11 ,2009
翠滴 3 breath 7 (54)
遊歩道から外れた雑木林の中はひっそりとしていて、落葉し色彩を失った木々のシルエットがなんとも寒々しい。
足許は堆積した枯葉や枝で足をとられて、子供の足で歩くには困難に思えた。和輝の追っていたというサッカーボールは、そんな寂しい林の中の斜面に落ちていた。
振り返れば、歩道脇に建つ古い管理事務所があり瀬尾が数人の子供たちと中を覗いている。
「ダメだ、今は使われていないらしい。手分けしよう。俺はもう少し奥を探すからキョウはこの周辺を頼む」
「わかった」
享一は林の中へと分け入った。心は焦り逸る気持ちが抑えられない。夢中で膝近くまで堆積した枯葉を掻き分け歩いていると背後から別のガサガサと軽い音がする。
枯葉の下は先日降った雪が解けてぬかるみ、すぐに足先から体温が奪われていった。
「喬純君、危ないから君はこっちへ来ちゃダメだ。歩道まで戻って」
「いややわ。僕もいっしょに和輝探すねん」
「ダメだっていってるだろう!」
自分でも驚くくらい険しい声が出た。
普段温和な享一が声を荒げたことに、喬純は驚くでもなく強い意志を持った瞳で享一を睨むように見上げている。
「あ・・・」
思わず、自分の焦燥してイライラした気持ちを子供に向かって吐き出したことに自己嫌悪し、すぐに苦いものが込み上げた。
はしこそうな顔がじっと享一を見上げている。
これは、きちんと話さなくてはならないと、享一は喬純の前まで戻り屈んだ。
「大声を出して悪かった。君にまで何かがあったら、俺は君のお父さんとお母さんにになんて言えばいい?」
「ここは枯葉が深すぎて子供の足で歩くのは危険だ。だからここは大人の俺に任せて、喬純君は歩道の周りと和輝がグラウンドに戻っていないか見てきてくれないか?」
瞬時に理解を示した喬純は享一を真っ直ぐに見詰め頷いた。
「わかった。僕、携帯で父ちゃん呼ぶわ」
「いや、そこまでしなくて・・・・・」
喬純を止めようとした時には、小さな背中は歩道に向かって走りだしていた。
「ええねん!じいちゃんち公園の横やし、今日は父ちゃんもおるから手伝うて貰うわ」
2時間程前、同じように忙しなく踵を返した和輝の背中が重なる。
携帯ね・・・・・
享一は喬純の背中が見えなくなると、身を翻して林の中の大きな窪みに下りていった。
ボールのあったという位置まで下り、大声で和輝の名前を呼ぶ。
さらに下、窪みの底までおりると、もともと沢だったのか窪みは林の奥まで長く続いている。
曲りくねったその先に小さな橋が架かり、その下で和輝の名を叫びながら、一心不乱に辺りの枯葉を掻き分ける瀬尾の姿があった。
なぜ枯葉を・・・・・と思った背中に冷たいものが走り、ぞっとする。
見下ろした足元の枯葉の間に子供の手が垣間見えたような気がした。
「和輝っ!」
発作的に掘り起こした枯れ葉の下には何もない。しかしそれで止まらなくなった。
狂ったように享一も枯葉を掘り起こし始めた。
一度、頭に取り付いた妄想は、悪い方へ悪い方へと想像を駆り立ててゆく。
静寂に沈む冬の林の中で、感情が極限にまで高まってキーンという耳鳴りがした。
無我夢中で辺りの枯葉という枯葉を掘り返した。
・・・・・・・嫌だ、嫌だ。
和輝 和輝 和輝 和輝、と心の中で繰り返し名前を叫ぶ。
どれほど時間がたったのか、大方堀リ起こしつくし荒い息をついて立ち上がると、先程の管理事務所が目にはいった。一辺が3Mほどの小さな建物の窓には外から木板が打ち付けられ、寂しげな雰囲気が漂う。罅の入った白い壁は長年の風雨で汚れ、あちこちに張られた蜘蛛の巣に引っ掛かった枯葉が風に揺れている。
享一は暫し茫然と眺めた後、かっと目を見開き、その建物を目指して枯れ葉の堆積する斜面を登り始めた。滑る枯れ葉に足を取られ無様に転び、枯葉塗れでレンガ石の敷かれた硬い歩道に出ると、猛然と走り出した。
鍵のかかったドアに体当たりしようとしたところで 「待ちなさい!」 と鋭く制止する張りのある声に振り向いた。
「キョウちゃん!」
和輝が濃いグレーのロング丈のダウンコートを着た体格の良い男と手を繋いで立っていた。
「和樹・・・くん」
享一はその場にへなへなと膝をついた。
「初めまして、喬純の父親です。息子から連絡を貰ってこちらに向かう途中、公園の入り口のところで和輝君に会いましてね」
