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紙魚

Author:紙魚
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Category: 翠滴 3 (全131話)

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翠滴 3 VOID  2  (38)

 手の中で着信音が途切れた。
 23時から始まったニュース番組の画面にエンドマークがついてエンディングが流れる。
 テレビを消すと静寂が落ちて、エアコンの機械音だけが部屋の中で低く唸りを上げていた。。
 ローテーブルのグラスに手を伸ばし、ウイスキーを煽った。
 ここのところ、夜酒を飲まなければ眠りが訪れない。

 着信音の切れた携帯が離せず、持ち続ける手の体温でぬくもっていった。
 黒いつや消しの塗装のされた携帯は、替えてから一ヶ月以上経つのというのに、享一の掌になかなか馴染まない。自分のものでありながら、他人の携帯を間違えて持ってきてしまった感が拭えない。
 前の携帯とは対照的な薄型のボディの中には当然、何の細工もない。
 その事実が自分が望んだ結果にも拘らず、周と自分を繋げていた”絆”という名の緋色の紐がまた一本、断ち切られたように感じた。

 「携帯を変えておいて良かった・・・・」
 無理矢理口を開き、自分に言い聞かせるように呟く。唇にウイスキーと一緒に嘘が染み込んでゆく。この先、周を裏切り歪んで穢れてゆく自分を欺くため、この唇はどんどん言い訳と嘘を重ねるだろう。
 軽く酔った躰をソファに凭せ、立て膝に両腕を乗せて人の形をした抜け殻みたいにに放心する。
 アルコールの廻り始めた頭がここ数日に起こった事柄すべての輪郭を朧に滲ませて、束の間の平安が訪れた。
 心が日常から非現実へと細かい砂が滑るように、するすると抜け落ちてゆく。
 

 周がNYへ発つ前夜、クリスマスを過ぎての帰国になるからと、冬の初めにオープニングを果たしたホテル・エルミタージュに誘われた。
 夕食をホテル内のフレンチレストランで済ませ部屋に戻る途中、周が手を繋いできた。
 溜息が出そうなくらい美しいコロニアルスタイルの廊下を、自分の心臓の音を聞きながら歩く。世界中が煌めいていて、幸福感に眩暈がしそうだった。
 「この部屋だ」
 両開きのオーク材の扉にはエレガントな模様のレリーフが施されている。イタリアの名匠に特別に発注した扉を享一は図面で何度も見、空輸された扉の設置にも立ち会った。
 特別な扉はホテルの名を冠した特別なスゥイートの扉だ。思わず周を見返った。
 微笑む周にクラシカルな真鍮の鍵を渡され扉を開く。まさか自分がこの部屋に泊まれる日が来るなんて思わなかった。
 暗いリビングに入った瞬間、言葉を失った。
 幾つものキャンドルの灯されたテーブルの上に、美しいケーキと花とクーラーに入ったシャンパン。窓の横には、窓の大きさに見合うゴージジャスな本物の樅の木のクリスマスツリーが飾られている。

 「周、これ・・・は?」
 「まだ一週間以上あるが、クリスマスだ。一度イベントめいたことを
 享一とやってみたいと思った」
 背後からGLAMOROUSのスーツを纏う肩と腰に腕を回され、ふわりと抱き寄せられる。
 「こういうのは嫌か?」
 言葉がうまく出なくて、首を横に振った。
 毎年、周は年末から年始にかけてNYのトリニティ本社に詰めるため日本にはいない。
 周の”はとこ”でもあるアメリカトリニティの代表エドアール・ステファンが、クリスマスは身内と過ごすものと決めているからだ。面識の薄い一族の人間との付き合いを煩わしく思う周を、エドはわざと仕事がらみでNYまで引っ張り出すのだと周がぼやいていた。
 幸福が度を越すと、言葉ではなく涙が出るのだと初めて知った。

 リビング入り口で、前室からの明りと共に優しく抱きしめられた。四角い光の中で重なる2人の影が窓ガラスに映る。あの時、重なった影が二度と離れることはないと信じて疑わなかった。
 
 深い森に囲まれたエルミタージュは、モダンであながらもノスタルジックな旅情を感じさせるホテルだ。建築家・河村圭太のセンスの良さと、徹底的にデザインされたディテールの一つ一つに享一は感嘆の声を上げた。
 手放しで河村を称賛しながら夢中で室内を歩き回る享一を、痺れを切らした周がベッドルームに引っ張ってゆきベッドに押し倒した。
 
 露骨な嫉妬を隠そうとしない周に呆れながらも、享一はふわふわとした幸福感に漂いながら自分を押さえつける男を見上げた。暫し見つめ合った後、2人は同時に子供じみた笑い声を上げてベッドの上で戯れるように抱き合った。
 周の運んできたケーキをフォークを使わず互いの指と肌をクリームだらけにしながら食べ、シャンパンもラッパ飲みした周から口移しで与えられた。
 蜜のように甘すぎる夜に、心も体も埋没する。

