06 ,2010
翠滴 3 和輝 11 (112)
この車のどれかに和輝が乗せられている。
次から次へと走行する車の車内を食い入るように見た。窓から身を乗り出し露骨に車内を覗き込む享一を、ドライバーらは怪訝な顔で睨み返す。中には短いクラクションを鳴らし抗議と怒りを表してくる者もいる。
「享一、落ち着け」
窓から更に乗り出そうとした享一の腕を周が引いた。
「放してくれ!スモークガラスで見えないんだ。周、もっと近付いてくれ」
必死の形相で振り返った享一の、周の手を振り払った腕が勢いでハンドルに当たる。
ほんのわずかな衝撃だが、スピードのついたフェアレディの車体は大きく車線をはみ出し、隣車線の後続車の直前に飛び出した。一発触発の大事故の危機に、他の車から怒りのクラクションが浴びせられた。
「享一、落ち着け。いま急いで位置の絞込みをしている最中だ。それに和輝は座席に乗せられているとは限らないだろう?辛い気持ちはわかるが、今は焦る気持ちに負けたら駄目だ」
享一は震える手指で自分の髪を握り掴むと動かなくなった。
クラクションも周の声も聞こえてはいるが、脳が認識するだけで実感が伴わない。
和輝は絶対に無事でいる、と何度も自分に言い聞かせる。
冷静になろうと思えば思うほど、今まで押しとどめていた感情の膜が綻び、溢れ出た和輝への愛情や平静を欠いた不安な気持ちと焦りが平常心を押し流そうとする。和輝の笑った顔や拗ねた時の表情、祈りたくなるような清らかな寝顔が頭の中になだれ込んで来る。
泣き顔がちらついた時点で限界だった。静かに頭の中で負の妄想が膨らみ始める。
自分たち大人が不甲斐ないせいで、まだ幼い和輝を危険な目に晒してしまった。
全ての諸悪の根源が自分にある気がしてくる。
首に回った和輝の幼い腕は、享一を慰めようとちいさなぬくもりをくれたのに、自分は守ってやらなかった。
俯き両手で顔を覆うと薄く曇ったサングラスが膝に落ち、息を吐くと湿っぽい弱音が漏れる。
「和輝、カズキ・・・・・ああ、俺のせいだ。守ってやらなければいけなかったのに」
カチリと音がしてシートベルトのロックが外された。肩に腕が回り抱き寄せられる。
「そうじゃない。まだ何もわかっていないうちから諦めるな。そうやって自分を責めるのはお前の悪い癖だ」
享一の顔から掌が外れ、周に頭を預けたまま黙って聞いている。
「和輝にショボイ親父だって思われたらお前だって厭だろう。だったら、さっさと直せよ」
潤んだ瞳を縁取るしっとりと濡れた睫を下ろすと、落ち着きを取り戻し始めた顔が弱く笑う。
「酷いな・・・・・」
和輝に自分が父親だと名乗る日はこれから先も来ないかもしれない。
だが今までの中で今が一番、自分がひとりの子供の父親であるという重さを自分に言い聞かせ、実感している。自分の命に代えても惜しくない存在なのだ。
「前を走る車は近いのだけで3台、少し離れてその先にも何台か連なっている」
額の上で周の声がして鳴海と通話が繋がっていた事を知った。身を起こしシートに躰を戻す。エルミタージュのホワイエで周に近付くなと厳しく言い渡してきた時の、享一の覚悟のなさや弱さやを蔑む鳴海の表情がいつまでも頭から消えないでいる。
大切なものを守るためにもっと強くならなけばならない。
享一は息を吐き出すと膝に落ちたサングラスをかけなおし、アスファルトにまた少し長い影を落とし前方を走る車に顔を向けた。
「・・・・わかった。片っ端から後ろにつけるからしっかり見ててくれ」
そう言うと周は一番手前を走るシルバーのバンのすぐ後ろに付け煽り出す。バンは見るからに走り屋仕様の赤いZに煽られ、慌てて逃げるように車線を変え速度を落とした。その後にZが、またその後ろにプリウスがぴたりとくっつく。
「どうだ?鳴海」
