02 ,2010
翠滴 3 傀儡 21 (78)
優雅なホテルのロビーに降り注ぐ朝の澄んだ日差の中で、おおよそこの場に不似合いな陰の籠もった瞳が整った冷たい顔の印象をさらに酷薄に見せる。
「久しぶりです。河村氏は渋滞に巻き込まれたそうで、少し遅れるそうですよ。」
そう伝えると、侮蔑の冷笑を向け、「担当とはいえ、まさかあなたがこのホテルに、のこのことやって来るとは、思いませんでしたね」と、刃の切っ先で胸を抉る言葉を投げつけた。
口の端に皮肉な微笑を浮かべたままやや首を傾げ、意地の悪そうな鋭い目が睨め付けてくる。鳴海の全身から自分を全否定し責め立てるような冷たい気が押し寄せ、享一は返す言葉も見つからず俯いた。
「顔色が悪いですね。どこか具合でも?」
享一の体調を労わるかに聞こえるセリフは、真逆の別の感情を露にし嘲笑っているようだ。
「いえ・・・」
「それは残念。というより、どこまでも鈍い君に期待する私の方が間違っているということでしょうか」
視線だけでなく言葉までも露骨な鋭い刃となって飛び出し、享一は顔を上げた。
前から自分は鳴海に良くは思われていない、そう思ってはいたが、久しぶりに聞く毒舌には嫌われる以上のもの、「憎悪」を感じた。だが、目障りな自分が、鳴海の仕える周と別れた事は鳴海にとって喜ばしい事のはずではないだろうか?
ふと、享一から鳴海の視線が外れ、更に硬さを増し、燻された銀のようなざらリと冷たい眼光を放った。背後から大理石の床を自信に満ちた足音を響かせ誰かが近付いてくる、その音が丁度 享一の後ろで止まった。
「辰村様、お久しぶりでございます」
慇懃に頭を下げ、畏まった鳴海の目には、先ほどのぎらつく殺意にも似た光はなく、ひたすらに昏い闇色の冷たいガラスが嵌るのみだ。
「久しぶりだな、鳴海。あの茶番の後、一度 親父の所に現われて以来か。いや、親父の葬儀の時にも、顔を出していた。いけしゃあしゃあと・・・全く、呆れたもんだな」
背後からの声に身を引いた享一の視界に入った男は、ちらりと享一を見、すぐに視線を鳴海に戻した。まるで、取るに足りない野良猫でも見るような感情のない醒めた視線だ。
明らかに自分達とは違う渡世をゆく者の匂いが、体格のよい躰に隙なく完璧に纏った高級スーツを透して漏れ出てくる。無言のうちに迫る凄味は、一般人である享一を圧迫し口を閉ざさせた。和輝の友達の父親が、これと同じような空気を醸していたのを思い出した。だが、目の前に立つ男からは、もっと暴力的で酷薄な印象がする。
享一はそれとは別の場所に奇妙な引っ掛かりを感じ、男の横顔を見ながら曖昧な記憶を探った。
「亡くなられたお父様には、N・Aトラストと前取締役、故永邨 騰真が大変お世話になりました。・・・・その節は、真に申し訳ございませんでした。」
男を見た瞬間生まれた、ガサガサと触りの悪い感覚は次第に大きくなり、胸が騒ぎ出す。辰村様と、周の声が言うのを聞いた事があった。あれはいつだったか?
