10 ,2009
翠滴 3 VOID 6 (42)
大きな手が自分を捏ね回している。
その手が、周の手ではないことに酷く不安を覚えた。何かを探しているかのように自分という器の内部を掻き回すその手は、内臓を探り骨を辿り、脳を掻き回す。それでも目当てのものが見つからないのか、苛立った手指は触れられたくない奥のほうまで侵入してくる。
いやだ。
堪らなく不快であるのに、その不快に思う気持ちの奥底に微弱な快感を感じている自分に気付き、嫌悪のあまり全身総毛立った。
無防備な内側から強い手の平で押されて持ち上げられて、引かれて押さえつけられ、揺らされ器も中身も何か別なものに変えられてゆく。
『キョウ‥』
混沌とした闇の中で名前を呼ばれ、その声を聞きたくないと耳を塞いだ。
深層を掻き回される辛さに、自分は何度も叫び声を上げた。泣きながら懇願しているのに、掻き回すのを探すのをやめようとしない。却って、しがみついてくるような気さえした。
頼むから、揺らさないでくれ、俺を変えないでくれ。
『キョウ・・・・キョウ・・・ゃん』
小さな振動は徐々に意識の浮上する身体にリアルに伝わった。
「キョウちゃん、起きてってば!!いっぱい寝すぎたら目が腐っちゃうんだって、
いつもパパが言ってるよ」
肩を揺すりながら呼びかける子供の声に弾かれるようにして目が開いた。馴染みの無い場所に一瞬、頭が混乱して自分がどこにいるのかわからなくなる。
再び、肩を小さく揺すられた。
「キョウちゃん、起きてよ。もうお昼間だよ」
「カズキ、君・・・?」
自分の肩に手を掛けている和輝の顔を見て、瀬尾と同衾をしたという記憶が緩慢に追いついてくると、顔面が引き攣り蒼白になる。
昨夜、瀬尾が自分を離さないで抱き込んだまま動かなくなると、ひとり正面の闇を見据えたまま過ごした。首の後に当たる瀬尾の吐息に、身体を巻き込む体温に何度も息が詰まりそうになった。逃れようと身じろぎすると、眠っていると思った瀬尾の腕にその都度体勢を直され、更に強く抱え込まれた。
気持ちの置き所のない苦しい一夜をそうやって過ごし、明け方になって漸く眠りの訪れた身体が急速に重くなっていくのを感じた。意識が闇にドロリと溶け出し途切れる刹那、膜のかかった世界の向こうから声がした。
享一、俺を愛してくれ と。
そんな身勝手な要求が聞けるか!と吐き捨てたつもりだったが、意識はズブリと闇に沈み全ては途切れた。
今更ながらに、和輝の父親でもある瀬尾と関係を持ってしまったという事実を改めて認識し後ろめたさと自分に対する嫌悪感で、実際に胸の辺りがギシリと痛くなった。
「キョウちゃん、あのね僕、お腹すいたから、お昼ご飯作って」
「あ、ああ・・・・」
和輝の声に反射的に身体を起こそうとして、自分が何かを着た記憶が無いことに思い至り、咄嗟に羽根布団の下の自分の姿を確かめた。
ちゃんと上下ともパジャマを着ていることを確認し安堵はしたが、それを着せたのが誰であるのかを考えると、それでまた複雑な心境を生んだ。ベッドの上で泥のように重い身体を起こし、頭を抱えて細い息を吐いた。
「和輝くん、瀬尾は・・・パパは、どこにいるの?」
「ずうっと前に、出かけたよ。キョウちゃんが起きたらこれ渡してって」
尖がった唇に、暗に自分の寝坊を咎められているような気がした。
渡され封筒の中身を確かめると、万札が一枚とメモが入っていた。
今夜は仕事で帰れなくなりそうだから、明日まで和輝を預ってくれ。
現金を置いてゆくという行為が、瀬尾親子対自分という図式で瀬尾から牽制を掛けて来られているようで少し腹立たしい。
「いつ出て行ったの?」
「すごく早い時間だよ。仕事に行くって言ってた」
週休2日の瀬尾の事務所は土曜日は休みのはずだ。
そういえばと、深夜に瀬尾の携帯に電話があったことを思い出す。緊急の仕事だったのだろうか。どっちにしても、顔を合わせなくてもよいこの状況がありがたいと思ったのみだった。
