10 ,2010
In the blue.On the island. 3
指先に力を入れて、枝豆のさやを枝から外していく。
天井からのスポットライトを受けて、透明なワインクーラーとシャンパングラスが分厚いステンレスのカウンターの上できらきらと輝いている。
プロ仕様のアイランド型のキッチンは男の2人暮しには無用の立派さだが、海外からの客人のもてなしや役員のミーティングを兼ねた会食の時など、料理人を呼んでここで料理してもらう。
片岡の祖母が愛情をかけて育てたのだろう。摘み終えた枝豆は、どのさやにも福々と太った大きな豆が詰まっている。荒塩で揉みながら愛情のお裾分けに笑みがこぼれた。
「枝豆にはビール」 と相場は決まっているのに、アイスに気を取られうっかり買い忘れてしまった。そのことを話すと、同じ発泡系で似たようなものだろうと、周がシャンパンを納戸から持ってきた。案外、ざっくばらんだ。
一緒に暮らし始めて周のいろんな表情を発見する。そのどれもが、愛しく麗しく思える自分は重症だと自覚している。
強風を伴う豪雨は都会を激しく打ちつける。こんな嵐の日は嫌いではない。子供の頃から、こんな嵐の日には気分がどこと無く高揚しドキドキと時間を過ごした。
テラスの床やプールにも雨が降りつけ、暗闇で光る青い水面が強風に煽られ波立っている。少し前、あの透明なセルリアンの中で周と抱き合い何度も接吻けを交わした。
結局、周の言葉に乗せられて、ムキになって泳いでしまった。
いや、大半は別のことをしていた気がする・・・。枝豆を湯がく鍋を前に、享一はこめかみを押さえた。その表情がふっと緩む。
水の中は自由だ。水中に腕を伸ばし、水をひと掻きすると自然に身体が動いた。自分が泳ぐのが好きだということを、改めて思い出した気がする。
身体を温めるためにもう一度湯を浴びると、帰宅後のシャワーとは比べ物にならないほどすっきりした。体内に燻っていた眠気や倦怠感は消え去って、今はスポーツの後の心地よい疲労感だけが身体に残る。
考えてみればここの所、ロクに身体を動かしてない。ペントハウスと会社のDoor to door の30分の通勤は、運動とはいわない。
いまは若くともこのまま行けば、片岡の言葉通り中年でメタボまっしぐらだ。
茹で上がった枝豆をザルに上げると、ふくよかな枝豆の香が蒸気とともにたち上る。
「・・・また始めようかな」
「なにを?」
ザルから上がる湯気に呟けば、背後から回された腕が枝豆をひとつ摘む。
「つまみ食いは行儀悪いぞ。まだ塩もふって・・・・」
半分笑いながら振り返った口の中に豆が一粒押し込まれた。
「これで、共犯だな」 しれっと笑って、自分もまた一粒口に入れる。
旨い。味がふくよかで、歯ごたえもいい。これならシャンパンもいけそうだ。止まらなくなったのか、周の手がまたひとつさやを摘む。片岡が言った通り、スーパーの枝豆とは味の濃さが全然違う。片岡、含蓄あるなあ。
「何を始めるって?」
「ああ・・・実は、水泳をまた始めようかなって。俺、ここと会社の往復だけで運動らしいこと何もしてないだろう」
「季節的に、これからはここのプールで泳ぐのは厳しそうだな・・・」
「外はさすがにもう無理だろう。今日だってぎりぎりの気温だよ。これからどんどん寒くなるし、ジムのプールに通おうかと思うんだ」
”ジムに通う” の一言で、枝豆を口に思案気にテラスを見ていた周の横顔から表情がストンと抜ける。周の変化に気付かない享一は、熱い枝豆に岩塩を降らせ始めた。
「一年くらい前に、会社の向かいのビルにスポーツクラブが入ってさ。片岡が会員になってるんだけどインストラクターも丁寧だし設備もすごくいいから一緒に行こうって、誘われてんだ。丁度、入会金0円キャンペーン中なんだってさ。あ、そこの器とってくれるかな?」
言いながら、今日その返事を片岡にする約束だったことを思い出す。少し酔っていた上、平沢にゴネられたりして返事をするのをすっかり忘れていた。まあ、明日にでもメールを入れておけばいいだろう。
――また、片岡・・・ね。
「うん、何?」 器を受け取ろうと身を捩った耳に、蠱惑色の低い声が吐息と共に吹き込まれる。
「享一。ところで、アイスは?」
享一の目が大きく見開き、慌ててシンクを挟んで反対側のカウンターに置いてあった紙袋に飛びついた。ドライアイスは見る影も無く消えてしまっている。
「しまった。忘れてた・・・」
伸びてきた手が袋の中のクオーターサイズのカップを持ち上げ、蓋を取った。
