09 ,2009
ラヴァーズ 2
絡まった視線の先で、圭太の目が静を安心させるように細まった。
「俺はシズカを愛している」
「ご大層な恋愛遍歴を持つお前の愛なんか、誰が信用できるか」
「それは、『これは』と思える、運命を感じる相手と出会わなかったからだ。
俺は相手のことを遊びだと思ったことは無いし、ひとつひとつの恋愛には
いつも真剣だったつもりだ」
恋愛にはいつも真剣だった。
その誠実さが、圭太を信頼させ愛しく想うひとつの要素であっても、静の胸にツキリと針でつついたような痛みが走った。圭太はいつも偽りの無い、自分の言葉で話す。
「圭太が静に飽きないという保障がどこにあるっていうんだ?
お前の何を見て信じればいいと言うの?」
薫の言葉に鳩尾辺りがドクンとひとつ脈打って、急激に脈拍が上がっていく。
静が聞きたくないようなことを、わざとここで話すのは庇護者として静を慮ってのことだとはわかっていても、辛く苦しい気持ちになる。
圭太の真珠のネックレスのように連なった数々の恋愛のいくつかを自分も知っている。
思い起こせば圭太の過去の恋人たちは皆、一粒一粒が全く違った輝きを放つ真珠のように個性的で、際立った魅力と美しさを持った人物ばかりだった。平凡でシェーカーを振るしか能の無い自分とは全く違う華やかな世界の住人たち。
突き詰め出すと目の前に黒煙が立ち込め、底の無い不安に襲われ、何もかも捨てて東京の圭太の元に飛んで行きそうになる。それではまるで、疑心暗鬼に陥った嫉妬深い古典の姫君みたいだ。
そんなみっともない姿をさらせば、圭太は自分から去ってしまうに違いない。
「シズカ」 はっきりと自分を呼び戻す声に、我に返る。
声につられ、いつの間にか思案に耽り俯いた顔を上げると、さっきとは全く違った、静の心を推し量る厳しい圭太の目があった。
針の痛みを感じた胸がザワザワとざわめき出して、磨いていたグラスが指から滑り落ちた。
パリンと高く乾いた音を立て足元でクリスタルのグラスが砕け散る。
「静!大丈夫?!怪我は?」
「ごめん、俺は大丈夫だから、2人とも気にしないで座ってて」
すぐにしゃがみ込んで一番大きな破片から摘んで広げたクロスに移していく。その手首を掴まれた。
再び指先から離れた破片はキラりと光りながら落下し粉々に砕け散る。
「また、勝手な勘違いをするなよ、シズカ」
聞き覚えのある科白に胸がひとつ鳴り、振り向くと厳しい表情のままの圭太と目が合う。自分を軽く睨み断罪する切れ長の瞳にゾクリと躰の芯が震えた。
見蕩れるほど完璧なラインを描く圭太の睫が近付いてきて静の口角に掠める程度で唇が重なり、瞬時に顔に血潮が上る。一瞬心の中で圭太を責め、狼狽える瞳をカウンターの向こう、自分のいる位置からは見えない薫に向けた。一部始終を観察していた圭太が掴んだ手首を引き静を立たせた。
真赤に染め上げたその身を薫の前に曝した静は所在無げに小さくなる。
ただでさえ最悪な機嫌が更に急降下する兄の顔がまともに見られない。
「俺がやるから、シズカは退いていろ」 顎で薫の隣の席を指され、薫にもシートを引かれ、いたたまれない気持ちで薫の隣に坐った。
見えなくとも、自分の赤面し狼狽した様子から、薫は今のキスを察しているに違いない。
薫は苦味走った顔で、それでも静の手を取りひっくり返しながら怪我は無いかともう一度聞いてきた。兄の大きくて肉付きの良い温かな手が、その心を現すかのように柔らかく静の手をその掌中に収める。
胸が温かい切なさで一杯になった。
薫も静にとってはかけがえのない大切な兄であり家族なのだ。
「静は、本当に圭太が好きなの?」
だから、偽りたくはない。
家族の他のものには認めてもらえなくても、兄である薫には自分の愛する相手を、恋する心を認めて欲しい。
そして、心から許して欲しい。
「俺・・・俺はずっと圭太さんの事が好きだったんだ・・・」
「ずっと・・・?いつから?」
