06 ,2010
翠滴 3 和輝 12 (113)
遥か前方に料金所を案内する標識が見えてきた。
「享一、携帯を・・・」
ミラーの中の人物に見入る享一からは反応がない。
享一と再度、張りのある強めの声で呼ばれ、はっと我に返ったように周を見る。
茶色いレンズの奥の戸惑った瞳が享一の中に生まれた迷いを映す。
「お前は、どうしたい? 料金所はもうそこだ。もちろん、このまま行かせるという選択もある」
享一の視線が間近に迫った標識を見、バックミラーの中の瀬尾を見た。
事情がわからない瀬尾は、いきなり速度を上げたり落としたりして走るフェアレディに事態の変化を感じ取り、緊張した面持ちで食い入るように真紅のZを見つめている。
不意に瀬尾の視線が外れたかと思うとミラー越しにバチッと音を立てて目が合った。続けて享一の携帯が鳴り、享一はシートの上で身を強張らせた。
すぐに携帯に出ようとしない享一の前に周の手が差し出される。
「もし、ここで和輝をつかまえたいと思うのなら、俺に携帯を渡してくれ」
バックミラーの中の瀬尾は享一を見つめたまま携帯を耳に当てている。
前方を走る車が近付きつつある料金所のゲートを目前に、各々の目的の方面へと散らばり始めた。捉まえるなら今がチャンスで、周の言うようにこのまま行かせる事も出来る。
着信音は一旦途切れるとまた鳴り出した。
享一は上着のポケットから携帯を取り出し、周の手のひらに載せた。躊躇いのない周の長い指がスライドをあげ耳に当てる。ミラーに映る瀬尾の顔が剣呑な表情に変るのが見て取れた。
「隣の奴に代われ」 周の一言で憮然とこちらを睨め付けながら、運転席に座る金髪の男に携帯を渡した。
アウディと同時にETCのゲートを通過し、右側につける。後ろに精算で一足遅れたレンタカーのプリウスが付いた。濃紺のアウディを囲む形だ。
今しがた派手に自分の車を追い抜いた2台の車に囲まれ、焦ったアウディが速度を上げる。右側のウィンカーを点滅させ、道をあけるよう指示もしてきたが、フォーメーションが変る事はない。
アウディのドライバーは明らかな苛立ちを見せ、何度となくフェアレディに乗る二人を睨みつけたが、享一の存在に気付く様子はない。それは目元を隠すサングラスのせいではなく、相手の記憶に自分のことなど残っていないか、自分にまったく関心がないかのどちらかなのだろうと享一は思う。
それが、悲しい訳でも寂しいわけでもない。ただ、過ぎた日々や助手席で上着を掛けてもらい眠る子供を思うと酷く虚しく、そして切なく思えた。
速度をあわせて寄り添い走る2台の車のせいで進路を変えることも出来ず、高速の出口のレーンに誘導され3台揃って高速を降りた。一般車道に下りても付き纏ってくる2台の車に挟まれたままで、アウディは止まることも出来ず走り続ける。
背後につけていたプリウスが遅れ始めた。広い道路の片側は海岸に沿った海浜公園になっている。真っ直ぐな道は正面で緩やかに右折しており、他に走る車もない今ならコーナー付近で上手く行く手を阻めば難なくアウディを止めることが出来そうだ。
その時、突然減速したアウディがフェアレディの隣から消えた。
サイドミラーに公園の駐車場に飛び込み停止する濃紺の車の姿が映り、遠ざかっていく。
「周!」
ちらっとミラーを確認した周が口角をわずかに上げ笑う。
真紅のZも左折をし出口から駐車場に進入する。同時に遅れていたプリウスも駐車場に入るのが見えた。
駐車場の入り口を塞ぐ形で停車するプリウスと赤い車に挟まれる形で3台の車が停止した。
なす術もなく高速から降ろされた上にこんな場所まで引っ張ってこられ、怒り心頭のアウディのドライバーが怒鳴りながら車から降り立った。
「あなた達、どうしてこんなことするのよ。この車には子供も乗っているのよ。危ないじゃない!」
Zに向かって憤然と怒りながら歩いてくるドライバーの前に降り立った。サングラスを外して顔を見せると、相手の怒りで吊り上った顔が驚きに変る。次に強い警戒心が混ざった表情がその顔に広がり、それ以上は近付いてこようとはしなくなった。
「時見君・・・・・」
「上原さん、空港で会って以来かな」
平日の夕刻で他に駐車する車もないがらんとした駐車場を、少し湿った潮風が吹き抜けてゆく。
夕陽が、由利の乾燥して荒れた肌や唇、風に揺れる痛んだ髪を柔らかく射抜く。疲れきった瞳は享一に対する敵意をむき出した威嚇の光のみが浮かび、実際の年齢より十歳以上は老けて見えた。飛びぬけた美人ではなかったが、大学時代の由利はそれなりに可愛く、髪型も服装選びも美容も、常に自分をより以上に見せる事に余念なかった。愛される事に一生懸命な、そんな由利を学生だった享一は可愛いと思ったものだった。