「あの茶番のことは、もういい。今回の事もひっくるめて、全て周と話がついているからな」
茶番、辰村・・・・と、突然ふたつの符号が一致する。
茶番とは、周が画策した祝言の事だ。だが記憶の中の辰村は痘痕顔で、自分と偽りの祝言を挙げる周にみっともなく未練の言葉を並べながら泣きついていた。目の前の不遜な嗤いを浮かべる男とは対照的で、全くの別人のよう思えた。だが、目の前の男と記憶の男が似ている気もする。
体調の悪さも手伝い、ぼんやりしていた享一は次に2人の交わした言葉に瞠目した。
「で、周は?」
「1002のお部屋でお待ちしております」
周がここにいる。
全く予期しなかった事実に心臓が破裂しそうなほど大きく打った。実際、躰がびくんと微かに揺れた。
「1002?ああ、ヴィラスイートか。悪くない、森の中の贅を尽くしたあの部屋は周に良く似合う」
「今、部屋つきの係りのものに案内をさせます」
「構わん、場所はわかっている。それと、部屋つきのバトラーは不要だ。滞在中は部屋に誰も近付かないように言っておけ」
足を踏み出した辰村が、鳴海の肩に片手を置く。鳴海は横目で肩に置かれた辰村の手を見、嫌悪の表情を浮かべた。
露骨な欲望を漂わせた辰村の意地の悪い目が、鳴海を揶揄うように嗤う。
「で、お前は相変わらず、周のデリバリー役という訳か?ご苦労なことだな、鳴海。
今日から3日だ。部屋と”社長”を借りるぞ」
鳴海の瞳に一瞬ぎらりと明らかな殺意が閃き、それを隠すように鳴海は頭を下げた。
乾いた笑い声を上げ、歩き出した辰村が何かを思い出したように振り向いた。
「ああ、そうか。これは、これは」
今度は、鳴海ではなく享一の顔に鋭い視線が注がれる。その視線に、嘲りの色を見た享一は背中を強張らせた。
「どこかで見た顔だと思ったら孝彰の写真か。トキミとか言ったけな?お前もお前の情(イロ)も命拾いしたな。せいぜい、周に感謝しろよ」
それだけ言うと辰村は大股で足早に庭に続くガラス戸から外に出、朝食を摂る客で賑わうテラスレストランを抜けてヴィラの点在する森の中に消えていった。
顔面から血の気が引いて蒼白になった享一が口を開く。辰村の消えたあたりに目が釘付けになって離せないでいた。今聞いたことを反復する脳が痺れて上手く言葉が出てこない。
「今の・・・今のは、どういうことですか?あの人は、これから周に会って、何をするつもりなんですか・・・?」
隣に立つ鳴海からの返事はない。釘付けになった目を冬の森から、ちぎるように引き離し鳴海に向ける。
鳴海もまた、辰村の消えた一点を食入るように睨んでいた。
ほんの数秒の沈黙が酷く長く感じられた。
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翠滴 2―1 →
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「久しぶりです。河村氏は渋滞に巻き込まれたそうで、少し遅れるそうですよ。」
そう伝えると、侮蔑の冷笑を向け、「担当とはいえ、まさかあなたがこのホテルに、のこのことやって来るとは、思いませんでしたね」と、刃の切っ先で胸を抉る言葉を投げつけた。
口の端に皮肉な微笑を浮かべたままやや首を傾げ、意地の悪そうな鋭い目が睨め付けてくる。鳴海の全身から自分を全否定し責め立てるような冷たい気が押し寄せ、享一は返す言葉も見つからず俯いた。
「顔色が悪いですね。どこか具合でも?」
享一の体調を労わるかに聞こえるセリフは、真逆の別の感情を露にし嘲笑っているようだ。
「いえ・・・」
「それは残念。というより、どこまでも鈍い君に期待する私の方が間違っているということでしょうか」
視線だけでなく言葉までも露骨な鋭い刃となって飛び出し、享一は顔を上げた。
前から自分は鳴海に良くは思われていない、そう思ってはいたが、久しぶりに聞く毒舌には嫌われる以上のもの、「憎悪」を感じた。だが、目障りな自分が、鳴海の仕える周と別れた事は鳴海にとって喜ばしい事のはずではないだろうか?
ふと、享一から鳴海の視線が外れ、更に硬さを増し、燻された銀のようなざらリと冷たい眼光を放った。背後から大理石の床を自信に満ちた足音を響かせ誰かが近付いてくる、その音が丁度 享一の後ろで止まった。
「辰村様、お久しぶりでございます」
慇懃に頭を下げ、畏まった鳴海の目には、先ほどのぎらつく殺意にも似た光はなく、ひたすらに昏い闇色の冷たいガラスが嵌るのみだ。
「久しぶりだな、鳴海。あの茶番の後、一度 親父の所に現われて以来か。いや、親父の葬儀の時にも、顔を出していた。いけしゃあしゃあと・・・全く、呆れたもんだな」
背後からの声に身を引いた享一の視界に入った男は、ちらりと享一を見、すぐに視線を鳴海に戻した。まるで、取るに足りない野良猫でも見るような感情のない醒めた視線だ。
明らかに自分達とは違う渡世をゆく者の匂いが、体格のよい躰に隙なく完璧に纏った高級スーツを透して漏れ出てくる。無言のうちに迫る凄味は、一般人である享一を圧迫し口を閉ざさせた。和輝の友達の父親が、これと同じような空気を醸していたのを思い出した。だが、目の前に立つ男からは、もっと暴力的で酷薄な印象がする。
享一はそれとは別の場所に奇妙な引っ掛かりを感じ、男の横顔を見ながら曖昧な記憶を探った。
「亡くなられたお父様には、N・Aトラストと前取締役、故永邨 騰真が大変お世話になりました。・・・・その節は、真に申し訳ございませんでした。」
男を見た瞬間生まれた、ガサガサと触りの悪い感覚は次第に大きくなり、胸が騒ぎ出す。辰村様と、周の声が言うのを聞いた事があった。あれはいつだったか?
