05 ,2010
翠滴 3 born 18 (101)
指輪の蔓が伸びて、心臓に繋がるという薬指に直接巻き付いてゆく気がした。
蔓の搦まるこの指輪を初めて嵌めてもらった祝言の夜、心と人生を周に縛り付けられたような気がして感動で震えた。
「周に会うまでの周の苦悩を、俺は知る事もできない。けれど、周の味わった煩悶や屈辱、悔しさに流した涙を想像する事はできる。俺の知らなかった頃の周が感じた悲しみや苦しみを、周に二度と味わって欲しくない」
瀬尾が後に指輪のデザインについて、「享一を自分に拘束しておきたい永邨の願望の表れだ」 と忌々しげに表現したが、それは周のではなく自分の強い願望だった。
人はいつか離れると思う自分の心の不安を、指輪に絡みついた蔓が和らげてくれた。
蔓は指に繋がった心臓を目掛けるように蔓を伸ばし、腕に搦みつく。そこから周の瞳の色と同じ瑞々しい葉が現れる。躰中に巻き付いて、自分の世界を掌る周に繋ぎ止めてくれればいいと思った。
「瀬尾の掴んだ情報がマスコミに流れたら、いくら周に力があっても風説を消し去るのには莫大な時間が掛かる。場合によっては、周が懲役を受ける事だってあると思った。周が漸く手にした人生が、俺のせいで崩壊するのを見るのは絶対に嫌だ」
その気持ちは、今も変ってはいない。心は時間を遡り、息の詰まる閉塞した時間が戻ってくる。
低い空調音と募る未練、逼迫感、周の身体を這う蟲。
周を守ろうとしたこの手は守るどころか、周を再び奈落に突き落とそうとした。
輝きを失い指に巻きついた蔦が枯れた。
享一は慄然としながら周の頬を離れた自分の指を見つめる。
「そうやって手にする、輝きも何もない成功を独りで喜べと俺に言うのか」
はっと夢から覚めたように周の顔を見る。
翳していた手を獲られ、シーツに押し付けられた。
「成功も栄光も、一緒に喜ぶべき相手を犠牲にして手に入れて何が嬉しい?」
「いい加減に腹を括れ、享一」
暗かった部屋にうっすら色彩が戻る。
薔薇色の光が夜明け前の空気を切り裂き“今日”が生まれる
「俺は醜聞ごときに倒れたりはしない。確かに、俺は公にできるようなきれい事ばかりで固められた潔白な人間じゃない。そのことは今回の事で享一もよくわかっただろう。だが、いまお前はそれを知った上でここにいる」
辰村に愛撫されながら男らしい美貌に淫靡な翳を刷き、嗤う周は美しい魔物のようであった。
周が清廉潔白な人間であるかはどうかは、自分にとってどうでもいい。ただ、自分に感じるのはのびやかに躍動する命と、憚るものは躊躇いなく薙倒し、豪胆に自分の人生を驀進する男の、軽快で鮮烈な心臓のリズムだけだった。
そこには善も悪もない。
永邨 周という自分の魂を震わせる、ひとりの男があるだけだ。
「なら、守ると思う前に俺を信じろ。俺には自信がある、希望もだ。その自信をお前も信じろ」
同情などいらないと瞳が言う。そんなものが欲しいのではないと。
黒曜石の中を覗き込む翡翠にも、立ち並ぶビルやテラスを突き抜けて届く光が射し、虹彩の縁で鮮やかに弾けた。見詰め合う瞳の光と共に洪水を起こす自信や余裕のその奥に一点、光の届かない場所がある。孤高の者だけが知る絶対的な孤独の闇。この闇が明けることはない。
「そうやってまた俺を独りにするのか」
別れる前、周は一緒に暮らしたがった。
周は疾うに心を決めていたというのに、自分は社会的な体裁や固定観念で縛られ、最後まで踏ん切りが付けられなかった。たった一度、瀬尾と和輝の親子らしい姿に中てられて、同棲を承諾する言葉を口にした時の、唖然としてそのあと嬉しそうに破顔した周の顔を思い出す。携帯の盗聴発覚や、瀬尾の一件で同棲の話は木っ端微塵に消え去った。
胸がツキリと痛くなる。
雑多な固定観念に囚われ、周に甘える勇気と、信じる強さをもたなかった。
自分には周と生きるという覚悟と自覚が、足りていなかったのだ。「好き」 も 「愛している」 も、相手を冒し、穢す覚悟の上に成り立つ。
同情と綺麗事で渡り合える関係の脆弱さを知る。
今更になって、自分は周と同じレイヤーにすら立っていなかったことに気がついた。
「俺は・・・周を守りたかった。でも、俺のやり方も考え方も間違っていた」 周を傷つけたくないという心の驕りは、周を貶め苦しめる行為にしか繋がらなかった。
