07 ,2009
翠滴 3 熱 3 (32)
手の中で寝息を立てる小さな熱に愛しさが込み上げ、我知らず笑みがこぼれる。
膝の上で眠る和輝の頬は子供特有の体温の高さからか、うっすらと紅く染まってりんごのようだ。
今日は保育園の生活発表会で、和輝は瀬尾と連れ立って見に行った享一の姿を見ると「キョウが来た!」と、俄然テンションが上がり、出し物の劇も主役を凌ぐ勢いで奮闘した。
劇は『北風と太陽』で、和輝の役は北風の吹いた”風”の役で、旅人の周りをくるくる回りながら通り過ぎるという素っ気のない役の筈だったが、「ビュービュー」と口で言いながら何度も戻っては回り続け、仕舞いには保育士に拉致されるように舞台の袖に連れ去られ、参観に来た保護者達の爆笑を買った。
保育室の一辺を区切っただけの簡単な舞台でくるくる回る間も享一と何度も目が合い、その度に得意げに、二カッと笑いかけてくる。瀬尾と二人で「早く戻れ」とゼスチャーを送りながらも釣られて笑ってしまい、保育士に引っ張っていかれるまでくるくるとに楽しげに回り続ける和輝の姿に享一も陽気に笑い続けた。
途中、休憩が入り、戻ってきた和輝の両脇を、頭半分大きい男の子と、更にもうひとつ大きい女の子がスクラムを組むように固めていた。瀬尾によると目の前のどんぐり達は表向き仲良し3人組だが、ハッキリした性格の2人は穏健な和輝を巡ってしょっちゅう争いが絶えないということだった。
「和君のパパですか?わあ、そっくり!わたし、萌花です。将来、和君と結婚する予定です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる6歳児のご立派な口上に、心の中で舌を巻き苦笑する。
「違うよ!和輝と結婚するのは僕やもん。萌ちゃん、洋くんにも同じこと言うてたやんか」
「洋くんは2番目にするの!男同士で結婚なんて出来るわけないじゃん。喬純のバーカ」
「バカってヒトにいうたらアカンねんでェ。絶対、先生に言うたるからなっ」
剥き出しの少女の言葉にドキリとしたのも束の間。反対側にいた男の子が関西訛りの強い口調で反論し、目の前の言い争いはみるみる激化した。
「喬くんのこと悪く言うな!」と、和輝が男の子の肩を持つ形で参戦して、しまいに口達者な萌ちゃんが泣き出した。
「ほらほら、泣かないで。可愛い顔が台無しになってしまうよ」
筋が通っていて意外や正論で戦う萌ちゃんも、自己中な子供丸出しの反発をする2人には歯が立たず悔し涙に濡れている。男女の根本的な精神年齢の違いを略図で見せられた気がした。
世辞の言葉を添えてハンカチで涙を拭ってやると、現金なもので今度は
「萌、やっぱり和くんパパと結婚する。和君とはもうしてあげないからね!」と、萌ちゃんが和輝たちを睨みながら享一のシャツの袖を握ってくる。
今度は、ハッと目を見開いた和輝の顔がふえっと泣きそうに歪み、噴き出しそうになった。
やれやれ、子供心も複雑だ。
「ごめんね、僕は和輝のパパじゃなくて、あっちにいるのがそうだよ」
園長と立ち話をする瀬尾を指差した。
それと同時に、こちらからの視線に気付いた瀬尾が、僅かにこちらを向き笑いかけてきたが、享一は、その笑顔には答えず、隠微に瀬尾の視線から顔を逸らせた。
視線から享一が外れた瞬間、瀬尾の顔から笑みが消え、代わって暗い嗤いが浮かぶ。
「わ、すごい!どっちもイケメンだあ」
さらりと口から飛び出た単語に、いまどきの子供はこんなものかと苦い笑が洩れる。
「どっちもダメッ!!パパもキョウも僕のだから萌ちゃんにはあげられないもん」
和輝が首に飛びついて、客席にと並べられた子供サイズの椅子から転げそうになる。
「和くんだけパパが2人もいてズルイ!萌なんか、ママひとりしかいないのにっ」
一旦は引っ込んだ涙を一粒ポロリと零して、萌ちゃんが唇を尖らせ怒り出した。
大人の勝手な事情の余波を受けた子供が、またここにもいる。
これ以上誰が泣くものかとばかりに眉間に皺を寄せ、ハの字に口を歪めて必死で泣き顔を堪える少女の顔に、自分の過去や幼かった弟たちの顔、平然を装った和輝の本心を垣間見たようで胸が痛んだ。
