06 ,2009
翠滴 3 penny rain 1 (17)
マンションを出ると、しっとりといった感じで、路面が濡れていた。
見上げると、赤紫を刷いたような東京の薄明るい夜空から細い糸を引くようにこまかい雨が降っている。霧雨だ。
一瞬、瀬尾の家に戻って傘を借りることも考えたが、荘厳な雰囲気のエントランスドアを前に、この程度ならと、身を反して雨の中を歩き出した。
降雨に気温が下がり、湿気を含んだ重い冷気が身体に纏わりついた。
急激に都心にあるペントハウスとその主が恋しくなる。
携帯に連絡があったということは、仕事を終え部屋に戻った周が、自分がいない事を心配してかけてきたのかも知れない。
まさか、2人が自分の知らないうちに会話を交わすことになろうとは、思いもよらなかった・・・周に一声掛けておかなかった事を悔やみつつ、過去の出来事に罪の意識を感じ、いつまでも自分を気遣ってくれる瀬尾には、いつか恋人である周のことを伝える日が来るのかもしれない思う。
結婚をして、子供までいる瀬尾に、果たして周と自分の関係を理解してもらえるだろうか?
せっかく、修復できた友情を手放したくはない気持ちはあるが、周という存在無くしてはもう、自分の人生を考えることは出来ないのだから、仕方がないのだとも思う。
不意に、和輝の顔が浮かんだ。
親友の息子である和輝のことを思う時、享一は柔らかい幸福感とそれと同じだけの切なさを感じた。
口におでんを運んでもらい、嬉しそうに食べるあどけない表情に、もし和輝が自分の子どもだったら・・・といった突拍子もない仮説に蓋をする。
駅前を陣取るには、やや広すぎる公園の角を曲がると、すぐ脇を赤い色が走り過ぎ10メートルほど先で横滑りをしながら急停車した。
立ち止まった享一の前で、鮮やかな赤い車体のドアがゆっくり開く。
胸が高鳴り、嬉しさに心拍数が上がるのを溜息で誤魔化した。
こういう時にも平静でいようとする自分は可愛げがないと思いつつ、足取りが早まり自分の顔が艶やかに変化したことに、本人は全く気付かない。
車から降り立ったスーツ姿が、濡れた路面に反射した街灯の光の中で優美なシルエットとなり自分を待っている。影にすら見惚れてしまう心を隠して近付いた。
少し高い位置にある、男らしいシャープなラインとカラーコンタクトを透しても色香の滲み出る魅惑の瞳を持つ顔を睨み上げた。
「何度も言うようだけど、そんな運転してたら、そのうち新聞の死亡欄を飾ることになるぞ」
「気をつけましょう」
「その言葉は何度も聞いたけどな?それと今日、この前のキスマークのせいで同期の奴と先輩にコケにされた」
「随分と古い話だな。まあ、それも気に留めておく」
反省させようと思うだけ無駄といった風情で笑いを浮かべて自分を見下ろす男に、心の中ではあっけなく白旗を挙げている。本当に自分は周に弱いと思う。
「それと、それと・・・会いたかった」
本音を白状すると、無言で抱き寄せられた。
周の力強い腕に包まれ、密着した布越しの微かな体温を感じ雨の匂いに混じる花のような香りを吸い込む。
気の緩みか、酔いからか。雨の雫に混ざって温かいものが頬を伝い、その心もとない温度に戸惑う唇により確かな温もりが重なった。
秋の弱い雨がフロントガラスに当たっては形を自在に変え、跡を引きながら飛び散ってゆく。
時折ワイパーが視界をクリアーにするが、また雫の模様が張り付き流れるのを助手席のシートにもたれ、享一は何の気なしに目で追った。
一旦、アパートに寄ってもらい、いつもより多めの着替えを鞄に詰め込んだ。
「周、俺はそろそろあのアパートを引き払おうとか思う」
ほとんど呟きに近い大きさの声に素早く反応した周が、驚いた表情を向けてきた。唖然と固まった顔がぱっと反転して破顔する。
その笑顔に、胸の中の何かがパチパチと音を立てて弾けて熱を持ち惑乱されてゆく。
そんなに嬉しそうな顔をされると、自分のほうが参ってしまうと、急激に血液の上った顔に、わざと困惑した表情を作るとあらぬ方向に顔を背けた。
「周、頼むから運転中は前を見てくれないか?」
その後、チラっと何度も盗み見た嬉しげな表情は、自分の胸にも喜びを伝播する。
これでよかったのだと何度も自分に言い聞かせる。
瀬尾親子の仲のよさに中てられて、単に人恋しさに拍車がかかっただけなのかもしれない。
だが、本当のところは、切っ掛けなどは何でもよいような気がしていた。
こうなると、身内である母や弟たちにはやはり話しておくべきだろうか?
