。空いた手でノアの黒い髪を掴んで乱し、普段の冷静沈着な姿からは想像もつかない猛々しさでノアの口腔を蹂躙していく。ノアも迅の腕と首に手を回し応えた。
この瞬間だけは、胸の中の空虚さを忘れることが出来る。
既に臨戦態勢の整った躰は、煮え滾る官能の泥の中にその半身を落とした。
乱れた呼吸を繰り返しながら、濡れた瞳で見上げるノアを迅の硬質な目が見下ろす。
「ノア、夏劉桂のダイブでてこずったらしいな」
迅の声に思考が浮上する。
夏 劉桂(カ リュウケイ)。
先の“外勤”のターゲットだった男だ。
セントラルアジアの重鎮だった夏は、脳内スパイに対する防御トレーニングを済ませていた。そして、自分の心理層の至る所にトラップとフェイクをしこたま仕込んでいた。
「夏が対ダイバーのトレーニングを受けているなんて、聞いてなかった。情報収集不足は俺たちの命取りになるんだ。ずさんなお膳立てをした本部の奴らをぶっ飛ばしてやりたい気分だ」
セントラルアジアは、未だに古き習慣や思想・文化を固持し、他の都市とは異なった発展を遂げる。厚い謎のベールに包まれ、独自の物差しで動く奴らの動きや情報を掴むのは困難なのはわからないでもないが、命が掛かっているこちらとしては妥協は許しがたい。
夏の仕掛けたトラップは巧みで、制限時間ぎりぎりまでエスケープ出来ず、心理層の中を彷徨った。もしあのまま夏の世界に囚われてしまっていたら・・・そう想像しただけで、今も悪寒が忍びくる。
「夏の件ではお前にずいぶんと苦労を掛けたようだな」
褒美のように、耳の下や項に吐息と唇で愛撫を与えながら迅が覆いかぶさって来る。秘所に沈められた指に思考もかき回され、久々に訪れる瞬間を予感した皮膚に漣が立った。
長らく迅の肌に居座った女の残り香は消え、代わって密着する肌から立ち昇る迅の汗の匂いがノアを惑乱させる。ノアは陶酔するように深く息を吸い込みながら目を閉じた。
深く、もっと深く・・・
歪に撓む夏の心理層の狭間。
夏は、女物の服に情報を包んで隠していた。他人(ひと)の心理に忍び込めば、いらぬものの1つや2つは目に付いてしまう。女物の服は夏の母親のものだ。夏は10代で母親の命をローズ・フィーバーに奪われていた。
「本当に、何も思い出していないのか?」
「何を?」
「新世界に来る以前の事だ」
時々、灰色の瞳に自分を勘繰る色を見る。
そんな時、時間はひとりでに遡り、あの深緑の森に再び置き去りにされたような気分になる。
「俺の過去が気になる?今更、知ってどうすんの。きっと、ただのガキだったよ」
手を伸ばし、疑問が留まる唇に自分の唇を重ねて貪る。
唇を甘噛みし、指先と舌で熱心に誘惑を続け。やがて、迅の唇も応え始める。
「は・・・・ぁ!ジ・・・・ぅ、んっ」
迅の欲望の先端が我が身を割る。逼迫した喘ぎが薄く形の良いノアの唇から零れた。
穿たれた熱に、胸のの憂いや空虚さが蒸発してゆく。
深く。
人の心に沈む意識の狭間には、見ない方がいいものも隠れている。
夜色のノア。と、誰かが深い闇の底から呼ぶ声がする。
濃厚な黒に蜜を垂らしたような艶のある声。
遠く、近くで。低く掠れた。手を伸ばすのに、その指先には何も触れない。
記憶に残るこの声を、どこかで鼓膜に捉えた気がするのに思い出せない
迅の律動に合わせ、下肢から自分を砕く甘い痺れが這い上がる。
滾々と湧きあがる快感に、呼吸が乱れ躰は理性が追い詰められていく。
カチ・・・・。
熱に浮かされる頭の片隅で、聞き覚えのある音が響いた。
瞬間、頭の芯が覚醒する。
この状況で決して聞く筈のない合図に、警戒心が一気にマックスに達した。同時に感覚が異変を捉え、警鐘を鳴らす。
ターゲットの心理にダイブをするには先ず、相手の表層心理と全く同じものを自分の中に偽造する。
2つの心理、脳波、呼吸。全てのチャンネルが合致するのを合図にダイブするタイミングを計る。。
脳内に鳴った音は、”自分だけ”の合図だ。
それがどうして・・・と、考える間もなく頭の中で響く警鐘を押し退け、ダイブへのカウントが始まった。
7,6,5,4,3・・・・
ターゲットは自分だ。馬鹿な・・・一体、誰が。
何が起こっているのか、全く理解が出来ない。閉じた瞼ををこじ開けると、自分を見下ろす灰色の瞳と視線が絡む。非常事態であることを知らせ、すぐに止させたいのに、首を横に振る事はおろか、指一本動かすことすら出来ない。
誰かが、意図的に自分とチャンネルを合わせようとしている。
しかも、相手はノアだけが知る合図を使っているのだ。
ぞっとする現実になされるがまま、手も足も出ない。
重なる唇に、また体温が上がった。
潮が引くように醒めてゆく思考と反比例するように、完全に乖離した肉体は、追い上げる熱に躰の芯が白熱し始めている。感じ過ぎて、皮膚の内側でうねる快感の暴走が止まらない。
まるで自分が遠隔操作されているように躰の自由が利かずにいた。
気力を振り絞り、危険を孕む快感から逃れようと痺れる手指を迅に伸ばす。その手首を頭上に押さえつけられ、一際強く熱の楔を打ち込まれた。
「ぅ、ああ・・・・・・・ぁっ!」
四肢を撓らせ達した瞬間、トラップを仕掛けた男の地響きのような笑い声が脳内に響き渡った。
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