01 ,2010
翠滴 3 傀儡 12 (69)
バンクーバー行きを承諾する享一に、瀬尾の顔に猜疑と歓喜が同時に浮かぶ。
「いいのか?・・・・本当に?」
次に信じられないという表情と、切望が現れた。アーモンド形の瞳を見ながら小さく頷くと、言葉に詰まったようにただ、胸に当てられていた手のひらに唇を押し付けられた。
瀬尾から解放されると、手のひらに自分の中に息衝く別の鼓動が間髪をいれずに蘇る。脈打つ度、どくんと視界がぶれた。
その鼓動が、「これでいいのか?」と尋ねてくる。
突然、これまで捻り潰していた感情が元の姿を取り戻しざわざわとざわめき立った。
春の匂いの混ざり始めた冷たく蒼い朝の空気を切り裂き、周の心臓の搏動が直接手のひらに、びぃんと響いてくるような気がして動揺した。
手のひらが痛い。
何の前触れもなく一粒の涙が零れた。
その一粒の涙を瀬尾の舌に掬われる。唇はそのまま去らずに頬に留まった。
何度も啄ばむキスを繰り返しながら花弁を思わせる唇にたどり着く。
「必ず、永邨を忘れさせる」
瀬尾は永邨 周という男を知らない。
この先、百年経っても、たとえ自分が死んだとしても、周が自分の中から消え去る事はない。そんな事は最初からわかっていた。
瞳を閉じれば、遥か彼方から地を揺るがすほどの爆音が聞こえてくる気がした。
轟のごとき周の心音。
瀬尾が自分に「生」を感じたと言うように、自分は周にすさまじい程の生命を感じた。ひんやりとした涼しげな容姿の下に、強かさと屈強な精神を隠し持った男。豪胆さとその叡智で轟音を立てながら、運命の扉を開いた碧い炎のような美しい男。
周の存在はこの脳が死に絶えるまで自分の中で鮮烈に生き続ける。
赦されなくていい。それでいいと思っていた。
それなのに、周の生命のが自分の鼓動と絡まり合って心臓をきりきりと締め上げてゆく。あの、指輪に絡まったプラチナの蔦が伸びてきて、皮膚を破り肉を裂き、臓腑から骨から眼球に至るまで搦めとられていく気がした。
胸が痛い。自分の躰を抱きしめると、その肩を瀬尾に抱き寄せられた。
「必ず・・・」
唇を塞がれた。
すぐ目の前の瀬尾の顔が滲んでいる。
熱を帯び始めた頬や額に何度も唇が触れてまた離れる。
離れる前にもう一度だけと、強請られた。返事をする間もなく背中のクッションに押し付けられ、バランスを崩した下腹の下から鋭くそして重い痛みが凄い勢いで這い上がってきた。
「・・・っ!」
突然襲った強烈な疼痛にうつ伏してきつく目を閉じた。
遠くで周が自分の進むべき道を驀進してゆく音が聞こえる。
周は止まらない。
光の中を、闇の中を、何があっても自分のその先にある何かに向って走り続ける。周は、厳しい男だ。決して自分を赦しはしない。そしていつか憎んだまま自分を裏切った男のことなど忘れてしまうだろう。
それでも周の歩みを誰にも邪魔させはしない。
「キョウ、やっぱりダメか? 無理なら」
「いいから、止めなくていいから」
躰を離そうとした瀬尾の手首を掴んだ。
何度殺しても蘇る狂おしいほどの未練と恋情を押し流してほしい。
でないと、いつか自分は。
「忘れさせて。忘れさせてくれ」
瀬尾に再び横たえられ身体を開くと、受け入れると決めた躰にたちまち熱が点りだす。こんな熱では足りない。
「キョウ、やっぱり無理だ。かなり酷い炎症を起こしている。先に手当てだ、本当にすまなかった」
秘奥に触れた瀬尾が申し訳なさそうに享一を覗き込む。瀬尾の指先が少し触れただけで、全身が硬直する鋭い痛みが走った。
「いい。挿れていいから」
思い切り痛いほうがいい。
結局、瀬尾は享一の中で2度放ち、享一もまた気の遠くなる痛みの中で同じだけ精を放った。
次に頬に触れた感触に意識を取り戻した時、瀬尾はサックスブルーのYシャツにイエロー系のネクタイを締めすっかり身なりを整えていた。
尻朶の狭間にぬるつきを覚え手を伸ばすとベタベタとした軟膏のようなものが指についた。
「一週間ほどで一旦戻るから、身の回りの整理を始めておいてくれ。バンクーバーに来るのは、仕事の限がついてからでも構わない」
瀬尾がベッドに座る。マットの軋みに、自分はこの重みを抱いたのだと実感した。
あたたかい手が横になったままの頬を覆う。
「俺はずっとお前に焦がれてた。」
不思議だ。学生時代、学業面でも恋愛でも、めぐまれた容姿にも、いつも羨ましいと思っていたのは自分の方で、コンプレックスに近いものまで抱いたこともあったというのに。今は友人も親友も越えて、二人の関係は何になったのだろう。恋人だろうか?
