01 ,2010
翠滴 3 傀儡 15 (72)
備え付けの簡単なナイトウェアーに袖を通しユニットバスを出る。
”ホテル”と同じ響きを持ってはいるものの、昨夜のスイートとは全く別物の狭く味気の無いこのビジネスホテルの一室がいまは自分の唯一の避難場所だった。アパートから持ち出した何着かのスーツと衣料を入り口ドア付近のクローゼットに掛ける。
もう一度ドアの施錠をチェックした。次いで、小さな窓の遮光カーテンも隙間無く閉まっていることを確認する。この部屋に入ってから、6度目だ。
ベッドに座り鞄の中からパスポートを取り出した。
以前、周に取っておくように言われて作った。周はその時、カリブへのバカンスを企てていたが、どうしても享一との休暇の折り合いがつかず持ち越しになったままとなった。
中を開けてもスタンプも何も押していない。真新しいままのパスポートは10年先まで使える。パスポートを見ながら、新しいアパートを見つけるよりマンスリーで安いビジネスホテルを借り、そのままバンクーバーに移ろうかなどと考える。
向こうへ行けば、安心できるのだろうか?
ふと、そんな疑念が過る。
ようやく気分が落ち着いて、あれこれ考えている内に、瀬尾の話しの中でなんとなく引っ掛かっていたことも浮き上がってきた。
瀬尾は、周のレンタルの話を掴んだといった。あの件は当事者であるレンタルする側の人間と周、目付け役だった鳴海、妹の茅乃と美操、既に亡くなっている騰真それに神前と周の両方と交流のあった河村と花隈だ。
レンタルした側の人間はもとより、花隈たちや妹たち鳴海が口外するとは思えない。
瀬尾は一体レンタルの事をどうやって知ったのだろう?
当然、周はその頃の事を自分に話したがらなかった。自分とは隔たりすぎた世界のことを考えてもわかりようが無い。
埒の明かぬことをあれこれ考えていると、ゆらりと躰が傾ぎ、すとんと闇が訪れた。
自分の荒い息が吐く端から白く濁る。
必死で地面を掻いていた。穴を掘ろうとしているのに、掘った先から穴の周りに積みあがった枯葉が中に落ちてくる。落ちた枯葉を掻き出して黒い腐葉土をまた掘り始める。
柔らく湿った腐葉土は冷たく指先が凍えたがそんな事に構ってはいられなかった。
焦りが嵩じて叫び出しそうになるのを必死でこらえていた。叫んだら最後、自分は発狂するに違いないと思った。
もう何時間も和輝の姿を探して森の中を彷徨っていた。見覚えのある窪地に出て、同じ場所に立った途端、この場所を掘らなければいけないという気持ちに頭が占拠された。
やがて土の中から捜し求めていた白い小さな手が現われ、かくんと膝が落ちた。
ほの青白く変色した肌には黒い土がこびりついている。土を掴む両手が震えた。
肌が切れそうなほどに凍りついた冬木立の森の空気を、天に向って喉が潰れんばかりに張り上げた慟哭の叫び声が切り裂いた。
目が覚めた時、確かに自分の叫び声を聞いた。
ベッドスプレッドの上でそのまま眠ってしまった躰は重く冷え切っていた。
寒気からか夢見の悪さからなのか、どちらからくるのかわからない震えが止まらなかった。気が動転して、和輝のことがすっかり抜けていた自分の薄情さに嫌悪し落ち込んだ。
和輝は親戚の家にいると瀬尾は言っていた。子供に手を出すかどうかはわからない。
無事でいられたところでこの先の保証は無い。
昨夜の執拗なほどに切り裂かれたベッドが脳裏はから離れない。
ベッドから降り携帯を開くと10:13と出た。
震える指で、昨夜発信しかけた番号を呼び出し通話ボタンを押す。
コールの間、心臓は破裂しそうな爆音を轟かせ、胸を突き破って飛び出してくるのではないかと思えるほど高鳴った。
やがて呼び出し音が途切れ、艶のある低い声が「もしもし」と応える。
その声を聞いただけで自分の細胞のひとつひとつまでもが色めき立ち、白熱する。
「享一・・・」
艶めいた声に続いて名前を呼ばれ、その声を永遠に耳殻の中に閉じ込めようとするように享一は瞳を閉じた。
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翠滴 2―1 →
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”ホテル”と同じ響きを持ってはいるものの、昨夜のスイートとは全く別物の狭く味気の無いこのビジネスホテルの一室がいまは自分の唯一の避難場所だった。アパートから持ち出した何着かのスーツと衣料を入り口ドア付近のクローゼットに掛ける。
もう一度ドアの施錠をチェックした。次いで、小さな窓の遮光カーテンも隙間無く閉まっていることを確認する。この部屋に入ってから、6度目だ。
ベッドに座り鞄の中からパスポートを取り出した。
以前、周に取っておくように言われて作った。周はその時、カリブへのバカンスを企てていたが、どうしても享一との休暇の折り合いがつかず持ち越しになったままとなった。
中を開けてもスタンプも何も押していない。真新しいままのパスポートは10年先まで使える。パスポートを見ながら、新しいアパートを見つけるよりマンスリーで安いビジネスホテルを借り、そのままバンクーバーに移ろうかなどと考える。
向こうへ行けば、安心できるのだろうか?