 「別にスイートでなくてもよかったのに・・・この部屋、高いんだろう?」
 エルミタージュの予約はオープン前から殺到していると聞いていた。この部屋も正規の客を入れたほうが、会社の利益になる。
 「確かにこのホテルにしたのは判断ミスだった。俺達のほかにあの間男がいるようで
 非常に気分が悪い。正直言って、この部屋で気に入ったのはこのベッドだけだ」
 眉は顰めて見せるものの、周の口の端に浮かんだ笑いが本気ではないことを物語る。享一は鼻で笑ってみせ、揶揄いの視線を流して首を傾げた。 
 「じゃあ、周はこのベッドひとつに俺の手取り数ヶ月分を支払うわけだ?」

 「ホテルを訪れる客は、ホテルで過ごす快適な時間に対して対価を払う。
 俺はこのスイートのベッドでの享一との”特別で濃密なこのクリスマスの夜”に対価を払う。
 その点では、私は大いに満足しています」
 周が静かに覆い被さってきて、鎖骨に残るクリームを官能を高めるため、わざとゆっくり舐め取った。
 小意地の悪い言葉を吐いた花弁の唇が、小さく戦慄いた。
 熱く吐き出される享一の吐息に喘ぎが混ざるのを確認すると、享一の上で躰を擦るようにずり上げ一瞬で高みに上った享一と目を合わせた。
 片方だけコンタクトを外した左右色の違う瞳が享一を射抜く。
 
 一度、怒った享一に頬を張られた拍子にカラーコンタクトが飛んでアンバランスな瞳を見られて以来、周がコンタクトの着脱する際、享一はちらちらと周を盗み見るような視線を向けるようになった。
 享一の素直な感情の揺れに、周が目を合わせたまま喉の奥を鳴らして嗤う。
 大きな手が享一の大腿の内側に置かれた。
 「ケーキは食べ尽くしてしまいました。でも物足りない。次は君を食べさせてください」
 
 享一にはクリスマスを意識して誰かと時間を過ごすということをした記憶があまりない。
 いや、父がいた頃はささやかながらもクリスマスにはホールケーキを買って、父母や弟たちと共に食卓を囲んだこともあった。
 「残さず食べてくれよな」
 「もちろん、そのつもりです」
 家族で笑いあった記憶と、トラウマとなった出来事に苦しんだ長い時間は取りあえず棚に挙げ、周と顔を合わせ無邪気に笑い合いながら幸福感の中で抱きしめ合う。
 柔らかく重なりあう時間が胸を満たした。



 そして3日後、本当のクリスマスが来る。
 
 突然、周の声が聞きたいという激しい衝動が突き抜けた。
 携帯を開き、勢いで着信履歴を表示すればトップに周の名がある。
 そこで指が止まってしまった。携帯に出て、なにをなんと言えば良いのかわからない。

 洗いざらい吐き出してしまえればどんなにか楽だろう。
 そんなことをすれば、全てが終わる。
 自分の足は、もうあの夜のタールの闇へと踏み出している。
 今の自分は”その瞬間”を怖れ、嫌なことを先送りする子供のように時間を稼いでいるだけだ。
 
 無意識に周の名前を指で撫でている間にふっと液晶の光が消え、心が激しく動揺する。慌ててボタンを押すと画面が甦る。周の名がそこにあることに泣きたくなるくらい安堵した。

 通話ボタンを押せば、この携帯は周に繋がる。
 そうだ・・非通知にすればいい。声を聞いてすぐに切ればいい。
 誘惑に親指が通話ボタンの上に移動したその時、着信音が鳴り出した。
 周に設定してある着信音と違ったその音は、空気を切り裂くように部屋に鳴り響く。

 
 瀬尾 隆典

 画面に浮かんだ名前に、節だった大きな手に内臓がぎゅうっと絞られ竦み上がった。続いて、その手が肌の上を無尽に這い回り愛撫する感触ガ甦り、全身が粟立った。
 会いたくない。
 鳴り続ける携帯から逃げるように目を逸らし息を殺して、瀬尾が諦めることをひたすら祈る。
 ふっと着信音が途切れ、部屋に静寂が戻った。再びエアコンの低い機械音が耳につきはじめる。深夜の冷気が強まったのか、エアコンは一層低い唸り声を上げ温風を吐き出した。
 固まっていた身体から少しずつ力が抜け、そろそろと息を吐きかけた時、着信音よりも身近でリアルな音が鼓膜と部屋中の空気を震わせた。
 アパートのインターホンの音に、言葉通り心臓が飛び上がった。
 
 開いたままの携帯が手を離れ床に落ち、フローリングの上で再び鳴り始める。
 狼狽と恐怖心で拾い上げることが出来ない。
 着信音は、切れてもまた鳴り始めた。
 インターホンも繰り返しならされ、その音は享一の頭の中で大音響となって響いた。
 軽くドアをノックする音も加わり、頭の中が瀬尾に対する怖れと追い込まれてゆく恐怖にパニックを起しそうになる。享一がこの部屋にいることを確信しているかのごとく、ノックの音が鳴らされる。

