08 ,2009
翠滴 3 熱 5 (34)
「キョウ、このUSBメモリーひとつを、どうしたところで解決にはならないぜ。
オリジナルはPCの中で、コピーだっていくらでも作れる」
「何でだ? 瀬尾・・・こんなことして、一体、お前に何の得がある?」
瀬尾の目が一転して興醒めした視線をよこした。
「人間が、目標を達成する理由なんて決まっている。欲しいものを手に入れるためだ」
売名行為。瀬尾は、もともと上昇志向の強いタイプだ。
瀬尾が、享一のいた高校に転入してきた当時は不貞腐れた態度で近寄りがたい雰囲気すら持っていたが、何かと話しかけられ友人になり深く知っていくうちに、持ち合わせた能力に溺れず、常に自らを研鑽し日々の努力を惜しまない努力型の人間だということがわかった。学生時代はその前向きな姿勢に随分と刺激され尊敬もした。
国際弁護士という現在の仕事も地位も、そんな瀬尾の努力の賜物だ。
ただその分ということか、昔から自己顕示欲が強いところがあったのも確かだった。
日々の雑多な事件の中で頭に残る事件は少ない。
その中でも2年前の派手な買収劇は国民の頭に色濃く残る。
日本屈指の大企業、NKホールディングスへの突然のM&A(企業買収)に加えて、美貌の若者がその買収側の代表として登場し、事件はゴシップの色を帯びてメディアは報道合戦を繰り広げた。周は売国奴と罵られたその一方で、類稀なる容姿と若さその並外れた度量から、メディアに持て囃され、雑誌や番組の出演依頼が殺到した。
周はタレント扱いのメディアの関心を無視し続け、トリニティの日本進出にプラスイメージになると踏んだ経済紙への、それもよりによって抜粋した取材のみにだけ条件付で受けた。
買収劇から離れ、勝手にひとり歩きを始めたメディアの ”永邨 周” 熱が鎮火するのに丸一年を要し、再び心を通わせ始めた2人の逢瀬は、身を潜め闇に紛れるようにして重ねられた。
もしあの買収の真相を瀬尾が暴いたなら、瀬尾は日本国中から注目されるだろう。
そして、周へのダメージはどれほどのものになるのか・・・・肌に記憶する、周の息遣いや体温が肌の表面で急激に冷えきって、やがて皮膚から浸透した冷気が躰の震えを呼び、心臓や他の臓腑をぎりりと包み締め上げていった。
ここで、瀬尾を思い留まらせなければ・・・・・。
瀬尾は自分が周と付き合っているのを知って、周の新しい情報を手に入れようとしてこんなことをしているのかもしれない。そう思い至ると、自分を利用しようと考えた瀬尾に口惜しさを感じながらも、思考は落ち着き、打開する方法を考え始めた。
「そこまでして、弁護士として名前を売りたいのか?」
周を二度と失いたくはない。
友人としての瀬尾も・・・何より、瀬尾は和輝の戸籍上の父親だ、瀬尾を失うということは和輝も同時に失うことになる。
「俺は・・・あの買収に関しては何も知らないし知っていても話す気はない。お前だって知ってるだろう、俺はもともとゲイじゃないし、男が好きなわけじゃないんだ。俺を懐柔したって何ひとつ出てはこな・・・・」
「ぷっ!・・・・ハハハ・・・・」
突然、瀬尾が可笑しそうに声を上げて笑い出した。
「お前ってさ、これだけ言葉と態度で示してやってるのに、相変わらず鈍いな」
いきなり笑い声が止んで、瀬尾が覗き込んできた。目には笑っていた形跡すら残っていない。享一は、瀬尾が実は笑ってなどいなかった事に気がついた。
「そうだな、人によってその手に入れたいものはまちまちだ。ある者は今キョウの言った名声を欲しがるかもしれないし、ある者は金や物品だったりする。けどなキョウ、俺が欲しいのは金や名声なんかじゃない。そんなもので俺は満足できないし、しない。
俺が欲しいのは”時見 享一”という人間、つまりお前だ」
言葉が鼓膜に浸透していくにしたがって、享一の目がみるみる大きく見開かれていく。
「確か、お前は永邨を守るためなら、世界中の男とだって寝れるんだっけな?」
享一の表情が、瞠目したまま固まった。なぜ、あの時の言葉を瀬尾が知っているのか・・・・
自分が過去に放った言葉が引っぱりだされ、驚きと得体のしれない恐怖に唇が慄えた。
「お前がゲイだとしてもそうでなくても、そんなことは俺にとってはどうだっていいのさ。
キョウが男と寝ることが出来る、それだけで充分なんだよ」
瀬尾がゆっくりその感触を愉しむように享一の頬を撫で上げる。享一は、サッと顔を逸らして瀬尾の指から逃れると、侮蔑を篭めた目で瀬尾を睨んだ。
「なんで、瀬尾が知ってるんだ?」
瀬尾は鼻を鳴らして笑うと横を向いた享一の顎を捉え、無理に自分の方に向けさせた。
「あの時、あのロビーに俺もいたのさ。お前は気付かなかったみたいだけど、永邨は俺をしっかり牽制してきたぜ」
「周が?」驚いた瞳と視線が合う。
