11 ,2009
翠滴 3 breath 3 (50)
瀬尾は自分のコーヒーを手に今度は享一と間を取って腰掛けた。
煙草を取り出し片手で器用に唇にくわえ火を着ける。
やや上を向き、煙を輝度の高い薄い灰色の空に吹き上げる横顔に疲労の色が濃く浮かぶ。年末のニュースはあれきり取り上げられることもなかったが、瀬尾はあれからずっと忙しそうにしている。
残業も多く、休日も事務所に出向くか外出し、その間は享一が和輝を見た。和輝の通う都市型保育園は休日も働く親のために年中無休で、預けることも出来たが、享一は仕事の無い日は和輝を映画や動物園へ連れて行ったり公園でサッカーの相手をしたりして過ごした。遊びに行った帰りに、カフェによって2人でおやつを食べるのがこの頃の定番だ。
久しぶりに瀬尾が同行することで、瞳をきらきらさせ俄然張り切る和輝に「よかったな」といいつつも、微妙に面白くは無い。
一人の人間の死に、その仕事内容を軽々しく尋ねるのは憚られるような気がして、享一は頼まれれば遅い時間でも会社近くの保育園に戻って和輝を迎えに行き、また父親の不在を寂しがる和輝を宥めた。
「いま瀬尾が忙しくしているのは、年末の一件が絡んでのことなのか?」
前を向いたまま遠慮勝ちに口にすると、「ああ、まあな」と言ったきり言葉が途切れ沈黙が訪れる。ああそうかと。守秘義務があるから事件のことはしゃべれないのだろうと思い、ひとり皆と違うユニフォームで走る和輝を目で追った。
隣で笑う気配がして、「お前は本当に和輝のことが好きなんだな」 と言われ、カチンと来た。その和輝と、こんな中途半端な状態でしか関わることが出来なくなったのは一体、誰のせいだと瀬尾に向かって怒鳴り散らしてやりたくなった。
考えれば考えるほど腹が立ってきて、コーヒーを持ったまま立ち上がる。
「帰る」
瀬尾はベンチに凭れた脚を組んだ姿のまま見上げてきた。
黒い皮のコートを着、焦げ茶のタートルネックのインナーと黒いズボンを品よく合わせた瀬尾のコーディネートに、同じく皮のコートを溜息が出るほど優美に着こなしていた周の姿を思い出す。胸が苦しくなり踵を返したところを伸びてきた腕に左手首を掴まれた。
熱いコーヒーがカップの中で大きく揺れる。
「急にさわんなっ。火傷したらどうしてくれるんだ!?」
とうとう導火線の火が爆発して怒り出した享一に、瀬尾は暗い炎を宿した目で嗤った。
「早く俺のことも好きになれよ」
「ありえねえ」
ぴしゃりと返ってきた即答に瀬尾の嗤いが濃くなる。
「そんなことは無いと思うけどな」
掴まれた手首内側の柔らかいところを、指の腹でゆっくり撫で上げられ、乱暴に引き抜いた。
ゾクリと全身に立った粟肌に瀬尾と、自分に対する怒りで眩暈を起しそうになる。
享一は奥歯を噛んで瀬尾を睨みつけた。
「雨の日も茹だるような夏の日も・・・だ。キョウ、座れよ。そろそろ独りで抱えるのが重くなってきた。誰かに話したい。聞いてくれるか?」
急速に疲労色を滲ませ濃くしてゆく瀬尾に仕方なく戻った。
タバコを地面で揉み消し、携帯灰皿に落とし込むと瀬尾は一息ついて話し出した。
「徳山さんは・・・・・・ああ、自殺した件の男だ。俺が帰国して初めて担当した刑事事件の被告の父親だっだ。徳山さんの息子は去年の2月、揉め事の仲裁に入ったんだが、揉めていた男に襲われて、逆に相手を殺してしまった」
瀬尾の言った事件はニュースでやっていたのを覚えている。過失とはいえ、警官が殺人を犯したというのが印象的で記憶に残っていた。
「好奇の目で見られたり、チンピラに絡まれたり・・・、毎日毎日、我が子が事件を起こした現場に目撃者を探して立つってどんな気持ちなんだったろう」
さっきまでの傲慢な態度はすっかり鳴りを潜め、瀬尾は抜け殻のようにぼんやりと前を見ていた。
毎日、現場に立ち息子のために目撃者を探す・・・それは事件の話ではなく、徳山の息子に対する愛情のことを言っているような気がした。
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煙草を取り出し片手で器用に唇にくわえ火を着ける。
やや上を向き、煙を輝度の高い薄い灰色の空に吹き上げる横顔に疲労の色が濃く浮かぶ。年末のニュースはあれきり取り上げられることもなかったが、瀬尾はあれからずっと忙しそうにしている。
残業も多く、休日も事務所に出向くか外出し、その間は享一が和輝を見た。和輝の通う都市型保育園は休日も働く親のために年中無休で、預けることも出来たが、享一は仕事の無い日は和輝を映画や動物園へ連れて行ったり公園でサッカーの相手をしたりして過ごした。遊びに行った帰りに、カフェによって2人でおやつを食べるのがこの頃の定番だ。
久しぶりに瀬尾が同行することで、瞳をきらきらさせ俄然張り切る和輝に「よかったな」といいつつも、微妙に面白くは無い。
一人の人間の死に、その仕事内容を軽々しく尋ねるのは憚られるような気がして、享一は頼まれれば遅い時間でも会社近くの保育園に戻って和輝を迎えに行き、また父親の不在を寂しがる和輝を宥めた。
「いま瀬尾が忙しくしているのは、年末の一件が絡んでのことなのか?」