朝陽を溜めた虹彩が、レーザーのように鋭い光を発し自分を射る。
「周、もし俺を赦してくれるというなら、俺を殴ってくれないか。気の済むまで殴ってくれていい」
身を起こして居ずまいを正した。
「それで、気が済んだら・・・もういちど、周の側に居させてほしい」
頭を下げた目線の先でプラチナの光が揺れたと思った瞬間、頬で静寂を切り裂く鋭い音が鳴った。ベッドに倒れ込む眼前で見事な火花が散り、痛いと思うまもなく乱暴に唇を塞がれた。
すぐジンジンと痺れ出した頬を包まれ、噛み付かんばかりに与えられるキスに全身が熱くなる。
「3度目はないと思え。今度やったら・・・」
3度・・・ 河村も入るということだろうか。
途切れた言葉の先を問いかける目で見上げる享一に、ニッと意味ありげな笑みが返される。密着した下腹や脇腹を、ぞくりと寒気と一緒に駆け上がる熱いものに目が細まった。
部屋中が薔薇色に燃える。
包まれた腕の中で睡魔が訪れた。
意識が途切れる前にもう一度と、周の心臓に耳を寄せた。肩にコンフォーターが掛けられ、少し掠れた艶やかな声がそっと名前を呼ぶ。「ありがとう」と言いたいのに、深い眠りに足を獲られ目蓋を上げることすらも出来ない。
目蓋に透ける薔薇色の光は、新しく生れ落ちた今日の光だ。
次に目覚めた時、毎朝新しく生れる太陽のように自分も生まれ変われるだろうか。
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翠滴 1―1 →
翠滴 2―1 →
翠滴 3―1 →
蔓の搦まるこの指輪を初めて嵌めてもらった祝言の夜、心と人生を周に縛り付けられたような気がして感動で震えた。
「周に会うまでの周の苦悩を、俺は知る事もできない。けれど、周の味わった煩悶や屈辱、悔しさに流した涙を想像する事はできる。俺の知らなかった頃の周が感じた悲しみや苦しみを、周に二度と味わって欲しくない」
瀬尾が後に指輪のデザインについて、「享一を自分に拘束しておきたい永邨の願望の表れだ」 と忌々しげに表現したが、それは周のではなく自分の強い願望だった。
人はいつか離れると思う自分の心の不安を、指輪に絡みついた蔓が和らげてくれた。
蔓は指に繋がった心臓を目掛けるように蔓を伸ばし、腕に搦みつく。そこから周の瞳の色と同じ瑞々しい葉が現れる。躰中に巻き付いて、自分の世界を掌る周に繋ぎ止めてくれればいいと思った。
「瀬尾の掴んだ情報がマスコミに流れたら、いくら周に力があっても風説を消し去るのには莫大な時間が掛かる。場合によっては、周が懲役を受ける事だってあると思った。周が漸く手にした人生が、俺のせいで崩壊するのを見るのは絶対に嫌だ」
その気持ちは、今も変ってはいない。心は時間を遡り、息の詰まる閉塞した時間が戻ってくる。
低い空調音と募る未練、逼迫感、周の身体を這う蟲。
周を守ろうとしたこの手は守るどころか、周を再び奈落に突き落とそうとした。
輝きを失い指に巻きついた蔦が枯れた。
享一は慄然としながら周の頬を離れた自分の指を見つめる。
「そうやって手にする、輝きも何もない成功を独りで喜べと俺に言うのか」
はっと夢から覚めたように周の顔を見る。
翳していた手を獲られ、シーツに押し付けられた。
「成功も栄光も、一緒に喜ぶべき相手を犠牲にして手に入れて何が嬉しい?」
「いい加減に腹を括れ、享一」
暗かった部屋にうっすら色彩が戻る。
薔薇色の光が夜明け前の空気を切り裂き“今日”が生まれる
「俺は醜聞ごときに倒れたりはしない。確かに、俺は公にできるようなきれい事ばかりで固められた潔白な人間じゃない。そのことは今回の事で享一もよくわかっただろう。だが、いまお前はそれを知った上でここにいる」
辰村に愛撫されながら男らしい美貌に淫靡な翳を刷き、嗤う周は美しい魔物のようであった。
周が清廉潔白な人間であるかはどうかは、自分にとってどうでもいい。ただ、自分に感じるのはのびやかに躍動する命と、憚るものは躊躇いなく薙倒し、豪胆に自分の人生を驀進する男の、軽快で鮮烈な心臓のリズムだけだった。
そこには善も悪もない。
永邨 周という自分の魂を震わせる、ひとりの男があるだけだ。
