10 ,2008
翠滴 1-5 爆走ドライブ 2 (14)
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週末、パールピンクの軽自動車のリアシートに散らばった、愛くるしいぬいぐるみやキャラクターグッズ等の女児向けの玩具を片付け、梱包した模型を固定していると、周(あまね)がやってきた。
いつも外出する時に見るスーツ姿ではなくて、VネックのTシャツにカジュアルなジャケットを羽織っている。髪の毛は自然に任せ下ろしており その姿は日の光に晒されて明るく映える。いつもは落ち着いて必要以上に大人びて見えるのが、今日は体調も回復したせいか年相応の瑞々しさに満ちており眩しい感じすらして、享一は目を細めた。
「すみませんが、駅まで便乗させてもらってもいいですか?」
ニッコリ笑って訊いてくる。
鳴海は留守だ。3日前に告げられた通り、周の伯父がいる本宅に出向いている。
周は鳴海が出掛けると部屋から出てきて食卓に加わった。
なぜだか、ずっと機嫌がいい。
「ええ、もちろん どうぞ。何分の電車に乗られるんですか?」
「10時ですので、まだ少しゆとりはありますね」
青々とした田園風景の中を周とドライブというシチュエーションが嬉しい。
いつの間にか、周は享一の心の中に入り込んで、享一の目指すべき人格への指針の一つとして、尊敬と憧れの対象となっていた。優雅で、さり気ない気遣いが出来、男の色気と魅力を存分に持ち合わせた大人の男。
周は、まさに享一の”理想の男”像を、見事に体現している。
広々としたジャガーのシートに慣れているだろう周は、狭い軽自動車の助手席に長躯を折り畳んで納まり、時々運転席に顔を向け 会話とこの短いドライブを楽しんでくれているようだ。
「時見君は若いのに、ただ古いだけの家の調査なんてやってて、面白いですか?」
周が訊いてきた。
「俺は、綺麗なものが好きなんです。だから、あの建物は大好きですよ。
周さんの邸宅には昔の人のアイデアや美意識、それにあの屋敷が建てられた
時代ならではの、先達の潔さみたいなものを感じるんです。
そういう潔い感覚って、新しいも古いも関係無くて、全ての時代に共通すると
思いませんか?古いけど、その実、現在に充分通用する斬新なものが、
あそこには沢山詰まっているんだと思います」
言い終えて、つい饒舌にしゃべり過ぎた自分に気が付き、耳の辺りが熱くなるのを感じた。建築の、こと、あの屋敷のこととなると、言葉が溢れ出し我知らず熱が篭ってしまう。
自分の家でもないのに、偉そうに論じる享一を周はどう思っただろうか。
反応を伺うためチラッと助手席を見ると、ドアに肘を突いて頭を支え、享一を見て微笑んでいる周と目が合って、思わずハンドルを切り損ねそうになった。
胸の辺りがドクンと一つ 大きく高鳴って、心拍数が上昇する・・ナンダ、コレハ。
「ありがとう。あの家をそんな風に言ってもらえて、本当に嬉しいです」
「あ、いえ・・・勿体無いです。居候させてもらっている上、礼なんか言われるなんて。
今は、あの建物に入れあげる香田教授の気持ちがよくわかります」
「こうなると、益々、享一君を嫁に選んで正解だったと、自分を褒めて
しまいそうですね」
また・・・もう・・。
周の方には顔は向けなかったが、視線はどこに定まるでなく泳いでいる。
左からの視線を全身で感じながら、平静を装おうと運転に神経を集中させた。
「はは・・本当に周さんの奥さんになる人も、あの屋敷を愛してくれたらいいですね」
それには答えず、少し間をおいてから周は提案してきた。
「・・・香田教授には屋敷の保護や修繕、その他、諸々・・大変お世話になっています。
そうだ、明日 裏山の中腹にある古いお堂を一緒に見に行きませんか?」
「お堂 ですか?」
「ええ。江戸後期の建立だそうです。今は常駐する人もおらず、半分打ち捨てられた
ような堂ですが、香田教授も訪れた際には、足を運んでおられるようです」
「はい、ぜひよろしく・・」と答えながら異変に気が付いた。目の前にあるはずの無い橋が架かっている。周も同時に気が付いたようだ。
運転のみに気を取られて、周りの景色が目に入ってなかったらしい。
「す・・すみませんっ」
「いいえ、享一君は悪くはありません。僕がナビをしなければいけなかったのに、
土地勘のない君に まかせっきりだった僕のミスです」
慌てて引き返し 急いで駅に乗り付けたが 既に電車は出た後で、プアーンという警笛だけが空しく耳に響いた。享一達は、狭い軽自動車の運転席と助手席で2人して唖然と固まった。
「すみません・・」享一は おずおずと周を見ながら再び謝った。次の電車は1時間後だ。周が電車の消えていった方向を見たまま訊いてきた。
「享一君は、どちらへ行かれるんでしたっけ?」
「・・・W町です」
「運転と行き先のチェンジをお願いしても?」
「え?」
周を見た享一の顔が引き攣ったまま凍りついた。
周は間違いなく怒っていた、・・と思う。
全身から冷たい怒気が漂って、無邪気に貼られたシールや子供の玩具が散乱した
車内を、背筋も凍てつく 鉛のように重い緊張のオーラが満たしている。
だが、享一が一番、恐怖を覚えたのは周の表情だ。
周は享一を見るでなく前を向いたまま、静かにそして瞳の中にメラメラと燃える
炎を宿して、愉しそうに笑っていた。
