06 ,2009
翠滴 3 秋雨 3 (14)
「時見、来週末の懇親会どうする?『第17回、多摩川の河川敷でBBQ~』、出欠の回答をしてないのは、お前と平沢さんだけなんだけどな」
さして、ひねりもない懇親会のタイトルを口に同期の片岡が声を掛けてきた。
金曜の夕刻とあって、社内はなんとなく浮き足立って、残業する者の顔も僅かに和んでいる。懇親会は設計部のみのものと、本社を挙げて行う大掛りなものが年に一回ずつあり、今回は後者である。
正直、騒がしいのがあまり好きではない享一には、ただ億劫なだけの話だ。
今週は定例会議やら役所周りの外出が重なって、回覧板を見る暇さえなかった。目の前に突き付けられた回覧板を見ると、楽しげなイラストと日時と場所よりでかでかと書かれた片岡たち3人の幹事の名前の方が断然目立っている。なんでだ?、という思いはさておいて、日にちを心の中で確かめる。
一番下に凧の帯のようなひらひらした出欠票が貼ってあり、みなのサインが書き込んであったり印鑑が押されていた。確かに享一と平沢のところだけが空欄になっている。
席を外していた平沢が戻り、片岡が同じように声を掛けると平沢は目敏く西元の参加を確認して、嬉しそうに参加の枠内に苗字を書き、丸で囲った。
「時見は?」
「悪いけど、俺はパスだな。その日は『K2』で世話になった人が帰国するんで成田に見送りに行くんだ」
気の合う平沢の参加に気を良くし、満面の笑みで振り返った片岡に告げると、その顔の上で笑顔が半減する。
「マジかよ?お前引っ張ってこねえと、営業のねえちゃんたちに袋叩きにされちまうのよ」
「へぇ、そりゃいいや」
平沢と享一の声が重なり、片岡が憤然と怒ったフリをする。
「なんでよお。2人とも、ひとごとだと思ってぇ。ちぇっ、しょうがねえや。その代わりさ今日は俺に付き合えよ。んで、飲み潰れてやるから、時見んとこ泊まらせろよな」
つまり、これが言いたかったわけだ。
『本題』に入った片岡の家は、横須賀で都心からだと2時間近くかかる。
「悪いけど、そっちもパス」
「時見よお、お前さあ、付き合い悪くね?そんな、彼女がいいのかよ?」
「なんだよ、それ」
「キスマーク・・・」
声のトーンを落とした片岡のひと言に、背筋が凍りつく。
硬直した享一の肩を、訳知り顔の片岡がニヤニヤしながら指先で押す。
「付けてたってウ・ワ・サ、聞いたぞ~。このお~、お前ばっかモテやがって。ずるいぞ、時見ィ。俺にも女、紹介しろっての」
懇親会参加の話から完全に論点がずれ、勝手な論理で暴走を始めた片岡に険しい顔を向ける。横目で平沢を睨むと、何気に視線を逸らされた。がっくり力が抜けて、盛大に溜息をつく。
片岡は、顔はやや濃い目だが見目も悪くなく、学生時代にラグビーで鍛えたがっしりとした体格と朗らかで面倒見のよい性格は異性にもてそうなものだが、却ってその性格が災いして同期の中でも兄貴的な存在に収まってしまった。
「片岡、俺がこれから会うのは、大学時代の友達で男だ。それに、キスマークは噂なんだから、いちいち真に受けるなよ」
そこに、ひょいっと逃げを打ったはずの平沢がまた首を突っ込んでくる。
「そうそう、ウ・ワ・サなんだからさ~。それより片岡ァ、時見には首の両側にキスマークを付けちゃうような熱烈な恋人がいるって、噂好きのおねえちゃんたちに言っちゃえば?これでライバルひとり撃沈だ。どうよ?」
平沢は唇の片方を上げ、ニカリと笑い親指を立てた。眩暈がする。
「平沢さんっ!」
今度は、まったく真逆の意味で片岡と声が重なった。
片岡は平沢においおい泣きつく真似をし、平沢は片岡の肩をポンポンと叩いている。
