10 ,2009
ラヴァーズ 4
月光に照らされた坂道のトップに圭太のセカンドハウスのシルエットが黒く浮かび上がる。一見平屋に見えるその建物は岸壁に張り付く形で階下を持ちそのシルエットだけでも、住居としての機能性、そして建築デザインとしての水準の高さがうかがえる。
今はその黒いシルエットの一角に細い縦長の白熱色のスリットが入っており玄関の扉が開いたままであることがわかった。
静はすぐに圭太の後を追いかけたが、到底、長躯の圭太のコンパスには及ばず、セカンドハウスに辿り着いた時には、当然圭太の姿は無かった。
静は開いたままの門扉を急いで閉めると、草木の茂る月光のアプローチを足早に抜けて玄関に入った。
「うわっ!!」
リビングに飛び込むと同時に鼻先から何かにぶつかった。
ひしゃげそうになった、自分の鼻を押さえながら目の前に立ちはだかる背中を見上げる。
「圭太さん?」
「シズカ、これは一体なんだ?」
「・・・花・・・・・です」
「花、じゃない。花束だ。しかも、この量はナニ?お前はここで花屋でも
始めるつもりなのか?」
「・・・・・・」
2人の前に、セカンドハウス中にあるフラワーベースや、それに変わる入れものがリビングのガラスのローテーブルと、その周りの象牙色の大理石の床に並べられ、そのどれもに色鮮やかで豪華な花束が無造作に突き刺さっている。よく見れば、数が足りなかったのかバケツやプラスチック製のゴミ箱まで引っ張り出されている有様だ。
テーブルの隅には封の切られていない静宛の何通かの封筒が、これもまた無造作に置かれていた。
密閉した部屋に、やや朽ちかけた濃厚な花の香が充満してむせ返りそうになる。
静は慌ててテラス側のガラス窓を開けに行った。床から天井まである大きなスライド窓を開けると夜風と一緒に波音が部屋に入り込み花の香が薄れてゆく。
外に向けて息をつくと、暗い海面の波の先で月の光が細かくさんざめいている。
静は潮の香のする夜風を深呼吸をするように吸い込み吐き出すととゆっくり振り返った。予想通り真正面から圭太の切れ長の瞳に睥睨されて項垂れる。
「もちろん、自分で買ったんじゃないよな」
「お客様から頂きました」
「俺がいない時は、いつもこんな感じなのか?」
「え・・・その・・・」
確かに、以前から店の客より花やプレゼントを贈られることはよくあった。
物品は後日、丁重な詫びと共に送り主に返しても、花まで返すのは・・・と、気が引けて花だけは受け取っていた。
すると、どこでどうなったのか、シーラカンスのバーテンは花好きで花なら受けとるという妙な噂が流れて、それまでモーションをかけてきていた客たちから、まるで競うように花が贈りつけられた。
いくら誤解を解こうにも、これまで受け取った経緯があるだけにその量は一考に減らず、それどころか、皮肉なことに鬚を落として以降、花束も誘惑もその数が激増した。
また、そのほとんどが男性客からだという事実に静は頭を抱えた。
そのことを圭太が知れば不快な想いをするに違いないと、圭太がやってくる週末には前もって花屋の配達を断り、超過状態の時には前に住んでいたマンションの大家のところへ持っていったり、近所のバーや飲み屋のオーナー仲間に引き受けてもらった。
昨日、開店前に届いた花はどういうことかいつもの倍はあり、大量の花束を前に静は唖然とした。さすがに店に大量の花を置いたままには出来ず、過剰に送られた分は仕方なく花屋に頼んでセカンドハウスに届けてもらったのはいいが、自分の頭の中は来る薫へのカミングアウトのことでいっぱいで、とりあえず花束を水につけたところで後の仕分けの事がごっそり抜けていた。
圭太は、身近にあった大輪の真紅の薔薇の花束に差し込まれあった封筒を取り上げ中のカードに目を通すと、眉間に険しい皺を寄せその場で乱雑に破り捨てた。
完璧なプロポーションの長躯から、冷え切った怒気と苛立ちが立ち上る。
水色の特徴のあるカードの贈り主はシーラカンスの前オーナーである伊原だ。
完璧に項垂れてしまった静の目の前で、圭太はテーブルの端に置かれていた封筒も手に取ると次々封を破り、同じように目を通すと破り捨て、終いには開封もせず残りの封筒を束ごと破り捨てた。 そうして、剣呑な表情で眉間に皺を立て、暫らく花束たちを辟易した顔で睨み据え押し黙っていた圭太が、低く感情を押し殺した声で訊いてきた。
「シズカ、貰ったのは花だけ?」
「え?」
意外な言葉に、はっと顔を上げる。
猜疑の色を露にした圭太の視線とぶつかり、その言葉の謂わんするところを知り愕然とした。
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<関連作品>
深海魚 目次
『深海魚』1話から読む
『― 願 ―』
『翠滴2』 22話 シーラカンス
□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
本当に、久しぶりの更新で申し訳ございませんm(_ _)m
しかも、4で完結の予定でしたのに、終わっていません。
いつもの悪い癖が出てしまいまして、次話で終われるかどうかも怪しい雲行きです。
一体私は何をやっているのか・・・もう少しお付き合いいただけると幸いです。
リクエストを下さったSさま、お待たせして本当にすみません~~~m(_ _)mm(_ _)m
紙魚
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不可抗力ですからそんなに怒らないであげてね。河村氏♡でもお仕置きっていう手もアリか..ゲホゲホ
まだまだ終わらなくていいんですよ~(笑)
いくらでも待ちますから、気にせずのんびりやってくらさいね(●´ω`●)