07 ,2009
翠滴 3 熱 2 (31)
周の大きな掌が皮膚の下にひっそりと隠されていた熱を引摺り出す。
長い手指は揺さぶり寄添い、掴み、撫で上げ、思考を奪いまるで自分があの冷たい水に満たされたプールに身を浸し翻弄されているような気分にさせる。
自分の中に巣食った熱いうねりが去り、やがて重なる手のひらにやわらかい熱が重なった。
皺の寄ったシーツの彼方に青白く発光するプールの水面が静かに揺らめくのが見える。
夜空を背景に薄闇色に浮かび上がるビルの谷間に青く光る水面は都会の空に浮かぶ幻想的な空中庭園のようだ。この庭園をデザインしたランドスケープのデザイナーは、最初この水辺を水路に見立て蓮池にしようとしていたらしい。蓮や睡蓮の花が咲く庭園もまたロマンチックな感じがしてよさそうだが、コンクリートと金属に囲まれたこの地には、やはり青い幻想の方が似合う気がする。
深夜になり強くなった風が水面に無数の細かく鋭い波を立てた。
その様子に一時前の外気の冷たさと、冷え切ってきりきりと純度を上げるセルリアンの水を切り裂きながら泳ぐ周の姿が蘇り、ぶるっと小さく震えた。
「享一?」
耳の傍で艶のある声が波動となり鼓膜を震わせ、「キョウイチ」という平凡な名前に、自分が周にとって無二の存在であるといった証を吹き込んでゆく。
もっと声を聞かせてほしい。
名前を読んで欲しい。
声の震えを、周の体温をもっとリアルに感じたくて、背中から抱きこむ温もりに更に身を寄せる。
長い手指が享一の顔の輪郭をなぞり、好き勝手に唇を弄んだ後、隙間を割って中に侵入してきた。
瞳を閉じて口腔を蹂躙する指に舌を絡めると、官能の熱が皮膚や唇の内側で小さく燻り始める。
一時は青い光に全ての体温を奪われたかのように思えた肌に灯った熱を、情交を交え余韻の濃く残る肌に再びゆるゆると注ぎ込まれ、享一のシーツに埋もれたまま頭の芯が痺れ眩暈を起しそうになる。
今は、もっとたくさん艶めいた波動を鼓膜に感じたいと口を開いた。
「プールも、このペントハウスもまるで夢のようだな。実は、ここが東京の真中に浮かぶ蜃気楼で一晩寝たらドロンと消えていたとしても納得してしまいそうだ.」
一瞬にして魔法みたいに何もかもが消えるさまを想像してか、途中から享一の声に楽しげな響きが混ざる。
「蜃気楼か、なるほど所詮このペントハウスも会社同様、トリニティのものだからな。もし、泡沫(うたかた)の如く消えうせたとしても、俺は驚きもしないかもしれない」
低く艶のある声に、心を研ぎ澄ませておかないと聞き逃してしまいそうなほど微かに醒めた響きが混ざるのを背中で感じた。
「そうなのか」
「ああ、出資はしているから権利が皆無なわけではないが、もともとトリニティは”はとこ”の起した企業だ。俺の会社じゃない」
享一の肩と腹を抱きこむ腕に力が篭り、肌の密着度が高まった肌が俄かに色づいて、享一は声にならない喘ぎをひとつもらした。首の付け根の柔らかい肌に唇が落ちてぬめるような舌を感じた次の瞬間、歯を立てられ驚いて小さな叫び声を上げる。
背後で笑う気配がして、前を睨んだまま「意地が悪いな」と独りごちた。
「見てろよ享一。そのうち世界を相手に自分のビジネスをやってやる。いつまでも、他人(ひと)の手伝いをするつもりはない。一からのスタートになるが、それこそ望むところだ」
周は日本トリニティの代表を務める傍ら、その実 自身の会社を設立し、徐々に軌道に乗せつつあることを享一に告げた。
ただでさえ多忙な立場であるのに、一体このバイタリティはどこから沸いてくるというのか。
「このことは、まだ鳴海にも知らせていないから言わないでくれ。鳴海には、俺が去った後の日本トリニティを任せるつもりだが、いま伝えるとついて来るって言いかねないからな、あの男は」
鳴海は、はじめは見張り役として永邨の本家から会社を通して周に付けられたが、いつの間にか周と行動を共にし、周の転機と共にそれまで勤めたN・Aトラストも辞めて周の立ち上げた日本トリニティの本格的始動へと尽力を注いだ。
未だ、馴れ合うことのない冷たい印象の鳴海の怜悧な顔を思い出す。
周以外の人間に殆ど興味を示さない男は、やはり自分と同じように永邨 周という男とその運命に強く惹かれ自ら望んで絡め取られた人間のひとりなのかも知れないと思う。