鳴海の返事を聞いた周はすぐにバンを離れ、その先を走る白のスカイラインの後ろにつけると、バンと同じように猛然と煽り始めた。スカイラインは先ほどのバンとは違い、一気に加速してZを引き離しにかかった。申し訳程度の車間距離で、猛スピードで走るスカイラインに2台の車が同じスピードで連なる。テクニックを競うようなカーチェイスそのものの走りに、他の車からブーイングのクラクションやパッシングが飛んでくる。
「周、やめろよっ。何で煽る必要があるんだ。あの車に和輝が乗っていたら危ないじゃないか!」
車線間を巧みに移動するスカイラインの後に、何台もの車をすれすれの車間で追い抜いてゆく。もし和輝の乗っている車と接触事故でも起こしたら元も子もない。
「GPSチップは俺の身体にも埋め込んである。車種やナンバーがわからない以上、煽ってスピードで識別するのが手っ取り早い。俺のチップが発信する信号と同じ速度で移動する車に和輝は乗っているはずだ。もうすぐ高速の料金所だ。それまでに捕まえないと、その先の分岐で別れてしまったらロスがまた大きく・・・・」
言葉が途切れ、切れ長の目が素早くサイドミラーを確認する。
「あれだ」
ミラーに濃紺のアウディが映りこむ。
運転席に座る見覚えのある人物の影に享一の目が瞠目した。
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次から次へと走行する車の車内を食い入るように見た。窓から身を乗り出し露骨に車内を覗き込む享一を、ドライバーらは怪訝な顔で睨み返す。中には短いクラクションを鳴らし抗議と怒りを表してくる者もいる。
「享一、落ち着け」
窓から更に乗り出そうとした享一の腕を周が引いた。
「放してくれ!スモークガラスで見えないんだ。周、もっと近付いてくれ」
必死の形相で振り返った享一の、周の手を振り払った腕が勢いでハンドルに当たる。
ほんのわずかな衝撃だが、スピードのついたフェアレディの車体は大きく車線をはみ出し、隣車線の後続車の直前に飛び出した。一発触発の大事故の危機に、他の車から怒りのクラクションが浴びせられた。
「享一、落ち着け。いま急いで位置の絞込みをしている最中だ。それに和輝は座席に乗せられているとは限らないだろう?辛い気持ちはわかるが、今は焦る気持ちに負けたら駄目だ」
享一は震える手指で自分の髪を握り掴むと動かなくなった。
クラクションも周の声も聞こえてはいるが、脳が認識するだけで実感が伴わない。
和輝は絶対に無事でいる、と何度も自分に言い聞かせる。
冷静になろうと思えば思うほど、今まで押しとどめていた感情の膜が綻び、溢れ出た和輝への愛情や平静を欠いた不安な気持ちと焦りが平常心を押し流そうとする。和輝の笑った顔や拗ねた時の表情、祈りたくなるような清らかな寝顔が頭の中になだれ込んで来る。
泣き顔がちらついた時点で限界だった。静かに頭の中で負の妄想が膨らみ始める。
自分たち大人が不甲斐ないせいで、まだ幼い和輝を危険な目に晒してしまった。
全ての諸悪の根源が自分にある気がしてくる。
首に回った和輝の幼い腕は、享一を慰めようとちいさなぬくもりをくれたのに、自分は守ってやらなかった。
俯き両手で顔を覆うと薄く曇ったサングラスが膝に落ち、息を吐くと湿っぽい弱音が漏れる。
「和輝、カズキ・・・・・ああ、俺のせいだ。守ってやらなければいけなかったのに」
カチリと音がしてシートベルトのロックが外された。肩に腕が回り抱き寄せられる。
「そうじゃない。まだ何もわかっていないうちから諦めるな。そうやって自分を責めるのはお前の悪い癖だ」
享一の顔から掌が外れ、周に頭を預けたまま黙って聞いている。
「和輝にショボイ親父だって思われたらお前だって厭だろう。だったら、さっさと直せよ」
潤んだ瞳を縁取るしっとりと濡れた睫を下ろすと、落ち着きを取り戻し始めた顔が弱く笑う。