ふと、そんな疑念が過る。
ようやく気分が落ち着いて、あれこれ考えている内に、瀬尾の話しの中でなんとなく引っ掛かっていたことも浮き上がってきた。
瀬尾は、周のレンタルの話を掴んだといった。あの件は当事者であるレンタルする側の人間と周、目付け役だった鳴海、妹の茅乃と美操、既に亡くなっている騰真それに神前と周の両方と交流のあった河村と花隈だ。
レンタルした側の人間はもとより、花隈たちや妹たち鳴海が口外するとは思えない。
瀬尾は一体レンタルの事をどうやって知ったのだろう?
当然、周はその頃の事を自分に話したがらなかった。自分とは隔たりすぎた世界のことを考えてもわかりようが無い。
埒の明かぬことをあれこれ考えていると、ゆらりと躰が傾ぎ、すとんと闇が訪れた。
自分の荒い息が吐く端から白く濁る。
必死で地面を掻いていた。穴を掘ろうとしているのに、掘った先から穴の周りに積みあがった枯葉が中に落ちてくる。落ちた枯葉を掻き出して黒い腐葉土をまた掘り始める。
柔らく湿った腐葉土は冷たく指先が凍えたがそんな事に構ってはいられなかった。
焦りが嵩じて叫び出しそうになるのを必死でこらえていた。叫んだら最後、自分は発狂するに違いないと思った。
もう何時間も和輝の姿を探して森の中を彷徨っていた。見覚えのある窪地に出て、同じ場所に立った途端、この場所を掘らなければいけないという気持ちに頭が占拠された。
やがて土の中から捜し求めていた白い小さな手が現われ、かくんと膝が落ちた。
ほの青白く変色した肌には黒い土がこびりついている。土を掴む両手が震えた。
肌が切れそうなほどに凍りついた冬木立の森の空気を、天に向って喉が潰れんばかりに張り上げた慟哭の叫び声が切り裂いた。
目が覚めた時、確かに自分の叫び声を聞いた。
ベッドスプレッドの上でそのまま眠ってしまった躰は重く冷え切っていた。
寒気からか夢見の悪さからなのか、どちらからくるのかわからない震えが止まらなかった。気が動転して、和輝のことがすっかり抜けていた自分の薄情さに嫌悪し落ち込んだ。
和輝は親戚の家にいると瀬尾は言っていた。子供に手を出すかどうかはわからない。
無事でいられたところでこの先の保証は無い。
昨夜の執拗なほどに切り裂かれたベッドが脳裏はから離れない。
ベッドから降り携帯を開くと10:13と出た。
震える指で、昨夜発信しかけた番号を呼び出し通話ボタンを押す。
コールの間、心臓は破裂しそうな爆音を轟かせ、胸を突き破って飛び出してくるのではないかと思えるほど高鳴った。
やがて呼び出し音が途切れ、艶のある低い声が「もしもし」と応える。
その声を聞いただけで自分の細胞のひとつひとつまでもが色めき立ち、白熱する。
「享一・・・」
艶めいた声に続いて名前を呼ばれ、その声を永遠に耳殻の中に閉じ込めようとするように享一は瞳を閉じた。
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
昨日の残り、UPです。悪い癖でつい書きすぎます。んじゃ、もっと書けよって?ごもっともです(笑)
周さん出てきます・・・って、声だけ?!と非難のお声が聞こえてきそうですけど、これだけなんです。
次はもっと露出が増しますので(露出といっても、裸じゃなくて・・あ、わかってますね(笑)
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当に、いつもありがとうございます。
ほんの拙文しか書けない私ですがですが、書いていく励みになります。。
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周さん出てきます・・・って、声だけ?!と非難のお声が聞こえてきそうですけど、これだけなんです。
次はもっと露出が増しますので(露出といっても、裸じゃなくて・・あ、わかってますね(笑)
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昨夜、かけようとした時も動揺してましたものね、やっぱり周さんだ!
声だけで大変なことになっている享一。
ああ、もう今後の展開が全く読めません~~~。