06 ,2011
rose fever 3
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<ローズ・フィーバー 3>
異変に気づいた次の瞬間、大音響がガラスを震わせ衝撃で背後に弾き飛ばされた。
咄嗟に猫のような俊敏さで、床に低く身を伏せ臨戦態勢をとる。
床に沈めた身体を大きな影が覆う。西陽を遮る全長5Mほどの金属の塊。4本の磨き込まれたジェットマフラーがボディに添って流れる。エアフライだ。
大方、スピードの出しすぎでハイウエイの軌道から外れ、弾き飛ばされたのだろう。
衝突回避システムが働かなかったら、巻き添えで木っ端微塵になるところだ。
マシンがゆっくり体勢を持ち直すに従い、眩しい光が戻ってくる。
Boroth製 エアフライ・WingBike3001。
この春、発売されたばかりのバイクスタイルの新型モデルだ。
シールドを閉じれば最高時速700Kmまで出す事ができる。空気抵抗をなくす流線型のボディに機能と優美さを兼ね備えた、世界で一番イカシた乗り物だ。
ホログラフで街を駆け抜けるWB3001のプロモーション映像を見た時は、子供のように胸が高鳴ってその場で動けなくなった。
だが現実はシビアで、2人乗りの最新型小型高速艇の値段は、自分の年収のおよそ10倍に匹敵する。ローンを組めば一体何年返済になるのか。分厚い現実の壁に打ちのめされた一瞬だった。
だから妬み嫉み、ついでに僻みまで一気にテンコ盛りになる。
眩しい逆光の中、完全に状態を立て直したマシンのシートには男がひとり跨っている。
天然レザーの黒のライダースーツに、メットから零れた金の髪が熱風で煽られ金色に舞う。スーツもメットも、どちらもこの手のブランドの最高峰であるメル社製だ。こっちにも金がかかっていやがる。
嫉妬の炎に油が注がれた。
「このっ、下手糞ォ――っ!!」
床に這いつくばったまま大声で怒鳴る。とはいっても、厚いガラスで遮られている上、耳を劈かんばかりの振動音では届くはずもない。
文句を言うためにというよりは、マシン見たさに思いっきり不機嫌な顔を作って立ち上がる。素直に羨ましそうな顔をしてやるのが、なんか癪に障った。
勢いよくエアフライに向けて踏み出した足が止まった。
吊り上がった眉が、訝しげな形に移動する。
体勢も持ち直し離れていくはずのエアフライが、逆に迫ってくるように見えるのだ。
衝突回避システムは物体同士が反発させあうことで、衝突を回避する。エアフライの方向、フルスロットルで悲鳴を上げるエンジン音、狭くなる距離。
事態を見極めようとしていた目が大きく見開いたまま固まった。
力の方向の逆作用。システムの誤作動だ。
質量の高い大きな星に隕石が引き寄せられるように、小さなエアフライは今にも巨大建造物に呑み込まれようとしていた。
マシンがわずかに傾き視界の端にでも入ったか、シートに跨るドライバーがガラスを隔てて自分を見ている人間がいることに気がついた。
諦観だろうか。まるでピクニック先で美しい景色を眺めるような優雅な仕草でこちらを向く。
金色の髪が舞い、黄昏の光に包まれるその姿には不思議な神々しさがあった。
メット越しに目が合ったと思った瞬間、ドライバーがこちらに手を伸ばしシートから立ち上がった。
地上400M、自殺行為だ。
「バカ!!諦めるなっ。危ないから、座れ!!」
聞こえないと判っていても声を張上げ、腕を大きく振り下ろし「座れ」とゼスチャーで伝える。
コントロールを失い、バランスを崩したエアフライの短い左翼がガラスに接触し、特殊硬化ガラスに大きなヒビが走る。
拙い・・・・。男と目を合わせたまま本能的に後ずさる。後ずさりながら無意識に首を横に振った。
男は何を思ったのか、一層こちらに手を伸ばす。
黒い手袋を嵌めた指先が、自分を捕まえ道連れにしようとしているように思えて恐くなる。
また一歩後ずさった
空気とガラスを震わせる轟音が一層大きくなる。
黒い目は、もう男の姿を見てはいなかった。身を翻し、全速力で出口を目指して走る。
その背中で不意にエンジン音が消えた。
静寂の中、振り返った視線の先でほんの少し横にへしゃげて沈む太陽が、果てしなく広がる摩天楼群をじわりと焦がしながら沈もうとしている。
