10 ,2009
翠滴 3 VOID 5 (41)
「来いよ」
間口に立つ瀬尾が手を差し伸べてくる。
その指先を見ながら、この期に及んで瀬尾を説得できるのではないかと楽観的な見通しをたててしまった自分の甘さに我ながら呆れ同時に言いようのない落胆と失望を感じた。
享一はソファから立ち上がると、眼を閉じて固唾を呑み息を整えた。やがて開いた漆黒の双眸は、感情も心情も押し殺した無機質な覚悟に塗り固められていた。
「瀬尾、最後にもう一度 俺に誓え。周に関する情報を一切公表しない事と、和輝に自分の歪んだ感情を押し付けないことを、ここで俺に誓約しろ」
瀬尾が差し出した手を引っ込め、低い声で笑い出した。瀬尾の差し向ける視線に、先刻は感じられなかった果ての無い闇が生まれ沈殿していくのを見て、享一は不吉な予感のする怖気に襲われた。
「先ずは永邨のことで、和輝はその次か。まあいい、永邨に関しては、お前とはもう関係の無くなる男で、和輝は、お前がこれから俺達の側にいて自分の目で見守ればいいんだからな」
傲慢な嗤いを浮かべて、もう一度、瀬尾が手を差し伸べてきた。
「さあ、来いよ」 この手を取れば何もかも一変する。
失うものと得るもの、その対比は通常の尺度を使って測ることは出来ない。
周は妹たちの、そして享一の保身と引き換えに、その身を切り刻んで神前(かんざき)に差し出した。涙と共に詫びた享一に、周は「自分のやりたいようにやっただけだ」と事も無げに言った。
自分にとって大切なものを守れただけで、自分はそれで十分に満足だったのだと。
結果、鋼の如き強靭な精神と若竹のしなやかさを持ち合わせた男は、自分の宿命を、そして人生をその手で鷲掴みにし、激しく迸る火焔となって自らの未来の扉を開いていく。
自分に、周のような強さが持てるだろうか。たとえ持てなくとも、愛する者の行く手を阻む障害ひとつをを無くすことくらいは可能なはずだ。
享一は瀬尾の手を撥ね退けると、瀬尾の身体を押しのけ自分から寝室に入って行った。
そして、まだ入り口で佇んでいる瀬尾を振り返り睨みつけ、ベージュとセピアのシンプルなリネンで整えられたベッドに自ら腰を下ろした。
部屋の照度を落とし、瀬尾がゆっくり近付いてくる。
「キョウ・・・」
屈んで享一の肩を掴み、これまでの挑発する言葉とは対照的な優しさで接吻けてきた。顔を逸らせようとすると頭の両側を捕まれ固定される。
「往生際が悪いな。ここまで来たんなら、不様に逃げたりするなよ」
「人を脅しすかして気の無い相手を手に入れようとするお前の方が、よっぽど不様でみっともなくて、憐れだ」
「・・・・・そうだな」
ポツリと呟いた肉感のある瀬尾の唇が重なり、すぐに離れてまた重なる。
キスをしながら、先刻自分が外そうとして外せなかったシャツのボタンを、瀬尾の片手がボタンホールから抜いてゆく。享一は、ボタンを外す指先の小さな震えや、沈んだ声のトーンに何か違和感を覚えながらも目を閉じ、瀬尾がするに任せた。
少しかさついた瀬尾の唇が同じ動作を繰り返すたび、頬に当たる瀬尾の吐息が湿り気を帯びてくる。触れては離れ、享一の感情の抜けた瞳を見つめ、また唇を合わせ何度も何度も繰り返された。
接吻けられる度に瀬尾の瞳に生まれた闇が唇を伝って享一に向って流れ込んで来る、そんな気がした。
手の甲が頬を撫で首を伝って滑り落ち、肌蹴たシャツの間で留まると、瀬尾の手は享一の胸に掌をぴたりとあて、動かなくなった。
享一は瀬尾の手がそのまま胸を突き破って自分の内部に侵入してきそうな気がして、心なしか身体を引く。すると、背後に回ったもう片方の腕に肩を固定され身体が強張った。
自分の胸部にめいいっぱい広げられた瀬尾の左手が縋るような形であてられている。俯く額に瀬尾の額がこつんと合わせられ、今度はそれとわかるほどあからさまに上体を引いた。
肩を抱く瀬尾の腕に力が篭り、享一は小さく呻いた。
「頼むから、お前に触れさせてくれ」
これまで聞いたことの無い切羽詰った瀬尾の声に顔を上げると、唇に瀬尾のそれが重なった。
胸に当てられた手が緩やかに、だが有無を言わせぬ強さで享一の躰を押し倒していった。
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間口に立つ瀬尾が手を差し伸べてくる。
その指先を見ながら、この期に及んで瀬尾を説得できるのではないかと楽観的な見通しをたててしまった自分の甘さに我ながら呆れ同時に言いようのない落胆と失望を感じた。
享一はソファから立ち上がると、眼を閉じて固唾を呑み息を整えた。やがて開いた漆黒の双眸は、感情も心情も押し殺した無機質な覚悟に塗り固められていた。
「瀬尾、最後にもう一度 俺に誓え。周に関する情報を一切公表しない事と、和輝に自分の歪んだ感情を押し付けないことを、ここで俺に誓約しろ」
瀬尾が差し出した手を引っ込め、低い声で笑い出した。瀬尾の差し向ける視線に、先刻は感じられなかった果ての無い闇が生まれ沈殿していくのを見て、享一は不吉な予感のする怖気に襲われた。
