06 ,2011
rose fever 9
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<ローズ・フィーバー 9>
瞬発的に頬を挟んだ皮手袋の両手首を掴む。剥がそうと力を入れるが、金髪男の腕は石像の腕みたいにびくともしない。
澄み切った空のような青が目の前に迫ってきた。
鼻筋が通り質量感のある唇は軽く引き結ばれ、その下の顎はほんの少し突き出ている。
繊細というのではないが、育ちの良さが滲み出る温厚そうな柔和な顔つき。
悪いほうに言い換えればどこか1本足りない感じだ。
ホーリーのような、叩きつけるように迸る強い思念は感じないが、もしかしたらあまり刺激しない方がいいタイプの人間なのかもしれない。
手首からゆっくり手を離した。
「放せよ」
男が笑みを零す。青い瞳に、濡れたような甘さが混ざって細まった。
「今日はびっくりさせて本当にごめんね。とつぜん、衝突回避システムが逆作用して、コントロールができなくなって僕もびっくりした。君がぶじでほんとうによかった」
音の端っこが少し掠れた低い声。知性を匂わす声質に、棒読みっぽいしゃべり方。奇妙なバランスに違和感を感じながら、呑み込まれそうに青い瞳を睨み返す。
男は目と目を合わせるようにノアの顔を少し持ち上げ、自分の顔をさらに近づけてきた。
「ちょ・・・」
止めさせようと開いたノアの唇が声を発しないまま薄く開いた状態で止まった。
男の瞳を通じて「青」が大きなうねりとなって押し寄せてくる。頭の中が隅々まで澄み切っていくような感覚に目を逸らすことができなくなる。
この感覚は知っている。
何もかもが鮮やかに色づき、不安など何処にもない。
全てが受け入れられ、眩しい光に満たされていく。
硬く閉ざされた世界が次々開け放たれていく感覚。
光の中に飛び込め。
放心したように固まるノアを見おろす男の口許が綻ぶ。
その青い虹彩の底で小さな閃光が走ったことにノアは気がつかない。
頬を捕らえた大きな手がまた少しノアを引き寄せ、ノアは深い夢から覚めたかのように我に返った。
「あ・・・・」
金色の房がノアの目尻に触れた。
あまりの近さに絶句するノアの眉間にさっと深い皺が寄る
吐息がダイレクトにノアの唇を掠めたところで、男の肩を押し戻した。
「あんた、いい加減にしろ。でないと・・・」
大きな手がそっと頬から離れる。胸にそれと認識できないほどの寂寞感が湧いた。
生まれた感情に困惑するノアに男が口を開いた。
「さっきの人をにがしちゃったことも、おこってる?こんなのはいつもの事だし。あ、もしかして君って、本当は警察の人?ねえ、きみ身長のわりに細いよね。ちゃんと食べてる?」
「は・・・?」
要点がどんどん横滑りする男のセリフに、とんでもない内容が混ざる。
「ああいうのって・・・、しょっちゅうあるのか?」
400Mを落下したり、命を狙われる日常って、一体どんな生活だ。
「随分とエキサイティングな生活をしてるんだな。生憎、俺は警察じゃないし、幸いな事にお付き合いはこれ一回きりだ」
ジャスや他の店員が、帰り始めた客に詫びながらエントランスまで誘導している。本来なら警察が来るまで目撃者は残しておくべきだとは思うのだが、正直なところ自分も警察とは関り合いたい方ではない。
早々に引き上げを決め、客を送り終えたジャスに声を掛けようと踏み出したところで先を越された。
「ミズ・ジャスティス。エアフライのこしょうの原因はわかった?」
ジャスの顔がぱっと華やぐ。パートナーと同じく美形に弱いのだ。
「テクニカルから上がった報告では、プログラムそのものには問題はなかったんですけど、念のためシステムの総入換えをして、テスト飛行も済ませてあります。すぐお乗りになります?今なら、ドック(格納庫)からそのまま外に出られますが」
「うん、そうしようかな。あ、彼も君と話したそうだけど」
空気がまるっきり読めないわけでもないらしい。
