08 ,2009
翠滴 3 VOID 1 (37)
享一が立ち去っても、享一の立っていた壁の隅に目を凝らしたままいつまでもその場に立ち続けた。享一の驚愕に見開かれた瞳がまざまざと蘇る。
「キョウイチ」最後にそう呼びかけると、僅かに顔を上げる。
状況を受け止めきれない黒曜石は輝きを消して蒼ざめ、花弁の唇は石のごとくその精彩を失った。
それでも、俺には十分愛しくて魅力的で、俺の正体を知って打ちひしがれ苦悩する享一の姿はぞくぞくするほど艶かしかった。
色香。
享一の中で、学生時代にはなかった艶が花開しふとした拍子に妖艶な色が零れ出る。
誰によって、植えつけられ育まれたものなのか・・・その艶を憎らしく思いながらもなお一層、享一に惹きつけられて止まないのも事実だった。
享一に、和輝の出生の真実を告げてから一ヶ月、自分の息子の存在を知った享一が実の息子である和輝という存在に夢中になり、仕掛けた罠に嵌り込んで行くのを息を潜めて見守った。
今の享一には和輝と離れることなど耐えられないだろう。
思春期の入り口で父親に捨てられた享一にとって家族という存在は重要な意味を持つ。
同性である男と付き合っているのなら尚更、その存在が特別なはずだ。
抗う唇を無理矢理奪った自分の口許に指を当てる。
荒々しく口腔を貪り、抵抗する唇や舌を夢中で味わい尽くした。
だが、今唇に甦るのは、眠る享一と初めて重ねたやわらかな唇の甘やかな感触だ。
今は恨まれたとしても、手中に収めたら大切に守り、これでよかったと思わせてみせる。
長い間、そうしたいと切望してきたとおり、享一のその魂まで抱きしめ愛してゆく。
これまでの時間の何倍もの時間をかける事になろうとも構わない。
互いに笑いあった無邪気とさえ呼べる日々を取り戻し、和輝と3人・・・
俺達は享一の家族になる。
NYの朝の身を切るような冷たさの中にそのスラリとした長身を晒していた。
地上27階。都会を吹く抜ける風を伴った寒さは地上のそれを更に上回る。
広いテラスの大理石の手摺に凭れ、耳からはずした携帯を閉じた。
携帯と一緒にスラックスのポケットに収まった掌をいつまでも突っ込んだままにしているのは、底冷えする都会の寒さのせいではなく、携帯の着信に気付いた恋人が掛け直してくるかもしれないと思ってだ。
眼下のセントラルパークを見下ろすと、昨夜の雪が残る寒い日曜の朝を楽しむマンハッタンの住人たちが散歩をしている。
未踏の積雪に足跡を残そうとはしゃぐ子供たちの姿がまるでゴマ粒のようだ。
濃厚な緑の燃え立つ季節とは対照的な冬の公園は、枯れ木にも積もった雪が色彩をなくした風景に繊細な純白のレースの飾りを添え、白い世界はただ静かで、眠っているかのようだ。
誰憚ることなく曝された翠の瞳は、クリスマスムードに浮き足立つ周囲の喧騒とは対照的な静寂に包まれた公園のようすを、物思いに耽りながら見詰めている。
周は身を反すと再び手摺に凭れ、空を見上げた。
肺を凍てつかせる湿気を含んだ冷たく重い空気を自分を落ち着かせるために目一杯吸い込む。
ここ数日、自分のすべての疲れを払拭する恋人のたおやかな甘い声を聞いていない。
メールの返信も片手で補えるほどの数しか返ってきていない。
NYと日本では朝と夜が逆転する。
だが時間のずれだけが享一との連絡の取れない理由だとは思い難い。
NYでは、ミーティングをしながら朝食をとることが多くそのまま昼近くまで意見が交わされるということが珍しくない。ここ数日はこの状態が重なり、結局、連絡を入れるのが日本の深夜にあたる時間となった。
だが、いつもNYに滞在し仕事する時はいつもこのパターンだ。
たとえ深夜に着信しようとも、享一は相手が自分であれば取り損ねたコールも必ず掛け直してくる。
連絡が取れなかったことは、今まで一度もない。
考えはじめると心が騒いでいてもたってもいられず、走り出したい衝動に駆られる。
余計な推察は判断を鈍らせる。
再び冷たい空気を吸い込み溜息と共に吐き出した。
公園を取り巻くビル郡に燦々と朝日が注ぎ眩く光りながら公園に青い影を落とす。
だが、人の手による美しいランドスケープも自然の作る計算のない美には適わない。
「冬の庭もまた素晴らしいだろう」
肩にシルバーフォックスのロングコートがかけられた。
きりきりと肌を締め上げる冷気がコートの内側で一気に緩む。
「この公園は、世界屈指の庭だ。四季を通していろんな顔を見せてくれる。
君はよくこの公園のこと・・・日本語でなんと言ったかな・・」
「箱庭」
「そう、ハコニワだ。僕はこの庭を、人間の作った最上級の庭だと思っている。
僕はいつかこの庭を自分の足元に・・・そう思ってきたんだ」
「あなたの願いはとっくに叶っている。世界最高峰のロケーションを手に入れた気分はどうです」
