02 ,2010
翠滴 3 傀儡 25 (82)
「瀬尾って奴はイイ仕事してくれたぜ。高嶺の花を手折るチャンスをくれた上に、5年前にお前らの企てた祝言の真相っていう付録付きなんだからな。慌てふためいて俺んとこに瀬尾の処分を依頼してきた奴等のアホ面を想像すると、まったく、笑えるぜ」
辰村の三白眼が横目で周を睨む。
周の頭部に掛かった手がぐいと頭を倒し項が露になった。
「おい、知ってるか?お前の祝言の後、孝彰は8日間寝込んだんだぜ。茶番だとも知らずにな・・・。奴ら、5年前の事には目を瞑るそうだ。自分の間抜けさを晒したくはないんだろうよ。だが、俺はそうはいかねえ」
晒された周の項を辰村の舌がぺろりと舐めた。
僅かに身じろいだ享一を周の深翠の目がひと睨みで制すると、辰村がニヤリと嗤った。
「それは、お気の毒でした。なんなら、今からここに孝彰さんもお呼びしたらどうです?」
「残念ながら俺は孝彰や昔のお前のお得意様方とは違って、自分の玩具を他人とシェアする趣味はないからな」
そう言いながらYシャツの襟の内側から耳の下まで辰村の舌が舐め上げた。
周は微かに眉根を寄せただけで、艶のある切れ長の目はやはり享一を見ている。その翠の虹彩がすうっと動き、開け放たれたガラス戸に向けられた。
外に張り巡らされた石のテラスはプールサイドにつながり、蓮池との境を通ればそのまま外に出ることが出来る。春めいた陽光がきらきらと水面を照らしていた。
周の目がもう一度同じ動きをした。逃げろという事だろうか?享一が僅かに首を左右に振ると周の目が翳り、きりりと整った男らしい眉が吊り上った。
享一はヴィラの入り口の石柱を越えた時の誓いをもう一度胸に刻み込んだ。
何があっても周から離れる気はなかった。
「さて、こいつをどう料理するかな?おい、トキミ。お前はもちろん周の過去を知っていてここまで乗り込んできたんだろうな。周は男娼も同じだった男だ。それでも返して欲しいか?」
辰村の狂犬を思わせる獰猛な目つきは享一から離れず些細な動きにもついて回る。
周を男娼と蔑む言葉に憎悪で血が沸いた。隠微に素早く室内を見回す。自分が犯罪者になるとか、人を傷つけようとしているとか、何も考えられなくなっていた。もうどうでも構わないと思った。
「周は男娼でもないし、ましてやあなたの玩具でもない。」
「面白い。ならここで確かめて行けよ。周が何者か、その目でとくと見ればいい。周、どうだ? この男にお前が隠しているもうひとつの貌を見せてやるのもまた一興だろう」
一瞬、息を呑んだ周の瞳が激しく揺れる。この部屋に入ってはじめて表情らしいものを見せた周の剥き出しの感情に、胸が深く抉られた。
蒼白になった享一を見ていた周の同じく色を失った顔からやがて躊躇いが消え、昏い焔が点る。
「いいでしょう。ベッドに行きますか?」
「・・・・・・!」
言葉に驚き周の顔を見つめるが、拒絶するように視線を外された。
「ここでいいさ。折角、一泊100万も取るスイートにいるんだ。一発目は、この最高級カーペットの床でヤルのも悪くない」
辰村の靴の爪先がカーペットの弾力を確かめるように擦った。
「迷惑な客だ」
「結構な言われようだな。力関係の連鎖の頂点に客いる、それがホテルってもんだろうよ。お前にはまだ経営者としての自覚が足りねえようだから、今日から3日間かけて俺がじっくり教えてやる」
口許の耳朶を食む男が愉しげに笑うが、目つきは笑ってなどいない。獰猛なまま真っ直ぐに享一を観察している。周が傾げていた頭をゆっくり起こした。
「いかにも、他人を脅すのが稼業の人間の言いそうなことだ」
辰村の後ろにあるサイドボードの上に飾られた、アンティークのドームの花瓶が目に留まる。厚みのある花器はそれなりの重量もありそうだ。この部屋においてあるということは、間違いなく本物だろう。
「止めろ、享一。お前の適う相手じゃない」
ガラスの花器を取ろうと踏み出したところで、周の張り詰めた声が享一の足を止めた。
辰村が声を上げて笑い出す。
「なんだ、残念だな。折角、面白いことになりそうだったのに、余計な・・・。ま、いいさ。ドームも命拾いしたな。時見、お前はそこで大人しく俺たちのセックスを眺めてりゃいいんだ」
言うや、周のシャツを掴んでいた辰村の手が左右に開き、強度のない薄紙のごとく引き裂いた。乾いた音を立て、無残に裂かれた上質な生地の間から周の滑らかに引き締まった胸や腹が露出する。辰村の指が首に残ったネクタイに絡まり乱暴に引っ張った。