ノアに向かって厭味のない笑みをひとつ投げるとそれでもうノアに興味を無くしたのか、男は振り向きもせずテクニカルドックに続く扉に消えた。
温かい手のひらが自分の手に触れる。
「ノア、今日は本当にごめんなさいね。必ず今日の埋め合わせはさせてね。それと、今の彼は上顧客なの。今日ここで見聞きした事は口外しないで欲しいんだけど、お願いできるかしら?」
厚くて、温かくて、柔らかい褐色の手。ノアはそっとジャスの手を離した。
「いくら上顧客でも狙われた当事者なんだし。帰してよかったのか?」
「ノア、警察は呼んでいないの」
「え?」
ジャスの顔がノアを見つめ、暫しの逡巡のあと、切れ味も悪く口を開く。
「顧客情報は口外してはいけない決まりよ。だから何も言えない。あなたもここで彼に会った事は忘れたほうがいい。試乗の事は上と交渉してみるから。来週にでもダンテとまた来て。会えて嬉しかったわ」
大切な家族にするように、ジャスのふくよかな頬を素早くノアの頬に合わせる。そして申し訳なさそうに「じゃあね」と言うと、黒いライダースーツの背中を追って扉の向こうに去っていった。
ふと地上400Mの空中で、どうして自分に向けて手を伸ばしたのか。
男に訊きいてみたかったことを思い出したが、当の本人の姿は消えた後だ。
瞳を閉じると、残像のように男の残した蒼穹の空が広がる。
空は眼底に焼きついてしまったのか。結局、ノアは迅の部屋の扉の前に立つまで何度も繰り返し瞳を閉じていた。
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<ローズ・フィーバー 9>
瞬発的に頬を挟んだ皮手袋の両手首を掴む。剥がそうと力を入れるが、金髪男の腕は石像の腕みたいにびくともしない。
澄み切った空のような青が目の前に迫ってきた。
鼻筋が通り質量感のある唇は軽く引き結ばれ、その下の顎はほんの少し突き出ている。
繊細というのではないが、育ちの良さが滲み出る温厚そうな柔和な顔つき。
悪いほうに言い換えればどこか1本足りない感じだ。
ホーリーのような、叩きつけるように迸る強い思念は感じないが、もしかしたらあまり刺激しない方がいいタイプの人間なのかもしれない。
手首からゆっくり手を離した。
「放せよ」
男が笑みを零す。青い瞳に、濡れたような甘さが混ざって細まった。
「今日はびっくりさせて本当にごめんね。とつぜん、衝突回避システムが逆作用して、コントロールができなくなって僕もびっくりした。君がぶじでほんとうによかった」
音の端っこが少し掠れた低い声。知性を匂わす声質に、棒読みっぽいしゃべり方。奇妙なバランスに違和感を感じながら、呑み込まれそうに青い瞳を睨み返す。
男は目と目を合わせるようにノアの顔を少し持ち上げ、自分の顔をさらに近づけてきた。
「ちょ・・・」
止めさせようと開いたノアの唇が声を発しないまま薄く開いた状態で止まった。
男の瞳を通じて「青」が大きなうねりとなって押し寄せてくる。頭の中が隅々まで澄み切っていくような感覚に目を逸らすことができなくなる。
この感覚は知っている。
何もかもが鮮やかに色づき、不安など何処にもない。
全てが受け入れられ、眩しい光に満たされていく。
硬く閉ざされた世界が次々開け放たれていく感覚。
放心したように固まるノアを見おろす男の口許が綻ぶ。
その青い虹彩の底で小さな閃光が走ったことにノアは気がつかない。
頬を捕らえた大きな手がまた少しノアを引き寄せ、ノアは深い夢から覚めたかのように我に返った。
「あ・・・・」
金色の房がノアの目尻に触れた。
あまりの近さに絶句するノアの眉間にさっと深い皺が寄る
吐息がダイレクトにノアの唇を掠めたところで、男の肩を押し戻した。
「あんた、いい加減にしろ。でないと・・・」
大きな手がそっと頬から離れる。胸にそれと認識できないほどの寂寞感が湧いた。
生まれた感情に困惑するノアに男が口を開いた。