いまは良くても、そのうち弊害が出てくるのは確実だ。それから話したのでは、遅すぎる。
だが、自分はどうやって切り出せばいいのだろう。
そんなことを考えるうち、瀬尾にも同性の恋人がいることを打ち明けようかと思ったことを思い出した。
「なあ、そういえば瀬尾の家の場所は、瀬尾から聞いたんだよな?他に、なにか話した?」
「なにかって―――どんなこと?」
「いや、その・・・・別に、いいんだ」
明確な答えを求められて口篭ると、さっきまで黙って享一の苦言を聞いていた男が不敵に嗤う。
「俺達の関係のことになら、一切触れていないが?」
「いや・・・その、もういいから」
”が?”・・・の語尾が幾分強く、機嫌を損ねたことを悟ったが、導火線に火をつけるような真似はすまいと、享一はそのまま押し黙った。
ともあれ、正直安心したのも確かだ。
沈黙の車内、同じ間隔で光を投げる街灯のリズムに、身体に残ったアルコールも手伝って、一旦はおさまった睡魔が再び押し寄せてくる。
シートが倒されたのも、気付かずに眠る享一の頭上に憤然とした溜息が吐かれる。
周は自分のマンションの近くまで戻って来ると、その手前で方向を変え車を高速に乗せた。
赤いフェアレディは、マンションとは逆の方向へ雨の飛沫を撒き上げ爆走してゆく。
上品な光沢を放つスーツの上着を掛けられ、気持ちよさそうに寝息を立てる享一を横目で見ると、周はニヤリと嗤いを浮かべ独りごちた。
「他の男に無防備な寝顔を曝す不届き者には、制裁が必要だよな?享一」
<< ←前話 / 次話→>>
翠滴 1―1 →
翠滴 2―1 →
翠滴 3―1 →
□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
前回に続いて、サブタイトルが雨がらみ、、ん~~考えないといけませんね。。
しかも季節がいつもの如くずれていますし・・・今回は、秋の長雨ということで
すみません、今週末、土曜日か日曜日のどちらか1日更新をお休みします。
拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当に、いつもありがとうございます。
大変、励みになります。。
ブログ拍手コメントのお返事は、サイトの”もんもんもん”の
ブログ拍手コメ・メールのお返事からか、もしくは*こちら*から

↑
続き書いてもいいよ~♪
という奇特なかたはポチお願いします。
↓
前回に続いて、サブタイトルが雨がらみ、、ん~~考えないといけませんね。。
しかも季節がいつもの如くずれていますし・・・今回は、秋の長雨ということで
すみません、今週末、土曜日か日曜日のどちらか1日更新をお休みします。
拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当に、いつもありがとうございます。
大変、励みになります。。
ブログ拍手コメントのお返事は、サイトの”もんもんもん”の
ブログ拍手コメ・メールのお返事からか、もしくは*こちら*から

↑
続き書いてもいいよ~♪
という奇特なかたはポチお願いします。
↓
そこですか、やっぱり(爆)
でも、どうやってやればいいんだろう??
う~~ん。そういうストックが全くないのでこういう時困るんですよねえ、ウチは・・・
そちらの、プロの若い方(←)を、お一人派遣していただけると、助かるんですけどv
あ、もちろん周の監視付きになりますけど(笑)