05 ,2010
翠滴 3 和輝 9 (110)
赤いフェアレディは車と車の間を縫うように車線を変え、飛ぶような速さで高速を走り抜ける。
周は車に乗った直後に鳴海から連絡が入り、それからずっと骨伝道型のイヤホンをつけ話していた。「速度は?」「もう一度、位置を見てくれ」といった言葉の合間に仕事に関する内容が挟まる。
周の言葉に神経を尖らせながら、無駄に膨らもうとする不安や焦燥感と戦う。ともすれば最悪の事態を想像しそうになる思考を、頭の中で叫びながら叩き潰した。
知りたい事、聞きたい事、行き場の見つからない怒りが頭の中で渾然となって渦を巻いた。
ひとつの疑問が湧くと、その疑問がまた別の疑問を引っ張ってくる。こういう時こそ冷静にならなければいけないと思うのに、気持ちは焦るばかりで頭の中が上手く整理できない。
今わかっている事、知っていることを全部教えてくれと周に詰め寄りたくなる気持ちをねじ伏せ、息を殺しながら通話が終わるのを待つ。
和輝の安否だけでも。せめて無事でいるのかそれだけでもわかれば、と。祈るような気持ちで眼を閉じた。
バックミラーに、後続のシルバーのプリウスが途切れることなく映っている。
金髪の男の運転する車は、捕まれば一発で免停を食らいそうなZのスピードに、まるで呼吸を合わせるかのようについていきていた。
助手席に頬を腫らした瀬尾が厳しい顔で座っている。瀬尾も自分同様、さまざまな想像が頭を過ぎるのか、時折思い詰めたような煩悶の表情がその顔に浮かんだ。
空港の車寄せに現れた男に、瀬尾はすぐに食ってかかった。
瀬尾は自分の前に立った男に『馴れ馴れしく俺の名前を呼ぶな』と英語で一喝すると、そのあと非難する口調でまくし立てた。言葉が早すぎて内容はほとんどわからなかったが、男を詰る瀬尾は動揺しているように見えた。
男が瀬尾の非難を一通り聞き、軽く肩を竦めて一言二言返すと、瀬尾の腫れた頬がかっと血潮に染まり悔しげに男を睨む。瀬尾の杖を握る拳がわなわなと震えていた。
瀬尾は振り返ると、「お前たちの後についていく」 とそれだけ言い、男に続いてプリウスの助手席に乗り込んだ。
近くで見る男の目は頭髪より少し濃い金色で僅かにブルーが混ざる。やはり冷たい眼だと思った。
瀬尾に詰られる間もその表情にも瞳にも感情は表れず、どこを見ているのかもわからない。温度が感じられない。人間味の無い、サイボーグのような印象の男だ。 憎々しげに男を見る瀬尾と無表情の男の間に友人という絆は見当たらない。
男には得体の知れない気味の悪さと、人間離れした猟奇的で危険な匂いがあった。
和輝の失踪になにか関与しているのだろうか?心臓がぎゅっと竦むような胸騒ぎを覚え、衝動的に目を上げると自分をじっと見ている金色の瞳と目が合った。感情の篭らない義眼のような冷たい瞳に見つめられ呼吸が止まる。外したいのにロックされたように視線を離すことが出来ない。目が離せなくなる。
バックミラーに映る男は眉頭をひょいと上げるとすぐに表情を元に戻し、向こうから視線を解除した。何か殺人鬼の標的にされたかのような恐ろしさ感じ、掌に冷たい汗をかいた。
「後ろの車が気になるか?」
脂汗をかいた掌を握られ、革のシートの上で躰が跳ね上がった。
「俺に聞きたい事があるんだろう?」
「あ・・・」
周の声で金色の瞳の呪縛から解放され、周の顔を見る。カラーコンタクトを通しても蠱惑に溢れる瞳は享一の顔を見つめると、なんでもどうぞという風に前を向き享一の言葉を待つ。
膝の上で自分の手と繋がる周の手に目を落とす。
わからない事だらけで破裂しそうなほどに膨れ上がった疑問も、たったひとつの言葉に集約される。ただ、これを口にするには勇気が要った。
「なぜ周に、和輝の居場所がわかるんだ」
周が和輝の失踪に関っているとは、毛の先ほども思ってなどいない。
「俺を疑っているのか?」
「そうじゃない・・・・・」
だがいくら周を信じたいと思っていても、目の前の動かせない現実は自分ではどうすることも出来ない。
「指輪」
「え?」