「さっきの人をにがしちゃったことも、おこってる?こんなのはいつもの事だし。あ、もしかして君って、本当は警察の人?ねえ、きみ身長のわりに細いよね。ちゃんと食べてる?」
「は・・・?」
要点がどんどん横滑りする男のセリフに、とんでもない内容が混ざる。
「ああいうのって・・・、しょっちゅうあるのか?」
400Mを落下したり、命を狙われる日常って、一体どんな生活だ。
「随分とエキサイティングな生活をしてるんだな。生憎、俺は警察じゃないし、幸いな事にお付き合いはこれ一回きりだ」
ジャスや他の店員が、帰り始めた客に詫びながらエントランスまで誘導している。本来なら警察が来るまで目撃者は残しておくべきだとは思うのだが、正直なところ自分も警察とは関り合いたい方ではない。
早々に引き上げを決め、客を送り終えたジャスに声を掛けようと踏み出したところで先を越された。
「ミズ・ジャスティス。エアフライのこしょうの原因はわかった?」
ジャスの顔がぱっと華やぐ。パートナーと同じく美形に弱いのだ。
「テクニカルから上がった報告では、プログラムそのものには問題はなかったんですけど、念のためシステムの総入換えをして、テスト飛行も済ませてあります。すぐお乗りになります?今なら、ドック(格納庫)からそのまま外に出られますが」
「うん、そうしようかな。あ、彼も君と話したそうだけど」
空気がまるっきり読めないわけでもないらしい。
ノアに向かって厭味のない笑みをひとつ投げるとそれでもうノアに興味を無くしたのか、男は振り向きもせずテクニカルドックに続く扉に消えた。
温かい手のひらが自分の手に触れる。
「ノア、今日は本当にごめんなさいね。必ず今日の埋め合わせはさせてね。それと、今の彼は上顧客なの。今日ここで見聞きした事は口外しないで欲しいんだけど、お願いできるかしら?」
厚くて、温かくて、柔らかい褐色の手。ノアはそっとジャスの手を離した。
「いくら上顧客でも狙われた当事者なんだし。帰してよかったのか?」
「ノア、警察は呼んでいないの」
「え?」
ジャスの顔がノアを見つめ、暫しの逡巡のあと、切れ味も悪く口を開く。
「顧客情報は口外してはいけない決まりよ。だから何も言えない。あなたもここで彼に会った事は忘れたほうがいい。試乗の事は上と交渉してみるから。来週にでもダンテとまた来て。会えて嬉しかったわ」
大切な家族にするように、ジャスのふくよかな頬を素早くノアの頬に合わせる。そして申し訳なさそうに「じゃあね」と言うと、黒いライダースーツの背中を追って扉の向こうに去っていった。
ふと地上400Mの空中で、どうして自分に向けて手を伸ばしたのか。
男に訊きいてみたかったことを思い出したが、当の本人の姿は消えた後だ。
瞳を閉じると、残像のように男の残した蒼穹の空が広がる。
空は眼底に焼きついてしまったのか。結局、ノアは迅の部屋の扉の前に立つまで何度も繰り返し瞳を閉じていた。
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最後までお読みくださり、ありがとうございます。
<申し訳ありません!!>
17:00に予約投稿で推敲途中の記事が上がってしまっていました。
話の流れに大きく影響はないですが、途中で切れたままの文とか
筋の通らない文章もありました。
既にお読みになられた方、見苦しい文章をお見せしてしまい
すみませんでした。
紙魚

<申し訳ありません!!>
17:00に予約投稿で推敲途中の記事が上がってしまっていました。
話の流れに大きく影響はないですが、途中で切れたままの文とか
筋の通らない文章もありました。
既にお読みになられた方、見苦しい文章をお見せしてしまい
すみませんでした。
紙魚
で、彼は 此処までだなんて お預けですか!
もう 紙魚さまの イケズゥ~p(`ε´q)ブーブー
あっそうだ もう一人 私が気になってた人!
ノアのパパ、迅と これから 会う事になってたんだわ!
迅、危険な香りが プンプン~♪( ̄●● ̄) カオリガ...byebye☆