 無様に怯える心もそのままに玄関ドアから目が離せないでいると、視界の隅で何かが動いた。意識を向けるとDVDデッキのデジタル時計の数字がいつもとなんら変わらぬ調子で切り替わり、意識が漸く現実に辿り着く。
 深夜零時。
 なににしてもこの時間だ、神経質な性質の隣人の顔も脳裏を過る。非常識な瀬尾の行為に湧き上った怒りも手伝って、携帯を拾い上げると躊躇いがちな指で通話ボタンを押した。




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翠滴 3―1 →

□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
  
  
  9月ですね♪
  今日のこの日を心待ちにしておられた方も多いのでは・・・と思ってしまう、わたくしです。 
 自分の時間、ウエルカム(笑)これで少しは更新のピッチが上がれば、言うこと無し・・・・ですね~
  
                              
 

 
  ■20000HIT!!ありがとうございます■
 先日、めでたく20000HITを迎えることが出来ました!
 3月に7000HITをめどにランキング復帰しましたのに、こんなに早く20000に到達するとは
 思いませんでした。
 これも、偏にみなさまに気に掛けて頂いているお陰だと、感謝・感謝でございます。
 20000HITのキリバンは嬉しいことに、お二人の方が同時に踏んでくださり、リクエストも頂戴しました。
 ひとつは、瀬尾が登場する前の周×享一のひと夏のお話で、
 もうひとつは、『深海魚』の、河村圭太×花隈静のその後のお話のリクエストでした。
 ちょこちょこっと本編の更新に合間に挟んで行きたいと思いますので、よろしくお願い致します。
 みなさま、ありがとうございます

                               紙魚
 

  拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当に、いつもありがとうございます。
 大変、励みになります。。
 

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Comments

間男 (* ̄▽ ̄*)
天下の王子様を間男呼ばわり(笑)

つい数日前の幸福な記憶が、今の状況をさらにどん底へ突き落としますね..享ちゃん..辛いねえ(ノд-。)クスン
そんでもって、このタイミングで真っ黒瀬尾っち登場...萌えですな←( ̄◇ ̄;)エッ
Re: No title
 AOさま、ようこそです。

 親指を負傷されたとのことですが、大丈夫でしょうかノ( ̄0 ̄;)\オー!!ノー!!!!
 指先って、細かい血管が集中していたりするので、怪我をするとたくさん血が出ちゃうんですよね(汗
 日ごろの雑多な家事はご家族の方に甘えて、どうぞ大事にされてくださいませ。。

> 相変わらず、紙魚さまの二人の甘甘、部屋と同じくスイートです。
 や、頂いたリクエストをカキカキしておりましたら、あまりに甘い内容だったので、
 こちらにも影響が出てしまいました。。
 今回は、味覚も甘甘です(笑)

> 周に設定してある着信音と違ったその音・・・
> 瀬尾っちのはジョーズのテーマでしょうかw
 もうちょっと心理的に怖くしたかったんですけど、音が多すぎたみたいです(反省
 しかも、ラストの切るところを間違えましたε-(;ーωーA フゥ…
 
> 周が来てくれたのかな。瀬尾っちは、子供が居るから
> 夜出られないんじゃ、なんて思ってますが・・・
 ふふふ・・・・瀬尾は子連れ狼くんなのですけど、やっぱり狼なのです。

> でも、3で終わってしまうなら、ゆっくり更新で終わってしまうのを長引かせて欲しいですw
 ありがとうございます~m(_ _)m
 一応、夏休みも終わったことですし、「目指せ!怒涛の更新(希望・笑)」なのですけど
 もともと、筆が遅いのでまだまだ引っ張りそうです。。。
 キリバンのお話も、明日か明後日には更新しますね♪

 コメント&ご訪問、感謝です!
 PS.いつもありがとうございますm(_ _)m 朝イチで直しました!
Re: 間男 (* ̄▽ ̄*)
 シマシマ猫さま、こんにちは♪

> 天下の王子様を間男呼ばわり(笑)
 ほんとうにねえ。。。(笑)
 こんな暴言が吐けるのは周と薫ぐらいなものですね・・・
>
> つい数日前の幸福な記憶が、今の状況をさらにどん底へ突き落としますね..
 何を思ったか、激甘のエピソードを入れてしまいました。。。(怖いシーンのはずなのに・・
 頂いた2本の甘甘リクを考えているうちに、頭が砂糖化してしまったようです。
 ここからだんだんイタタ状態がきつくなってきます( ̄□ ̄;ll)
 もう、行くとこまで行っちゃえ~~!!
 
> そんでもって、このタイミングで真っ黒瀬尾っち登場...萌えですな←( ̄◇ ̄;)エッ
 黒いですよね~(笑) 私の中でも、瀬尾は本当に黒いイメージです。
 萌えていただけて、嬉しいです♪ププ・・

 コメント&ご訪問、ありがとうございます♪

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