享一が永邨という姓ではなく、名前で呼ぶことに瀬尾の胸に淀んた嫉妬が新たに生まれた。
次の瞬間、享一の顎に掛かっていた手が再び享一を横に向かせベッドに押さえつけた。晒された享一の首筋に顔を埋めた瀬尾が、餓えた獣のように柔らかい項に吸い付いた。
皮膚の下を流れる血脈を探るようにきつく吸い上げられ、享一は自分に伸し掛る重みの下でもがいた。
両肩を押し返そうとしたが肺を圧迫された身体には力が入らず、ほんの少しも持ち上がらない。
「やめ・・・瀬尾っ、嫌だ。苦し・・放せっ・・・・・あ・・うっ」
弱い首筋に時折歯を立て、浮き上がった筋を辿り鎖骨へと移動する唇を振り払おうと狂ったように頭を振った。
首の後を、ぐいっと引っ張られる感覚に我に返る。
瀬尾の口の両端からピンと張った緋色の絹紐が覗き、ニヤリと上目遣いで嗤った瀬尾が歯で挟んだ紐を引っ張った。
噛みちぎられる。
「ぐッ・・・」
歯で紐をくいちぎろうと上体を浮かせた瀬尾の股間にすかさず放った享一の膝蹴りがきまり、瀬尾の身体が低いうめき声を上げ、崩れ落ちる。
享一は力の抜けた身体の下から素早く這い出すと、ベッドを抜けて寝室を飛び出した。
リビングのソファーセットを回りダイニングチェアーに掛けてあったコートとマフラーをひったくると、一目散に玄関に向って走る。
サムターンを回し、ドアハンドルに手を掛け捻るがドアは開かず、2重ロックに気付いた時にはパニックを起しかけていた。焦った指先はいうことをきかず、すべてがスローモーションで動いているような気がした。
ガチャン!
「!!」
安堵した手の甲に、背後から伸びた少し日に焼けた大きな手が重なり、全てが止まった。
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オリジナルはPCの中で、コピーだっていくらでも作れる」
「何でだ? 瀬尾・・・こんなことして、一体、お前に何の得がある?」
瀬尾の目が一転して興醒めした視線をよこした。
「人間が、目標を達成する理由なんて決まっている。欲しいものを手に入れるためだ」
売名行為。瀬尾は、もともと上昇志向の強いタイプだ。
瀬尾が、享一のいた高校に転入してきた当時は不貞腐れた態度で近寄りがたい雰囲気すら持っていたが、何かと話しかけられ友人になり深く知っていくうちに、持ち合わせた能力に溺れず、常に自らを研鑽し日々の努力を惜しまない努力型の人間だということがわかった。学生時代はその前向きな姿勢に随分と刺激され尊敬もした。
国際弁護士という現在の仕事も地位も、そんな瀬尾の努力の賜物だ。
ただその分ということか、昔から自己顕示欲が強いところがあったのも確かだった。
日々の雑多な事件の中で頭に残る事件は少ない。
その中でも2年前の派手な買収劇は国民の頭に色濃く残る。
日本屈指の大企業、NKホールディングスへの突然のM&A(企業買収)に加えて、美貌の若者がその買収側の代表として登場し、事件はゴシップの色を帯びてメディアは報道合戦を繰り広げた。周は売国奴と罵られたその一方で、類稀なる容姿と若さその並外れた度量から、メディアに持て囃され、雑誌や番組の出演依頼が殺到した。
周はタレント扱いのメディアの関心を無視し続け、トリニティの日本進出にプラスイメージになると踏んだ経済紙への、それもよりによって抜粋した取材のみにだけ条件付で受けた。
買収劇から離れ、勝手にひとり歩きを始めたメディアの ”永邨 周” 熱が鎮火するのに丸一年を要し、再び心を通わせ始めた2人の逢瀬は、身を潜め闇に紛れるようにして重ねられた。
もしあの買収の真相を瀬尾が暴いたなら、瀬尾は日本国中から注目されるだろう。
そして、周へのダメージはどれほどのものになるのか・・・・肌に記憶する、周の息遣いや体温が肌の表面で急激に冷えきって、やがて皮膚から浸透した冷気が躰の震えを呼び、心臓や他の臓腑をぎりりと包み締め上げていった。
ここで、瀬尾を思い留まらせなければ・・・・・。
瀬尾は自分が周と付き合っているのを知って、周の新しい情報を手に入れようとしてこんなことをしているのかもしれない。そう思い至ると、自分を利用しようと考えた瀬尾に口惜しさを感じながらも、思考は落ち着き、打開する方法を考え始めた。
「そこまでして、弁護士として名前を売りたいのか?」
周を二度と失いたくはない。
友人としての瀬尾も・・・何より、瀬尾は和輝の戸籍上の父親だ、瀬尾を失うということは和輝も同時に失うことになる。
「俺は・・・あの買収に関しては何も知らないし知っていても話す気はない。お前だって知ってるだろう、俺はもともとゲイじゃないし、男が好きなわけじゃないんだ。俺を懐柔したって何ひとつ出てはこな・・・・」
「ぷっ!・・・・ハハハ・・・・」
