06 ,2010
翠滴 3 和輝 10 (111)
日が傾き、西陽が正面から照り付けアスファルトに少し長くなった車の影を落とす。
首都を抜けた車は隣接する県も越えて、陽に向かって真っ直ぐに伸びる一本の道路をひた走り続けた。眼前の空の圧倒的な広さに不安な気持ちが押し潰されそうになる。和輝に繋がる細い信号の存在を知らなかったら、無様に取り乱していたかもしれない。
「どうして俺にGPS付きの周の指輪を・・・・?」
自分の指に填る指輪を撫でた。どうして今まで気がつかなかったのだろうか。指輪は急速に指の皮膚に馴染んで身体の一部になる。
「享一はいろんな意味で、俺のクライアントだった奴らの興味を惹いている」
「俺が?」
やはり、と思う。
ピッキングに遭った時点で、自分も決して蚊帳の外にいるわけではないのだと悟った。
「あの祝言で自分達を謀った美しい新婦が実は男で、しかも不出のデータを盗んだ瀬尾と一緒にいるとなれば、いやが上にも享一に対する関心が募る。しかも、享一が俺のアキレスの踵だという事も知られしまっている。はっきり言って、拉致の可能性は享一の方が高いと思っていた」
享一の顔から血の気が引く。
もし瀬尾と同じように拉致をされていたらどんな事になっていたか。
瀬尾は空港のラウンジで口を閉ざし、じりっと汗の滲んだ蒼白な顔で膝の上で組んだ手を震わせていた。一生後遺症が残るかもしれない自分の足の怪我をさらりと説明した瀬尾が、囚われていた間のことについては震えながら口を噤んだのだ。
監禁中は想像を絶するほどの凄惨な目に遭わされたに違いなかった。
「拉致されたのが瀬尾ではなくお前だったら、俺は血眼になって享一を探し、関った人間を片っ端から血祭りに上げていただろう」
涼しげな横眼がするりと享一を舐め、当然とばかりに物騒な科白を口にする。
「奴等のリストに載せてしまったのは俺の責任だ。許してくれ・・・」
「周、俺はサクラを演ったことで、後悔したことは一度も無いぞ」
享一を映す艶のある翠の瞳が細まった。
どんどん陽が傾く、視界の悪くなる夜になる前に和輝を見つけ出したい。
バックミラーには後続車の助手席で思い詰めたような硬い表情をして座る瀬尾が映っていた。一方、運転席の金髪の男は酷薄な印象の口許を僅かに緩め、唇を少し突き出すような形にしている。
隣に子供を誘拐された父親を乗せている男は口笛を吹いていた。
和輝が無事に見つかったら、あの男も一緒にバンクーバーに行くつもりだろうか?
瀬尾とどういう関係なのか。人種とかの違いではなく、住む世界や人間性が自分たちとはあまりにかけ離れている気がした。あの氷のように冷め切った目を向けられた時、視線が自分の身体を切り刻み、解体されていくような気分になった。男が自分と同じテリトリーにいると思うだけで、否応無く警戒感が強まり、落ちつかない気持ちになる。
「あの男は、瀬尾に付けられた監視人だ」
「監視人?」
聞き覚えはあるが、馴染みはない単語を繰り返す。頭の中にエルミタージュのホワイエで怒りに戦慄きながら自分を睨みつける鳴海の顔が浮かんだ。あれ以来、鳴海とは顔を合わせていない。
「一種の脅しのようなものだな。確かに命は助かったが、瀬尾はまだ本当の意味で自由の身になった訳じゃない」
「そんな・・・・」
生きていても、自由の身ではない。
周のその言葉には苦々しい感情が含まれる。
庄谷で初めて会った頃、鳴海は周に仕える秘書か世話人のように見えていたが、実際は周の行動や言動をずっと見張る監視役だった。一見なんの不自由もない優雅な雅人に見えた周の生活は一皮捲れば完全に行動を規制され、クライアントと称した顧客たちへのレンタルに暮れる囚われ人の日々であった。
運命に大胆に切り込むことが出来た周だからこそ、自力で突破口を開き、自由の身になれたのだ。
瀬尾の盗んだデータはまだどこにも漏洩してはいない。それなのに、ここまでされなくてはいけないのだろうか?理不尽だと思う気持ちと憤りで鳩尾が熱く煮えたぎる。
「何とかならないのか?」
「権力も財力も、もてば持つほど疑い深くなる人間はたくさんいる。瀬尾は最初サントドミンゴで始末される予定だったそうだ。監視をつけるというのが、奴らが辰村を通して示してきた、ぎりぎりの譲歩だ」
それ以上何も言う事は出来なかった。
瀬尾を助けてくれと懇願した自分のために、周は辰村から出された交換条件を飲み、その身を辰村に任せようとした。自分の思慮の浅さが周の足を引っ張り、どす黒い泥の中に引きずり込むところだったのだ。
一度レンタルを再開してしまえば、過去という泥濘は再び捕えた周を簡単に手放しはしない。
周に甘え、安易に助けを求めた厚顔な己の姿を振り返る都度、自分を100回殺しても足りないと思えた。
「鳴海、どうだ近付いたか?どの車か教えろ」
張りのある周の声で我に返り、西日の眩しさに目を細める。
周からサングラスを渡され、焦る気持ちを押さえながら周囲を走る車につぶさに目を走らせた。
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
瀬尾っちにも監視役(金髪くん)が付きました~。
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そうか、瀬尾さんには監視役がついてるんだね。
まあ、それだけのことをしたということか。
で、和輝くんを誘拐したのはどういう人間なのか。
子を持つ親としてはどきどきものの展開です。
早く取り返してあげたい。
どうなるんだろう。