週末、パールピンクの軽自動車のリアシートに散らばった、愛くるしいぬいぐるみやキャラクターグッズ等の女児向けの玩具を片付け、梱包した模型を固定していると、周(あまね)がやってきた。
いつも外出する時に見るスーツ姿ではなくて、VネックのTシャツにカジュアルなジャケットを羽織っている。髪の毛は自然に任せ下ろしており その姿は日の光に晒されて明るく映える。いつもは落ち着いて必要以上に大人びて見えるのが、今日は体調も回復したせいか年相応の瑞々しさに満ちており眩しい感じすらして、享一は目を細めた。
「すみませんが、駅まで便乗させてもらってもいいですか?」
ニッコリ笑って訊いてくる。
鳴海は留守だ。3日前に告げられた通り、周の伯父がいる本宅に出向いている。
周は鳴海が出掛けると部屋から出てきて食卓に加わった。
なぜだか、ずっと機嫌がいい。
「ええ、もちろん どうぞ。何分の電車に乗られるんですか?」
「10時ですので、まだ少しゆとりはありますね」
青々とした田園風景の中を周とドライブというシチュエーションが嬉しい。
いつの間にか、周は享一の心の中に入り込んで、享一の目指すべき人格への指針の一つとして、尊敬と憧れの対象となっていた。優雅で、さり気ない気遣いが出来、男の色気と魅力を存分に持ち合わせた大人の男。
周は、まさに享一の”理想の男”像を、見事に体現している。
広々としたジャガーのシートに慣れているだろう周は、狭い軽自動車の助手席に長躯を折り畳んで納まり、時々運転席に顔を向け 会話とこの短いドライブを楽しんでくれているようだ。
「時見君は若いのに、ただ古いだけの家の調査なんてやってて、面白いですか?」
周が訊いてきた。
「俺は、綺麗なものが好きなんです。だから、あの建物は大好きですよ。
周さんの邸宅には昔の人のアイデアや美意識、それにあの屋敷が建てられた
時代ならではの、先達の潔さみたいなものを感じるんです。
そういう潔い感覚って、新しいも古いも関係無くて、全ての時代に共通すると
思いませんか?古いけど、その実、現在に充分通用する斬新なものが、
あそこには沢山詰まっているんだと思います」
言い終えて、つい饒舌にしゃべり過ぎた自分に気が付き、耳の辺りが熱くなるのを感じた。建築の、こと、あの屋敷のこととなると、言葉が溢れ出し我知らず熱が篭ってしまう。
自分の家でもないのに、偉そうに論じる享一を周はどう思っただろうか。
反応を伺うためチラッと助手席を見ると、ドアに肘を突いて頭を支え、享一を見て微笑んでいる周と目が合って、思わずハンドルを切り損ねそうになった。
胸の辺りがドクンと一つ 大きく高鳴って、心拍数が上昇する・・ナンダ、コレハ。
「ありがとう。あの家をそんな風に言ってもらえて、本当に嬉しいです」
「あ、いえ・・・勿体無いです。居候させてもらっている上、礼なんか言われるなんて。
今は、あの建物に入れあげる香田教授の気持ちがよくわかります」
「こうなると、益々、享一君を嫁に選んで正解だったと、自分を褒めて
しまいそうですね」
また・・・もう・・。
周の方には顔は向けなかったが、視線はどこに定まるでなく泳いでいる。
左からの視線を全身で感じながら、平静を装おうと運転に神経を集中させた。
「はは・・本当に周さんの奥さんになる人も、あの屋敷を愛してくれたらいいですね」
それには答えず、少し間をおいてから周は提案してきた。
「・・・香田教授には屋敷の保護や修繕、その他、諸々・・大変お世話になっています。
そうだ、明日 裏山の中腹にある古いお堂を一緒に見に行きませんか?」
「お堂 ですか?」
「ええ。江戸後期の建立だそうです。今は常駐する人もおらず、半分打ち捨てられた
ような堂ですが、香田教授も訪れた際には、足を運んでおられるようです」
「はい、ぜひよろしく・・」と答えながら異変に気が付いた。目の前にあるはずの無い橋が架かっている。周も同時に気が付いたようだ。
運転のみに気を取られて、周りの景色が目に入ってなかったらしい。
「す・・すみませんっ」
「いいえ、享一君は悪くはありません。僕がナビをしなければいけなかったのに、
土地勘のない君に まかせっきりだった僕のミスです」
慌てて引き返し 急いで駅に乗り付けたが 既に電車は出た後で、プアーンという警笛だけが空しく耳に響いた。享一達は、狭い軽自動車の運転席と助手席で2人して唖然と固まった。
「すみません・・」享一は おずおずと周を見ながら再び謝った。次の電車は1時間後だ。周が電車の消えていった方向を見たまま訊いてきた。
「享一君は、どちらへ行かれるんでしたっけ?」
「・・・W町です」
「運転と行き先のチェンジをお願いしても?」
「え?」
周を見た享一の顔が引き攣ったまま凍りついた。
周は間違いなく怒っていた、・・と思う。
全身から冷たい怒気が漂って、無邪気に貼られたシールや子供の玩具が散乱した
車内を、背筋も凍てつく 鉛のように重い緊張のオーラが満たしている。
だが、享一が一番、恐怖を覚えたのは周の表情だ。
周は享一を見るでなく前を向いたまま、静かにそして瞳の中にメラメラと燃える
炎を宿して、愉しそうに笑っていた。
それがいったいどうして、冒頭のあんなことになるんでしょう?
というか、まだ周さんはキャラクターをぜんぶさらけだしていませんものね。
二面性があるんだろうか、かれは??