「バンクーバー行きを承諾してくれて、ありがとうな」
「ああ。気をつけて行けよ」
瀬尾が部屋を出て行った後、重い躰を引きずってバスルームに行き、肌を刺すほどの熱い湯を浴びた。瀬尾が塗った軟膏も湯に溶けて流れ、躰が飛び上がりそうなくらい痛んだが熱い湯を浴び続けた。
室内に戻ると、カーテンの隙間から昼を思わせる黄色みの強い光が差し込んでいる。その光は、先程の瀬尾の首を飾るネクタイを思わせた。
携帯を取り出し、会社に無断に遅刻した詫びとこれから出社するという旨を伝え身支度を整えた。
徐に窓辺に近付く。
薄くあいたカーテンのスリットから差し込む日差しの中に足を踏み入れ、両の手でカーテンを掴み勢いよく両サイドに引く。
眼下に真昼の雑踏に賑わう通りと、他のビルの屋上がひしめく光景が広がる。
相変わらず足元から崩れ落ちてゆく感覚は体の中に残っている。
だが、享一は足元までガラスの嵌った窓際から退く事はなく、その日差しに煌く俯瞰図を黙って見つめていた。
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翠滴 1―1 →
翠滴 2―1 →
翠滴 3―1 →
「いいのか?・・・・本当に?」
次に信じられないという表情と、切望が現れた。アーモンド形の瞳を見ながら小さく頷くと、言葉に詰まったようにただ、胸に当てられていた手のひらに唇を押し付けられた。
瀬尾から解放されると、手のひらに自分の中に息衝く別の鼓動が間髪をいれずに蘇る。脈打つ度、どくんと視界がぶれた。
その鼓動が、「これでいいのか?」と尋ねてくる。
突然、これまで捻り潰していた感情が元の姿を取り戻しざわざわとざわめき立った。
春の匂いの混ざり始めた冷たく蒼い朝の空気を切り裂き、周の心臓の搏動が直接手のひらに、びぃんと響いてくるような気がして動揺した。
手のひらが痛い。
何の前触れもなく一粒の涙が零れた。
その一粒の涙を瀬尾の舌に掬われる。唇はそのまま去らずに頬に留まった。
何度も啄ばむキスを繰り返しながら花弁を思わせる唇にたどり着く。
「必ず、永邨を忘れさせる」
瀬尾は永邨 周という男を知らない。
この先、百年経っても、たとえ自分が死んだとしても、周が自分の中から消え去る事はない。そんな事は最初からわかっていた。
瞳を閉じれば、遥か彼方から地を揺るがすほどの爆音が聞こえてくる気がした。
轟のごとき周の心音。
瀬尾が自分に「生」を感じたと言うように、自分は周にすさまじい程の生命を感じた。ひんやりとした涼しげな容姿の下に、強かさと屈強な精神を隠し持った男。豪胆さとその叡智で轟音を立てながら、運命の扉を開いた碧い炎のような美しい男。
周の存在はこの脳が死に絶えるまで自分の中で鮮烈に生き続ける。
赦されなくていい。それでいいと思っていた。
それなのに、周の生命のが自分の鼓動と絡まり合って心臓をきりきりと締め上げてゆく。あの、指輪に絡まったプラチナの蔦が伸びてきて、皮膚を破り肉を裂き、臓腑から骨から眼球に至るまで搦めとられていく気がした。
胸が痛い。自分の躰を抱きしめると、その肩を瀬尾に抱き寄せられた。
「必ず・・・」
唇を塞がれた。
すぐ目の前の瀬尾の顔が滲んでいる。
熱を帯び始めた頬や額に何度も唇が触れてまた離れる。
離れる前にもう一度だけと、強請られた。返事をする間もなく背中のクッションに押し付けられ、バランスを崩した下腹の下から鋭くそして重い痛みが凄い勢いで這い上がってきた。
「・・・っ!」
突然襲った強烈な疼痛にうつ伏してきつく目を閉じた。
遠くで周が自分の進むべき道を驀進してゆく音が聞こえる。
周は止まらない。
光の中を、闇の中を、何があっても自分のその先にある何かに向って走り続ける。周は、厳しい男だ。決して自分を赦しはしない。そしていつか憎んだまま自分を裏切った男のことなど忘れてしまうだろう。
それでも周の歩みを誰にも邪魔させはしない。
「キョウ、やっぱりダメか? 無理なら」
「いいから、止めなくていいから」
躰を離そうとした瀬尾の手首を掴んだ。
