01 ,2010
翠滴 3 傀儡 16 (73)
見るからに重そうな大きな胡桃材の木製のドアは都会のマンションの扉などではなく、閑静な住宅街にでも建つ邸宅の佇まいを思わせた。
ドアの前で享一はインターホンを押す事も、ドアの把手に手を掛けることも出来ず立ち尽くしていた。
このドアの向こうに周がいる。
1階のエントランスから周に連絡を入れ、エレベータに乗れるよう操作してもらった。
周にも自分がドアの前に来ている事は分かっている筈だ。
どことなく春めいた陽光がエレベーターホールの白い壁や、アイボリーの石床に竹笹の影を落とす。昨日の寒波と打って変わった陽気にコートはビジネスホテルに置いてきた。
ドアの横にはインターホンの他に、静脈認証キーが設置されており、享一のデータも以前は登録され自由に出入りしていた。今や、周と別れてからのブランクを考えると試す気にもなれなかった。いや、自分のデータが消去されたことを現実に知るのが怖いからだということは、自分が一番よく判っている。
時折、笹が風でサラサラと揺れ微かな音がし、立ち尽くした足元の影が揺れる。
ペントハウスのドアがひとつしかないエレベーターホールは小さいながらも丹精を込めて設えられた日本庭園に面していた。
なかなか、目の前のインターホンを押せず、享一は息をつき庭の竹林を見上げる。
三寒四温。春が近い。
今日のニュースで桜の蕾が固いながらも大きくなっていると、どこかの神社の桜が映っていた。どういうわけか、他より遅れて絢爛としたその姿をみせる庄谷の邸の桜も、今頃はその蕾を大きくし他の桜と同じように春を待っているのだろうか。
桜が咲いたら、天を埋め尽くす薄紅の花を愛でる為に2人で庄谷に帰る。
年に一度の季節を、周も自分も心待ちにしていた。
言葉にしたことはない。それは当然の約束だった。
だがもう、2人で庄谷を訪れる事はない。
桜も、邸も四季折々の豊かな表情をみせる田園の風景も、記憶の中に留まったまま色褪せてゆくに任せるしかないのだ。
すべは自分のせいだ。
ザザッっと一際、大きな音が鳴り冷たい風が吹き込んだ。
享一は、一歩後ずさり、ドアから遠のいた。
今更になって、なぜ周に連絡をしてしまったのだろうかと後悔が押し寄せる。
和輝が殺される夢に動揺し、コールしたナンバーは瀬尾ではなく周のものだった。
様々な思いや考えが去来して、どこかに真実を確かめたいという気持ちが自分の中に無かっただろうか?
それだけではない。周にすがり、もっと多くのことを要求しようとしていなかったか?
和輝や自分達のことばかりで頭がいっぱいになり、周に助けを求めようとしている。
また一歩ドアから遠ざかった。
冷静になった頭で考えれば考えるほど、自分の虫のよさがだけが鼻につく。周を一時でも疑った自分が恥ずかしく、そして情けなくなった。
振り切るように踵を返し、エレベーターに向かった。
「どこへ行く気だ?」
よく通る艶やかな低音に、エレベーターのボタンに伸ばしかけた指先が止まる。
エレベーターは自分が降りた後も誰にも呼ばれず、この階で止まったままだ。ボタンを押せばすぐに開く。だが、指先は躊躇った。
「こっち向けよ、享一」
自分を捕らえ虜にする声に抗えず、ボタンを押すのを諦め、振り返った。もとより、この声を振り切ってこの場を去ることなど、自分に出来るはずも無かった。
周が立っていた。
竹林の影が、周の足元で穏やかにさんざめいている。
カラーコンタクトを嵌めていない瑞々しい翡翠の瞳が真っ直ぐに享一を見る。
そよ風が下ろしたままの周の前髪を揺らした。
そんな些細な事からも目が離せない。
初めて会った時のインパクトもそのままに、視線も心も聴力も魂すらも周に惹き寄せられ、思考も矜持も奪われる。
自分を切り裂き血を吐く思いで、何度も潰し殺そうとした周への想いは結局、こんな邂逅ひとつで元の姿以上の鮮明さで蘇ることに、享一は狼狽えた。
周が大きなドアを開ける。
「話があってここへ来たんだろう?」
その時になってようやく自分がここへ着た目的を思い出し、俯いた。
先に中に入る周の足を追って、ドアをくぐる。
前をゆく均整のの取れた周の背中や、艶やかな黒髪の後頭部を食い入るように見詰めた。少し痩せたような気がするのは気のせいだろうか?
周に促され、明るい日差しに満たされた大きなリビングに入った。
河村の監修のもとで造られた美しいペントハウスも、シンプルで開放的なリビングもそこに住む美貌の主も何も変わりはしない。ただ、自分だけが異物のようにその場にあるような気がして、リビングのドアを入ったところで立ち止まってしまった。
「コーヒーは?」
振り返った周に訊かれ、首を緩く横に振る。
「突っ立ってないで、座ればいいだろう」
広いリビングに見合った優美なフォルムのソファを顎で指す。
再び首を横に振る享一にフッと周が嗤ったようだった。自分は向かい合わせになったソファのひとつに腰掛けると、長い足を組み両手を膝の上で組む。
すらりと組み合わされた指には装飾品は何ひとつ無く、わかりきったその当然の事実に享一の心は馬鹿みたいに沈んだ。
心の内が明らかに態度に出て、瞳を伏目勝ちに視線を逸らす享一を、周は薄く笑いを浮かべて観察するように眺めた。
「いつまでもだんまりしてないで何かしゃべれよ。話ってなんだ?」
聞きようによっては、突き放すようにも聞こえるその声に自分の無くしたものの大きさを、今更ながらに教えられたような気がした。
「瀬尾 隆典の事で、俺に聞きたいことがあるんだろう」
その言葉にようやく享一は顔を上げた。
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
みなさま、7月さんの神前&鳴海はご覧になられましたでしょうか?
あまりの迫力とカッコよさに、昨日から痺れまくっている私です。
周さん、やっと全身(笑)登場できました。久しぶりなのでちゃんと書けたかどうか・・・
みなさま、いかがでしたでしょうか?
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当に、いつもありがとうございます。
ほんの拙文しか書けない私ですがですが、書いていく励みになります。。
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ずっと出てきていなかったから、その間に、どう気持ちが動いたのか、興味深々です。
ってこの間、いちばーーんと思ってコメントを送信したら、その間にアドさんが来て先を越されてた。こんどこそ。
あ、某所でみた紙魚さんのイラスト、美しかったです。やっぱり視線がいいなあ。
サムライさんの色っぽさにもまいりました。