意外な切り返しに気の抜けた短い声が漏れた。
ゆっくり享一の手を解き、長い指がハンドルに戻る。運転をする周の横顔を見ると、自分に流されていた黒い瞳が享一から逃れるようにすっと前に向けられた。
「享一、俺が祝言の夜に贈った指輪はどうした?」
3年前、庄谷の屋敷で再会した夜、周から蔦が搦まる美しいデザインの指輪を贈られ、桜の舞い散る能舞台で祝言を挙げた。三々九度の杯に晩春の夜に咲いた桜の花弁が浮かび、至上の幸福感に酔いしれた。
大切な指輪だった。
今は薬指には周が数日前に改めてくれた同じデザインの指輪が填る。女性っぽいというのでは無いが、ウエーブの入った存在感のある土台にプラチナの蔓の絡まったデザインは優美で官能的だ。
祝言の夜に贈られた指輪は周と別れを告げた夜、自分が最も心休まる場所へ隠した。現在(いま)指で艶めく光を放つ指輪ももちろん大切に思う。だが、桜の散るあの夜に贈られた指輪に対する思い入れには遠く及ばない。
ふと自分が今まで見落としていた事に気が付いた。
指輪に関して、周から言及されたのはこれが初めてだ。自分は周に指輪を手放した事は一度も話したことが無い。言えるはずも無かった。
それなのに、前と全く同じデザインの指輪が新たに用意されていた。どういうことだろうか?
密かにハンドルを握る周の手を盗み見る。
自分にはふたつ目の指輪を贈ってくれたというのに、ハンドルにかかる周の指には、対であるはずの指輪は無い。
自分は人に見られるのが気恥ずかしくて普段は絹紐で首から提げて隠していたのに対し、周はその想いを見せ付けるように堂々と指に嵌めていてくれた。
どうして嵌めてくれないのだろうかと、実のところずっと気になっていた。
表面は以前と変らない、それどころかなお濃度を増したかのような愛情と情熱を向けてくれる周だが、今回の事で心の中では自分に対する微妙な気持ちの変化が起こっているのかもしれない。そう思うと周の真意を知るのが怖くて、指輪のことを口に出すことが出来ないでいた。
「その指輪は、原型のモデルも鋳型も、指輪が完成した時点で壊させてある」
一瞬何もかも忘れて、指に填るつややかな白金の指輪に見入った。ところどころに散りばめられた翡翠色の小さな宝石がプラチナの蔓が絡まった優美なデザインに爽やかな色彩を添える。
「そう、それは俺が享一に贈った世界でたったひとつしかない指輪。つまりオリジナルだ」
「じゃあ、俺が持っていたあの指輪は?」
「俺の指輪だ。享一はずっと首に掛けていたから、サイズが変っている事にも気付かなかったんだろう?」
胸にツキリと痛みが走る。
「俺の指輪には、誘拐や拉致された時のためにGPSの発信機が埋め込まれている」
「あ・・・・」
ここまで教えてもらって、ようやく合点がいった。
「そういうことだ」 周がミラー越しに艶やかな視線を流してきた。
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周は車に乗った直後に鳴海から連絡が入り、それからずっと骨伝道型のイヤホンをつけ話していた。「速度は?」「もう一度、位置を見てくれ」といった言葉の合間に仕事に関する内容が挟まる。
周の言葉に神経を尖らせながら、無駄に膨らもうとする不安や焦燥感と戦う。ともすれば最悪の事態を想像しそうになる思考を、頭の中で叫びながら叩き潰した。
知りたい事、聞きたい事、行き場の見つからない怒りが頭の中で渾然となって渦を巻いた。
ひとつの疑問が湧くと、その疑問がまた別の疑問を引っ張ってくる。こういう時こそ冷静にならなければいけないと思うのに、気持ちは焦るばかりで頭の中が上手く整理できない。
今わかっている事、知っていることを全部教えてくれと周に詰め寄りたくなる気持ちをねじ伏せ、息を殺しながら通話が終わるのを待つ。
和輝の安否だけでも。せめて無事でいるのかそれだけでもわかれば、と。祈るような気持ちで眼を閉じた。
バックミラーに、後続のシルバーのプリウスが途切れることなく映っている。