「圭太さんが一度目にアメリカ留学から帰国した時。俺は、19歳だった」
手際よくガラスの破片を片付けた圭太も腕組をしカウンターの中で静の話を聞いている。いつもとは逆の位置にいるのが不思議な気がしたが、圭太は普段自分が舞台としているその空間としっくり馴染んで背景の大きなFIXガラスに映る店内とその背後を司る夜の海が劇的に似合った。
少し癖のある頭髪や形よい縁取りからのぞく黒い瞳、鷹揚な態度で静かに話を聞き入る姿は闇の魔王のごとき品格を醸し、静は密かに更なる恋心を圭太に募らせる。
圭太が帰国したとき圭太の隣にいたのは青蓮寺という男で、恋人だと教えられ、男とは付き合わないと思っていた圭太が同性の恋人を連れていたことで淡くまだ朧だった圭太への思慕は一気に恋心へと形を整えていった。
静が丹念に言葉を選び、圭太に焦がれた年月を、幼馴染という近すぎた関係に囚われ苦しんだ日々を語るのを、2人は黙って聞いていた。時折浜を打ちつける波の音が静かな空間を波間へと誘っていた。
こんな話をするのは、圭太にも初めてだ。
言葉が見つからず、話が途切れ圭太と目が合うと静を見守る静かな瞳が先を促す。
言葉の羅列は、静の圭太を想い続けた年月そのものだ。
「そう、静の気持ちはよくわかった」
話し終わって誰も言葉を発さず波間ゆらゆら漂うような沈黙の後、薫が口を開き立ち上がった。
「圭太、圭太は静に本気なの?本当に愛してやってくれるの?
もし、圭太が静を泣かせたら、いくら親友と呼べるお前でも僕は許さない。
地獄の果てまでもついて行って、圭太の幸せの邪魔をするから
そのつもりでいてよ。僕は蠍座だから執念深いよ」
「薫、お前は乙女座だろう。地獄に幸せなんてあるとは思えんが、今回ばかりは
俺も本気だ。俺もシズカと同じで、近すぎた関係にシズカの本当の姿がまるで
見えていなかった。お前の弟だけれど、自分の弟のようにも思っていたからな」
そう言って微笑みながら圭太はシズカに瞳をくれる。
その目は、以前の年下の身内を甘やかすような慈愛の瞳ではなく、愛と独占欲で縛る甘やかな恋人の瞳だ。
「シズカが渾身の思いで告白してくれなければ、こんなに愛しい存在が傍にいる事に
気付かなかったと思う。今は、シズカが俺を想ってくれていた年月を無駄にして
しまったことを後悔している」
「サクラちゃんのことも含めて?」
時見 享一。
圭太が静と付き合う前、もっとも深く愛した男。
蒼い痛みがその鋭い切っ先で、胸に薄い傷を引いてゆく。
圭太は、ほんの少し逡巡し、「ああ」と頷いた。
静は、目蓋をゆるく下ろし先程、薫に包まれた自分の手指を見詰めていた。
その頬を涙が伝い薫の親指が優しく拭い取った。
「帰るね、静」
ぽつりと薫が言い、立ち上がった
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<関連作品>
深海魚 目次
『深海魚』1話から読む
『― 願 ―』
『翠滴2』 22話 シーラカンス
□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
以前、拙宅にお越しいただいた方より、TOPに目次が欲しいというご意見を戴きました。
随分と時間がかかってしまいましたが、やっと作りましたので、UPいたします。
一部まだ構成中ですが、みなさまにお使いいただけますと嬉しいです♪
紙魚
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「それは、『これは』と思える、運命を感じる相手と出会わなかったからだ。
俺は相手のことを遊びだと思ったことは無いし、ひとつひとつの恋愛には
いつも真剣だったつもりだ」
その誠実さが、圭太を信頼させ愛しく想うひとつの要素であっても、静の胸にツキリと針でつついたような痛みが走った。圭太はいつも偽りの無い、自分の言葉で話す。
「圭太が静に飽きないという保障がどこにあるっていうんだ?