「トリニティが日本で完全に定着するには、いましばらく時間がかかるだろうが、安定した暁には今度こそ自分の力で打って出てやる」
まだ記憶に新しい周の企業買収の一幕を思い出し、記憶と胸の中の熱が鮮やかに色付き出す。
逆境も苦悩もその度に自分の力で飛び越えてきた男だ。
これだけ身を寄せ肌をあわせていても、完全に周という男を把握するのは不可能な気がする。
胸の中でまた種類の違う熱が爆ぜ始めた。
加速をつけ轟音きを上げながら壮大なヴィジョンを胸に驀進する周の姿は、なお自分を興奮に駆り立て、ひたすらハレーションを起す感嘆の渦中にいとも容易く引き込む。
ふと12時間前、確固たるヴィジョンを胸に抱え抜けるような青空に飛び立ったリーを思い出した。
周にしても河村にしても、これから爆発的な急成長を見せようとする中国を自分の土俵と定め、成田から飛び立ったリーにしても、基本にあるのはグローバルな視野だ。
その視線は常に前を向き世界を舞台に自分を試そうとする男たちの気概に溢れている。
胸が沸き立つ感覚に、自分までもが一気に世界に向って開け放たれていくような気がし、それと同時に自分のみが停滞しているという現実に焦燥感を覚えた。
昼間の河村との遣り取りを思い出し、心が混迷し始める。
自分は、大森からK2に移ってこないかという「グローバル」からは程遠い”小さな移動”にさえ躊躇する有様なのだ。
心ここにあらずといった風情でシーツの先を見詰める享一に痺れを切らしたのか、周が身を起し四肢をついて享一に跨った。
「享一が傍にいれば、何もかも絶対上手くいく。だから、俺から離れるな」
一体、何を根拠に断言するのか。
子供のように言い募る男に、嬉しくて照れる気持ちを押隠し、わざと呆れたような顔をしてみせる。
だが、心は豪胆に言い放つ男の言葉と翠の虹彩の中に煌きなガら爆ぜる輝きを眩しく思い、唇からは自然と笑みが溢れ出した。薄く形の良い唇が、笑みを引いたままの唇に覆いかぶさってくる。
再びシーツに四肢を押し付けられ自分を見下ろす欲情に濡れる翠の瞳に、胸の内の感嘆と周への賞賛の想いが、ぞくりと淫靡な熱に変化(へんげ)し溶け出すのを感じた。
「まだ・・・やるのか?」
「この一週間は、百の夜にも匹敵します。だから、今から百夜分、君を抱きます」
「ひ、ひゃく?」
疲労の残る躯が薄く染まり、潤み始めた瞳を隠すように睫がゆるく下ろされた。
素直な享一の反応に翠の瞳が満足げに細められ、更に熱を炙り出すキスが落ちてくる。
下肢は熱を孕んで反応し、摩り合わされる周のそれと呼応するように高みへと上り詰めてゆく。
手の中の熱があつくて愛おしい。
「・・・・享一」
再び耳元に囁く声音は、なぜか祈りのように聞こえ意識が引っ掛ったが、次に押し寄せた熱波に思考ごと押し流された。
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長い手指は揺さぶり寄添い、掴み、撫で上げ、思考を奪いまるで自分があの冷たい水に満たされたプールに身を浸し翻弄されているような気分にさせる。
自分の中に巣食った熱いうねりが去り、やがて重なる手のひらにやわらかい熱が重なった。
皺の寄ったシーツの彼方に青白く発光するプールの水面が静かに揺らめくのが見える。
夜空を背景に薄闇色に浮かび上がるビルの谷間に青く光る水面は都会の空に浮かぶ幻想的な空中庭園のようだ。この庭園をデザインしたランドスケープのデザイナーは、最初この水辺を水路に見立て蓮池にしようとしていたらしい。蓮や睡蓮の花が咲く庭園もまたロマンチックな感じがしてよさそうだが、コンクリートと金属に囲まれたこの地には、やはり青い幻想の方が似合う気がする。
深夜になり強くなった風が水面に無数の細かく鋭い波を立てた。
その様子に一時前の外気の冷たさと、冷え切ってきりきりと純度を上げるセルリアンの水を切り裂きながら泳ぐ周の姿が蘇り、ぶるっと小さく震えた。
「享一?」
耳の傍で艶のある声が波動となり鼓膜を震わせ、「キョウイチ」という平凡な名前に、自分が周にとって無二の存在であるといった証を吹き込んでゆく。