「まさか・・・嘘だろ」
ひびの入ったガラスに飛びつき、自分の眼を疑った。
「あの馬鹿!」
下界に向けて真っ逆さまに墜落していくエアフライがスローモーションのように見える。
エンジンを停止した事で、衝突回避システムの誤作動の呪縛から解き放たれたマシンは、機体を回転させながら地上めがけて落ちていく。
機体の流線に合わせて描かれた銀のラインが時折、茜色の空を映す。
操縦シートにまだ男が跨っているのを認め、黒い目が辛そうに眇まった。エンジンの停止で脱出装置が作動しなかったのかもしれない。
ガラスの外で、自分に助けを求めて立ち上がった男の姿が鮮烈に蘇り動悸がした。
地上では、落下するエアフライに気づいた人々が蜘蛛の子を散らす勢いで逃げていく。
絶体絶命。頭の中で、地面に激突したエアフライが爆発する画が浮ぶ。
全身の力が抜けて床に膝を突いたその時、ショッピングモールのルーフを突き破る直前のマシンのジェットマフラーが火を噴いた。
息を吹き返したマシンは、一直線にハイウエイを目指す。
そして難なくマシンを最速レーンに乗せた男は、何事もなかったかのようにハイウエイをかっ飛ばす。
何もかもあっという間の出来事だった。
ナイトブルーに銀のライン。
流れるように滑らかに飛ぶその後ろを、エアフライ2台が追い始めた。
交通を取り締まる覆面エアパトのお出ましだ。
WB3001はエアパトを余裕で引き離し、他のエアフライ間を縫いながらハイウエイを疾走する。
スピードに晒されるドライバーには風圧による負荷が相当かかるはずだ。
だが、シールドを上げたままのエアフライは、速度を緩めることなく飛ばし続け、はるか後方を追うエアパトを嘲笑うかのように夕陽の反射で見事な弧を描きながら、高層ビルの合間に消えた。
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<ローズ・フィーバー 3>
異変に気づいた次の瞬間、大音響がガラスを震わせ衝撃で背後に弾き飛ばされた。
咄嗟に猫のような俊敏さで、床に低く身を伏せ臨戦態勢をとる。
床に沈めた身体を大きな影が覆う。西陽を遮る全長5Mほどの金属の塊。4本の磨き込まれたジェットマフラーがボディに添って流れる。エアフライだ。
大方、スピードの出しすぎでハイウエイの軌道から外れ、弾き飛ばされたのだろう。
衝突回避システムが働かなかったら、巻き添えで木っ端微塵になるところだ。
マシンがゆっくり体勢を持ち直すに従い、眩しい光が戻ってくる。
Boroth製 エアフライ・WingBike3001。
この春、発売されたばかりのバイクスタイルの新型モデルだ。
シールドを閉じれば最高時速700Kmまで出す事ができる。空気抵抗をなくす流線型のボディに機能と優美さを兼ね備えた、世界で一番イカシた乗り物だ。
ホログラフで街を駆け抜けるWB3001のプロモーション映像を見た時は、子供のように胸が高鳴ってその場で動けなくなった。
だが現実はシビアで、2人乗りの最新型小型高速艇の値段は、自分の年収のおよそ10倍に匹敵する。ローンを組めば一体何年返済になるのか。分厚い現実の壁に打ちのめされた一瞬だった。
だから妬み嫉み、ついでに僻みまで一気にテンコ盛りになる。
眩しい逆光の中、完全に状態を立て直したマシンのシートには男がひとり跨っている。
天然レザーの黒のライダースーツに、メットから零れた金の髪が熱風で煽られ金色に舞う。スーツもメットも、どちらもこの手のブランドの最高峰であるメル社製だ。こっちにも金がかかっていやがる。
嫉妬の炎に油が注がれた。
「このっ、下手糞ォ――っ!!」
床に這いつくばったまま大声で怒鳴る。とはいっても、厚いガラスで遮られている上、耳を劈かんばかりの振動音では届くはずもない。
文句を言うためにというよりは、マシン見たさに思いっきり不機嫌な顔を作って立ち上がる。素直に羨ましそうな顔をしてやるのが、なんか癪に障った。
勢いよくエアフライに向けて踏み出した足が止まった。
吊り上がった眉が、訝しげな形に移動する。
体勢も持ち直し離れていくはずのエアフライが、逆に迫ってくるように見えるのだ。
