09 ,2010
眠りの海で青い魚は恋をする 4
『眠りの海で青い魚は恋をする 4』
――お父さんは、キョウちゃんが好きなんだ…。
微笑みは優しく、名を呼ぶ声は甘さを含んでいた。隆典の、父親としてではなく一人の男である顔を見せられて、和輝の胸は昂った。同時に、それが自分に見せるために作られた表情ではなく、たとえ一瞬でも時見享一と見間違えられたことに落胆する。そして父親が同性を好きになる性質(たち)だと知ったことよりも、ショックだった。
隆典は自分を透して享一を見ているのかも知れない。その時の切なさを、六年経った今でも和輝は思い出すことが出来る。
もともと和輝は父親っ子で、大人の事情で無理やり引き離されてしまった上に、会う機会も年々減っていたこともあって、より隆典への思慕が強くなりがちであった。しかし隆典とは血の繋がりがないのではと意識した十四才の時以来、和輝の中で彼に対する別の感情が生まれ、少しずつ、だが確実に育っていた。それは子が親に抱く情愛とは違うと、自覚出来るほどには微かに狂おしいものだったが、認めてしまうにはまだ和輝は幼かった。
隆典の秘めた想いを知ったあの夜の後――バンクーバーから戻って、和輝の気持ちは落ち込み気味だった。隆典がこの世で一番大切に想っているのは享一であり、よく似た和輝の中に彼を見ていると知ってしまった。それに追い討ちをかけたのが、受験が終わる再来年まで来るなと言われたことだった。
二学期が始まってしばらく経っても引きずって、表に出していないつもりが、
「和輝、どうかしたんか?」
幼馴染で親友の池田喬純には悟られてしまう。部活からの帰り、寄り道して行こうと誘われ、児童公園のベンチに二人して座った。
「何でもない」
「何でもないってこと、ないやろ? 夏休み終わってから変やぞ。何かあったんとちゃうんか?」
否定すればするほど、喬純はしつこく理由を聞き出そうとする。よほど和輝の様子が変なのだろう。ちゃんと答えない限り帰らせないと言わんばかりだった。
父親の中の一番ではなかったことに気落ちし、それにしばらく会えなくなったことが重なって「気分が塞いでいる」とは、心を許し、何でも話してきた親友の喬純にも言えはしない。
――そんなファザコンみたいな理由。
「何でもない」と答えること数回、喬純が黙りこくった。明るくて話し上手、柔らかな関西弁で周りを笑わせる喬純は、ともすれば軽い性質に見られがちだが、その実は硬派で、本気で怒ったり思うところがあると口数が減った。薄暮の中、まっすぐ和輝を見据える目は、最前の比ではないくらいに強い意思を含んでいる。和輝に対しては滅多に見せない表情だった。
「俺、そんなに頼りないか?」
「そんなことないよ。本当に何でもないから」
「嘘や」
怖いくらいに見つめられ、和輝は目を逸らした。喬純が本当に心配して気遣ってくれていることはわかるが、話したくないことだってある。それを話さないからと言って、責めるような目で見られるのは心外だった。だから苛立ち、つい語気を強めてしまった。
「何でもないって言ってるだろ。もし何かあったとしても、タカに全部話さなきゃなんないのか?!」
これではやっぱり何かあると思われても仕方がない。そう言う斬り返しがあると構えたのだが、喬純は乱れのない深い声音で和輝の言葉に答えた。
「俺は和輝のことやったら、全部知りたい。どんなちっさいことでも。好きなヤツのこと知りたいのは、あたりまえやろ?」
「タカ」
「俺、和輝のこと、好きや。友達としての『好き』やない。俺の『好き』には欲がある。キスしたいし、触りたい。そう言う『好き』なんや」
思ってもみない彼の告白に、和輝の気持ちの矛先がそれる。
喬純は両手を和輝の頬に添えた。そっと触れているだけであるのに、顔をそむけることを許さないほどの『力』がある。