「あの茶番のことは、もういい。今回の事もひっくるめて、全て周と話がついているからな」
茶番、辰村・・・・と、突然ふたつの符号が一致する。
茶番とは、周が画策した祝言の事だ。だが記憶の中の辰村は痘痕顔で、自分と偽りの祝言を挙げる周にみっともなく未練の言葉を並べながら泣きついていた。目の前の不遜な嗤いを浮かべる男とは対照的で、全くの別人のよう思えた。だが、目の前の男と記憶の男が似ている気もする。
体調の悪さも手伝い、ぼんやりしていた享一は次に2人の交わした言葉に瞠目した。
「で、周は?」
「1002のお部屋でお待ちしております」
周がここにいる。
全く予期しなかった事実に心臓が破裂しそうなほど大きく打った。実際、躰がびくんと微かに揺れた。
「1002?ああ、ヴィラスイートか。悪くない、森の中の贅を尽くしたあの部屋は周に良く似合う」
「今、部屋つきの係りのものに案内をさせます」
「構わん、場所はわかっている。それと、部屋つきのバトラーは不要だ。滞在中は部屋に誰も近付かないように言っておけ」
足を踏み出した辰村が、鳴海の肩に片手を置く。鳴海は横目で肩に置かれた辰村の手を見、嫌悪の表情を浮かべた。
露骨な欲望を漂わせた辰村の意地の悪い目が、鳴海を揶揄うように嗤う。
「で、お前は相変わらず、周のデリバリー役という訳か?ご苦労なことだな、鳴海。
今日から3日だ。部屋と”社長”を借りるぞ」
鳴海の瞳に一瞬ぎらりと明らかな殺意が閃き、それを隠すように鳴海は頭を下げた。
乾いた笑い声を上げ、歩き出した辰村が何かを思い出したように振り向いた。
「ああ、そうか。これは、これは」
今度は、鳴海ではなく享一の顔に鋭い視線が注がれる。その視線に、嘲りの色を見た享一は背中を強張らせた。
「どこかで見た顔だと思ったら孝彰の写真か。トキミとか言ったけな?お前もお前の情(イロ)も命拾いしたな。せいぜい、周に感謝しろよ」
それだけ言うと辰村は大股で足早に庭に続くガラス戸から外に出、朝食を摂る客で賑わうテラスレストランを抜けてヴィラの点在する森の中に消えていった。
顔面から血の気が引いて蒼白になった享一が口を開く。辰村の消えたあたりに目が釘付けになって離せないでいた。今聞いたことを反復する脳が痺れて上手く言葉が出てこない。
「今の・・・今のは、どういうことですか?あの人は、これから周に会って、何をするつもりなんですか・・・?」
隣に立つ鳴海からの返事はない。釘付けになった目を冬の森から、ちぎるように引き離し鳴海に向ける。
鳴海もまた、辰村の消えた一点を食入るように睨んでいた。
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翠滴 3―1 →
□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
周、レンタル復活か~?
「傀儡」、とうとう20を越えてしまった。自分で、イカンなと思います。
辰村については、「宵闇の舞い 4」に、関連記事が出ています。
ここのところ、眠くて仕方ないです。今日の記事は誤字脱字・変換ミスの土石流かも・・・
お気づきの方、お手数ですがお教えくださいませm(_ _)m
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当に、いつもありがとうございます。
ほんの拙文しか書けない私ですがですが、書いていく励みになります。。
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「傀儡」、とうとう20を越えてしまった。自分で、イカンなと思います。
辰村については、「宵闇の舞い 4」に、関連記事が出ています。
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もう…何回目か…。
またレンタルされるのは享一のせい? だから鳴海さん500メラメラ&500ゴーゴー(単位これで良かったでしたっけ?)
ああ、コワイ
今日のウチの鳴海さん、紅茶の銘柄と淹れ方がよくなかったようで、ご自分でやられました…自分の分だけ…自己チュウです…そこが素敵…
でも怖いアワワワ((((゚ □ ゚ ) ゚ □ ゚))))アワワワ