「なら、守ると思う前に俺を信じろ。俺には自信がある、希望もだ。その自信をお前も信じろ」
同情などいらないと瞳が言う。そんなものが欲しいのではないと。
黒曜石の中を覗き込む翡翠にも、立ち並ぶビルやテラスを突き抜けて届く光が射し、虹彩の縁で鮮やかに弾けた。見詰め合う瞳の光と共に洪水を起こす自信や余裕のその奥に一点、光の届かない場所がある。孤高の者だけが知る絶対的な孤独の闇。この闇が明けることはない。
別れる前、周は一緒に暮らしたがった。
周は疾うに心を決めていたというのに、自分は社会的な体裁や固定観念で縛られ、最後まで踏ん切りが付けられなかった。たった一度、瀬尾と和輝の親子らしい姿に中てられて、同棲を承諾する言葉を口にした時の、唖然としてそのあと嬉しそうに破顔した周の顔を思い出す。携帯の盗聴発覚や、瀬尾の一件で同棲の話は木っ端微塵に消え去った。
胸がツキリと痛くなる。
雑多な固定観念に囚われ、周に甘える勇気と、信じる強さをもたなかった。
自分には周と生きるという覚悟と自覚が、足りていなかったのだ。「好き」 も 「愛している」 も、相手を冒し、穢す覚悟の上に成り立つ。
同情と綺麗事で渡り合える関係の脆弱さを知る。
今更になって、自分は周と同じレイヤーにすら立っていなかったことに気がついた。
「俺は・・・周を守りたかった。でも、俺のやり方も考え方も間違っていた」 周を傷つけたくないという心の驕りは、周を貶め苦しめる行為にしか繋がらなかった。
朝陽を溜めた虹彩が、レーザーのように鋭い光を発し自分を射る。
「周、もし俺を赦してくれるというなら、俺を殴ってくれないか。気の済むまで殴ってくれていい」
身を起こして居ずまいを正した。
「それで、気が済んだら・・・もういちど、周の側に居させてほしい」
頭を下げた目線の先でプラチナの光が揺れたと思った瞬間、頬で静寂を切り裂く鋭い音が鳴った。ベッドに倒れ込む眼前で見事な火花が散り、痛いと思うまもなく乱暴に唇を塞がれた。
すぐジンジンと痺れ出した頬を包まれ、噛み付かんばかりに与えられるキスに全身が熱くなる。
「3度目はないと思え。今度やったら・・・」
3度・・・ 河村も入るということだろうか。
途切れた言葉の先を問いかける目で見上げる享一に、ニッと意味ありげな笑みが返される。密着した下腹や脇腹を、ぞくりと寒気と一緒に駆け上がる熱いものに目が細まった。
部屋中が薔薇色に燃える。
包まれた腕の中で睡魔が訪れた。
意識が途切れる前にもう一度と、周の心臓に耳を寄せた。肩にコンフォーターが掛けられ、少し掠れた艶やかな声がそっと名前を呼ぶ。「ありがとう」と言いたいのに、深い眠りに足を獲られ目蓋を上げることすらも出来ない。
目蓋に透ける薔薇色の光は、新しく生れ落ちた今日の光だ。
次に目覚めた時、毎朝新しく生れる太陽のように自分も生まれ変われるだろうか。
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
みなさま、楽しいGWをお過ごしでしょうか?
休み中はなかなかCPに向かえず、いつものごとく更新が滞ってしまい申し訳ございません。
本日より実家に戻りますので、コメント・メールのご返事は遅くなると思います。
それでもOKよんと思われた方、ご感想・ご指摘お待ちしております。
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当に、いつもありがとうございます。
ほんの拙文しか書けない私ですがですが、書いていく励みになります。。
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>瞬間、頬で静寂を切り裂く鋭い音が鳴った。ベッドに倒れ込む眼前で見事な火花が散り、痛いと思うまもなく乱暴に唇を塞がれた。
!!!!!!(;゚д゚)ェ.. 殴るんですか・・・?
アマネさーん、ビシッ、ちゅううぅ…あうあうあうぅ・・・なんてカッコいい…。
ああっ、殴られた(頬を張られた)享タン、満足して寝ちゃった。
ステキです、「翠滴」本当に素敵です…このSMカップルに幸あれ!?゜ヽ(亝∀亝。)ノ゜.:。+
紙魚さん、ご実家でゆっくりしてらしてくださいね~。