離れて立つ2人の間を抜ける風に、いま自分の中にも由利に対する何かしらの感情も残っていない事を実感する。過去に愛した事も恨んだことも、精彩さを欠いた記憶となって頭の中に残っているだけで夕暮れに佇む女(ひと)に今さら非難めいた事を言うつもりはもうなかった。
情熱も恨む気持ちもなくなった。
だが、それでも由利との繋がりが未だ切れていないこともまた事実だった。
アウディに近付き、どこまでも貫ける蒼い空と焼けた金色の雲を映すガラスの向こうで、夕陽を眩しそうにむずがりながら眠る和輝の顔を見た。
幼い寝顔に、気持ちと涙腺が弛み、安堵の笑みと一緒に涙も零れる。
「時見君、どうしてあなたが私たち追いかけてくるの?」
涙を隠すためにサングラスをかけなおし由利を向く。
その顔が、追いかけて来るはずの人は他にいるのだと語っているように見えた。
「由利・・・」
瀬尾の声に、由利の顔が強張るのと同時にぱっと華やいだのを享一は見逃さない。
周に殴られ、酷く腫れて変色した瀬尾の顔を見て由利は驚いた顔をした後、その前に歩み出た。そして何の前触れもなく、瀬尾の腫れあがった頬に平手打ちを見舞った。
腫れあがった肉を叩く鋭い音に享一をはじめ、Zから降りた周も、離れた場所から傍観していた金髪の男でさえ、同時に呆然と固まった。
「あなたが悪いのよっ!」
だだっ広い駐車場に響く瀬尾を糾弾する由利の絶叫を、夕刻の潮風がさらう。
凍りついたように画像が停止した黄昏の中で、目覚めて享一に気付いた和輝だけが金色の空を映すガラスの向こうで嬉しそうに笑った。
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「享一、携帯を・・・」
ミラーの中の人物に見入る享一からは反応がない。
享一と再度、張りのある強めの声で呼ばれ、はっと我に返ったように周を見る。
茶色いレンズの奥の戸惑った瞳が享一の中に生まれた迷いを映す。
「お前は、どうしたい? 料金所はもうそこだ。もちろん、このまま行かせるという選択もある」
享一の視線が間近に迫った標識を見、バックミラーの中の瀬尾を見た。
事情がわからない瀬尾は、いきなり速度を上げたり落としたりして走るフェアレディに事態の変化を感じ取り、緊張した面持ちで食い入るように真紅のZを見つめている。
不意に瀬尾の視線が外れたかと思うとミラー越しにバチッと音を立てて目が合った。続けて享一の携帯が鳴り、享一はシートの上で身を強張らせた。
すぐに携帯に出ようとしない享一の前に周の手が差し出される。
「もし、ここで和輝をつかまえたいと思うのなら、俺に携帯を渡してくれ」
バックミラーの中の瀬尾は享一を見つめたまま携帯を耳に当てている。
前方を走る車が近付きつつある料金所のゲートを目前に、各々の目的の方面へと散らばり始めた。捉まえるなら今がチャンスで、周の言うようにこのまま行かせる事も出来る。
着信音は一旦途切れるとまた鳴り出した。
享一は上着のポケットから携帯を取り出し、周の手のひらに載せた。躊躇いのない周の長い指がスライドをあげ耳に当てる。ミラーに映る瀬尾の顔が剣呑な表情に変るのが見て取れた。
「隣の奴に代われ」 周の一言で憮然とこちらを睨め付けながら、運転席に座る金髪の男に携帯を渡した。
アウディと同時にETCのゲートを通過し、右側につける。後ろに精算で一足遅れたレンタカーのプリウスが付いた。濃紺のアウディを囲む形だ。
今しがた派手に自分の車を追い抜いた2台の車に囲まれ、焦ったアウディが速度を上げる。右側のウィンカーを点滅させ、道をあけるよう指示もしてきたが、フォーメーションが変る事はない。
アウディのドライバーは明らかな苛立ちを見せ、何度となくフェアレディに乗る二人を睨みつけたが、享一の存在に気付く様子はない。それは目元を隠すサングラスのせいではなく、相手の記憶に自分のことなど残っていないか、自分にまったく関心がないかのどちらかなのだろうと享一は思う。
それが、悲しい訳でも寂しいわけでもない。ただ、過ぎた日々や助手席で上着を掛けてもらい眠る子供を思うと酷く虚しく、そして切なく思えた。
速度をあわせて寄り添い走る2台の車のせいで進路を変えることも出来ず、高速の出口のレーンに誘導され3台揃って高速を降りた。一般車道に下りても付き纏ってくる2台の車に挟まれたままで、アウディは止まることも出来ず走り続ける。
背後につけていたプリウスが遅れ始めた。広い道路の片側は海岸に沿った海浜公園になっている。真っ直ぐな道は正面で緩やかに右折しており、他に走る車もない今ならコーナー付近で上手く行く手を阻めば難なくアウディを止めることが出来そうだ。