男の言葉は耳に入ってこなかった。
呆然と膝をつく享一の前に和輝が歩み寄ってくる。
「キョウちゃん・・・・」
和輝の小さな手が頬に触れ、はじめて自分が涙を零したことに気が付いた。
「馬鹿っ!! 黙ってみんなから離れたら駄目だろ」
そのまま和輝の小さな身体を抱きこんだ。
「すごく、凄く心配したんだぞ」
「キョウちゃん、あのね・・・ごめん。ごめんなさい」
享一の気迫に動揺したのか、和輝も享一に抱きつき泣き始めた。
「和輝!」
「パパ!!」
和輝の身体を離すと、和輝は一目散に戻ってきた瀬尾のもとへ走る。瀬尾に抱き上げられる和輝の姿にチクリと胸の痛みを覚えたが、立ち上がって指の腹で手早く涙を拭うと、喬純の父親に頭を下げた。
「和輝君を見つけてくれて、ありがとうごいざます」
頭を下げる享一に向けて喬純の父親は柔らかい笑みを浮かべた。一見年の頃は30半ばくらいに見えたが、その落ち着いた知的な風貌が実年齢をわからなくしている。
見上げたフレームレスのサングラスに憚られた瞳は、鋭く威圧的で隙がない。
その瞳が僅かに緊張した享一をじっと見た後、ふっと和んだ。初めて会うはずなのに、その視線に親しげなものを感じて享一は微妙な違和感を感じた。
「いいえ、見つかってよかったですね。和輝君には喬純がいつも仲良くしてもらっているようで・・・・息子からいつも話を聞かされていますよ」
喬純の頭に手を載せ弄びながらゆったりと笑う。
その手を煩そうにどけ喬純が文句を言う。
「ようゆうわ。お父ちゃん、いっつも僕の話なんか上の空やんか」
「そんなことないで、聞いてないふりしとるだけで、ほんまはちゃあんと聞いてんねん。お父ちゃんは聖徳太子と同じやて、いつも言うてるやろう」
「いっつもそれや。そんな大昔の人、僕は知らんゆうてるわ」
いきなり関西弁に変わった父親と喬純の漫才みたいな掛け合いに、享一はつい笑ってしまう。喬純の父親も 「うちはいっつもこんな調子ですわ」 と笑った。
普段は大阪にいるという喬純の父親は瀬尾とも面識がなかったらしく、互いにひとしきり挨拶を済ませると親子連れ立って帰っていった。
後部座席で和輝が寝息を立てている。
享一は脱力してBMWの助手席に沈み込んでいた。
結局、和輝は林の中で迷い、気が付いたら公園の外に出ていたのだと言い張り、その間のことを詳しく話したがらなかった。
徳山の話に和輝の失踪と、感情が大きく揺さぶられ心も身体も鉛のように重い。
長時間野外にいたせいで身体は冷え切り、思考はその働きを放棄している。
「まだ、冷たいな」
ぼんやりと膝横に投げ出した享一の手を瀬尾が握ってきた。
一旦離れた手はエアコンの温度を上げて、享一の甲に戻ってきた。
冬の早い落日は、幾重にもたなびく雲を茜に焦がし、アスファルトも街も薔薇色に染め上げている。
享一は正面のビルの谷間で最後の閃光を放ちながら沈もうとする夕陽に目を細め、そのまま目蓋を閉じた。
これから始まる陰鬱な夜に、決意とも諦めともつかない小さな溜息をついた。
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
和輝、あっさり見つかりました♪(こんなにあっさりでいいのか?
喬純パパは、もっと癖のある感じにしたかったなぁ。
おっと!!これを忘れてはいけませんでした!
先日、『オリジナルBL小説お勧めリンク集』というサイトに「翠滴」をご紹介くださった方、
本当にありがとうございます。どなたがご紹介くださったのか、こちらで知ることが出来ませんので、
この場を借りて御礼申し上げたいと思います。
ありがとうございました。
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当に、いつもありがとうございます。
ほんの拙文しか書けない私ですがですが、書いていく励みになります。。
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喬純パパは、もっと癖のある感じにしたかったなぁ。
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でも……
これから始まる陰鬱な夜に、決意とも諦めともつかない小さな溜息をついた。
どよ~~~~~ん。です。
こーら、周、 早くなんとかせんかい!!!