「男2人でひとりの女の子を負かすのは感心しないな」と、頭に手を置き軽く睨むと男児2人の顔にバツの悪そうな表情が浮かび、「ゴメンね」と小さな声で萌ちゃんに詫びを入れる。
「わかればいいんだ。萌ちゃん和輝君たちを許してあげてくれる?」
「いいけど?」
両手を腰に、つんと鼻をそびやかし、高飛車とも言える態度は、小さいながらに堂に入っていて、ここまでくれば大したものだと心の中で拍手を送った。
「萌香!」
高いソプラノの声に萌ちゃんの顔がぱっと輝いた。声の方向を見れば部屋の入り口に、いかにもといった感じの粋な着物に、隙のない化粧の艶やかな和服姿の女性が立っており、こちらに気付くと軽く会釈を寄越して来た。
「ママ!」
駆け寄ろうとした萌ちゃんが途中でぱっと享一を向いた。不意打ちの視線に、不本意ながらもウムッと身構えてしまう。
「キョウって、あっちのパパより和くんに似てるよね。やっぱり萌はキョウに決めたわ」
不敵な笑みで享一を脅すと、萌ちゃんは軽やかに踵を返した。
俺は和輝の代替品かと呆れつつも笑い、似ていると言われた面映さに和輝を眺め、嬉しさに更に頬が綻んだ。
他の人間から見たら、和輝と自分はどんな風に映るのだろうか?
例えば、周が見たら何と言うだろう?
和輝が自分と血の繫がっている子であると知ってから一ヶ月、まだ和輝のことを周に話せないでいる。和輝との繫がりを知った時の沸き立つような浮ついた喜びがやがて落ち着くと、今度は罪悪感のようなものが心に生まれ始めた。とうに関係は解消された過去の話とはいえ、他の人間との愛の結晶である和輝の存在を、どのように周に伝えるか、また伝えるべきなのかずっと迷っていた。
膝の上で眠る和輝を眺めながら思考が埋没していく。
目の前のローテーブルに白いマグカップに入ったコーヒーが置かれた。傍らに瀬尾が立っている。
「ああ、ありがとう」
「子供って完全に寝ちまったら重いだろう。そろそろ、ベッドに連れて行こうか」
「そうだな。ああいいよ、俺が連れて行くから」
和輝を抱き上げようと伸ばされた瀬尾の手を断り、幼児特有の上唇のしゃくれた小さな口をほんのり開け、ぐっすり寝入る顔を名残惜しげに見おろす。
膝の上の和輝を抱いて立ち上がった。腕にかかる小さな命の重みが愛しい。
和輝の部屋の子供用ベッドに寝かせ、ベッド脇にしゃがんで額から頬にかけて手のひらで撫でると微かに口許が笑う。同時に享一の顔にも微笑が浮かんだ。
感慨深げに小さな顔を眺める。
ほんの一ヶ月程前までは、こんなに小さく愛しいものが存在するとは、夢にも思わなかった。
昼間、少女に最後に言われた言葉を思い出し、自分の顔との共通点を探す。
頬、眉、鼻、口・・・似ていると言われれば、そうかもしれないと思うが、毎日自分の顔も鏡で見ている筈なのに、実際のところ自分の顔とどの辺りが似ているか、よくわからない。正面から見た小さな寝顔は、写真で見る子供のころの自分の顔に似ているような気もする。
「可愛いだろう。俺もよくそうやって和輝の寝顔を眺めてるよ」
いきなり部屋の灯りが消され、背後からの声に驚いた。
振り向くと子供部屋の戸口に腕を組んで凭れた瀬尾がシルエットになって立っている。
リビングに灯る明かりを背に、暗がりの中で瀬尾のアーモンド形の目が、それとなく笑っているのがわかる。そのくせ、鋭い眼光が射るように享一を見つめている。
暗い部屋に差し込む光の中で僅かに享一の顔が警戒に曇った。
「コーヒー、飲もうぜ。冷めちまう」
「今日はもう疲れたし、せっかく淹れてくれて悪いけど、これで帰るよ」
居心地の悪さから早く解放されたくて、瀬尾の前を通って部屋を出ようとしたところを瀬尾に手首を摑まれた。存外の強い力に頬が歪む。
「なんだよ?痛いな、離せよ」
「今日、なんで俺から目を逸らした?」
「・・・何だよ藪から棒に。とにかく手、離せって」
すぐに萌香ちゃん達といた時のことだと思い当たったが、わからないふりをした。
