01 ,2010
翠滴 3 傀儡 14 (71)
都心のビジネスホテルに落ち着いた頃には時刻は午前2時を少し回っていた。
開けたドアの先、明かりをつけたアパートの室内に広がる惨状に声もなく立ち尽くした。
1DKのさして広くもない部屋は荒しに荒され、キッチンの抽斗からクローゼットの中の服までありとあらゆるものが引っ張り出され室内に散乱し足の踏み場もなかった。
もとより、荷物の多いタイプではなかったが、その分、愛着のあるものだけを身の回りに置くようにしてきた。唖然としつつも、気を取り直し奥の寝室兼用のリビングに入り、保険証や現金などの貴重品の有無を確かめた。
アルミの抽斗ごと床に散乱した中身を確かめると、入れてあったものは通帳からパスポートに至るまで全てが揃っている。そのすぐ横に母親から入社の際に買ってもらったスーツが他の服と一緒に引っ張り出され入り乱れて散乱している。
これだけ荒らされているというのに、不思議と何かが無くなったという気がしない。
自分を威嚇するような荒れた室内に何かしらの違和感を覚えた。
コートのポケットから携帯を取り出し、警察に通報する。対応に出た警察官の問いに答えながら体の向きを変えた享一の目が瞠目し固まった。
ソファの背凭れと座面が鋭利な刃物で切り裂かれ張り布がめくられていた。
同じようにソファを裂かれたと話していた瀬尾の声がフラッシュバックし確信する。
手短に必要事項を伝え電話を切ると、変わり果てたソファを見詰め背後のベッドに腰を落した。
きっと、瀬尾の家を襲った犯人は、データがまだ他にもあると思っている。
その在り処のひとつとして、自分のアパートに押し入ったに違いない。
瀬尾は命まで狙われた。
足元からゾワゾワ震えが這い上がり、座っているのに眩暈を覚えた。
心身共に限界に達しているのを感じる。警察はまだだろうか?
警察の到着まで疲労困憊し疲れ切った躰を横たえたいと思ったが、自分にこの状況で目を閉じるられるほどの度量は無い。
それでもほんの少しだけ、と。腰掛けた上半身を比較的何も無い場所にばたんと倒す。
倒した背中に奇妙な凹凸を感じた。
捲ったコンフォータカバーの下を目の当たりにし慄然とした。
全身からざっと触りの悪い濁った音を立て血の気が引く。
マットの丁度真ん中、自分が眠るあたりがズタズタに裂かれていた。
普段、心も体も無防備になり躰を横たえる場所が作為的に狙われたのは間違いなかった。吐き気を伴った恐怖が込み上げる。
ボロボロになったシーツやマットから飛び出したウレタンに、自分の真っ赤な血糊がベッタリとついているのが見えた気がした。
鍵が壊れたままの玄関にはチェーンが掛けてある。だがそんなものはドアの隙間からペンチで簡単に切ることができる。ブラインドを下げた窓からも、ガラスを割って誰かが入ってくるような気がする。
知らない人間の手で凄惨に荒された部屋に身を置いていると、無数の鋭利な刃物の切っ先のような悪意に囲まれている気分になる。
犯人が戻ってくるかもしれないという恐怖は妄想を呼び、享一の神経を追いつめた。
警察が到着するまでの20分程度の時間が、気が遠くなりそうなほど長く感じた。
その間に血迷ってコールしそうになった携帯の番号は享一を更に混乱させ、漠とした孤独に叩き落とした。
栓を捻ると、熱いお湯が頭上から落ちてきた。
本当は一刻も早くベッドに入りたかったが、躰に纏わり突く恐怖心に凝り固まって沈殿した疲弊感がいつまでも消えず、冷え切った躰を暖めないと眠れそうに無かった。
何もかもが現実としての実感を伴わない。
その癖、身体の内から外から這い上がってくる恐怖は、享一を酷く震えさせた。
警察の現場検証を終え、深夜でも営業している鍵屋を教えてもらい付け替えが終るのを待って、その間に探しておいたビジネスホテルにつく頃には疲労困憊も限界を越えていた。
備え付けのボディソープを使うと、強引に抉られた情交の後に刺すような疼痛が蘇り、ひりひりと痛んだ。湯の下で眉間に皺を寄せ痛みに耐えながら泡のついた指を這わせると、まだかなり腫れているのがわかる。
「はっ、ハハ・・・」
湯に打たれ俯いた享一から、泣き声にも似た自嘲の声が漏れた。
現実味を欠いた酷く冷たい世界で、瀬尾に与えられた痛みだけが享一を現実に繋いでいる。
皮肉で滑稽で、笑うしかなかった。
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開けたドアの先、明かりをつけたアパートの室内に広がる惨状に声もなく立ち尽くした。
1DKのさして広くもない部屋は荒しに荒され、キッチンの抽斗からクローゼットの中の服までありとあらゆるものが引っ張り出され室内に散乱し足の踏み場もなかった。
もとより、荷物の多いタイプではなかったが、その分、愛着のあるものだけを身の回りに置くようにしてきた。唖然としつつも、気を取り直し奥の寝室兼用のリビングに入り、保険証や現金などの貴重品の有無を確かめた。
アルミの抽斗ごと床に散乱した中身を確かめると、入れてあったものは通帳からパスポートに至るまで全てが揃っている。そのすぐ横に母親から入社の際に買ってもらったスーツが他の服と一緒に引っ張り出され入り乱れて散乱している。
これだけ荒らされているというのに、不思議と何かが無くなったという気がしない。
自分を威嚇するような荒れた室内に何かしらの違和感を覚えた。
コートのポケットから携帯を取り出し、警察に通報する。対応に出た警察官の問いに答えながら体の向きを変えた享一の目が瞠目し固まった。
ソファの背凭れと座面が鋭利な刃物で切り裂かれ張り布がめくられていた。
同じようにソファを裂かれたと話していた瀬尾の声がフラッシュバックし確信する。
手短に必要事項を伝え電話を切ると、変わり果てたソファを見詰め背後のベッドに腰を落した。
きっと、瀬尾の家を襲った犯人は、データがまだ他にもあると思っている。
その在り処のひとつとして、自分のアパートに押し入ったに違いない。
瀬尾は命まで狙われた。
足元からゾワゾワ震えが這い上がり、座っているのに眩暈を覚えた。
心身共に限界に達しているのを感じる。警察はまだだろうか?