「酷いな・・・・・」
和輝に自分が父親だと名乗る日はこれから先も来ないかもしれない。
だが今までの中で今が一番、自分がひとりの子供の父親であるという重さを自分に言い聞かせ、実感している。自分の命に代えても惜しくない存在なのだ。
「前を走る車は近いのだけで3台、少し離れてその先にも何台か連なっている」
額の上で周の声がして鳴海と通話が繋がっていた事を知った。身を起こしシートに躰を戻す。エルミタージュのホワイエで周に近付くなと厳しく言い渡してきた時の、享一の覚悟のなさや弱さやを蔑む鳴海の表情がいつまでも頭から消えないでいる。
大切なものを守るためにもっと強くならなけばならない。
享一は息を吐き出すと膝に落ちたサングラスをかけなおし、アスファルトにまた少し長い影を落とし前方を走る車に顔を向けた。
「・・・・わかった。片っ端から後ろにつけるからしっかり見ててくれ」
そう言うと周は一番手前を走るシルバーのバンのすぐ後ろに付け煽り出す。バンは見るからに走り屋仕様の赤いZに煽られ、慌てて逃げるように車線を変え速度を落とした。その後にZが、またその後ろにプリウスがぴたりとくっつく。
「どうだ?鳴海」
鳴海の返事を聞いた周はすぐにバンを離れ、その先を走る白のスカイラインの後ろにつけると、バンと同じように猛然と煽り始めた。スカイラインは先ほどのバンとは違い、一気に加速してZを引き離しにかかった。申し訳程度の車間距離で、猛スピードで走るスカイラインに2台の車が同じスピードで連なる。テクニックを競うようなカーチェイスそのものの走りに、他の車からブーイングのクラクションやパッシングが飛んでくる。
「周、やめろよっ。何で煽る必要があるんだ。あの車に和輝が乗っていたら危ないじゃないか!」
車線間を巧みに移動するスカイラインの後に、何台もの車をすれすれの車間で追い抜いてゆく。もし和輝の乗っている車と接触事故でも起こしたら元も子もない。
「GPSチップは俺の身体にも埋め込んである。車種やナンバーがわからない以上、煽ってスピードで識別するのが手っ取り早い。俺のチップが発信する信号と同じ速度で移動する車に和輝は乗っているはずだ。もうすぐ高速の料金所だ。それまでに捕まえないと、その先の分岐で別れてしまったらロスがまた大きく・・・・」
言葉が途切れ、切れ長の目が素早くサイドミラーを確認する。
「あれだ」
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翠滴 3―1 →
□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
ああ、BLぢゃない。。
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当に、いつもありがとうございます。
ほんの拙文しか書けませんが、書いていく励みになります。。
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周さんの身体にもGPSが..
和輝くんはスカイラインに!?と思ったらただの走り屋だった..
本命は濃紺のアウディ。享ちゃんの驚きようから察すると..はは~ん。犯人はあいつか。(←あ、ごめんなさい。知ったかぶりをしてみたかっただけ)
アドさまや柚子季さまのお宅でのご活躍、こっそり楽しませていただいてます♡ホントにうっとりです。テツヲさまの素敵絵にみなさま魅了されてますね~(●´ω`●)
あと、50000HITのおめでとうを書き込んだつもりが...Σ( ̄ロ ̄lll)アタシったらホントにもう。今更なのですが、本当におめでとうございます!!
踏まれた方からのリクエストはございましたか?そちらも密かに楽しみにしております('-'*)エヘ