もっと声を聞かせてほしい。
名前を読んで欲しい。
声の震えを、周の体温をもっとリアルに感じたくて、背中から抱きこむ温もりに更に身を寄せる。
長い手指が享一の顔の輪郭をなぞり、好き勝手に唇を弄んだ後、隙間を割って中に侵入してきた。
瞳を閉じて口腔を蹂躙する指に舌を絡めると、官能の熱が皮膚や唇の内側で小さく燻り始める。
一時は青い光に全ての体温を奪われたかのように思えた肌に灯った熱を、情交を交え余韻の濃く残る肌に再びゆるゆると注ぎ込まれ、享一のシーツに埋もれたまま頭の芯が痺れ眩暈を起しそうになる。
今は、もっとたくさん艶めいた波動を鼓膜に感じたいと口を開いた。
「プールも、このペントハウスもまるで夢のようだな。実は、ここが東京の真中に浮かぶ蜃気楼で一晩寝たらドロンと消えていたとしても納得してしまいそうだ.」
一瞬にして魔法みたいに何もかもが消えるさまを想像してか、途中から享一の声に楽しげな響きが混ざる。
「蜃気楼か、なるほど所詮このペントハウスも会社同様、トリニティのものだからな。もし、泡沫(うたかた)の如く消えうせたとしても、俺は驚きもしないかもしれない」
低く艶のある声に、心を研ぎ澄ませておかないと聞き逃してしまいそうなほど微かに醒めた響きが混ざるのを背中で感じた。
「そうなのか」
「ああ、出資はしているから権利が皆無なわけではないが、もともとトリニティは”はとこ”の起した企業だ。俺の会社じゃない」
享一の肩と腹を抱きこむ腕に力が篭り、肌の密着度が高まった肌が俄かに色づいて、享一は声にならない喘ぎをひとつもらした。首の付け根の柔らかい肌に唇が落ちてぬめるような舌を感じた次の瞬間、歯を立てられ驚いて小さな叫び声を上げる。
背後で笑う気配がして、前を睨んだまま「意地が悪いな」と独りごちた。
「見てろよ享一。そのうち世界を相手に自分のビジネスをやってやる。いつまでも、他人(ひと)の手伝いをするつもりはない。一からのスタートになるが、それこそ望むところだ」
周は日本トリニティの代表を務める傍ら、その実 自身の会社を設立し、徐々に軌道に乗せつつあることを享一に告げた。
ただでさえ多忙な立場であるのに、一体このバイタリティはどこから沸いてくるというのか。
「このことは、まだ鳴海にも知らせていないから言わないでくれ。鳴海には、俺が去った後の日本トリニティを任せるつもりだが、いま伝えるとついて来るって言いかねないからな、あの男は」
鳴海は、はじめは見張り役として永邨の本家から会社を通して周に付けられたが、いつの間にか周と行動を共にし、周の転機と共にそれまで勤めたN・Aトラストも辞めて周の立ち上げた日本トリニティの本格的始動へと尽力を注いだ。
未だ、馴れ合うことのない冷たい印象の鳴海の怜悧な顔を思い出す。
周以外の人間に殆ど興味を示さない男は、やはり自分と同じように永邨 周という男とその運命に強く惹かれ自ら望んで絡め取られた人間のひとりなのかも知れないと思う。
「トリニティが日本で完全に定着するには、いましばらく時間がかかるだろうが、安定した暁には今度こそ自分の力で打って出てやる」
まだ記憶に新しい周の企業買収の一幕を思い出し、記憶と胸の中の熱が鮮やかに色付き出す。
逆境も苦悩もその度に自分の力で飛び越えてきた男だ。
これだけ身を寄せ肌をあわせていても、完全に周という男を把握するのは不可能な気がする。
胸の中でまた種類の違う熱が爆ぜ始めた。
加速をつけ轟音きを上げながら壮大なヴィジョンを胸に驀進する周の姿は、なお自分を興奮に駆り立て、ひたすらハレーションを起す感嘆の渦中にいとも容易く引き込む。
ふと12時間前、確固たるヴィジョンを胸に抱え抜けるような青空に飛び立ったリーを思い出した。
周にしても河村にしても、これから爆発的な急成長を見せようとする中国を自分の土俵と定め、成田から飛び立ったリーにしても、基本にあるのはグローバルな視野だ。
その視線は常に前を向き世界を舞台に自分を試そうとする男たちの気概に溢れている。
胸が沸き立つ感覚に、自分までもが一気に世界に向って開け放たれていくような気がし、それと同時に自分のみが停滞しているという現実に焦燥感を覚えた。
昼間の河村との遣り取りを思い出し、心が混迷し始める。