前を向いたまま遠慮勝ちに口にすると、「ああ、まあな」と言ったきり言葉が途切れ沈黙が訪れる。ああそうかと。守秘義務があるから事件のことはしゃべれないのだろうと思い、ひとり皆と違うユニフォームで走る和輝を目で追った。
隣で笑う気配がして、「お前は本当に和輝のことが好きなんだな」 と言われ、カチンと来た。その和輝と、こんな中途半端な状態でしか関わることが出来なくなったのは一体、誰のせいだと瀬尾に向かって怒鳴り散らしてやりたくなった。
考えれば考えるほど腹が立ってきて、コーヒーを持ったまま立ち上がる。
「帰る」
瀬尾はベンチに凭れた脚を組んだ姿のまま見上げてきた。
黒い皮のコートを着、焦げ茶のタートルネックのインナーと黒いズボンを品よく合わせた瀬尾のコーディネートに、同じく皮のコートを溜息が出るほど優美に着こなしていた周の姿を思い出す。胸が苦しくなり踵を返したところを伸びてきた腕に左手首を掴まれた。
熱いコーヒーがカップの中で大きく揺れる。
「急にさわんなっ。火傷したらどうしてくれるんだ!?」
とうとう導火線の火が爆発して怒り出した享一に、瀬尾は暗い炎を宿した目で嗤った。
「早く俺のことも好きになれよ」
「ありえねえ」
ぴしゃりと返ってきた即答に瀬尾の嗤いが濃くなる。
「そんなことは無いと思うけどな」
掴まれた手首内側の柔らかいところを、指の腹でゆっくり撫で上げられ、乱暴に引き抜いた。
ゾクリと全身に立った粟肌に瀬尾と、自分に対する怒りで眩暈を起しそうになる。
享一は奥歯を噛んで瀬尾を睨みつけた。
「雨の日も茹だるような夏の日も・・・だ。キョウ、座れよ。そろそろ独りで抱えるのが重くなってきた。誰かに話したい。聞いてくれるか?」
急速に疲労色を滲ませ濃くしてゆく瀬尾に仕方なく戻った。
タバコを地面で揉み消し、携帯灰皿に落とし込むと瀬尾は一息ついて話し出した。
「徳山さんは・・・・・・ああ、自殺した件の男だ。俺が帰国して初めて担当した刑事事件の被告の父親だっだ。徳山さんの息子は去年の2月、揉め事の仲裁に入ったんだが、揉めていた男に襲われて、逆に相手を殺してしまった」
瀬尾の言った事件はニュースでやっていたのを覚えている。過失とはいえ、警官が殺人を犯したというのが印象的で記憶に残っていた。
「好奇の目で見られたり、チンピラに絡まれたり・・・、毎日毎日、我が子が事件を起こした現場に目撃者を探して立つってどんな気持ちなんだったろう」
さっきまでの傲慢な態度はすっかり鳴りを潜め、瀬尾は抜け殻のようにぼんやりと前を見ていた。
毎日、現場に立ち息子のために目撃者を探す・・・それは事件の話ではなく、徳山の息子に対する愛情のことを言っているような気がした。
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
今日は、ちょびっとだけBLに近付いたかな・・・
BL的な流れになるのは2~3話くらい後になりそうです(汗
申し訳なくて、その頃に戻ってきてくださいって言いたいです。
とっても寒くなってきました。みなさま、お風邪を召されませんよう。
紙魚
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当に、いつもありがとうございます。
ほんの拙文しか書けない私ですがですが、書いていく励みになります。。
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申し訳なくて、その頃に戻ってきてくださいって言いたいです。
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紙魚
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> いや、ずーっとBLだと思って読んでますが。
・え、本当ですか?他ブログ様の華やかで素敵なお話を拝読して我が家に戻ってきますと、BLから程遠い話が転がっていて、う~~って、なります(笑)
> この微妙な距離の2人の付き合いって、お互いにものすごく消耗しそうですね。情をうつすまいとする享一と、なんとか、歩み寄って欲しい(自分を好きになってほしい)瀬尾と。
・神経戦みたいな感じになってきました。胃に早く穴が開いた方が負けとか(笑)
どんなに摩擦を起こしながらぶつかったとしても、2人の心がひとつになること無いと思います。なので、ほかの方法を模索して、やっぱり愛人1号2号とか・・・
> 無理やりで満たされるものなんてないのにね。
・そうなんですよね。初めは傍にいるだけで・・・と思っても、人って慣れればそれだけでは満足できなくて次は・・・ってなると思います。
> いまごろ周さんはどうしているんでしょうか?
・きっと、高いツケ払ってますね。
> うーん、かるーい人間関係ばかり書いていると、こういうのが書ける紙魚さんはやっぱりすごい! と、思う。←あ、やっとまともな感想を書いた、と思ってる。
・せっかくだし、ウチもすけすけにしておいておこう♪・・・
Mさんのところのキャラたちはみんな癖があって、一筋縄ではいかなお方ばかり。キャラ間の感情のやり取りも複雑ですし深いものだと思います。
あ~、この次はもっとあっさりした話にしないと、私の胃に穴が開くかも(笑)
コメント&ご訪問、ありがとうございました。