何度殺しても蘇る狂おしいほどの未練と恋情を押し流してほしい。
でないと、いつか自分は。
「忘れさせて。忘れさせてくれ」
瀬尾に再び横たえられ身体を開くと、受け入れると決めた躰にたちまち熱が点りだす。こんな熱では足りない。
「キョウ、やっぱり無理だ。かなり酷い炎症を起こしている。先に手当てだ、本当にすまなかった」
秘奥に触れた瀬尾が申し訳なさそうに享一を覗き込む。瀬尾の指先が少し触れただけで、全身が硬直する鋭い痛みが走った。
「いい。挿れていいから」
思い切り痛いほうがいい。
結局、瀬尾は享一の中で2度放ち、享一もまた気の遠くなる痛みの中で同じだけ精を放った。
次に頬に触れた感触に意識を取り戻した時、瀬尾はサックスブルーのYシャツにイエロー系のネクタイを締めすっかり身なりを整えていた。
尻朶の狭間にぬるつきを覚え手を伸ばすとベタベタとした軟膏のようなものが指についた。
「一週間ほどで一旦戻るから、身の回りの整理を始めておいてくれ。バンクーバーに来るのは、仕事の限がついてからでも構わない」
瀬尾がベッドに座る。マットの軋みに、自分はこの重みを抱いたのだと実感した。
あたたかい手が横になったままの頬を覆う。
「俺はずっとお前に焦がれてた。」
不思議だ。学生時代、学業面でも恋愛でも、めぐまれた容姿にも、いつも羨ましいと思っていたのは自分の方で、コンプレックスに近いものまで抱いたこともあったというのに。今は友人も親友も越えて、二人の関係は何になったのだろう。恋人だろうか?
「バンクーバー行きを承諾してくれて、ありがとうな」
「ああ。気をつけて行けよ」
瀬尾が部屋を出て行った後、重い躰を引きずってバスルームに行き、肌を刺すほどの熱い湯を浴びた。瀬尾が塗った軟膏も湯に溶けて流れ、躰が飛び上がりそうなくらい痛んだが熱い湯を浴び続けた。
室内に戻ると、カーテンの隙間から昼を思わせる黄色みの強い光が差し込んでいる。その光は、先程の瀬尾の首を飾るネクタイを思わせた。
携帯を取り出し、会社に無断に遅刻した詫びとこれから出社するという旨を伝え身支度を整えた。
徐に窓辺に近付く。
薄くあいたカーテンのスリットから差し込む日差しの中に足を踏み入れ、両の手でカーテンを掴み勢いよく両サイドに引く。
眼下に真昼の雑踏に賑わう通りと、他のビルの屋上がひしめく光景が広がる。
相変わらず足元から崩れ落ちてゆく感覚は体の中に残っている。
だが、享一は足元までガラスの嵌った窓際から退く事はなく、その日差しに煌く俯瞰図を黙って見つめていた。
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
先日は肩凝りをご心配頂きありがとうございました。
ここ二日ほど、PC作業を少し控えてイラストなんぞを書いておりました。
お陰さまで、随分と楽になりました。
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当に、いつもありがとうございます。
ほんの拙文しか書けない私ですがですが、書いていく励みになります。。
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先日は肩凝りをご心配頂きありがとうございました。
ここ二日ほど、PC作業を少し控えてイラストなんぞを書いておりました。
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そんなこと言ってても、なんだかテレパシーというかなんというか繋がってるみたい。
>瞳を閉じれば、遥か彼方から地を揺るがすほどの爆音が聞こえてくる気がした。
>光の中を、闇の中を、何があっても自分のその先にある何かに向って走り続ける。
何かって、享タンしかいないじゃないか!
今の享タン、王気を感じてる麒麟みたいじゃないか!(突然十二国記出してすみません)
でも、瀬尾っちにも情が移ってしまって・・・。どうしても、誰かが泣くことになるんだからなあ。
何となく胸騒ぎ。バンクーバーまで瀬尾っち、無事に辿りつきますように。