腰に残る違和感とだるさに、取り返しのつかないことをしてしまったのだという気持ちに打ちひしがれそうになるが、和輝を前に落ち込む姿を見せるわけにも行かず、今だけはと、頭から締め出した。
シャワーを浴びたいと思ったが、正直なところ立ち上がるのも億劫だ。
「キョウちゃん、お水持って来ようか?」
「大丈夫、いいから・・・」
さっきから和輝の顔が正視できない。当然だ。
リビングからのくぐもったTVの音とともに、盛大に腹の虫が鳴る音が聞こえてきた。
「和輝くん、ひょっとして俺が起きるまでずっと待ってたの?」
「うん、だってパパがキョウちゃんは疲れてるから、起こしちゃダメっていってたから。
でも僕ね、テレビも飽きたし、お腹がすいちゃってね・・・・・」
再び昼食のことを口にする、気の抜けた切なそうな声に和輝が空腹であることにやっと気付き、慌てて飛び起きた。徐々に気分も浮上してきた。明日まで、和輝と2人で過ごせる・・・。
たとえ名乗れなくても、やはり和輝は愛おしむべき息子に違いない。
窓から差し込む冬の日差しは、光の角度からいくと、正午もとうに過ぎてしまっている。ここ数日の不眠症が祟って泥のように眠り込んでしまっていたらしい。
「ゴメン、和輝くん!!すぐ何か作るから・・・・ああ、それとも外に行こうか?
ハンバーガーとか、好き?」
救いようのない今の自分の状態を、年端もいかない子供にまで気遣わせるという現状が不甲斐無いなくて、情けない。
脚をフローリングに下ろし立ち上がると、身体は鉛のように重かったが、努めて平静を装い動き始めた。
取りあえず持ってきた服に着替えて、キッチンに入り冷蔵庫を物色した。前に自炊はほとんどやらないと言っていた割には、食パンやハムやチーズ、卵に野菜といった食材が一通り揃っている。独り暮らしの自分のアパートではありえない光景に、瀬尾と和輝の親子としての生活が、確かにここにあるのだということを見せ付けられた気がして、使えそうなものを素早く取り出すと視界から締め出すようにさっさと扉を閉めた。
食欲は無いが、外食に出掛けるよりは早いだろうと、レタスとトマトとハムで簡単なサラダを作り、マーガリンを塗っただけのパンに残りのハムときゅうりを挟んだサンドイッチを作る。
自分にコ-ヒーを淹れ、和輝にはあたためた牛乳でカップスープを作り、ヨーグルトも添えると、急ごしらえにしては、そこそこ見栄えのする昼食が出来た。
夜は外食でもいいかと思いながら、それならば一日ここにいる必要は無いだろうと結論を出し、食事が終わったら、和輝を連れ出して自分の家に戻ろうと決心した。
携帯さえあれば瀬尾とは連絡がつく、このまま閉塞感や罪悪感に苛まれながら瀬尾のマンションで過ごすよりはよっぽどいい。
そう思う、と一刻も早く食事を終わらせたくなり和輝に声を掛けた。
「ご飯出来たよ。和輝くん、TV消してこっちに座って」
テーブルに皿を運びながら声を掛けると、リモコンを握った和輝が「あっ!」と声を上げた。
「キョウちゃん!パパだよ。パパがTVに映ってる!!」
反射的に画面を見るとそこには、一見別人と見間違えてしまいそうなほど憔悴し、蒼白な顔で項垂れる瀬尾の姿があった。
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堪らなく不快であるのに、その不快に思う気持ちの奥底に微弱な快感を感じている自分に気付き、嫌悪のあまり全身総毛立った。
無防備な内側から強い手の平で押されて持ち上げられて、引かれて押さえつけられ、揺らされ器も中身も何か別なものに変えられてゆく。
『キョウ‥』
混沌とした闇の中で名前を呼ばれ、その声を聞きたくないと耳を塞いだ。
深層を掻き回される辛さに、自分は何度も叫び声を上げた。泣きながら懇願しているのに、掻き回すのを探すのをやめようとしない。却って、しがみついてくるような気さえした。
『キョウ・・・・キョウ・・・ゃん』
小さな振動は徐々に意識の浮上する身体にリアルに伝わった。
