05 ,2010
翠滴 3 和輝 8 (109)
「瀬尾!待てよっ、どういうことだ?」
杖を使って歩く瀬尾になかなか追いつけない。
空港のリノリウムの床を片手に持った杖を突きながら無言で歩く瀬尾の背中を追う。
「瀬尾!」
エスカレーターまで来るとようやく瀬尾が振り返った。
「和輝がここに来る途中で誘拐された」
「嘘だろう・・・・」
瀬尾は黙ったまま自分を見ている。
「まさか、周がやったと思っているのか?」
「動機は、ある」
冷たい眼だった。高校の時からこれまで、瀬尾のあらゆる表情を見たつもりだったが、これほどに冷め切った他人の顔を向けられたのは初めてだった。
瀬尾はふいと背中を向けるとエスカレーターに乗り階下へと降りていく。自分も急いで瀬尾に続いた。口を噤んだまま黙々と歩く瀬尾に並んで歩きながら考えをめぐらせる。
和輝が消えた。
何か考えていないと頭がパニックに落ち入りそうだった。
和輝を連れ去ってメリットがあるのは誰か。
辰村の顔が不意に浮かぶ。辰村とは決着がついていると周は言っていたが、辰村の背後にいるクライアントたちはどうだろうか?
和輝を使って瀬尾の口を封じる・・・・一見飛躍していてそうで、有り得ない話ではない気がする。大人の瀬尾を簡単に国外へ拉致してしまえる連中だ。
建物を出て車寄せに立った。
「ここに来る途中に立ち寄ったコンビニから姿を消したそうだ。見通しのいい店内と、その周辺を一時間かけて探したらしいが見つからなかった」
動機はあると断言したあと無口になっていた瀬尾が一旦言葉を切り、何かを揶揄するように享一を見る。
「連れ去られたとしか思えない」
「瀬尾、周は関係ないぞ」
確信を持って言う享一の声にアーモンド形に縁取られた双眸の中で昏い瞳が動いた。
「お前は永邨の闇も愛すると言ったが、お前に奴の闇が本当に理解できるのか? お前と奴とじゃ根本的に住む世界が違うってことに、気がつけ」
「煩い! 元はと言えば、瀬尾がおかしな物に手を出したのが原因だろうが!」
胸の中で膨らんだ不安や怒りが一気に噴出した。
ほとんど絶叫に近い瀬尾をなじる自分の鋭い言葉に、互いが同時に息を呑む。
瀬尾は享一から辛そうに歪んだ顔を背けるとまた黙り込んだ。
和輝をここまで育ててきたのは自分ではない。
愛情をかけ手をかけ、仕事と育児を天秤に掛けどうにかやり繰りしながら今日まで頑張ってきたのは瀬尾だ。表情を硬くして立ち続ける横顔に、公園で和輝がいなくなった時の瀬尾の切羽詰った必死の顔が重なった。
「悪かった、つい頭に血が上って・・・・警察には届けたのか?」
「何か動きがあるまでは待つように従姉妹夫婦には言ってある」
冬の森で落ち葉を掻き分けた時のような恐怖心が、じりじりと押し寄せてくる。
瀬尾は誰かを待っているのか、こんな所に立っているのは時間の無駄なのではないか。
周に電話をして、辰村に聞いてもらえないだろうか・・・・と言う考えが頭に浮かぶ。だがそれはまた周を辰村たちに近づけることを意味する。
ジレンマで手の中の携帯を見つめ躊躇していると「来たか」という瀬尾の声がして顔を上げた。目の前の車寄せに真っ赤なフェアレディが滑り込んできた。トリニティからだと飛ばしても1時間ちょっとはかかるはずだ。周と携帯で話してから30分も経っていない。
「相変わらず下品な車だな」
吐き捨てるように呟く言葉に、瀬尾が周の車を知っていたことに更に驚いた。
車からスラリとした長躯が降り立つ。黒のカラーコンタクトを嵌めた秀麗な顔が、享一と並んで立つ瀬尾を見て露骨に不機嫌そうに歪んだ。
「早かったじゃないか。まさか俺たちの話が終わるのを、どこかに潜んで待っていたんじゃないだろうな」
瀬尾の皮肉を無視して、周が踵を鳴らし近付いてくる。
「あの、周・・・・・」
完全に据わった兇悪な目つきに言葉が続かなかった。
周の規則的な足音が止まると同時に、バキッという音がして瀬尾が倒れこむ。目にも留まらぬ速さというのは、こういうことをいうのか、あっという間の出来事だった。
瀬尾の杖が手から離れ派手に床を鳴らした。タクシー待ちをしていたビジネスマンや旅行者帰りのグループがチラチラこちらに視線を寄越すが、やがて厄介ごとは御免だとばかりに背中を向ける。
相当なダメージだったのか、瀬尾は床に座ったまま、手の甲で口端の血を拭った。
杖を掴んで立ち上がろうとする瀬尾を、手助けするために伸ばした手は拒否された。
「これからずっとこの脚と付き合っていくんだ。自分のことくらいは自分で出来るようにしておきたいからな」
「念のためにお前の拉致を指図した連中にも聞いてやったが、和輝のことは知らないそうだ」
