06 ,2009
翠滴 3 out of the blue 2 (25)
「あなたが周と私の仲を疑って、庄谷を飛び出したあの時からです」
もう、5年近くも前の話であるのに、あの時と同じ鳴海の顔に浮かぶひんやりと温度を持たない瞳孔に引っ張り出されるように、自分を打ちのめす光景がまざまざと蘇る。
あの朝、ベッドで裸で抱き合う周と鳴海を目撃させられた。
享一は、周の部屋を出たその足で荷物をまとめ、逃げるようにして庄谷の屋敷を後にした。
仕組まれていたことだと知った今でも、思い出すその度、周を失った陰鬱な衝撃とその後訪れた逼塞の日々が大挙して押し寄せ、密やかに享一を脅えさせる。
「そんなに、前から・・」
庄谷の屋敷で会ったその日に周に取り上げられた携帯は、庄谷の駅で鳴海から返された。その後、何度となく携帯を変えようかと思ったが、いざとなると携帯が手元に残った周との唯一の繋がりのような気がして踏ん切りがつかず、ズルズルと持ち続けた。
こんなことなら、つまらぬ感傷などに浸らずさっさと交換してしまえばよかった。
「何のために、ですか?」
自尊心を傷つけられ、悔しさで声に怒気が籠もるのを抑えられない。
「秘密保持のためですよ。あの祝言の真相を知っているあなたがどこにいて、どうしているか、把握しておきたかったということです。」
周は黙って腕を組み、切れ長の枠に納まったカラーコンタクトの黒い瞳を横に座る鳴海に流している。その瞳が、ちらりとこちらに向けられ赦しを請う視線を投げかけてきたが、絡まりかけた視線をさらりと解き鳴海に戻した。
「祝言のことは、俺は誰にも話すつもりは無かったし実際、話したこともありません」
つまり、自分から漏れると疑われていたということだ。最初から信用されていなかったという事実に更なる不快感を募らせる。
「ええ、時見さんは確かに誰にも口外はしなかった。ですが、結果的には、あなたからバレてしまった。そうでしょう?違いますか?」
「・・・・・・」
返す言葉をなくして応対に詰まった。
葉山のバーで、偶然河村に会い、そのほんの小さな出会いから何もかもが運命のごとき恐ろしい程の的確さで神前に繋がった。その切っ掛けは、酔った勢いで河村と躰を重ね、情交に溺れた享一の口を何度も吐いて出た周の名だった。
『アマネ』という男にしては珍しい名前を持った男がいることを、河村が揶揄い半分で神前に話したのが全ての発端だった。
そうして、河村の話に興味を持った神前が大森建設を訪れ享一を見た瞬間、周と祝言を上げた相手が女装した男の享一であったことを悟った。
鳴海の言う通りだった。自分が河村と出会ったことで全てが耳障りな騒音と、胸の詰まるような切ない旋律を同時に奏でながら止まっていた歯車が回り始めたのだ。
そこまで考えて、享一はとある事実に気付き、瞬時に顔に高熱が点った。
つまり、河村とのことも全て筒抜けだったということになる。
享一の狼狽えた視線が盗み見るように周に移ると、今度は僅かに周に視線を逸らされた。
初めて突き放すような周の態度に遭遇し、羞恥に顔を紅潮させたまま、下がりかけていた憤怒のボルテージが一気に氷点下まで下がった。
その様子を冷ややかな視線が嗤う。
「ご心配には及びませんよ。携帯に細工したのは私の一存です。周がこのことを知ったのは、時見さんが神前氏に2度目に会いに行った時点からです。」
周は露骨に不機嫌そうな顔をして鳴海をにらみつけた。
絶望的な気分に、周たちに釘を刺し反省をさせようとしていた気持ちが萎えた。
「それに、いくら高性能といっても限度があります。離れた場所では明確には音を拾えませんし、居場所を確認するぐらいしか役に立ちません。申し訳ないですが、時見さんが花隈さんと”AZUL”で会われてからは、あなたが神前氏と会うつもりになっているとわかりましたので、新たに時見さんの鞄にも仕掛けさせていただきました。その、装置もとっくに外して廃棄してあります」
そこで言葉を切った鳴海が、顔を上げふっと笑い芝居じみた表情を投げかけてきた。
無意識のうちに全身で身構える。
「そもそも、あなたがピンチの時に、そう都合よく周が現れる筈がないじゃないですか?」
ぐうの音もでない。言われてみればその通りだった。
不審に思いながら自分に都合よく解釈していた節があったのは否めない。
「私は周に受信機を渡してからは、一切、触れていません。後はあなた方の問題です。2人で気が済むまで話し合われるといい」
鳴海は言い捨てながら立ち上がり、眼鏡のブリッジを中指で押し上げると、今や不機嫌を前面に押し出した周と苦り切った表情の享一を一瞥して部屋を出て行った。
長い沈黙の末にぽつりと重い口を開く。
「なんで、鞄のと一緒に廃棄しなかった? 俺のこと、信じてくれていないのか」
周は無言で見詰めてくる。カラーコンタクトを通しても漏れ出てくる周の思い惑う心に泣きたくなった。
黙って帰り支度をし玄関に向う享一の前に、いかなる時も享一を魅了しつづける男が立ちはだかる。
「同棲の話、もう少し考えさせてくれ」
周が瞠目し露になった虹彩の中に入り込んだ光が、隠れた翠の色を浮き上がらせる。
こんな瞬間さえも魅入られるほどに惚れているというのに。
「どこへ行くつもりだ?」 脇をすり抜けようとした腕を掴まれた。
「どこへ行くと思うんだ。圭太さんのところへでも行くと思ったのか。それとも、瀬尾のところに?」
心が引き攣る。怯む気配がして掴む力が緩んだ手を振りほどいた。
「離せよ、自分のアパートに帰るんだよ。決まってんだろっ」
「享一!!」
強い力に肩を掴まれ壁に押し付けられた。もがく頭を固定され、重なった唇を思うまま貪られる。やがて根尽きて大人しくなった唇から離れた周の頬を思い切り打った。
コンタクトが瞳から外れて片方だけ翠の瞳が露になった周と無言で睨みあう。
鼻の奥がつんとつまり自分が泣いている事に気がついた。
「享一、行くな」
見つめてくる真っ直ぐにな2色の瞳にズキンと胸が痛んだが、周を押しのけて玄関へ行き靴を履いた。
「周が俺を断罪したいならすればいい。けど、あの時、圭太さんに出会わなければ、もう一度 周に道が繋がることも無かった。だから、俺は何も悔いたりはしていない!」
振り返らず断言し、そのままドアを出た。
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
享一、飛び出しました。
次から、瀬尾っちの出番。イイ奴にしてしまわないよう、気をつけないと~(笑)
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長らくその存在を忘れていました、キリバンですが、
15000HITが近づいて来ましたので久しぶりに募集してみようかと思います。
もし、踏まれて気がつかれた方、リクエストお受けしますので、
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最後の一言・・結構・・周にはきついんじゃないですかぁ~?
享一・・素直にキッズ携帯・・・。(←昨日の紙魚さまのレスで爆笑)
うひょ~!
明日は瀬尾の登場ですか!!
うわわっ~!!
今からドキドキしてきました!
分かるぅ~!
書いているうちにいい奴になってきちゃうんだよね~。
私にも経験あり・・・。(むふふっ・・)
だから、極悪非道の奴っていう人間ほど書きにくい・・。
わぉ~!
キリ番募集ですかぁ~?
狙いますよぉ~!
うふふっ・・・。