06 ,2009
翠滴 3 秋雨 4 (15)
「流石、弁護士先生。住むところも違うな」
瀬尾のマンションのある駅は、享一の住む町の駅の隣に当たるが、高級住宅街と呼べるエリアに属する。下町と高級住宅街。道を隔てて、左右の風景がガラリと変るさまは圧巻ですらある。
瀬尾のマンションは駅前にある大きな公園に面した瀟洒な造りの建物だ。
瀬尾親子は、その5階の角部屋を借りていた。
「よせよ、和輝のことも考えて、ちょっと奮発したんだ。その分、随分と狭いマンションになっちまったけどな」
2LDKの瀬尾のマンションは、それでも、享一のアパートの倍は軽くありそうだ。広めのバルコニーの立ち上がりに透明ガラスが嵌っており、室内にさらに開放的な印象を与えた。だが、享一にとっては5階といえど、眼下の公園が透けて見える窓際に近付くのは勇気が入る。
都心のペントハウスに住む周にしても、瀬尾にしても、自分にはない成功する素質みたいなものを兼ね備えているのだろうかと、馬鹿らしいと思いつつもその違いを探る自分が滑稽に思えて、苦い笑いがもれた。
「おい、ちょっと手伝えよ。おでんにしようって言ったのはキョウだろう?」
「わるい、わるい。おい、鍋はこれしかないのか?」
コンロの五徳の前に、ずんどう鍋がでんと乗っかっている。
2.5人分のおでんを作るには、鍋が深すぎる。2人に囲まれいたたまれぬ風情の銅製の寸胴を無言で見下ろした。その周りを、和輝が嬉しそうに「今日のごはんは、おでんくんだー」と、はしゃぎ回っている。
「だから、自炊はほとんどやらないって言っただろう?この鍋はパスタを茹でる時用に買ったけど、今日で使うのが3回目だ。勿論、食器も揃ってなくてバラバラだから、覚悟しろよ」
「なんか、学生の時より酷いな」
笑いながら、これしかないんだから仕方ないと寸胴に水を入れ火にかけた。
瀬尾は大学に合格すると、すぐに大学の近くに1DKのマンションを借りた。
享一や時に高校時代の友達やGF達がたむろすると必ず作るのが”おでん”だった。なぜ、いつもおでんになったのかは定かではなかったが、おでんの素と材料さえ放り込めば出来上がるという手軽さと、あるいは老舗のおでん屋の息子がメンバーの中にいたことも影響したかも知れない。
「おいしい!」
「うん、うまいな」
満面の笑顔で歓ぶ和輝に、大人2人が応える。
とりあえず、昔のままの手順で適当に作ったおでんはそれなりに旨く、鍋がデカイせいでダイニングのテーブルではなく、色も形もまちまちな食器が並ぶリビングのローテーブルの真ん中にどんと置かれた。
鍋の中を、和輝は何度も立ちあがっては嬉しそうに眺める。そして、いぶかしむ享一に、おでんの具に「ちゃん」とか「くん」をつけて呼ぶのは保育園で見るアニメで知ったのだと教えてくれた。
「和輝、立つのはもう止めてちゃんと食べろよ。行儀悪いぞ」
瀬尾がたしなめると、「お鍋の中のおでんを見ながら食べたいのに」とつまらなさそうに文句を言う。
享一と瀬尾は顔を見合わせて苦笑した。座って食べ始めた和輝はマンガの付いた皿の中の具を突っついていたが、箸に刺したこんにゃくがすべり落ちて皿の中のだし汁を盛大に飛び散らせた。
「和輝!大丈夫か。享一は?」
「俺は離れているし大丈夫だ。それより、和輝君と・・・瀬尾も着替えた方がよさそうだな」
飛び散ったダシの大半は和輝の膝とテーブルを汚したが、細かな飛沫が隣に座る瀬尾の白いワイシャツにもちいさな染みをいくつも作っている。
瀬尾は濡れたタオルとパジャマを持ってきて、和輝の身体を拭いてやりパジャマに着替えさせてやる。ラグマットやテーブルに飛び散ったダシも綺麗に拭い、クッションも替えてやると和輝を座らせる。和輝は、最初びっくりしてきょとんとしていたが、やがてばつが悪そうに小さな声で「ごめんなさい」と謝った。
「泣かなくて、えらかったな。でも、刺し箸はダメだっていつも言ってるだろう?」
そう言いながらも、再びよそってやったおでんの具を、箸で割って息を吹いて冷ましてやると、和輝の口に運ぶ。
享一は、かいがいしく和輝の世話をする瀬尾と和輝を憧憬の混じった視線で眺めた。
もし、由利の子供が瀬尾ではなく自分の子供だったのだとしたら、自分に和輝と同じ年の子供がいたことになる。子供と共にいる自分の姿を想像してみようとしたが、すぐに絵空事など空しいだけだと結論付け思考を止めた。
腹も満足したのか、和輝の目蓋が重くなり身体が揺れだした。