警察の到着まで疲労困憊し疲れ切った躰を横たえたいと思ったが、自分にこの状況で目を閉じるられるほどの度量は無い。
それでもほんの少しだけ、と。腰掛けた上半身を比較的何も無い場所にばたんと倒す。
倒した背中に奇妙な凹凸を感じた。
捲ったコンフォータカバーの下を目の当たりにし慄然とした。
全身からざっと触りの悪い濁った音を立て血の気が引く。
マットの丁度真ん中、自分が眠るあたりがズタズタに裂かれていた。
普段、心も体も無防備になり躰を横たえる場所が作為的に狙われたのは間違いなかった。吐き気を伴った恐怖が込み上げる。
ボロボロになったシーツやマットから飛び出したウレタンに、自分の真っ赤な血糊がベッタリとついているのが見えた気がした。
鍵が壊れたままの玄関にはチェーンが掛けてある。だがそんなものはドアの隙間からペンチで簡単に切ることができる。ブラインドを下げた窓からも、ガラスを割って誰かが入ってくるような気がする。
知らない人間の手で凄惨に荒された部屋に身を置いていると、無数の鋭利な刃物の切っ先のような悪意に囲まれている気分になる。
犯人が戻ってくるかもしれないという恐怖は妄想を呼び、享一の神経を追いつめた。
警察が到着するまでの20分程度の時間が、気が遠くなりそうなほど長く感じた。
その間に血迷ってコールしそうになった携帯の番号は享一を更に混乱させ、漠とした孤独に叩き落とした。
栓を捻ると、熱いお湯が頭上から落ちてきた。
本当は一刻も早くベッドに入りたかったが、躰に纏わり突く恐怖心に凝り固まって沈殿した疲弊感がいつまでも消えず、冷え切った躰を暖めないと眠れそうに無かった。
何もかもが現実としての実感を伴わない。
その癖、身体の内から外から這い上がってくる恐怖は、享一を酷く震えさせた。
警察の現場検証を終え、深夜でも営業している鍵屋を教えてもらい付け替えが終るのを待って、その間に探しておいたビジネスホテルにつく頃には疲労困憊も限界を越えていた。
備え付けのボディソープを使うと、強引に抉られた情交の後に刺すような疼痛が蘇り、ひりひりと痛んだ。湯の下で眉間に皺を寄せ痛みに耐えながら泡のついた指を這わせると、まだかなり腫れているのがわかる。
「はっ、ハハ・・・」
湯に打たれ俯いた享一から、泣き声にも似た自嘲の声が漏れた。
現実味を欠いた酷く冷たい世界で、瀬尾に与えられた痛みだけが享一を現実に繋いでいる。
皮肉で滑稽で、笑うしかなかった。
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
短いです~。すみません。
本当はこの倍の長さで(なんとか、周が出てくるまで漕ぎつこうと思ったらアホ程長くなってしまいました
さすがに自分で読み返しても長い(クドイ)なと(笑)・・・読みきりなら問題ないんですけど、
連載ですので読み手のみなさまを疲れさせてはならんと、断腸の思いでチョキンと切りました。
ですので、明日もこの時間UPします。みなさま、明日もお待ち申し上げております。
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当に、いつもありがとうございます。
ほんの拙文しか書けない私ですがですが、書いていく励みになります。。
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本当はこの倍の長さで(なんとか、周が出てくるまで漕ぎつこうと思ったらアホ程長くなってしまいました
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私の連載が短いのも、読者の皆さんに配慮して……むにゃむにゃ←嘘ばっか
これはこれで、享一君を追い詰める事件ですね。なんか、紙魚さんの容赦のなさが恐ろしい。さすが頭文字にSがつくだけあって。
追い詰められた彼に救いの手はあるのか?
続きお待ちしています。