金髪の男の運転する車は、捕まれば一発で免停を食らいそうなZのスピードに、まるで呼吸を合わせるかのようについていきていた。
助手席に頬を腫らした瀬尾が厳しい顔で座っている。瀬尾も自分同様、さまざまな想像が頭を過ぎるのか、時折思い詰めたような煩悶の表情がその顔に浮かんだ。
空港の車寄せに現れた男に、瀬尾はすぐに食ってかかった。
瀬尾は自分の前に立った男に『馴れ馴れしく俺の名前を呼ぶな』と英語で一喝すると、そのあと非難する口調でまくし立てた。言葉が早すぎて内容はほとんどわからなかったが、男を詰る瀬尾は動揺しているように見えた。
男が瀬尾の非難を一通り聞き、軽く肩を竦めて一言二言返すと、瀬尾の腫れた頬がかっと血潮に染まり悔しげに男を睨む。瀬尾の杖を握る拳がわなわなと震えていた。
瀬尾は振り返ると、「お前たちの後についていく」 とそれだけ言い、男に続いてプリウスの助手席に乗り込んだ。
近くで見る男の目は頭髪より少し濃い金色で僅かにブルーが混ざる。やはり冷たい眼だと思った。
瀬尾に詰られる間もその表情にも瞳にも感情は表れず、どこを見ているのかもわからない。温度が感じられない。人間味の無い、サイボーグのような印象の男だ。 憎々しげに男を見る瀬尾と無表情の男の間に友人という絆は見当たらない。
男には得体の知れない気味の悪さと、人間離れした猟奇的で危険な匂いがあった。
和輝の失踪になにか関与しているのだろうか?心臓がぎゅっと竦むような胸騒ぎを覚え、衝動的に目を上げると自分をじっと見ている金色の瞳と目が合った。感情の篭らない義眼のような冷たい瞳に見つめられ呼吸が止まる。外したいのにロックされたように視線を離すことが出来ない。目が離せなくなる。
バックミラーに映る男は眉頭をひょいと上げるとすぐに表情を元に戻し、向こうから視線を解除した。何か殺人鬼の標的にされたかのような恐ろしさ感じ、掌に冷たい汗をかいた。
「後ろの車が気になるか?」
脂汗をかいた掌を握られ、革のシートの上で躰が跳ね上がった。
「俺に聞きたい事があるんだろう?」
「あ・・・」
周の声で金色の瞳の呪縛から解放され、周の顔を見る。カラーコンタクトを通しても蠱惑に溢れる瞳は享一の顔を見つめると、なんでもどうぞという風に前を向き享一の言葉を待つ。
膝の上で自分の手と繋がる周の手に目を落とす。
わからない事だらけで破裂しそうなほどに膨れ上がった疑問も、たったひとつの言葉に集約される。ただ、これを口にするには勇気が要った。
「なぜ周に、和輝の居場所がわかるんだ」
周が和輝の失踪に関っているとは、毛の先ほども思ってなどいない。
「俺を疑っているのか?」
「そうじゃない・・・・・」
だがいくら周を信じたいと思っていても、目の前の動かせない現実は自分ではどうすることも出来ない。
「指輪」
「え?」
意外な切り返しに気の抜けた短い声が漏れた。
ゆっくり享一の手を解き、長い指がハンドルに戻る。運転をする周の横顔を見ると、自分に流されていた黒い瞳が享一から逃れるようにすっと前に向けられた。
「享一、俺が祝言の夜に贈った指輪はどうした?」
3年前、庄谷の屋敷で再会した夜、周から蔦が搦まる美しいデザインの指輪を贈られ、桜の舞い散る能舞台で祝言を挙げた。三々九度の杯に晩春の夜に咲いた桜の花弁が浮かび、至上の幸福感に酔いしれた。
大切な指輪だった。
今は薬指には周が数日前に改めてくれた同じデザインの指輪が填る。女性っぽいというのでは無いが、ウエーブの入った存在感のある土台にプラチナの蔓の絡まったデザインは優美で官能的だ。
祝言の夜に贈られた指輪は周と別れを告げた夜、自分が最も心休まる場所へ隠した。現在(いま)指で艶めく光を放つ指輪ももちろん大切に思う。だが、桜の散るあの夜に贈られた指輪に対する思い入れには遠く及ばない。
ふと自分が今まで見落としていた事に気が付いた。
指輪に関して、周から言及されたのはこれが初めてだ。自分は周に指輪を手放した事は一度も話したことが無い。言えるはずも無かった。
それなのに、前と全く同じデザインの指輪が新たに用意されていた。どういうことだろうか?