瀬尾は和輝を洗面所につれてゆき歯を磨かせて隣室に寝かしつけると、自分もポロシャツとGパンに着替えて、戻ってきた。
「由利がいたら、大目玉だな。もっと飲むか?」
そう言いながら、瀬尾は手に緑色のワインのボトルとグラスをもって自分の席に戻ってきた。
チャンポンは酔いが回りそうだと思いながらも、友人宅という気安さに目の前におかれたグラスに手を伸ばす。
「上原さんとは、頻繁に会えるのか?やっぱり、母親がいないと和輝君も寂しがるだろう?」
「ああ、そうだな。時々会う事には、している」
何か引っかかる言い方だと思いながらも、自分が発言すべき問題ではないと聞き流した。
「そうか」
やっぱり、自分は瀬尾に妬いているのかも知れないと、少し前から迷走を始めた自分の心を冷めた思いで分析し、その分析結果を揉み消すようにワインを呷った。
柔らかな笑みを向ける瀬尾に、懐かしい居心地のよさを思い出す。
楽しげに昔話や、互いの会社、仕事の話などをしながらも、心の中は無性に周に会いたいくて堪らなくなっていた。
チェストの上に置かれた時計を確認する度、周の仕事が終わる時間には程遠い事を知り、隠微に溜息が漏れた。
会話が途切れた。
節だってはいるが、形が綺麗に整った指を持つ手が床に投げ出されている。
うっすらと肌を染め、僅かに唇の隙間を開け眠る姿は、恐ろしいくらいに扇情的だ。
昔から、享一は酒を混ぜると眠ってしまう癖があった。
愛撫をするように、頬を撫で前髪を掻き揚げてやると、ふわりと眠りの中にいる唇が緩やかな笑みをこぼす。
瀬尾は、満足げに微笑むと自分の唇を重ねた。
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瀬尾のマンションのある駅は、享一の住む町の駅の隣に当たるが、高級住宅街と呼べるエリアに属する。下町と高級住宅街。道を隔てて、左右の風景がガラリと変るさまは圧巻ですらある。
瀬尾のマンションは駅前にある大きな公園に面した瀟洒な造りの建物だ。
瀬尾親子は、その5階の角部屋を借りていた。
「よせよ、和輝のことも考えて、ちょっと奮発したんだ。その分、随分と狭いマンションになっちまったけどな」
2LDKの瀬尾のマンションは、それでも、享一のアパートの倍は軽くありそうだ。広めのバルコニーの立ち上がりに透明ガラスが嵌っており、室内にさらに開放的な印象を与えた。だが、享一にとっては5階といえど、眼下の公園が透けて見える窓際に近付くのは勇気が入る。
都心のペントハウスに住む周にしても、瀬尾にしても、自分にはない成功する素質みたいなものを兼ね備えているのだろうかと、馬鹿らしいと思いつつもその違いを探る自分が滑稽に思えて、苦い笑いがもれた。
「おい、ちょっと手伝えよ。おでんにしようって言ったのはキョウだろう?」
「わるい、わるい。おい、鍋はこれしかないのか?」
コンロの五徳の前に、ずんどう鍋がでんと乗っかっている。
2.5人分のおでんを作るには、鍋が深すぎる。2人に囲まれいたたまれぬ風情の銅製の寸胴を無言で見下ろした。その周りを、和輝が嬉しそうに「今日のごはんは、おでんくんだー」と、はしゃぎ回っている。
「だから、自炊はほとんどやらないって言っただろう?この鍋はパスタを茹でる時用に買ったけど、今日で使うのが3回目だ。勿論、食器も揃ってなくてバラバラだから、覚悟しろよ」
「なんか、学生の時より酷いな」
笑いながら、これしかないんだから仕方ないと寸胴に水を入れ火にかけた。
瀬尾は大学に合格すると、すぐに大学の近くに1DKのマンションを借りた。
享一や時に高校時代の友達やGF達がたむろすると必ず作るのが”おでん”だった。なぜ、いつもおでんになったのかは定かではなかったが、おでんの素と材料さえ放り込めば出来上がるという手軽さと、あるいは老舗のおでん屋の息子がメンバーの中にいたことも影響したかも知れない。
「おいしい!」
「うん、うまいな」
満面の笑顔で歓ぶ和輝に、大人2人が応える。
とりあえず、昔のままの手順で適当に作ったおでんはそれなりに旨く、鍋がデカイせいでダイニングのテーブルではなく、色も形もまちまちな食器が並ぶリビングのローテーブルの真ん中にどんと置かれた。
鍋の中を、和輝は何度も立ちあがっては嬉しそうに眺める。そして、いぶかしむ享一に、おでんの具に「ちゃん」とか「くん」をつけて呼ぶのは保育園で見るアニメで知ったのだと教えてくれた。