溶けかけたアイスが蓋に引っ張られて滑らかな角を立たせ、甘く濃厚なバニラの香りが辺りに広がった。
「・・・食べ頃、と言えなくもないか」
アイスのカップを片手に横に流れた翠の瞳が、獲物を誘うような、仕留めるようなあの独特の眼差しで享一をロックする。ピタリと動けなくなった黒い瞳に映る大きく薄い唇の両端が、何かを思いついたように緩慢にあがり、色香をたっぷり含んだ笑みを刷く。
笑っているのに、やけに凶暴な感じのする笑顔だ。
「いや、むしろ丁度いいくらいだ」
掠れた低い声が耳殻を擽り、怖気とそうでないものが同時に背中を這い上がる。
「ちょ・・・!」
長い指が溶けかけたアイスの角を優雅に掬い、享一の唇に塗りつける。唇の表面で溶けたアイスを、柔らかい輪郭の形を変えながら長い舌が味わう。
冷たさの後に訪れた熱く搦みつく唇の愛撫に膝の力が抜け、キッチンに体重を預けた。
「アマネ・・・」
周が抽斗から取り出したリモコンを操作すると、ダイニングに続くリビングの明りまでが落ち闇に包まれる。自分たちがいるキッチンの辺りだけがスポットライトに照らされた。アイランドの名の通り、まるで暗い海に浮かぶ小さな島のようだ。
「享一は”運動”が足りていないんだよな」
「あ・・・・?」
アイスを買う時、心から見たいと思った周の微笑が見下ろしている。慈愛に満ちた優しげな口許と蠱惑の笑み。だが、宝石のような瞳に邪な下心が充満している。
周に追いつめられて躰が反りかえり、自然と尻が半分ステンレスの天板に乗りあがった。
「周・・あのな、今日は・・・」
凶器のような甘さが翠の虹彩に熔けだし、切れ長の目が細まる。
「足りて、ないんですよね? ”運動”が」
殊更、「運動が足りてない」 を強調する丁寧語が飛び出し、弾かれたように引いた腰が全てキッチンに乗りあがった。間髪をいれず浮き上がった足首を周が持ち上げ、ステンレスの天板の上で仰臥する形になる。
「うわっ! ちょ・・・まて・・っ」
真上のスポットライトの光が目を直撃する。まぶしくて起きようとすると、今度は捕まった両足首を高々と揚げられ、天板に転がるように戻された。上を向いた視界に、大きく広げられた自分の脚が入り、その間に立った周が憮然と自分を見下ろしている。
なんで機嫌が悪いんだ? さっきまでご機嫌だったはずなのに、と何が悪かったのかと思い返しても何も思い当たらない。
「それなら僕がトレーナーをやってあげましょう。君をどう調理 (トレーニング) するかは、トレーナーの僕に任せていただけますね」
開げられた腿の内側に凶器のごとき熱い昂ぶりをいやらしく擦り付けられ、心の中で悲鳴が上がる。
「ア・・・周も知ってるだろう? 俺はここのところ残業続きで・・・・」
「大丈夫です。過ぎた性欲は毎晩泳いで解消していますから」
言葉とは裏腹の淫靡な塊が、押し付けられた脚の間で熱く脈打っている。
「う、そ・・つけ・・・」
慄きながら呟いた享一を、宝石のように輝く物騒な瞳が見下ろしニヤリと嗤う。そして、目で享一を釘刺しながら、高々と持ち上げた踝にキスをした。
ここまできて自分から俎板の上に載ったことに、享一はようやく気が付いた。
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翠滴 2―1 →
翠滴 3―1 →
□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
長い割には進展が・・・m(_ _)m
それではまた明日。
おやつの時間にお会いしましょう。
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当に、いつもありがとうございます。
ほんの拙文しか書けませんが、書いていく励みになります。。


長い割には進展が・・・m(_ _)m
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アマネさまが、敬語攻めを始めた~~。
枝豆にシャンパンを合わせちゃう、アマネさまがトレーナーとか言ってキッチンに享タンを載せた―
(◎ω◎) きゃー!
外は嵐、アマネさまはトルネード(ちょっと意味不明)
もう、この連載が始まってからずっと興奮しっぱなしなんですけどー!!
アイスもプレイの、お道具なんですねー!
アマネトレーナー!
そうなのですねー!
もう~~~、アマネさまのエッツイー!!!!!