バランスを崩した周の膝後ろに辰村の蹴りが入り、周の身体は崩れるように床につき伏した。
「周っ!!」
「享一、動くな」
衝撃でうなだれた周が床に這い蹲ったまま鋭い声を発する。
「この程度・・・・なんということはない」
辰村が緩めていた手綱を引くようにネクタイを引っ張り上げた。苦しげに息を詰まらせ、自分の首を拘束するネクタイに吊られた周の上体が上がる。
膝を付き上体を起こし、ゆっくり顔を上げた周の表情を目にした享一は言葉を失った。
周は、嗤っていた。
蠢惑に潤む深緑の瞳は、誘うようであるのに凍てつくほどに冷たい。
赤く染まる唇からは色香が零れ落ち、瞳以上に見るものを惹きつけていた。
妖艶で淫靡な翳を貌に刷いた魔物めく美貌に、周の捨て去ったはずの過去が蘇る。
今まで享一には見えなかった周の半身を覆う闇が、周の全てを支配していた。享一を見つめる顔がうっそりと微笑み、闇を滴らせる。悲哀にも似たその笑みに享一は胸を衝かれた。
はじめて目の当りにした周の闇に享一は戦慄し、否応なく魅せられてゆく自分を感じた。そして、同時にかつてのクライアント達と同じように周の闇に魅せられてしまう自分を恥じた。
この姿だけは自分に見られたくはないと思っていただろう周の気持ちを慮ると、胸が張り裂けた。
「帰れよ、享一。もう、分かっただろう。これが俺の本当の姿だ。俺にとって誰かと寝る事など、どうということはない。ただし、お前とはもう終った。わかるだろう。お前みたいな煮え切らない男は、もうウンザリだ。さっさとどこでも行っちまえよ」
蔑みに似た笑みを浮かべ言い放つ。
その笑いが誰に向けられたものか。享一は翠の眼から赤い涙が零れ落ちるのを見た気がした。
ガラリと口調の変った周を辰村はちらりと見、緩く嗤った。
「・・・ということだ。周に免じて今なら許してやる。ここからは俺達のおたのしみの時間だ。わかったら早いとこ、ここから出て行ってもらおうか」
周に回された辰村の袖がめくれた。肘から這い出た百足の刺青に享一の目が釘付けになった。
巨大な百足が辰村の腕と一緒に破れたシャツの中に入り込み、周の肌を這う。
百足が周のトラウザーの中にずりと潜り込み、前立ての下で厭らしく蠢き出す。
おぞましい蟲に躰を弄らせ、壮絶な色気を撒き散らしながら周が嗤った。
その瞳の奥で凍りつく諦観と、悲痛に彩られた理性を見た瞬間、頭の中で何かが白い閃光を放った。
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翠滴 3―1 →
□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
長---っ!!みなさんのお声が聞こえてきそうです。
2話に分けるには短すぎるし、次話と足して2で割るというのもやってはみたんですけど、
収まりがいいので、このままUPさせていただく事にしました。
オメメ疲れませんでしたか?途中でお休みしながら読んでくださいね・・・・って、
ここ読んでるってことは手遅れだろう!失礼しました。
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当に、いつもありがとうございます。
ほんの拙文しか書けない私ですがですが、書いていく励みになります。。
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で、ピカーッと私の頭もスパークしました。
あううう、しゅばらしい…。
何度も、何度も読み返したくなる文章です。
一体、紙魚さんは、こんなに素晴らしい文章を(たとえばこの回)どのぐらいの時間で書き上げるのでしょうか? なんの邪魔も入らず集中して書くと意外に早く書けてしまうのでしょうか?
もう、紙魚さんの頭の中では、あんなことやこんなことが繰り広げられているのかと思うと、お宅に飛んで行ってインタビューしたくなります。
「3Pは、あるんですか?」と←オイ(-_-;)
周さんの、半身の影の部分がゾクゾクするほど色っぽいです。
鳴海さんが帰ってこなくなりました、茶目さんの株別れはカブトムシのエサをやるみたいで恐ろしいので飼って無いです。
次は、享一さんをレンタルするかな? あ、お取り込み中ですね…。