08 ,2010
翠滴 3 緑青 3 (126)
「アマネがそれでええって言うたんやで?」
鋭い双眸を持つ男が子供相手に睨みを利かす。大人でも怖気付かせる強面を、喬純は口先を尖らせて不満げに見上げた。
やがて「アホ」と根負けしたように顰めた相貌が崩れる。
「まったく躾がなってませんで、お恥ずかしい限りです。お楽しみのところを邪魔させて申し訳なかったですね」
「黙って覗き見するほうがよっぽど躾が足りてないと思うがな。親の顔を見てみたいものだ」
腕を組んだ周が皮肉で切り返すと、喬純の父親は「そりゃ丁度いい」と笑い飛ばした。
面白がるような視線が享一に移り、顔が熱くなる。
「時見さん、その節はどうも」
喬純の父親であるこの男は、森で迷った和輝を見つけてくれたいわば恩人だ。
「あ・・・あの時は、こちらこそお世話になり、ありがとうございました」
前に会った時はサングラスをかけ、長めの癖髪も下ろされていて野性的な雰囲気の方が勝っていた。今日は細いフレームのメガネをかけ、髪も軽く撫で付けているにしている。腰は低いが滲み出る貫禄から、人に使われる側ではなく使う側の人間である事がひしと伝わってくる。
「お父ちゃん、和輝NYに行ってしもてんて。どないしよ?」
消沈する喬純の頭を大きな手が撫でた。
「そないしょげんでもええやんか。喬純かてお母ちゃんのこと好きやろう?和輝君かて子供やもん。まだまだお母ちゃんとおるんがええんやで」
子供に言い聞かす父親の優しい口調に自分の胸も痛む。
5歳、6歳といえば、まだまだ母親が恋しい年代だ。それなのに和輝の口から由利の話が出た事はなかった。
ただ、夢の中でだけは母親である由利に甘えられていたのだろう。寝言で母親を呼ぶ和輝の幼い声は、享一の心に沈んで今も消えていない。
大人に気を遣い、母親に甘えたい気持ちをひとりで我慢していたのかと思うと、今更ながらに胸が痛んだ。
「あのな、なにも二度と会われへんようになったん違うんやで。ほんまに会いたいと思うてたらたら、そのうち必ず会える日が来るもんや。それより、宿題は終わってんのか?さっきお母ちゃんから電話があって、もうすぐ帰る言うてたでぇ」
「うあっ!マズ、まだやわ。すぐ終わらせるから、お母ちゃんには内緒にしといてや」
どこにでもある親子の会話。何の隔ても構える事もない父子の関係が羨ましくないわけがなかった。
喬純が去るとやれやれと高波が振り返った。
「和輝君と違って、喬純はいつもこの調子なんです」
言葉の中から一切の関西弁が消えた。
静かな表情の中の消しきれない気迫もそのままに、人懐こく笑う。頭の奥で警戒のサインが点灯するのを感じた。
「あの・・・高波さんは、もしかして公園で会う前から私のことをご存知だったのですか?」
和輝の発見時、つい気が緩んでこの男の前でみっともなくも泣いてしまった。
余計な事を思い出し、また顔が熱くなる。
泣き顔に男同士のキス・・2回しか会った事が無い相手に、いい大人がこの醜態だ。
情けなくて、穴があったら入りたい気分になり今度は享一が消沈する。
「ええ、時見さんの事は存じておりましたよ。こちらの心配性な御仁の依頼で、息子をインターナショナルの幼稚園から和輝君のいる保育園にわざわざ移しましたしね」
「そんな事までして頂いたんですか?」
驚き恐縮する享一に、男は鷹揚に笑い目を細めた。そんな男を警戒心剥き出しの翠の双眸が睨みつける。
「サクラの正体を知ったクライアントがどんな暴挙に出るかもしれない。念のため享一と和輝の身辺警護をこっちのセキュリティサービスに依頼したんだ」
「そうだったのか・・・・」
周が和輝にまで警護の手を回していてくれたことを知り、胸が熱いもので満たされる。
「だが、俺はオフィシャルに依頼したのであって、個人的にそこまでやってくれと言った覚えは全くない」
「今までの付き合いもありますし、サーピスですよ」
「過剰なサービスは迷惑だ」
ニヤリと笑う男の視線を周は露骨にかわす。
「それなのにアパートのピッキングを防げませんでした。これは完全にこちらの手落ちです。時見さんには本当に怖い思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
そう言うと高波は享一に頭を下げた。
「あ、いえ・・・・高波さん頭を上げて下さい。私自身まさか自分が狙われるなんて思いつかなくて・・・危機管理が足りませんでした」
あの件はサクラの正体がばれてというよりも、瀬尾がらみの犯行だった。犯人は瀬尾と関係のある自分のところに瀬尾が盗んだデータがあると思ったのだ。
口には出さないがきっと高波は瀬尾の事も知っているのだろう。
頭を上げた高波の顔からは享一の愚かさを嘲笑うような気配は読み取れない。
ただ、自分達の失態を詫びる苦々しい表情があるのみだ。
「それと時見さん、僕の苗字は高波ではなく池田です。古い言い方ですと庶子というやつでしてね。どうぞ、今後とも見知りおきを」
庶子というと妾とか愛人の子供と言う事になる。笑いながらさらりと口にする池田の口調には、こだわりのようなものは微塵も感じない。
関西弁と標準語を切り替える癖の根源は、この複雑そうな背景にありそうな気がした。
結局自分は周の掌の上でのた打ち回っていたと言う事になるのか、と複雑な心境で周を見れば深い翠眼の眼差しとぶつかる。
鼻白みほんの少し悔しそうな顔をする享一に、艶っぽい得意げな笑みが返された。
気が抜け、溜息をつく。
自分は本当にこの男に弱い。と思う。
「ああ、時見さん。少し周君と話がしたいんですが、先に離れの方に上がっていただいても?」
「あ・・?ええ。構いませんけど」
「享一・・・・」腕に触れる周の手をやんわりと外す。享一は小さく笑って返すと、ひとり離れに向かった。
「いいね。魔界に下りてきた美しき善人って所か」
享一の姿が離れに消えるのを確認すると、がらりと雰囲気を変えた池田が口を開く。
「あのピッキングは、実はお前が仕組んだ事だったと知ったら、あの可憐な顔がどんな風に変るのかぜひ見てみたい気がするね」
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翠滴 2―1 →
翠滴 3―1 →
□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
また、BLじゃなくなっていますね。
あちこちで展開されている夏企画が読みたくてウズウズしています。
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当に、いつもありがとうございます。
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いっつも過剰保護の周さんがいるのに、あんなことが起こるのをなぜ防げなかったのだろうかと、おもってたらーーー
享一、グーだ。グーで殴るんだ。←こればっかり。
忙しいのかなーーーうちにもコメントありがとうございました。
返事をかかなくっちゃ。
どうぞ無理なさらず。でも続きを楽しみにしています。