お前の何を見て信じればいいと言うの?」
薫の言葉に鳩尾辺りがドクンとひとつ脈打って、急激に脈拍が上がっていく。
静が聞きたくないようなことを、わざとここで話すのは庇護者として静を慮ってのことだとはわかっていても、辛く苦しい気持ちになる。
圭太の真珠のネックレスのように連なった数々の恋愛のいくつかを自分も知っている。
思い起こせば圭太の過去の恋人たちは皆、一粒一粒が全く違った輝きを放つ真珠のように個性的で、際立った魅力と美しさを持った人物ばかりだった。平凡でシェーカーを振るしか能の無い自分とは全く違う華やかな世界の住人たち。
突き詰め出すと目の前に黒煙が立ち込め、底の無い不安に襲われ、何もかも捨てて東京の圭太の元に飛んで行きそうになる。それではまるで、疑心暗鬼に陥った嫉妬深い古典の姫君みたいだ。
そんなみっともない姿をさらせば、圭太は自分から去ってしまうに違いない。
「シズカ」 はっきりと自分を呼び戻す声に、我に返る。
声につられ、いつの間にか思案に耽り俯いた顔を上げると、さっきとは全く違った、静の心を推し量る厳しい圭太の目があった。
針の痛みを感じた胸がザワザワとざわめき出して、磨いていたグラスが指から滑り落ちた。
パリンと高く乾いた音を立て足元でクリスタルのグラスが砕け散る。
「静!大丈夫?!怪我は?」
「ごめん、俺は大丈夫だから、2人とも気にしないで座ってて」
すぐにしゃがみ込んで一番大きな破片から摘んで広げたクロスに移していく。その手首を掴まれた。
再び指先から離れた破片はキラりと光りながら落下し粉々に砕け散る。
「また、勝手な勘違いをするなよ、シズカ」
聞き覚えのある科白に胸がひとつ鳴り、振り向くと厳しい表情のままの圭太と目が合う。自分を軽く睨み断罪する切れ長の瞳にゾクリと躰の芯が震えた。
見蕩れるほど完璧なラインを描く圭太の睫が近付いてきて静の口角に掠める程度で唇が重なり、瞬時に顔に血潮が上る。一瞬心の中で圭太を責め、狼狽える瞳をカウンターの向こう、自分のいる位置からは見えない薫に向けた。一部始終を観察していた圭太が掴んだ手首を引き静を立たせた。
真赤に染め上げたその身を薫の前に曝した静は所在無げに小さくなる。
ただでさえ最悪な機嫌が更に急降下する兄の顔がまともに見られない。
「俺がやるから、シズカは退いていろ」 顎で薫の隣の席を指され、薫にもシートを引かれ、いたたまれない気持ちで薫の隣に坐った。
見えなくとも、自分の赤面し狼狽した様子から、薫は今のキスを察しているに違いない。
薫は苦味走った顔で、それでも静の手を取りひっくり返しながら怪我は無いかともう一度聞いてきた。兄の大きくて肉付きの良い温かな手が、その心を現すかのように柔らかく静の手をその掌中に収める。
胸が温かい切なさで一杯になった。
薫も静にとってはかけがえのない大切な兄であり家族なのだ。
「静は、本当に圭太が好きなの?」
だから、偽りたくはない。
家族の他のものには認めてもらえなくても、兄である薫には自分の愛する相手を、恋する心を認めて欲しい。
そして、心から許して欲しい。
「俺・・・俺はずっと圭太さんの事が好きだったんだ・・・」
「ずっと・・・?いつから?」
「圭太さんが一度目にアメリカ留学から帰国した時。俺は、19歳だった」
手際よくガラスの破片を片付けた圭太も腕組をしカウンターの中で静の話を聞いている。いつもとは逆の位置にいるのが不思議な気がしたが、圭太は普段自分が舞台としているその空間としっくり馴染んで背景の大きなFIXガラスに映る店内とその背後を司る夜の海が劇的に似合った。