突然、瀬尾が可笑しそうに声を上げて笑い出した。
「お前ってさ、これだけ言葉と態度で示してやってるのに、相変わらず鈍いな」
いきなり笑い声が止んで、瀬尾が覗き込んできた。目には笑っていた形跡すら残っていない。享一は、瀬尾が実は笑ってなどいなかった事に気がついた。
「そうだな、人によってその手に入れたいものはまちまちだ。ある者は今キョウの言った名声を欲しがるかもしれないし、ある者は金や物品だったりする。けどなキョウ、俺が欲しいのは金や名声なんかじゃない。そんなもので俺は満足できないし、しない。
俺が欲しいのは”時見 享一”という人間、つまりお前だ」
言葉が鼓膜に浸透していくにしたがって、享一の目がみるみる大きく見開かれていく。
「確か、お前は永邨を守るためなら、世界中の男とだって寝れるんだっけな?」
享一の表情が、瞠目したまま固まった。なぜ、あの時の言葉を瀬尾が知っているのか・・・・
自分が過去に放った言葉が引っぱりだされ、驚きと得体のしれない恐怖に唇が慄えた。
「お前がゲイだとしてもそうでなくても、そんなことは俺にとってはどうだっていいのさ。
キョウが男と寝ることが出来る、それだけで充分なんだよ」
瀬尾がゆっくりその感触を愉しむように享一の頬を撫で上げる。享一は、サッと顔を逸らして瀬尾の指から逃れると、侮蔑を篭めた目で瀬尾を睨んだ。
「なんで、瀬尾が知ってるんだ?」
瀬尾は鼻を鳴らして笑うと横を向いた享一の顎を捉え、無理に自分の方に向けさせた。
「あの時、あのロビーに俺もいたのさ。お前は気付かなかったみたいだけど、永邨は俺をしっかり牽制してきたぜ」
「周が?」驚いた瞳と視線が合う。
享一が永邨という姓ではなく、名前で呼ぶことに瀬尾の胸に淀んた嫉妬が新たに生まれた。
次の瞬間、享一の顎に掛かっていた手が再び享一を横に向かせベッドに押さえつけた。晒された享一の首筋に顔を埋めた瀬尾が、餓えた獣のように柔らかい項に吸い付いた。
皮膚の下を流れる血脈を探るようにきつく吸い上げられ、享一は自分に伸し掛る重みの下でもがいた。
両肩を押し返そうとしたが肺を圧迫された身体には力が入らず、ほんの少しも持ち上がらない。
「やめ・・・瀬尾っ、嫌だ。苦し・・放せっ・・・・・あ・・うっ」
弱い首筋に時折歯を立て、浮き上がった筋を辿り鎖骨へと移動する唇を振り払おうと狂ったように頭を振った。
首の後を、ぐいっと引っ張られる感覚に我に返る。
瀬尾の口の両端からピンと張った緋色の絹紐が覗き、ニヤリと上目遣いで嗤った瀬尾が歯で挟んだ紐を引っ張った。
「ぐッ・・・」
歯で紐をくいちぎろうと上体を浮かせた瀬尾の股間にすかさず放った享一の膝蹴りがきまり、瀬尾の身体が低いうめき声を上げ、崩れ落ちる。
享一は力の抜けた身体の下から素早く這い出すと、ベッドを抜けて寝室を飛び出した。
リビングのソファーセットを回りダイニングチェアーに掛けてあったコートとマフラーをひったくると、一目散に玄関に向って走る。
サムターンを回し、ドアハンドルに手を掛け捻るがドアは開かず、2重ロックに気付いた時にはパニックを起しかけていた。焦った指先はいうことをきかず、すべてがスローモーションで動いているような気がした。
「!!」
安堵した手の甲に、背後から伸びた少し日に焼けた大きな手が重なり、全てが止まった。
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
やっと自分の時間が出来て校正&推敲し終わったら、23:45・・・・
ん~~、更新しようか、、明日にしようか、、毎回同じように悩みます。
そして、今回も朝11:00の更新に決定しました。朝の11:00更新が定着しそうな予感です。
股間に膝蹴り・・・オトメなBLでこの表現はどうかと思いつつ・・・ま、いっか(笑)
紙魚
拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当に、いつもありがとうございます。
大変、励みになります。。
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ん~~、更新しようか、、明日にしようか、、毎回同じように悩みます。
そして、今回も朝11:00の更新に決定しました。朝の11:00更新が定着しそうな予感です。
股間に膝蹴り・・・オトメなBLでこの表現はどうかと思いつつ・・・ま、いっか(笑)
紙魚
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食いつくように携帯を見いってました…
我を忘れます(>_<)
面ー白ーいー!
瀬尾たんは享一の心もきちんと奪う計画なのかしら…皆好きでなんか切なくなる…!