自分は、大森からK2に移ってこないかという「グローバル」からは程遠い”小さな移動”にさえ躊躇する有様なのだ。
心ここにあらずといった風情でシーツの先を見詰める享一に痺れを切らしたのか、周が身を起し四肢をついて享一に跨った。
「享一が傍にいれば、何もかも絶対上手くいく。だから、俺から離れるな」
一体、何を根拠に断言するのか。
子供のように言い募る男に、嬉しくて照れる気持ちを押隠し、わざと呆れたような顔をしてみせる。
だが、心は豪胆に言い放つ男の言葉と翠の虹彩の中に煌きなガら爆ぜる輝きを眩しく思い、唇からは自然と笑みが溢れ出した。薄く形の良い唇が、笑みを引いたままの唇に覆いかぶさってくる。
再びシーツに四肢を押し付けられ自分を見下ろす欲情に濡れる翠の瞳に、胸の内の感嘆と周への賞賛の想いが、ぞくりと淫靡な熱に変化(へんげ)し溶け出すのを感じた。
「まだ・・・やるのか?」
「この一週間は、百の夜にも匹敵します。だから、今から百夜分、君を抱きます」
「ひ、ひゃく?」
疲労の残る躯が薄く染まり、潤み始めた瞳を隠すように睫がゆるく下ろされた。
素直な享一の反応に翠の瞳が満足げに細められ、更に熱を炙り出すキスが落ちてくる。
下肢は熱を孕んで反応し、摩り合わされる周のそれと呼応するように高みへと上り詰めてゆく。
手の中の熱があつくて愛おしい。
「・・・・享一」
再び耳元に囁く声音は、なぜか祈りのように聞こえ意識が引っ掛ったが、次に押し寄せた熱波に思考ごと押し流された。
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
うおぉぉぉっ!
申し訳ございません!!!m(_ _)mm(_ _)mm(_ _)m
長期にわたる放置。。。。。自分でも、まさかここまでお休みするとは思っていませんでした。
とんだ、おたんこなすでございますm(_ _)m
お休み中に、メールや拍手・鍵コメで励ましや体調をご心配くださり、気長に更新を
お待ちくださったみなさま、本当にありがとうございます。感謝です。
コンスタントにはまだ程遠く、亀の如き歩みになると思いますが、よろしかったら
また、お時間のある時にでも覘いてやってくださいませ。
紙魚
拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当に、いつもありがとうございます。
大変、励みになります。。
ブログ拍手コメントのお返事は、サイトの”もんもんもん”の
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長期にわたる放置。。。。。自分でも、まさかここまでお休みするとは思っていませんでした。
とんだ、おたんこなすでございますm(_ _)m
お休み中に、メールや拍手・鍵コメで励ましや体調をご心配くださり、気長に更新を
お待ちくださったみなさま、本当にありがとうございます。感謝です。
コンスタントにはまだ程遠く、亀の如き歩みになると思いますが、よろしかったら
また、お時間のある時にでも覘いてやってくださいませ。
紙魚
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ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!! 更新してるーーーっ!!
嬉しいです。ジワジワでも待っていますね。おすわりして。クスッ。
そうですね、ここは季節により空、夕焼け、休耕田に咲くれんげ、梅雨に咲く紫陽花、虫の音、蛙の鳴き声とさまざまな季節があります。大阪に住んでいた頃、友人と帰省した時に、ここは車がないとどこへも自由に行けない事を友人がびっくりしていたことを思い出します。空港から何時間?なんて。
ここでも通勤道に、田んぼ横目にベンツが走っていたりなんてよくあることです。ほこりをあげて周がZに乗って走るのも似ていますね。でも、こ~んな素敵な人は乗ってませんが。(笑)
紙魚様
暑い日が続きますが、これからも頑張ってくださいね。単純なお返事しかできなくてすみません。
あっと、こちらからのメールで良かったでしょうか?