アメリカ・トリニティのトップであるエドアール・ステファンは周の横に立ち満足げにセントラルパークを見下ろしていたが、ウイットに富んだその表情を周に向けると朗らかに笑いかけた。
冬の弱い日差しの中で、エドアールの燃えるような赤毛が、彼の生命力の強さを表すように鮮やかに際立っている。その下で自分とよく似たグリーンの瞳が自分を捕え、一見何の共通点もないように見えるこの男と自分の体の中には、同じ血が流れているのだと認識させられる。
「それが、全然満足しないんだ、アマネ。君の言うこの”ハコニワ”じゃ、僕はまだ足りない・・・こうなったら、スクエアの次はペンタゴン(5角形)でももらいに行くかな」
片目をつぶり大風呂敷を広げ陽気にジョークを飛ばす男に、どこまで本当なのかなどと聞くのも野暮な話だ。ビジネスという世界で自由に泳ぎまわるのが何よりも似合う男だ、窮屈な政治の世界で満足できるとは思わない。
その一方で、この男ならやりかねないという思いも過る。
どこまでも貪欲なところも一族の血のなせるものなのかと自戒も込めて周は薄く笑う。
「中に入ろうアマネ。こんな巨大フリーザーの中じゃ、永久に続く筈の恋さえもガチガチに凍って萎えてしまうよ。それに、君に頼まれて調べた日本人についても、少し話したいことがあるんだ」
エドアールの視線は携帯を握ったままの突っ込んだ周の右手に注がれている。
「どうやら彼は、君にとってあまり喜ばしくない人間と繋がっているようだ」
「・・・・・」
予感はあった。
周は、巨大な都市公園を一瞥しすると手摺から離れ,エドアールと肩を並べる。
「明日、帰国します。残りの日程には代わりの者を寄越すつもりです」
「冷静な君らしくないね。でも、僕はこの2~3日でアマネはそう言い出すんじゃないかと思っていたよ。
で、君の代わりに来るのは誰?」
エドアールは軽く笑いながら周の肩を抱く。
性的な意味を持たない身内の抱擁は気持ちがいい。
「鳴海が空いていれば、彼を」
「ああ、アジアン・クールビューティーの彼か。いいね、ああいう頭の切れる男は好きだよ」
「食えない男ですが」
周がバサリと切り捨てると、エドアールは笑い声を上げた。
「さて、君がどう出るのか、お手並み拝見だ。もう判っているとは思うけど、”セオ”はすべてを知っている可能性が高い。うちのサーバーに侵入した形跡がしっかり残っていたよ。もちろん核心に辿り着く前に追い払ったが、潜り込んただけでも大したものだ。執念を感じるね。なかなか手応えのありそうな相手だ」
高みの見物を決め込んだ赤い前髪の下のチャーミングな瞳がウインクを寄越す。
クラシカルなガラス扉の内側は天井の高い広間になっており、大きな暖炉の中で赤々と火が燃えている。2人がコートを脱ぐと執事がコートを受け取り広間を出て行った。
テーブルの上にポットとコーヒーカップが用意されており、エドアールはカップにサーブすると周に手渡した。香ばしい香りが辺りに漂いだす。
「君やセオをここまで執着させるほどの男なら、僕も一度会ってみたいね」
「私には、自分のものを人に譲る趣味はない。それが大切な人なら殊更です」
エドアールはコーヒーを一口に含み、何かが閃いたように人指しゆびで天を指した。
「僕はナルミで我慢しよう」
周の瞳がほんの一瞬大きくなり、面白いものを見つけたように口角を上げる。蓼食う虫も好き好きで、主観も嗜好もひとさまざまだ。この際、自分の意見はおいておくべきだろう。
享一を奪うと宣言してから今まで沈黙を守っていた瀬尾が動き始めた。
いや、瀬尾は享一と再会したその瞬間から、気のよい友人を演じつつ仕掛けていたのだ。
瀬尾 和輝
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
文の更新は久しぶりです。今日からVOIDです。
周と瀬尾っちの視線です。。最近、鳴海熱が上がっていまして、ちょこっと入れてみました♪
紙魚
■お知らせです■
突然ですが、気がつけば20000HIT直前に来ていました!!
この間、15000HITだったと思ったのに。。。い、いつの間に。。。。w(*゚o゚*)w
もしかしたら、今日明日中にでも到達しそうです。
踏まれた方で気がつかれた方・・・・・ぜひ、ご一報を♪
いつも遊びに来て下さるみなさま、本当にありがとうございます!
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あああお久しぶりです周さん周さん…
もう周さんに気をとられすぎて一瞬セオて何の事かと思いましたf^_^;
落ちついて自分!
うふふ(◎ω◎)
大変そうになっていって楽しい楽しいです
キャラクターと作者さまは苦しいのでしょうが(^_^;)