「おまえは本気に取らんけど、俺はいっつも本気やった。男同士やなんて関係ない。和輝やから好きになった。和輝以外、欲しぃない。だから落ち込んでんの見るの、辛いんや。おまえが悩んでんなら、聞いて力になりたい」
近づく喬純の顔。キスをするつもりなのだとわかったが、頬に添えられた彼の手で身動きが取れない。重なろうとするその瞬間、和輝の脳裏にあの夜の場面が浮かんだ。そして喬純の顔はすり替わる。引き寄せられ、二つの唇が重なる寸前まで近づいた隆典の顔に。
喬純の唇は軽く触れただけで、すぐに離れた。和輝の目はその唇を追ったが、意識は違うそれを追っていた。
「なんか…言うてくれよ」
喬純とのキスに何も感じない。頬にかかる彼の指先の体温も感じない。しかし隆典のことを思い出しただけで、身体中が熱くなる。あの時、別人の名前と共に漏れた隆典の吐息はブランデーの芳香で甘かった。記憶が鼻腔にまで広がり、和輝の思考をすべて隆典へとさらう。
――お父さんが好きだ
喬純が言った言葉そのままに、「キスしたい」「触れたい」、そんな欲のある『好き』――その感情は恋だ、おまえはずっと恋をしているのだと、声なき声が和輝に告げる。
和輝は一歩下がって、喬純の手を頬から外した。
「ごめん、タカ。好きな人、いるんだ」
<<←前話 次話→>>
――お父さんは、キョウちゃんが好きなんだ…。
微笑みは優しく、名を呼ぶ声は甘さを含んでいた。隆典の、父親としてではなく一人の男である顔を見せられて、和輝の胸は昂った。同時に、それが自分に見せるために作られた表情ではなく、たとえ一瞬でも時見享一と見間違えられたことに落胆する。そして父親が同性を好きになる性質(たち)だと知ったことよりも、ショックだった。
隆典は自分を透して享一を見ているのかも知れない。その時の切なさを、六年経った今でも和輝は思い出すことが出来る。
もともと和輝は父親っ子で、大人の事情で無理やり引き離されてしまった上に、会う機会も年々減っていたこともあって、より隆典への思慕が強くなりがちであった。しかし隆典とは血の繋がりがないのではと意識した十四才の時以来、和輝の中で彼に対する別の感情が生まれ、少しずつ、だが確実に育っていた。それは子が親に抱く情愛とは違うと、自覚出来るほどには微かに狂おしいものだったが、認めてしまうにはまだ和輝は幼かった。
隆典の秘めた想いを知ったあの夜の後――バンクーバーから戻って、和輝の気持ちは落ち込み気味だった。隆典がこの世で一番大切に想っているのは享一であり、よく似た和輝の中に彼を見ていると知ってしまった。それに追い討ちをかけたのが、受験が終わる再来年まで来るなと言われたことだった。
二学期が始まってしばらく経っても引きずって、表に出していないつもりが、
「和輝、どうかしたんか?」
幼馴染で親友の池田喬純には悟られてしまう。部活からの帰り、寄り道して行こうと誘われ、児童公園のベンチに二人して座った。
「何でもない」
「何でもないってこと、ないやろ? 夏休み終わってから変やぞ。何かあったんとちゃうんか?」
否定すればするほど、喬純はしつこく理由を聞き出そうとする。よほど和輝の様子が変なのだろう。ちゃんと答えない限り帰らせないと言わんばかりだった。
父親の中の一番ではなかったことに気落ちし、それにしばらく会えなくなったことが重なって「気分が塞いでいる」とは、心を許し、何でも話してきた親友の喬純にも言えはしない。
――そんなファザコンみたいな理由。
「何でもない」と答えること数回、喬純が黙りこくった。明るくて話し上手、柔らかな関西弁で周りを笑わせる喬純は、ともすれば軽い性質に見られがちだが、その実は硬派で、本気で怒ったり思うところがあると口数が減った。薄暮の中、まっすぐ和輝を見据える目は、最前の比ではないくらいに強い意思を含んでいる。和輝に対しては滅多に見せない表情だった。