「キョウちゃん、起きてってば!!いっぱい寝すぎたら目が腐っちゃうんだって、
いつもパパが言ってるよ」
肩を揺すりながら呼びかける子供の声に弾かれるようにして目が開いた。馴染みの無い場所に一瞬、頭が混乱して自分がどこにいるのかわからなくなる。
再び、肩を小さく揺すられた。
「キョウちゃん、起きてよ。もうお昼間だよ」
「カズキ、君・・・?」
自分の肩に手を掛けている和輝の顔を見て、瀬尾と同衾をしたという記憶が緩慢に追いついてくると、顔面が引き攣り蒼白になる。
昨夜、瀬尾が自分を離さないで抱き込んだまま動かなくなると、ひとり正面の闇を見据えたまま過ごした。首の後に当たる瀬尾の吐息に、身体を巻き込む体温に何度も息が詰まりそうになった。逃れようと身じろぎすると、眠っていると思った瀬尾の腕にその都度体勢を直され、更に強く抱え込まれた。
気持ちの置き所のない苦しい一夜をそうやって過ごし、明け方になって漸く眠りの訪れた身体が急速に重くなっていくのを感じた。意識が闇にドロリと溶け出し途切れる刹那、膜のかかった世界の向こうから声がした。
享一、俺を愛してくれ
そんな身勝手な要求が聞けるか!と吐き捨てたつもりだったが、意識はズブリと闇に沈み全ては途切れた。
今更ながらに、和輝の父親でもある瀬尾と関係を持ってしまったという事実を改めて認識し後ろめたさと自分に対する嫌悪感で、実際に胸の辺りがギシリと痛くなった。
「キョウちゃん、あのね僕、お腹すいたから、お昼ご飯作って」
「あ、ああ・・・・」
和輝の声に反射的に身体を起こそうとして、自分が何かを着た記憶が無いことに思い至り、咄嗟に羽根布団の下の自分の姿を確かめた。
ちゃんと上下ともパジャマを着ていることを確認し安堵はしたが、それを着せたのが誰であるのかを考えると、それでまた複雑な心境を生んだ。ベッドの上で泥のように重い身体を起こし、頭を抱えて細い息を吐いた。
「和輝くん、瀬尾は・・・パパは、どこにいるの?」
「ずうっと前に、出かけたよ。キョウちゃんが起きたらこれ渡してって」
尖がった唇に、暗に自分の寝坊を咎められているような気がした。
渡され封筒の中身を確かめると、万札が一枚とメモが入っていた。
現金を置いてゆくという行為が、瀬尾親子対自分という図式で瀬尾から牽制を掛けて来られているようで少し腹立たしい。
「いつ出て行ったの?」
「すごく早い時間だよ。仕事に行くって言ってた」
週休2日の瀬尾の事務所は土曜日は休みのはずだ。
そういえばと、深夜に瀬尾の携帯に電話があったことを思い出す。緊急の仕事だったのだろうか。どっちにしても、顔を合わせなくてもよいこの状況がありがたいと思ったのみだった。
腰に残る違和感とだるさに、取り返しのつかないことをしてしまったのだという気持ちに打ちひしがれそうになるが、和輝を前に落ち込む姿を見せるわけにも行かず、今だけはと、頭から締め出した。
シャワーを浴びたいと思ったが、正直なところ立ち上がるのも億劫だ。
「キョウちゃん、お水持って来ようか?」
「大丈夫、いいから・・・」
さっきから和輝の顔が正視できない。当然だ。
リビングからのくぐもったTVの音とともに、盛大に腹の虫が鳴る音が聞こえてきた。
「和輝くん、ひょっとして俺が起きるまでずっと待ってたの?」
「うん、だってパパがキョウちゃんは疲れてるから、起こしちゃダメっていってたから。
でも僕ね、テレビも飽きたし、お腹がすいちゃってね・・・・・」
再び昼食のことを口にする、気の抜けた切なそうな声に和輝が空腹であることにやっと気付き、慌てて飛び起きた。徐々に気分も浮上してきた。明日まで、和輝と2人で過ごせる・・・。
たとえ名乗れなくても、やはり和輝は愛おしむべき息子に違いない。
窓から差し込む冬の日差しは、光の角度からいくと、正午もとうに過ぎてしまっている。ここ数日の不眠症が祟って泥のように眠り込んでしまっていたらしい。
「ゴメン、和輝くん!!すぐ何か作るから・・・・ああ、それとも外に行こうか?