「先ずは永邨のことで、和輝はその次か。まあいい、永邨に関しては、お前とはもう関係の無くなる男で、和輝は、お前がこれから俺達の側にいて自分の目で見守ればいいんだからな」
傲慢な嗤いを浮かべて、もう一度、瀬尾が手を差し伸べてきた。
「さあ、来いよ」 この手を取れば何もかも一変する。
失うものと得るもの、その対比は通常の尺度を使って測ることは出来ない。
周は妹たちの、そして享一の保身と引き換えに、その身を切り刻んで神前(かんざき)に差し出した。涙と共に詫びた享一に、周は「自分のやりたいようにやっただけだ」と事も無げに言った。
自分にとって大切なものを守れただけで、自分はそれで十分に満足だったのだと。
結果、鋼の如き強靭な精神と若竹のしなやかさを持ち合わせた男は、自分の宿命を、そして人生をその手で鷲掴みにし、激しく迸る火焔となって自らの未来の扉を開いていく。
自分に、周のような強さが持てるだろうか。たとえ持てなくとも、愛する者の行く手を阻む障害ひとつをを無くすことくらいは可能なはずだ。
享一は瀬尾の手を撥ね退けると、瀬尾の身体を押しのけ自分から寝室に入って行った。
そして、まだ入り口で佇んでいる瀬尾を振り返り睨みつけ、ベージュとセピアのシンプルなリネンで整えられたベッドに自ら腰を下ろした。
部屋の照度を落とし、瀬尾がゆっくり近付いてくる。
「キョウ・・・」
屈んで享一の肩を掴み、これまでの挑発する言葉とは対照的な優しさで接吻けてきた。顔を逸らせようとすると頭の両側を捕まれ固定される。
「往生際が悪いな。ここまで来たんなら、不様に逃げたりするなよ」
「人を脅しすかして気の無い相手を手に入れようとするお前の方が、よっぽど不様でみっともなくて、憐れだ」
「・・・・・そうだな」
ポツリと呟いた肉感のある瀬尾の唇が重なり、すぐに離れてまた重なる。
キスをしながら、先刻自分が外そうとして外せなかったシャツのボタンを、瀬尾の片手がボタンホールから抜いてゆく。享一は、ボタンを外す指先の小さな震えや、沈んだ声のトーンに何か違和感を覚えながらも目を閉じ、瀬尾がするに任せた。
少しかさついた瀬尾の唇が同じ動作を繰り返すたび、頬に当たる瀬尾の吐息が湿り気を帯びてくる。触れては離れ、享一の感情の抜けた瞳を見つめ、また唇を合わせ何度も何度も繰り返された。
接吻けられる度に瀬尾の瞳に生まれた闇が唇を伝って享一に向って流れ込んで来る、そんな気がした。
手の甲が頬を撫で首を伝って滑り落ち、肌蹴たシャツの間で留まると、瀬尾の手は享一の胸に掌をぴたりとあて、動かなくなった。
享一は瀬尾の手がそのまま胸を突き破って自分の内部に侵入してきそうな気がして、心なしか身体を引く。すると、背後に回ったもう片方の腕に肩を固定され身体が強張った。
自分の胸部にめいいっぱい広げられた瀬尾の左手が縋るような形であてられている。俯く額に瀬尾の額がこつんと合わせられ、今度はそれとわかるほどあからさまに上体を引いた。
肩を抱く瀬尾の腕に力が篭り、享一は小さく呻いた。
「頼むから、お前に触れさせてくれ」
これまで聞いたことの無い切羽詰った瀬尾の声に顔を上げると、唇に瀬尾のそれが重なった。
胸に当てられた手が緩やかに、だが有無を言わせぬ強さで享一の躰を押し倒していった。
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
『翠滴 Ⅲ』、再開します。VOID4から、随分と間が開いてしまい、申し訳ございません。
あの話はどうなったのだろうと、気にしていて下さった方、ありがとうございます。
前回のように行き倒れない(笑)ために、短めでも更新していきたいと思います。
不定期更新は相変わらずでのんびりも相変わらずですが、気長にお付き合いいただけますと
嬉しいです。
うおおおお!!!すみません!!!
文章が更新後2時間くらい、文章が重複した内容になってました(_ _(--;(_ _(--; ペコペコ
Aさま、お教え頂きありがとうございます!!(。TωT)ノ☆・゚:*:
もし、教えていただかなかったら、私のことなので夜まで放置していたと思います。
二重で重なった文章は本当に読みにくかったと思います。
既に読み終えられた方には、本当に申し訳ありませんでした(_ _(--;(_ _(--; ペコペコ
紙魚
拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当に、いつもありがとうございます。
ほんの拙文しか書けない私ですがですが、書いていく励みになります。。
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二重で重なった文章は本当に読みにくかったと思います。
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紙魚
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ずっと言いたくて言えなかった、瀬尾っちの本音なのでしょうね。
こういう形でしか果たせなかったのが苦しいです(┯_┯) ウルルルルル