「俺、そんなに頼りないか?」
「そんなことないよ。本当に何でもないから」
「嘘や」
怖いくらいに見つめられ、和輝は目を逸らした。喬純が本当に心配して気遣ってくれていることはわかるが、話したくないことだってある。それを話さないからと言って、責めるような目で見られるのは心外だった。だから苛立ち、つい語気を強めてしまった。
「何でもないって言ってるだろ。もし何かあったとしても、タカに全部話さなきゃなんないのか?!」
これではやっぱり何かあると思われても仕方がない。そう言う斬り返しがあると構えたのだが、喬純は乱れのない深い声音で和輝の言葉に答えた。
「俺は和輝のことやったら、全部知りたい。どんなちっさいことでも。好きなヤツのこと知りたいのは、あたりまえやろ?」
「タカ」
「俺、和輝のこと、好きや。友達としての『好き』やない。俺の『好き』には欲がある。キスしたいし、触りたい。そう言う『好き』なんや」
思ってもみない彼の告白に、和輝の気持ちの矛先がそれる。
喬純は両手を和輝の頬に添えた。そっと触れているだけであるのに、顔をそむけることを許さないほどの『力』がある。
「おまえは本気に取らんけど、俺はいっつも本気やった。男同士やなんて関係ない。和輝やから好きになった。和輝以外、欲しぃない。だから落ち込んでんの見るの、辛いんや。おまえが悩んでんなら、聞いて力になりたい」
近づく喬純の顔。キスをするつもりなのだとわかったが、頬に添えられた彼の手で身動きが取れない。重なろうとするその瞬間、和輝の脳裏にあの夜の場面が浮かんだ。そして喬純の顔はすり替わる。引き寄せられ、二つの唇が重なる寸前まで近づいた隆典の顔に。
喬純の唇は軽く触れただけで、すぐに離れた。和輝の目はその唇を追ったが、意識は違うそれを追っていた。
「なんか…言うてくれよ」
喬純とのキスに何も感じない。頬にかかる彼の指先の体温も感じない。しかし隆典のことを思い出しただけで、身体中が熱くなる。あの時、別人の名前と共に漏れた隆典の吐息はブランデーの芳香で甘かった。記憶が鼻腔にまで広がり、和輝の思考をすべて隆典へとさらう。
――お父さんが好きだ
喬純が言った言葉そのままに、「キスしたい」「触れたい」、そんな欲のある『好き』――その感情は恋だ、おまえはずっと恋をしているのだと、声なき声が和輝に告げる。
和輝は一歩下がって、喬純の手を頬から外した。
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
明日同じ時間に5話と6話をUPいたします。
タカ君、フラれてしまった・・・・小さい時はカズキン結婚してもいいとか言ってたのに(笑)
芳しき香り漂うBLサイト 『卯月屋novels』 さまにもどうぞお出かけ下さい。
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当に、いつもありがとうございます。
ほんの拙文しか書けませんが、書いていく励みになります。。
■拍手のリコメの閲覧は、サイト左上の”もんもんもん”の
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紙森さんのキャラに対する愛情が滲みでてますね。
ものすごく丁寧に描き込まれた、紙魚さんのものとはまた違う世界だなと、ただうなるばかりです。
紙森さんのところでも書いたのですが、和輝が、ものすごくイイオトコで、享一くんをしのいでますね。
瀬尾さん耐えてたんだろうなあ。
そこを耐えてきた瀬尾さんらしくないところが、瀬尾もすごくいい人にさせているような。
紙森さん瀬尾さん好きなんですね←つくづく
で、金髪のおっさんの動向も気になります。
あ、1,2読み返しました。
たぶん、朝読んだほうが初稿で、帰ってきてから入れ替えたのを読んだんですね。