自分より高い位置にある顔を睨みつけると、瀬尾の自分を捕えた目が暗く揺らめいて、思わずあとずさる。
この一ヶ月で、瀬尾は再会した頃と印象がガラリと変わった。
和輝の相手をしたり、目でその姿を追っている時に視線を感じて振り返ると、そこに冷め切った表情の瀬尾の顔を見つけることがよくあった。
いくら血が繋がっているからといって、父子の間に割り入るのは図々しい・・・そう思いつつも、和輝に会いに来ることを止められず、半ば押しかけるように瀬尾のマンションを訪ねた。その度に瀬尾は笑って受け入れてはくれていたが、本当のところ瀬尾は、享一が和輝の父親だということを告げた事を後悔していて、もう会わせたくないと言い出すのではないかと、享一は内心で危惧していた。
「最近、”彼女”とは上手くいってるのか?」
「なんだよ?瀬尾には、関係ないだろう。手が痛いんだって、離せよ!」
無言のまま睨みあっていたが、手首をきりきりと締め上げながらようやく口を開いた瀬尾の自分の思惑とは全く違った方向の問いかけをしてくる瀬尾に拍子抜けし面食らった。
「お前、最近しょっちゅう和輝に会いに俺のところに来ているだろう。アイツが何も言ってこない筈はないよな?」
「”あいつ”って、誰だよ?なんのこと言・・・・っ」
言葉の後半は声にはならなかった。摑まれた手首を引っ張られ、素早く扉を閉めた瀬尾にもう片方の手首も捕まり向かいの壁に乱暴に押し付けられた。
後頭部と背中が壁に激突する衝撃で、息が止まったところを肉感のある瀬尾の唇で塞がれ、瞠目した。
<< ←前話 / 次話→>>
翠滴 1―1 →
翠滴 2―1 →
翠滴 3―1 →
□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
すみません、本当は昨夜更新する予定だったんですけれど、間に合いませんで・・・
でも、なるべく早くお届けしたくて、AM11:00の更新にしました。
いつに増して、長いです。とはいっても、萌えもなく、ほとんどお子様たちと
戯れる享一の記述で終わってしまいました=3
退屈されませんでしたでしょうか?
そしてまた、要らぬ伏線を張ってしまったような気がします(懲りない奴です。。
喬純と書いて「タカスミ」・・・誰も訊いてないですね(笑)
紙魚
拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当に、いつもありがとうございます。
大変、励みになります。。
更新休止中も足しげく通ってくださったみなさま、
本当に本当に、ありがとうございます。多謝!<(_ _)>
ブログ拍手コメントのお返事は、サイトの”もんもんもん”の
ブログ拍手コメ・メールのお返事からか、もしくは*こちら*から

↑
続き書いてもいいよ~♪
という奇特なかたはポチお願いします。
↓
すみません、本当は昨夜更新する予定だったんですけれど、間に合いませんで・・・
でも、なるべく早くお届けしたくて、AM11:00の更新にしました。
いつに増して、長いです。とはいっても、萌えもなく、ほとんどお子様たちと
戯れる享一の記述で終わってしまいました=3
退屈されませんでしたでしょうか?
そしてまた、要らぬ伏線を張ってしまったような気がします(懲りない奴です。。
喬純と書いて「タカスミ」・・・誰も訊いてないですね(笑)
紙魚
拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当に、いつもありがとうございます。
大変、励みになります。。
更新休止中も足しげく通ってくださったみなさま、
本当に本当に、ありがとうございます。多謝!<(_ _)>
ブログ拍手コメントのお返事は、サイトの”もんもんもん”の
ブログ拍手コメ・メールのお返事からか、もしくは*こちら*から

↑
続き書いてもいいよ~♪
という奇特なかたはポチお願いします。
↓
保育士に拉致られるまで風を熱演するところで大爆笑でした(o^∀^o)
イケメン二人に子供一人、凄い構図かもしれない…!
目立つでしょうね…!