08 ,2010
翠滴 3 緑青 4 (127)
「秘密主義はそちらの十八番だろう」
昏い闇の艶をその顔に刷きながら周が言い放つ。
「時見もまた、とんでもない男に魅入られたものだな」
これもまた穏やかさを反転させた凄みのある顔で嗤った。
「仕事は手を抜かない。それが我が社のモットーだが、さすがにあの仕事は胸が痛んだものでね」
「犯罪紛いの事も平気でやってのけるその胸に、まだ痛みを感じる場所が残っていたとは心外だな」
「俺のはすべて合法さ。俺の心臓はノミの心臓よ。剛毛の生えたお前らのとは違って、デリケートに出来てんだ」
獣を思わせる池田の目に、茶室のにじり口に活けられた桔梗が映る。涼やかな紫にふっと表情を和らげると、周に視線を戻した。
「同じ犯人だと思わせるため瀬尾の一件を徹底分析して模倣しだが、仕上がった時見の部屋は悲惨で吐き気がしたぜ。荒れた部屋の中で脅える時見の姿をスコープで見ているのは、正直堪えたね」
「それで?」 片方だけ細めた周の白けた流し目が池田を一瞥し、すっと離れた。
先に行かせた享一が気になるのか、それとも何かを嗅ぎ取っのたか。その眼はチラチラと離れを見ている。池田は悪戯めいた笑いを浮かべた。
「慰めてやりたくなった・・・・と言ったら?和輝を見つけたときの時見の泣き顔も最高に可愛かったし、あんな顔を見せられるとアレの時はどんな顔で啼くのか。大いに興味が湧くな」
日本刀の切れ味を持つ翠の眼球が、池田に真っ向から切っ先を突きつける。
「相変わらず美し過ぎる男だな。惚れ惚れする。一体その翠の目で何人葬った?」
「ご希望なら墓標にもうひとつ名前を刻んでやろうか?」
不敵に嗤う瞳の奥で、冷たい白刃がギラリと閃く。
「神前も結局は、お前を最後まで手放せず我が身を滅ぼした。なんのかんの言って、あんたのビジネスのセンスを磨いたのは奴だ。瀬尾にわざと情報を掴ませたり、セコい手も使う悪党だったが、髪の先ほどくらいは同情してやってもいいような気もするね」
「そんなクソみたいな同情は、されるほうが迷惑だ。ここに神前がいたらそう言うさ」
「ここに奴がいたら、お前のその下品な物言いを聞いて卒倒するんじゃないのか?」
池田の腕が言い終わるか否かのタイミングで周の手首を素早く背後で拘束し、反撃できないよう身体を密着させた。
「・・・・で、神前にお仕置きされるんだろう?」
唇が触れそうなほど至近距離にある池田の顔を、冷静な翠の瞳が見ている。
「離せ。痛い目に遭うぞ」 雄雛を思わせる凛々しい顔を、禍々しくも妖美な嗤いが覆う。
上背こそ周が少し勝っているが、格闘技で鍛えた池田とは体躯で差がある。
「いいね。俺が勝ったら、またペアで親父の絵のモデルでもお願いするかな。それとも、時見とデー・・」 今にも池田の唇が触れようとした刹那、ほんのわずかに周の身体が揺れた。
唸り声を上げて蹲る池田を、薄笑いを浮かべた傲岸な顔が見下ろす。傾いた日差しが竹林の陰を侵食し、池田のグレーのワイシャツの背中に照りつけている。
上体を引いた周の目に、半分開いた茶室のにじり口に活けられた桔梗が映った。
突然、周の腕が池田の胸倉を掴み、信じられない力で引き上げた。
「あの離れには享一の他に誰かいるのか?」
「・・・ったく、綺麗な面して相変わらず物騒な男だな」
脂汗を浮かべ苦痛に顔を歪めながらも、池田は周の手を払う。それから、細く息を吐きながら額に落ちた前髪をかき上げ、意地悪げに笑って付け足した。
「そう言えば、時見はここに来る前に親父と何か約束をしていたみたいだぜ」
怪訝な顔で池田を見ていた周の瞳が大きく開き、表情が固まる。
身を翻し、享一の後を追って周が離れに飛び込むのをみ見届けると、池田は軽く肩を竦めた。
ピッキングの話を、周はそつなくかわしたように見えたが、ポーカーフェースに浮かんだ悔恨の色を見逃してはいない。
ピッキングという罠を仕掛け、恐れをなした時見に自分を頼らせるのが周の狙いだった。ところが、ようやく姿を見せた時見の口から出たのは、周が望んでいた言葉ではなかった。
時見に仕掛けた盗聴器から聞こえてきたのは、瀬尾隆典の命乞いだった。
笑える。直後、怒りが嵩じた周は心血注いだ自分の愛車のフェアレディZをオシャカにした。
「自爆したっちゅうか、つまりアホやな」
時見に恐怖を植えつけるのは周の本意ではなかったのだろうが、それだけ周も追いつめられていたという事だ。
「ほんま、可愛なったもんや」
日に焼け付く数奇屋の銅板葺の屋根から陽炎が立ち昇る。
銅版に吹いた緑錆は古来より毒だと信じられていた。目に鮮や過ぎる翠が人々にそう信じさせたのだろうか。
そういえば自分の父親も周を描く時、好んで緑青の色を使っていた。鉱物を含む顔料は長い間使っていると皮膚から浸透し、指の形を換えてしまう。取り憑かれたように周を長年描き続けた父親も、岩絵の具を混ぜる左の指が不自然な形で曲がっている。
どれだけ劣悪な境遇にあろうと度肝を抜く豪胆さと美しい毒を手に、涼しげな瞳で渡り歩く男。そんな男の唯一のアキレスだった男はいま、周に釣り合うべく成長しようとしている。
「さあて、喬純の宿題でも見てやるか」
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
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そして池田は、たいそう享一がお気に入りの様子!!
こわい、こわい~。
享一の怯える姿って、強い男には堪らないのですね―!
そんな享一も成長している。
最終回の雰囲気が漂ってきてビクビクです。
終わらないで―!!