衝突回避システムは物体同士が反発させあうことで、衝突を回避する。エアフライの方向、フルスロットルで悲鳴を上げるエンジン音、狭くなる距離。
事態を見極めようとしていた目が大きく見開いたまま固まった。
力の方向の逆作用。システムの誤作動だ。
質量の高い大きな星に隕石が引き寄せられるように、小さなエアフライは今にも巨大建造物に呑み込まれようとしていた。
マシンがわずかに傾き視界の端にでも入ったか、シートに跨るドライバーがガラスを隔てて自分を見ている人間がいることに気がついた。
諦観だろうか。まるでピクニック先で美しい景色を眺めるような優雅な仕草でこちらを向く。
金色の髪が舞い、黄昏の光に包まれるその姿には不思議な神々しさがあった。
メット越しに目が合ったと思った瞬間、ドライバーがこちらに手を伸ばしシートから立ち上がった。
地上400M、自殺行為だ。
「バカ!!諦めるなっ。危ないから、座れ!!」
聞こえないと判っていても声を張上げ、腕を大きく振り下ろし「座れ」とゼスチャーで伝える。
コントロールを失い、バランスを崩したエアフライの短い左翼がガラスに接触し、特殊硬化ガラスに大きなヒビが走る。
拙い・・・・。男と目を合わせたまま本能的に後ずさる。後ずさりながら無意識に首を横に振った。
男は何を思ったのか、一層こちらに手を伸ばす。
黒い手袋を嵌めた指先が、自分を捕まえ道連れにしようとしているように思えて恐くなる。
また一歩後ずさった
空気とガラスを震わせる轟音が一層大きくなる。
黒い目は、もう男の姿を見てはいなかった。身を翻し、全速力で出口を目指して走る。
その背中で不意にエンジン音が消えた。
静寂の中、振り返った視線の先でほんの少し横にへしゃげて沈む太陽が、果てしなく広がる摩天楼群をじわりと焦がしながら沈もうとしている。
「まさか・・・嘘だろ」
ひびの入ったガラスに飛びつき、自分の眼を疑った。
「あの馬鹿!」
下界に向けて真っ逆さまに墜落していくエアフライがスローモーションのように見える。
エンジンを停止した事で、衝突回避システムの誤作動の呪縛から解き放たれたマシンは、機体を回転させながら地上めがけて落ちていく。
機体の流線に合わせて描かれた銀のラインが時折、茜色の空を映す。
操縦シートにまだ男が跨っているのを認め、黒い目が辛そうに眇まった。エンジンの停止で脱出装置が作動しなかったのかもしれない。
ガラスの外で、自分に助けを求めて立ち上がった男の姿が鮮烈に蘇り動悸がした。
地上では、落下するエアフライに気づいた人々が蜘蛛の子を散らす勢いで逃げていく。
絶体絶命。頭の中で、地面に激突したエアフライが爆発する画が浮ぶ。
全身の力が抜けて床に膝を突いたその時、ショッピングモールのルーフを突き破る直前のマシンのジェットマフラーが火を噴いた。
息を吹き返したマシンは、一直線にハイウエイを目指す。
そして難なくマシンを最速レーンに乗せた男は、何事もなかったかのようにハイウエイをかっ飛ばす。
何もかもあっという間の出来事だった。
ナイトブルーに銀のライン。
流れるように滑らかに飛ぶその後ろを、エアフライ2台が追い始めた。
交通を取り締まる覆面エアパトのお出ましだ。
WB3001はエアパトを余裕で引き離し、他のエアフライ間を縫いながらハイウエイを疾走する。
スピードに晒されるドライバーには風圧による負荷が相当かかるはずだ。
だが、シールドを上げたままのエアフライは、速度を緩めることなく飛ばし続け、はるか後方を追うエアパトを嘲笑うかのように夕陽の反射で見事な弧を描きながら、高層ビルの合間に消えた。
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映画「Mission Impossible」を 3Dで 見ているみたい!
って言っても 映画館で じっとしながら 前の人の頭を 避けつつ見るのは 苦手なんですが...
(背の低い私の前に 如何してか 高身長の人or 頭がデカイ人が 座っちゃうんですよね~不思議でしょ?)
WB3001の金髪さん、気になる人の登場~♪
ワクワクq(。^ω^q)(p^ω^。)pドキドキ...byebye☆