ハンバーガーとか、好き?」
救いようのない今の自分の状態を、年端もいかない子供にまで気遣わせるという現状が不甲斐無いなくて、情けない。
脚をフローリングに下ろし立ち上がると、身体は鉛のように重かったが、努めて平静を装い動き始めた。
取りあえず持ってきた服に着替えて、キッチンに入り冷蔵庫を物色した。前に自炊はほとんどやらないと言っていた割には、食パンやハムやチーズ、卵に野菜といった食材が一通り揃っている。独り暮らしの自分のアパートではありえない光景に、瀬尾と和輝の親子としての生活が、確かにここにあるのだということを見せ付けられた気がして、使えそうなものを素早く取り出すと視界から締め出すようにさっさと扉を閉めた。
食欲は無いが、外食に出掛けるよりは早いだろうと、レタスとトマトとハムで簡単なサラダを作り、マーガリンを塗っただけのパンに残りのハムときゅうりを挟んだサンドイッチを作る。
自分にコ-ヒーを淹れ、和輝にはあたためた牛乳でカップスープを作り、ヨーグルトも添えると、急ごしらえにしては、そこそこ見栄えのする昼食が出来た。
夜は外食でもいいかと思いながら、それならば一日ここにいる必要は無いだろうと結論を出し、食事が終わったら、和輝を連れ出して自分の家に戻ろうと決心した。
携帯さえあれば瀬尾とは連絡がつく、このまま閉塞感や罪悪感に苛まれながら瀬尾のマンションで過ごすよりはよっぽどいい。
そう思う、と一刻も早く食事を終わらせたくなり和輝に声を掛けた。
「ご飯出来たよ。和輝くん、TV消してこっちに座って」
テーブルに皿を運びながら声を掛けると、リモコンを握った和輝が「あっ!」と声を上げた。
「キョウちゃん!パパだよ。パパがTVに映ってる!!」
反射的に画面を見るとそこには、一見別人と見間違えてしまいそうなほど憔悴し、蒼白な顔で項垂れる瀬尾の姿があった。
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
コメントや鍵コメで相方のご心配をくださったみなさま、ありがとうございます。
お陰様で術後の経過も順調で、退院も予定とおりの日に出来そうです。
私事をついぽろりと書いてしまった事で、みなさまに大変ご心配をお掛けしました
ことを申し訳なく思い、またみなさまの優しいお心にに感謝の気持ちで一杯です。
本当に、ありがとうございました(感涙!
紙魚
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当に、いつもありがとうございます。
ほんの拙文しか書けない私ですがですが、書いていく励みになります。。
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お陰様で術後の経過も順調で、退院も予定とおりの日に出来そうです。
私事をついぽろりと書いてしまった事で、みなさまに大変ご心配をお掛けしました
ことを申し訳なく思い、またみなさまの優しいお心にに感謝の気持ちで一杯です。
本当に、ありがとうございました(感涙!
紙魚
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瀬尾にだんだん同情している自分がいる。
瀬尾に何が起きたんだ~!?
その陰には周さんの反撃がありそうなんだけど、もし自分を巡ってこんな神経戦が繰り広げられたら、耐えられなくて逃げだしますよ!(←無いから心配するな)
ああ、周さん早く登場してくれないと、私まで瀬尾に奪われそうだよう。