「嘘だ。お前らじゃなかったら、一体どこの誰が和輝を連れて行くというんだ」
頬が腫れ始めているせいか、声が少しくぐもっている。
「さあな。人のことよりお前の方こそどうなんだ? 素行の悪いお前のことだ、過去に捨てた女の恨みでも買っていないか、胸に手でも当てて考えてみたらどうだ? 享一、行くぞ」
周に手首を取られ、車に引っ張って行かれた。
「周、ちょっと待てよ。和輝が行方不明になっているこんな時に、行けるわけがないだろう」
周が後ろを振り返った。
「和輝の居場所なら調べればわかる」
「な・・・・っ」 言葉の衝撃に問い質そうとした声を瀬尾の怒号が遮った。
「永邨っ!やっぱり、貴様が和輝を攫ったのか」 怒りで顔全体が朱に染まった顔が、憎悪を滾らせ睨みつけてきた。瀬尾は間違いなく和輝の父親なのだ。血より濃く深いものがそこにあった。
「わかると言っただけだ」
瀬尾が身体を揺らしながら近付いてきた。どんどん腫れてきている頬が痛々しい。
「俺も連れて行け!」
「残念ながら俺の“下品な”愛車は二人乗りなんでね」
周の唇の端が意地悪気に上がっている。
「永邨!」
憎々しげに声を上げる瀬尾の声に、ブレーキの音が被さった。
シルバーのプリウスがフェアレディの後ろに急停車する。
「タカノリ」
運転席から顔を覗かせたのはロビーで見た金髪の男だった。
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杖を使って歩く瀬尾になかなか追いつけない。
空港のリノリウムの床を片手に持った杖を突きながら無言で歩く瀬尾の背中を追う。
「瀬尾!」
エスカレーターまで来るとようやく瀬尾が振り返った。
「和輝がここに来る途中で誘拐された」
「嘘だろう・・・・」
瀬尾は黙ったまま自分を見ている。
「まさか、周がやったと思っているのか?」
「動機は、ある」
冷たい眼だった。高校の時からこれまで、瀬尾のあらゆる表情を見たつもりだったが、これほどに冷め切った他人の顔を向けられたのは初めてだった。
瀬尾はふいと背中を向けるとエスカレーターに乗り階下へと降りていく。自分も急いで瀬尾に続いた。口を噤んだまま黙々と歩く瀬尾に並んで歩きながら考えをめぐらせる。
和輝が消えた。
何か考えていないと頭がパニックに落ち入りそうだった。
和輝を連れ去ってメリットがあるのは誰か。
辰村の顔が不意に浮かぶ。辰村とは決着がついていると周は言っていたが、辰村の背後にいるクライアントたちはどうだろうか?
和輝を使って瀬尾の口を封じる・・・・一見飛躍していてそうで、有り得ない話ではない気がする。大人の瀬尾を簡単に国外へ拉致してしまえる連中だ。
建物を出て車寄せに立った。
「ここに来る途中に立ち寄ったコンビニから姿を消したそうだ。見通しのいい店内と、その周辺を一時間かけて探したらしいが見つからなかった」
動機はあると断言したあと無口になっていた瀬尾が一旦言葉を切り、何かを揶揄するように享一を見る。
「連れ去られたとしか思えない」
「瀬尾、周は関係ないぞ」
確信を持って言う享一の声にアーモンド形に縁取られた双眸の中で昏い瞳が動いた。
「お前は永邨の闇も愛すると言ったが、お前に奴の闇が本当に理解できるのか? お前と奴とじゃ根本的に住む世界が違うってことに、気がつけ」
「煩い! 元はと言えば、瀬尾がおかしな物に手を出したのが原因だろうが!」
胸の中で膨らんだ不安や怒りが一気に噴出した。
ほとんど絶叫に近い瀬尾をなじる自分の鋭い言葉に、互いが同時に息を呑む。
瀬尾は享一から辛そうに歪んだ顔を背けるとまた黙り込んだ。
和輝をここまで育ててきたのは自分ではない。
愛情をかけ手をかけ、仕事と育児を天秤に掛けどうにかやり繰りしながら今日まで頑張ってきたのは瀬尾だ。表情を硬くして立ち続ける横顔に、公園で和輝がいなくなった時の瀬尾の切羽詰った必死の顔が重なった。
「悪かった、つい頭に血が上って・・・・警察には届けたのか?」
「何か動きがあるまでは待つように従姉妹夫婦には言ってある」
冬の森で落ち葉を掻き分けた時のような恐怖心が、じりじりと押し寄せてくる。
瀬尾は誰かを待っているのか、こんな所に立っているのは時間の無駄なのではないか。
周に電話をして、辰村に聞いてもらえないだろうか・・・・と言う考えが頭に浮かぶ。だがそれはまた周を辰村たちに近づけることを意味する。
ジレンマで手の中の携帯を見つめ躊躇していると「来たか」という瀬尾の声がして顔を上げた。目の前の車寄せに真っ赤なフェアレディが滑り込んできた。トリニティからだと飛ばしても1時間ちょっとはかかるはずだ。周と携帯で話してから30分も経っていない。
