06 ,2009
翠滴 3 秋雨 5 (16)
舌先で唇を割ると、柔順に瀬尾の舌を受け入れる。口腔を弄ってやると目許に朱が増し恍惚の表情を浮かべる。頬に当たる吐息が熱い。
夢にまで見た男の唇から伝わる、甘く官能的な感触に頭の芯が蕩けそうだ。
接吻けをしながら肌に視線を這わせると、ネクタイを解き寛げた襟元の隙間から緋色の紐が見えている。摘み上げると、紐の先に括られた滑った光沢を放つプラチナの指輪が出てきた。
肌理細かい肌に紅い紐が映え、まるで透明で清らかな水に淫靡な緋色のインクが滴らされたようで、項の刻印を見たとき同様、眩暈を覚えそうなほどの卑猥さ感じた。
目の前にぶら下がる指輪の、植物の蔓が拘束し縛り付けるようなデザインに、贈った人間の享一への執着と束縛を見せられた気がして、紐ごと引きちぎりそうになる。
なんとか思い留まって、指輪を戻すと絹紐のかかる項に指先を這わせた。
すこやかなリズムで上下する皮膚を通して享一の体温と、指の下で息づく生命の証である脈拍が伝わってくる。
指先から官能が這い上がる。
止めることが出来なかった。
まだ早い。そんな思考を裏切り、本能は野獣のように享一を貪ることだけを求めている。
再び唇を合わせ、僅かに震える指先を滑らかな肌が緩やかに隆起するシャツの下に滑り込ませた。
その時、唐突にダイニングの椅子の上に置かれた享一の、鞄の中の携帯が鳴り出した。鞄を隔てた電子音は小さく、くぐもっており、大した音ではない。携帯はそのまま放置していると一旦切れてまた鳴り出す。
切れては、また鳴る。4~5回繰り返したところでとうとう身を起こした。
享一の鞄から携帯を取り出し、フリップを開けると”永邨 周”の名前が表示される。
瀬尾はうっすら笑って、通話ボタンを押した。
「時見 享一さんの携帯です」
『・・・・君は?』
低さの中にも張りと艶のある声が心地よく鼓膜を刺激する。
いやな声だ。
「時見さんの友人で瀬尾と申します」
『本人をお願いできませんか?』
相手の声に時々微かなノイズが混ざるのが引っ掛かった。周期的なトーンを繰り返す雑音。
前の職場で、似たようなノイズの入る携帯が証拠品として提出されたことがあった。その時の携帯のノイズも、知らなければ容易に聞き逃してしまう本当に小さな音だった。
「すみません、彼は今 酔っ払って寝てますので、起きたら連絡するように伝えます」
『・・・・・わかりました。遅くても構わないので、必ず連絡するよう伝えてください』
通話ボタンを切った。
俺が誰か、知っているくせに―――携帯をひっくり返し裏を見る。
一見、何の変哲もないただのボロい携帯だが何かありそうだ。
だが、これは俺の仕事ではない。
携帯を元に戻したところで、大きく息を吐く音が聞こえた。
「悪い。俺どれくらい寝てた?」
「ほんの半時くらいだ。水でも飲むか?」
「ああ、ありがとう」
グラスに注いだミネラルを渡してやる。
享一はそれを身体の隅々にまで行き渡らせるように、少しずつ口に含んで飲んだ。
「そうだ、携帯鳴ってたぞ」
「え?」
その目が素早くチェストの上の時計に走る。
飲んでいる間も享一は何度も時計を見てはその度、気の抜けたような顔をしていた。
「ほら、お前の携帯。悪いが、あんまり何度も鳴るから出させてもらったぞ。永邨さんって人からだ」
「出たのか?」
「なにか都合が悪かったか?」
明らかに享一の顔が動揺しているのが癪に障った。
だが、平然としていられたら、もっと腹が立つに違いない。
「いや、別に構わない」と、やや表情を硬くしたまま瀬尾がテーブル越しに差し出した携帯に手を伸ばす。
その、手と手の間で携帯が滑り落ちた。
「ああっ」同時に声を上げる。
寸胴の中でボチャンと音がして2人が目を見合わせた次の瞬時、瀬尾が鍋の中に手を突っ込んで携帯を摘み上げた。素早く和輝の顔や手を拭いたタオルでダシ汁を拭き取る。
「すまん。手を放すのが早かった」
「あ・・・・いや、俺こそちゃんと見てなかったから・・・」
見た目は元通りの携帯を渡されてフリップを開けると液晶が点り”着信 4件”と表示されている。享一の顔に明らかな安堵の色が浮かぶ。
「瀬尾がすぐ拾い上げて拭いてくれたお陰で、助かったみたいだ。ありがとな」
「・・・・そうか、よかった」
嬉しそうに礼を言う享一に、緩く笑いを作って返した。
「さて、そろそろ帰るとするかな。瀬尾、これ片付けようぜ」
享一が皿を重ね始めた。片付ける、といってもずんどうとおでんを取り分ける皿それに茶碗とグラス類だけ。
あっという間に運び終わり、再び水のグラスを口にする享一の頬は薄っすらと薔薇色のままだ。
「キョウ、まだ酔ってんだろう?今夜は泊まっていけよ」
「いや、少し寝たらスッキリしたし、もう大丈夫だ。おでん旨かったな、ご馳走さま。和輝君にもよろしくな」
スーツの上着を羽織り、鞄に腕を伸ばす。
その手首を掴んで、目の前のダイニングテーブルの上に押し倒したいという強い衝動に駆られた。
永邨から連絡があったということは、享一はここを出て永邨に会いに行くつもりなのだろう。
苦しい夜の始まりを予感して重く吐息が漏れる。
今夜は唇に残る甘い感触にどこまでも煽られそうだ。
部屋を出た享一を見送ろうと、バルコニーに出た。
手すりに嵌め込まれた強化ガラスに、雨の雫がたくさんの光る細い線を引く。傘を持たせてやればよかったと、身を反しかけた視界の隅にチラッと赤く光る残像が残った。
続いて享一の後姿が、早足でに赤色の光のあった方向に歩いて行くのが目に入る。
雨で濡れるアスファルトの上を公園の暗い木々が覆いその陰に享一の後姿は隠れた。
まもなく、濡れた路面にに赤いテールランプの光が反射し、うなりを上げる低いエンジン音が加速して遠のいていった。
後には霧雨の降る静かな闇だけが足元に広がっている。
自分は今、どんな顔をしている?
昏い嫉妬の炎が瞳の中に宿っていることだけは確かだ。
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
みなさま、ここのところ、涼しくて過ごしやすいのはよいのですが。
体調など崩されていませんでしょうか?
紙魚は、乾燥で喉と鼻をやられています。
みなさまも、お気をつけてくださいね。
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真の幸せを手に入れるには、まだまだ道は遠いのかなぁ。
ゆっくりとしたスリルとサスペンス(?)な展開に、ぐいぐいと引き込まれます。
恐いんだけど、指の隙間から見てしまうような魅力とでも言いますか。
私も日常的なお茶のみMLばかりじゃなく、もっとこう、読んでいて夢(良きにつけ悪しきにつけ)のあるストーリー作りをしないとですね(笑)。