密かにハンドルを握る周の手を盗み見る。
自分にはふたつ目の指輪を贈ってくれたというのに、ハンドルにかかる周の指には、対であるはずの指輪は無い。
自分は人に見られるのが気恥ずかしくて普段は絹紐で首から提げて隠していたのに対し、周はその想いを見せ付けるように堂々と指に嵌めていてくれた。
どうして嵌めてくれないのだろうかと、実のところずっと気になっていた。
表面は以前と変らない、それどころかなお濃度を増したかのような愛情と情熱を向けてくれる周だが、今回の事で心の中では自分に対する微妙な気持ちの変化が起こっているのかもしれない。そう思うと周の真意を知るのが怖くて、指輪のことを口に出すことが出来ないでいた。
「その指輪は、原型のモデルも鋳型も、指輪が完成した時点で壊させてある」
一瞬何もかも忘れて、指に填るつややかな白金の指輪に見入った。ところどころに散りばめられた翡翠色の小さな宝石がプラチナの蔓が絡まった優美なデザインに爽やかな色彩を添える。
「そう、それは俺が享一に贈った世界でたったひとつしかない指輪。つまりオリジナルだ」
「じゃあ、俺が持っていたあの指輪は?」
「俺の指輪だ。享一はずっと首に掛けていたから、サイズが変っている事にも気付かなかったんだろう?」
胸にツキリと痛みが走る。
「俺の指輪には、誘拐や拉致された時のためにGPSの発信機が埋め込まれている」
「あ・・・・」
ここまで教えてもらって、ようやく合点がいった。
「そういうことだ」 周がミラー越しに艶やかな視線を流してきた。
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
自分たちだけで合点がいってます(なんだよう、教えろよ~
*お知らせ*
この週末に50000HIT、超えましたw(*゚o゚*)w
このような地味なサイトに50000HIT・・・・・感無量です。なんだか夢みたいです。
これも偏に遊びに来てくださるみなさまのおかげですね。本当にありがとうございます。
つきましては、キリリクにお受けしたいと思いますので、踏んだ覚えのある方よろしければご一報をくださいませ(*^ー^*)一週間経っても申告がない時は、前後5番内のニアピンの方のリクエストにお答えしたいと思います。
感謝を込めて。紙魚
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当に、いつもありがとうございます。
ほんの拙文しか書けませんが、書いていく励みになります。。
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これも偏に遊びに来てくださるみなさまのおかげですね。本当にありがとうございます。
つきましては、キリリクにお受けしたいと思いますので、踏んだ覚えのある方よろしければご一報をくださいませ(*^ー^*)一週間経っても申告がない時は、前後5番内のニアピンの方のリクエストにお答えしたいと思います。
感謝を込めて。紙魚
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そのあとにアマネさま登場して。(*´ο`*)=3 はふぅん
オソロシイ運転をしながらも享一さんの膝の上の手を握るアマネさま~~。
出たっ、GPS!! 享一さんは、指輪の事もホワァアアアアと受け取って、勘違いの失望とかして、もうっ可愛いったら…。
和輝くんは。きっと見つかり、タカノリって呼んで・・・・タカノリって(しつこい)怒られちゃった金髪の短髪さんとはサイドストーリーでお目にかかれるんですね!
潜り期間に入ってしまいますが、紙魚さんには「ご相談」のメールを差し上げてしまいそうです。
お付き合いくださいまし~~。
コメント欄の絶叫は、ちょっとお休みします。
ここが静かになるのが寂しいワン!!