03 ,2010
翠滴 3 born 6 (89)
ベッド横のサイドボードの上に土鍋の載ったトレイを置くと享一が問いかけの目を向けてきた。
さっきまで浅い眠りを貪っていた目はまだ少し眠たげだ。ベッドの上に散らばった本を退けてやり、タオルを広げクッションを背中にあててやった。
「今日から流動食だ。少しずつでいいから食べられるようにしてゆくといい」
「これ、周が作ったのか?」
「ああ、白米と薄い塩だけのシンプルな粥だが、今の享一の躰にはこれくらいがいいだろう」
享一の顔が破願して嬉しそうに綻ぶ。
思わずといった感じの笑顔が好ましく、このペントハウスに来てから初めて見せる手放しの笑みに小さく胸を打たれた。
蓋を取ると重湯に近い粥から、湯気と共にふわりと甘い米の香りが立つ。
顔を近づけた享一の腹が、慎ましやかで控えめな音を立てて鳴り、享一が照れて顔を赤くする。
「意地汚い腹だ。ああ、旨そうだな。米に、それにこの土鍋も買ってきたのか?」
照れ隠しに自分の腹に文句を言い、更に鍋に顔を近づけると物言いたげに見上げてきた。黒曜石の艶の戻りつつある瞳には凡て自分のためにだろうか、という問いがある。
「ああ、ここにはなかったからな。外出のついでに買ってきた。普通の鍋でもよかったが、これなら冷めるのが遅くていいだろう。食べ物の匂いをかいで旨そうだと思えるのは順調に回復してきている証拠だな」
「・・・・・ありがとう」 俯き気味に、はにかんだ小さな声が礼を言う。
すぐにでも唇を合わせ、何もかも奪いたい衝動に駆られた。が、まだ早すぎる。
粥を器に入れるとそれを受け取ろうと享一の手が伸びてきた。が、渡すつもりはない。応える代わりに柄の長い漆塗りの匙で粥を掬い、口許に差し出してやる。
「あの・・・・」 享一が戸惑いに揺れる黒い瞳で見上げてくる。
「口を開けろよ」
「え・・・・いや。あの、自分でできるから・・・」 耳まで赤くして困惑気味に訴えてきたが、「ほら」と漆塗りの長い匙の先端を柔らかい唇の狭間に押し付けると、薄く口を開けた。
粥を流し込み、喉が嚥下に上下すると俄かに享一の顔が活気付く。
「旨い・・・」
そこからは、親鳥から餌をもらう雛のように粥を待ちわびるようになる。
「内臓が喜んで、一斉に動き出した感じだ」
まだ恥ずかしいのか頬をうっすら紅潮させ、そのくせ期待に満ちた視線は粥を掬う指先に釘付けになっている。わざと離れたところに匙を差し出してやると、躊躇いもせず唇が追いかけてきた。少しゲームみたいになってきて、すいすいと口許から逃げる匙をくすくすと笑い声を上げる享一が夢中で追いかけた。
匙に追いついて大きめに口を開けた刹那、得意げな黒い瞳が横目でちらりと見た。
柔らかい唇が匙を捕まえる。
ずくりと躰の奥で熱の塊が疼いた。そして生まれた熱は、即座に重く冷たい鈍色の感情へと変化する。
指先がタイミングを逃し、粥は享一の唇から顎に滴り汚れ防止に敷いたタオルの上に零れ落ちた。最後のひと匙だっただけに、残念そうな瞳が上目遣いで見上げてきた。
強烈な色香が漂う。
本人の自覚はないが、本質は“GLAMOROUS”のあのエロティックな螺旋階段を設計するような男だ。ちょっとした仕種から艶が覗く。
瀬尾の命乞いに現れた享一は、血管の浮く手首や半ば伏せられた目蓋の隙間、弛んだ唇から匂い立つような濃艶を垂れ流していた。まさに、触れなば落ちん風情だった。
零れた粥で濡れた享一の顎や唇を指で拭ってやると、目を奪うような艶を放っていた黒曜石がどきまぎと他人行儀なものに戻り、視線を泳がせ始めた。このギャップが苛立ちを呼んだ。
「享一、水は?」
視線をそらした享一の頬がさっと紅潮する。
「ああ・・・うん・・・・」
「飲みたい?」
「飲み、たい・・・・・・」
享一は、水を拒まない。
ペットボトルの水を口に含み享一に重ねた。
口の中の水を流し終えるとあっさりと唇を離す。名残惜しげに追いかけてこようとする唇に、もっと欲しいかと聞くと「欲しい」と小さく答える。水は与えるが接吻けは与えない。
それでも、切なそうに水を欲しがる享一を愛しく思わないわけがない。
愛しくて、可愛くて、何よりも大切な男・・・・だからこそ、どうしても赦せない自分がいる。
口端から零れた水が雫となって、前にも増して細くなった首を伝いパジャマの襟の間に消えた。享一が声にならない苦しげな吐息を漏らす。
唐突に、享一が土下座した時に見付けた首の後ろに付けられた濃い鬱血痕の記憶が、毎夜ほかの男の名を呼ぶ切羽詰った声とともに蘇った。
享一は本調子でないと自分に言い聞かせ、無理からに抑えつけている激しい嫉妬と怒りが破裂しそうになった。手持ち無沙汰の慰みに、手元のタオルを弄んでいる享一を見下ろし、翠の瞳を閉じて深く息をつく。
「享一、そろそろ風呂にいこう」
不意を衝かれたように顔を上げた享一の表情に苦悶が過ぎった。
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
念願の、「あーん」シーンが書けました。はい、一度書いてみたかったんです。
でも、あんまり「ほのぼの」じゃない・・・ひとえに書き手の性質のせいでしょうか??
とにかくページを使いすぎですね。どんなけ「あーん」に行を割くのか私(笑)
♪お水口移しシーンは、アドさんからのリクエストです♪♪
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当に、いつもありがとうございます。
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