「相変わらず下品な車だな」
吐き捨てるように呟く言葉に、瀬尾が周の車を知っていたことに更に驚いた。
車からスラリとした長躯が降り立つ。黒のカラーコンタクトを嵌めた秀麗な顔が、享一と並んで立つ瀬尾を見て露骨に不機嫌そうに歪んだ。
「早かったじゃないか。まさか俺たちの話が終わるのを、どこかに潜んで待っていたんじゃないだろうな」
瀬尾の皮肉を無視して、周が踵を鳴らし近付いてくる。
「あの、周・・・・・」
完全に据わった兇悪な目つきに言葉が続かなかった。
周の規則的な足音が止まると同時に、バキッという音がして瀬尾が倒れこむ。目にも留まらぬ速さというのは、こういうことをいうのか、あっという間の出来事だった。
瀬尾の杖が手から離れ派手に床を鳴らした。タクシー待ちをしていたビジネスマンや旅行者帰りのグループがチラチラこちらに視線を寄越すが、やがて厄介ごとは御免だとばかりに背中を向ける。
相当なダメージだったのか、瀬尾は床に座ったまま、手の甲で口端の血を拭った。
杖を掴んで立ち上がろうとする瀬尾を、手助けするために伸ばした手は拒否された。
「これからずっとこの脚と付き合っていくんだ。自分のことくらいは自分で出来るようにしておきたいからな」
「念のためにお前の拉致を指図した連中にも聞いてやったが、和輝のことは知らないそうだ」
「嘘だ。お前らじゃなかったら、一体どこの誰が和輝を連れて行くというんだ」
頬が腫れ始めているせいか、声が少しくぐもっている。
「さあな。人のことよりお前の方こそどうなんだ? 素行の悪いお前のことだ、過去に捨てた女の恨みでも買っていないか、胸に手でも当てて考えてみたらどうだ? 享一、行くぞ」
周に手首を取られ、車に引っ張って行かれた。
「周、ちょっと待てよ。和輝が行方不明になっているこんな時に、行けるわけがないだろう」
周が後ろを振り返った。
「和輝の居場所なら調べればわかる」
「な・・・・っ」 言葉の衝撃に問い質そうとした声を瀬尾の怒号が遮った。
「永邨っ!やっぱり、貴様が和輝を攫ったのか」 怒りで顔全体が朱に染まった顔が、憎悪を滾らせ睨みつけてきた。瀬尾は間違いなく和輝の父親なのだ。血より濃く深いものがそこにあった。
「わかると言っただけだ」
瀬尾が身体を揺らしながら近付いてきた。どんどん腫れてきている頬が痛々しい。
「俺も連れて行け!」
「残念ながら俺の“下品な”愛車は二人乗りなんでね」
周の唇の端が意地悪気に上がっている。
「永邨!」
憎々しげに声を上げる瀬尾の声に、ブレーキの音が被さった。
シルバーのプリウスがフェアレディの後ろに急停車する。
「タカノリ」
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
BLぢゃない。。立て続けに萌えの無い内容ですみません。
ここのところ過去記事を一気読みされている方、たくさんの拍手をありがとうございます!
書いてゆく原動力になります。
*お知らせ*
今週末か、来週はじめくらいに50000HITに達しそうです。
キリリクを受け付けますので、踏まれた方よろしければご一報くださいませm(_ _)m
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当に、いつもありがとうございます。
ほんの拙文しか書けませんが、書いていく励みになります。。
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今週末か、来週はじめくらいに50000HITに達しそうです。
キリリクを受け付けますので、踏まれた方よろしければご一報くださいませm(_ _)m
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ほんの拙文しか書けませんが、書いていく励みになります。。
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この粘着質なアマネさんの愛情が堪らないです。
ヒーローのような赤い車での登場!!
カッコいい~~~~ヾ(´∀`〃)ノ~♪
クセになる~~。
どうやらアマネさんに任せておけば和輝くんも見つかりそうだし~~。
プリウスから「タカノリ」って「タカノリ」って(2回言っておいた)!!!金髪短髪さん、存在感あり過ぎ~~~~~。 サイドストーリーまで待ちきれない~~。
もぉおおお、紙魚さんイケズゥ~~~。