06 ,2009
翠滴 3 out of the blue 3 (26)
「享一、少しでいいんだが、この後、時間はあるか?」
「はい、いいですよ。あ・・・」
リーが出国ゲートへと消えると河村が声を掛けてきた。
その河村のはるか背後に見知った姿を見つけ、それと同時に向こうもこちらに気づいた。相手は驚いた顔を見せた後、合図を送ってきた。その合図につられて隣にいた背の低い長い髪の女がこちらを向く。始めのうち、完璧な化粧に邪魔され誰だかよくわからなかったが、目を瞬くその癖に昔の面影が重なった。
最初、女の目が背の高い河村を捉え、有名人を見つけた時のそれで見開かれたが、傍にいる享一に気付くと一気に表情は強張った。隣の背の高い男に向き直った次の瞬間、頬を張る音がロビーに響き渡った。
呆気に取られた周囲の視線を振り切って、瀬尾 由利は出国ゲートへと姿を消した。
「えらく気のきつそうな女だな、知り合いか?」
「ええ、まあ」
ひとり残された瀬尾はこちらに目配せすると苦笑し、「じゃあな」といった風に手を上げその場を立ち去った。
「享一、本格的にK2に移って来る気はないか?」
空港のラウンジに腰を落ち着け話し出した河村の言葉に驚いた。
「前から、お前をちゃんと育てたいと思っていたんだ。これは、俺達が過去に付き合っていたとかそういう話は一切抜きにしての話だ。純粋に享一の能力を買っての話だと思ってもらいたい」
落ち着いたラウンジ内には誰でも入れる訳ではなく、特定の航空会社の上顧客のみが使用できるようになっている。ホテルのラウンジかと見紛う程、完璧にコーディネイトされたラウンジのテーブル席は程よく混み、その女性客のほとんどが河村のことをチラチラと見ている。
「少し、考えさせて貰ってもいいですか?」
「周か?」
「いえ、それだけではないんですが、よく考えてみたいんです」
「ま、それもそうだな。いいだろう、すぐにとは言わない、いい返事を待っている。それに・・・」
エスプレッソのカップを口につけたまま河村を見た。
「お前、高所恐怖症は克服できていないんだろう?うちに来ればその辺の調節もきかせてやれる」
口腔内に流れ込んだコーヒーを噴出しそうになり盛大に咽た。
エスプレッソの苦味が喉の奥に広がり、鼻からほろ苦い香りが抜ける。
「大丈夫か?享一?」
お絞りを口にあて荒い呼吸をしながら、首を縦に振った。
「圭太さん、よくそんなこと覚えてますね」
「俺は、いつか享一の高所恐怖症を治してやろうと思っていたからな」
「え?」
ゼネコンの設計部にいて高所恐怖症というのはなかなかの致命傷だ。検査のたびに眩暈がしていたのでは、仕事にならない。河村は、そんな享一のことを気に留め、何とかしてやりたいと思ってくれていたのだと知り、河村の懐の深さのようなものを再認識した。なぜ自分は完全に河村に傾倒しなかったのかと、ほんの少しだけ圭太と過ごした短い時間を振り返った。
「ありがとう、圭太さん」
「惜しかったな、享一。残念ながら、俺もいまは他人のものだ」
顔を見合わせて河村はニヤリと笑い、享一は苦笑する。
「周と喧嘩でもしたのか?」
「はあ?」
「さっきの電話、あいつからなんじゃないのか?」
周の家を飛び出してから、一週間が経とうとしている。
その間、幾度となく着信があり、周にしては珍しくメールも送ってきた。携帯メールの苦手な周らしい短いメールだ。『早く戻れ』 『話し合いたい』・・・仕事のメールであれば、凄い勢いで打ち込みさっさと送信するくせに、プライベートとなると途端に素っ気無い言葉になる。
それが、媒体が変わると全く別の面を見せるのが、周の不思議なところだ。
以前、周が和紙に筆と墨で手紙を書くのを見たことがあった。流れるような筆運びで、厳選に言葉を選びしたためられた美しい手紙は、世話になった年長者の人物に向けての礼状だということだった。
本当は口下手なのだと嘯く周を、どの口が言っているのやら・・・と揶揄った。
ペントハウスを飛び出す直前の、左右の色が違う周の真っ直ぐな瞳が頭から離れず、簡単には許せるものではないという思考と、もう一度向き合いたいと妥協点を求めて動き出す感情が、この一週間 自分の中でせめぎあっていた。
この後の到着便で、ゴールドコーストから帰国する恋人を迎えに行くという河村と別れ、歩き出した享一はポケットから携帯を取り出した。手の中の新しい携帯は、購入から一週間経っても手に馴染まず、他人の物のようによそよそしい。
履歴を呼び出そうとスライドを上げると、メールの着信があった。
『瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢わむとぞ思ふ』
ただ一首。恋する二人が分かれても、いずれは一つになろうという、超がつくほど有名な百人一首の恋歌だ。画面の周らしからぬ婉曲な表現を意外に思いながらも、やはりそろそろ折れ時なのだろうと観念し、もう一度履歴を呼び出した。
ふと、前にも同じことがあったような既視感を覚え、手元が止まる。鼻に覚えのあるムスクの香りを嗅ぎ取り顔を上げると、ちょうど頭の中で呼び出した男が現実に目の前に立っていた。
「キョウ、そっちの用が終わったなら一緒に帰らないか。車で送るぞ」
「瀬尾?」
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
瀬尾っち、あんまり出てきませんでした。
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瀬尾っちわざと怒らせるようなこと言ったんじゃ?
考えてみたら、奥さんも相当な被害者ですよね。いや、身から出た錆とはいえ..(=ω=。)
例の歌を周さんが?はて。どんな思惑が??
にぶちんの享ちゃんもさすがにデジャブ状態(笑)
あ~あ~。瀬尾っちの車に乗っちゃうんだー。デンジャラスなドライビングに出発だっd(●`ω´●)/ ←かわいいって言ってもらったから再び登場♡
静さん、オーストラリアで波乗りでもしてきたのかしらん♪