「和輝、立つのはもう止めてちゃんと食べろよ。行儀悪いぞ」
瀬尾がたしなめると、「お鍋の中のおでんを見ながら食べたいのに」とつまらなさそうに文句を言う。
享一と瀬尾は顔を見合わせて苦笑した。座って食べ始めた和輝はマンガの付いた皿の中の具を突っついていたが、箸に刺したこんにゃくがすべり落ちて皿の中のだし汁を盛大に飛び散らせた。
「和輝!大丈夫か。享一は?」
「俺は離れているし大丈夫だ。それより、和輝君と・・・瀬尾も着替えた方がよさそうだな」
飛び散ったダシの大半は和輝の膝とテーブルを汚したが、細かな飛沫が隣に座る瀬尾の白いワイシャツにもちいさな染みをいくつも作っている。
瀬尾は濡れたタオルとパジャマを持ってきて、和輝の身体を拭いてやりパジャマに着替えさせてやる。ラグマットやテーブルに飛び散ったダシも綺麗に拭い、クッションも替えてやると和輝を座らせる。和輝は、最初びっくりしてきょとんとしていたが、やがてばつが悪そうに小さな声で「ごめんなさい」と謝った。
「泣かなくて、えらかったな。でも、刺し箸はダメだっていつも言ってるだろう?」
そう言いながらも、再びよそってやったおでんの具を、箸で割って息を吹いて冷ましてやると、和輝の口に運ぶ。
享一は、かいがいしく和輝の世話をする瀬尾と和輝を憧憬の混じった視線で眺めた。
もし、由利の子供が瀬尾ではなく自分の子供だったのだとしたら、自分に和輝と同じ年の子供がいたことになる。子供と共にいる自分の姿を想像してみようとしたが、すぐに絵空事など空しいだけだと結論付け思考を止めた。
腹も満足したのか、和輝の目蓋が重くなり身体が揺れだした。
瀬尾は和輝を洗面所につれてゆき歯を磨かせて隣室に寝かしつけると、自分もポロシャツとGパンに着替えて、戻ってきた。
「由利がいたら、大目玉だな。もっと飲むか?」
そう言いながら、瀬尾は手に緑色のワインのボトルとグラスをもって自分の席に戻ってきた。
チャンポンは酔いが回りそうだと思いながらも、友人宅という気安さに目の前におかれたグラスに手を伸ばす。
「上原さんとは、頻繁に会えるのか?やっぱり、母親がいないと和輝君も寂しがるだろう?」
「ああ、そうだな。時々会う事には、している」
何か引っかかる言い方だと思いながらも、自分が発言すべき問題ではないと聞き流した。
「そうか」
やっぱり、自分は瀬尾に妬いているのかも知れないと、少し前から迷走を始めた自分の心を冷めた思いで分析し、その分析結果を揉み消すようにワインを呷った。
柔らかな笑みを向ける瀬尾に、懐かしい居心地のよさを思い出す。
楽しげに昔話や、互いの会社、仕事の話などをしながらも、心の中は無性に周に会いたいくて堪らなくなっていた。
チェストの上に置かれた時計を確認する度、周の仕事が終わる時間には程遠い事を知り、隠微に溜息が漏れた。
会話が途切れた。
節だってはいるが、形が綺麗に整った指を持つ手が床に投げ出されている。
うっすらと肌を染め、僅かに唇の隙間を開け眠る姿は、恐ろしいくらいに扇情的だ。
昔から、享一は酒を混ぜると眠ってしまう癖があった。
愛撫をするように、頬を撫で前髪を掻き揚げてやると、ふわりと眠りの中にいる唇が緩やかな笑みをこぼす。
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
進展が遅くて、自分でもジリジリ(?)です。
2話続けてホームドラマのような温さですが、退屈されていませんでしょうか
BL(ML)の萌え、もうちょっとおまちくださいませ。
拍手ポチ、コメント、村ポチと・・・・いつもありがとうございます。
大変、励みになります。
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進展が遅くて、自分でもジリジリ(?)です。
2話続けてホームドラマのような温さですが、退屈されていませんでしょうか
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睡眠薬かなんかでコロッと眠らされたりしないでね・・・と心配しながら読んでいたら思ったとおり・・・っていっても薬物などに頼らずとも甘ちゃんの享一クンは寝ちゃいましたよ。
学生時代のなじみのおでんで、昔に戻ろうって?
甲斐甲斐しく息子の世話をする瀬尾の下心丸だしでいやらし~部分がよく現れていてはらはらしてます。