少し癖のある頭髪や形よい縁取りからのぞく黒い瞳、鷹揚な態度で静かに話を聞き入る姿は闇の魔王のごとき品格を醸し、静は密かに更なる恋心を圭太に募らせる。
圭太が帰国したとき圭太の隣にいたのは青蓮寺という男で、恋人だと教えられ、男とは付き合わないと思っていた圭太が同性の恋人を連れていたことで淡くまだ朧だった圭太への思慕は一気に恋心へと形を整えていった。
静が丹念に言葉を選び、圭太に焦がれた年月を、幼馴染という近すぎた関係に囚われ苦しんだ日々を語るのを、2人は黙って聞いていた。時折浜を打ちつける波の音が静かな空間を波間へと誘っていた。
こんな話をするのは、圭太にも初めてだ。
言葉が見つからず、話が途切れ圭太と目が合うと静を見守る静かな瞳が先を促す。
言葉の羅列は、静の圭太を想い続けた年月そのものだ。
「そう、静の気持ちはよくわかった」
話し終わって誰も言葉を発さず波間ゆらゆら漂うような沈黙の後、薫が口を開き立ち上がった。
「圭太、圭太は静に本気なの?本当に愛してやってくれるの?
もし、圭太が静を泣かせたら、いくら親友と呼べるお前でも僕は許さない。
地獄の果てまでもついて行って、圭太の幸せの邪魔をするから
そのつもりでいてよ。僕は蠍座だから執念深いよ」
「薫、お前は乙女座だろう。地獄に幸せなんてあるとは思えんが、今回ばかりは
俺も本気だ。俺もシズカと同じで、近すぎた関係にシズカの本当の姿がまるで
見えていなかった。お前の弟だけれど、自分の弟のようにも思っていたからな」
そう言って微笑みながら圭太はシズカに瞳をくれる。
その目は、以前の年下の身内を甘やかすような慈愛の瞳ではなく、愛と独占欲で縛る甘やかな恋人の瞳だ。
「シズカが渾身の思いで告白してくれなければ、こんなに愛しい存在が傍にいる事に
気付かなかったと思う。今は、シズカが俺を想ってくれていた年月を無駄にして
しまったことを後悔している」
「サクラちゃんのことも含めて?」
時見 享一。
圭太が静と付き合う前、もっとも深く愛した男。
蒼い痛みがその鋭い切っ先で、胸に薄い傷を引いてゆく。
圭太は、ほんの少し逡巡し、「ああ」と頷いた。
静は、目蓋をゆるく下ろし先程、薫に包まれた自分の手指を見詰めていた。
その頬を涙が伝い薫の親指が優しく拭い取った。
「帰るね、静」
ぽつりと薫が言い、立ち上がった
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深海魚 目次
『深海魚』1話から読む
『― 願 ―』
『翠滴2』 22話 シーラカンス
□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
以前、拙宅にお越しいただいた方より、TOPに目次が欲しいというご意見を戴きました。
随分と時間がかかってしまいましたが、やっと作りましたので、UPいたします。
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紙魚
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んも~~~~こんなの聞いちゃったらますますしーたんに夢中に(///∇///)
お兄さん、弟の真剣な気持ちを理解してくれて良かったです。
さあお兄さんは帰ったよ? 頑張ったしーたんを抱きしめてあげて~~(*/∇\*)キャ~