その時、突然減速したアウディがフェアレディの隣から消えた。
サイドミラーに公園の駐車場に飛び込み停止する濃紺の車の姿が映り、遠ざかっていく。
「周!」
ちらっとミラーを確認した周が口角をわずかに上げ笑う。
真紅のZも左折をし出口から駐車場に進入する。同時に遅れていたプリウスも駐車場に入るのが見えた。
駐車場の入り口を塞ぐ形で停車するプリウスと赤い車に挟まれる形で3台の車が停止した。
なす術もなく高速から降ろされた上にこんな場所まで引っ張ってこられ、怒り心頭のアウディのドライバーが怒鳴りながら車から降り立った。
「あなた達、どうしてこんなことするのよ。この車には子供も乗っているのよ。危ないじゃない!」
Zに向かって憤然と怒りながら歩いてくるドライバーの前に降り立った。サングラスを外して顔を見せると、相手の怒りで吊り上った顔が驚きに変る。次に強い警戒心が混ざった表情がその顔に広がり、それ以上は近付いてこようとはしなくなった。
「時見君・・・・・」
「上原さん、空港で会って以来かな」
平日の夕刻で他に駐車する車もないがらんとした駐車場を、少し湿った潮風が吹き抜けてゆく。
夕陽が、由利の乾燥して荒れた肌や唇、風に揺れる痛んだ髪を柔らかく射抜く。疲れきった瞳は享一に対する敵意をむき出した威嚇の光のみが浮かび、実際の年齢より十歳以上は老けて見えた。飛びぬけた美人ではなかったが、大学時代の由利はそれなりに可愛く、髪型も服装選びも美容も、常に自分をより以上に見せる事に余念なかった。愛される事に一生懸命な、そんな由利を学生だった享一は可愛いと思ったものだった。
離れて立つ2人の間を抜ける風に、いま自分の中にも由利に対する何かしらの感情も残っていない事を実感する。過去に愛した事も恨んだことも、精彩さを欠いた記憶となって頭の中に残っているだけで夕暮れに佇む女(ひと)に今さら非難めいた事を言うつもりはもうなかった。
情熱も恨む気持ちもなくなった。
だが、それでも由利との繋がりが未だ切れていないこともまた事実だった。
アウディに近付き、どこまでも貫ける蒼い空と焼けた金色の雲を映すガラスの向こうで、夕陽を眩しそうにむずがりながら眠る和輝の顔を見た。
幼い寝顔に、気持ちと涙腺が弛み、安堵の笑みと一緒に涙も零れる。
「時見君、どうしてあなたが私たち追いかけてくるの?」
涙を隠すためにサングラスをかけなおし由利を向く。
その顔が、追いかけて来るはずの人は他にいるのだと語っているように見えた。
「由利・・・」
瀬尾の声に、由利の顔が強張るのと同時にぱっと華やいだのを享一は見逃さない。
周に殴られ、酷く腫れて変色した瀬尾の顔を見て由利は驚いた顔をした後、その前に歩み出た。そして何の前触れもなく、瀬尾の腫れあがった頬に平手打ちを見舞った。
腫れあがった肉を叩く鋭い音に享一をはじめ、Zから降りた周も、離れた場所から傍観していた金髪の男でさえ、同時に呆然と固まった。
「あなたが悪いのよっ!」
だだっ広い駐車場に響く瀬尾を糾弾する由利の絶叫を、夕刻の潮風がさらう。
凍りついたように画像が停止した黄昏の中で、目覚めて享一に気付いた和輝だけが金色の空を映すガラスの向こうで嬉しそうに笑った。
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
今日も、BLではありません。多分次も・・・・(滝汗
しかも、由利っぺ投入。みなさん、ガッカリしちゃった?ごめんね(笑)
先日、2日ほどかけて全作品をお読みくださった方がおられまして、たくさんの拍手をありがとうございました。
(もしかしてFC2さんのアダルト偵察とかじゃないですよね・・・
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当に、いつもありがとうございます。
ほんの拙文しか書けませんが、書いていく励みになります。。
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しかも、由利っぺ投入。みなさん、ガッカリしちゃった?ごめんね(笑)
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金髪までオロロいてる~~(喜)
誘拐犯はママだった。
享一を見つけて笑う和輝くん可愛すぎる~~。
ああ、良かった~。
瀬尾っち、あんたが悪い(一時は好きだった私が言ってしまった…金髪と不幸せになることを期待するのみです~)