「持つべきものは先輩っすね!俺、こんな薄情なヤツは捨てて、平沢先輩について行くっす!」
「よしよし、片岡、今日は男2人で飲みに行こうな。奢んないけどよ」
「え?奢ってくれないんすか?先輩じゃないですか、給料前の可愛い後輩からも、金とるんすか?」
「たりめぇだ。こちとらだって、おめぇと同じ、給料前だっつうんだよ」
「ちぇっ!ケチ。つれないなあ、平沢さんは」
平沢がニヤニヤとこちらを見てウインクを寄越してきた。思い切り睨みつけて念押しをするが、仕事以外にはとことんアバウトな平沢がどこまで判っているのか怪しいものだ。
これ以上、この2人の傍にいても、ロクなことはないと就業時間を過ぎているのを良いことに会社を出た。
瀬尾と待ち合わせる駅に向かう。
金曜日は周のマンションに直行するのが常となっていたが、新規分野に事業を広げるにあたって、日々忙しく奔走している周の仕事が終わるのは、日付が変わった後だ。
3日前、瀬尾と昼食を食べている時に和輝も喜ぶからと家に来ないかと誘われた。仕事もちょうど区切り時で、周のマンションに行っても、どうせ夜半まで一人で待つことになるのならと瀬尾の申し出を快諾した。
駅のコンコースに着くなり瀬尾は見つける。
遠目からでも目立つすらりと背の高い男の周りを小さなからだが跳ね回っている。その光景を見た瞬間、訳もなく胸の辺りがざわついた。
向こうも享一に気付くと顔一杯の笑顔を向け、先に合図を寄越してきた。
和輝が享一に気付き走って来て纏わり付くころには、胸のざわつきはなりを潜め旧友の笑顔に享一も笑顔で応えていた。
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さして、ひねりもない懇親会のタイトルを口に同期の片岡が声を掛けてきた。
金曜の夕刻とあって、社内はなんとなく浮き足立って、残業する者の顔も僅かに和んでいる。懇親会は設計部のみのものと、本社を挙げて行う大掛りなものが年に一回ずつあり、今回は後者である。
正直、騒がしいのがあまり好きではない享一には、ただ億劫なだけの話だ。
今週は定例会議やら役所周りの外出が重なって、回覧板を見る暇さえなかった。目の前に突き付けられた回覧板を見ると、楽しげなイラストと日時と場所よりでかでかと書かれた片岡たち3人の幹事の名前の方が断然目立っている。なんでだ?、という思いはさておいて、日にちを心の中で確かめる。
一番下に凧の帯のようなひらひらした出欠票が貼ってあり、みなのサインが書き込んであったり印鑑が押されていた。確かに享一と平沢のところだけが空欄になっている。
席を外していた平沢が戻り、片岡が同じように声を掛けると平沢は目敏く西元の参加を確認して、嬉しそうに参加の枠内に苗字を書き、丸で囲った。
「時見は?」
「悪いけど、俺はパスだな。その日は『K2』で世話になった人が帰国するんで成田に見送りに行くんだ」
気の合う平沢の参加に気を良くし、満面の笑みで振り返った片岡に告げると、その顔の上で笑顔が半減する。
「マジかよ?お前引っ張ってこねえと、営業のねえちゃんたちに袋叩きにされちまうのよ」
「へぇ、そりゃいいや」
平沢と享一の声が重なり、片岡が憤然と怒ったフリをする。
「なんでよお。2人とも、ひとごとだと思ってぇ。ちぇっ、しょうがねえや。その代わりさ今日は俺に付き合えよ。んで、飲み潰れてやるから、時見んとこ泊まらせろよな」
つまり、これが言いたかったわけだ。
『本題』に入った片岡の家は、横須賀で都心からだと2時間近くかかる。
「悪いけど、そっちもパス」
「時見よお、お前さあ、付き合い悪くね?そんな、彼女がいいのかよ?」
「なんだよ、それ」
「キスマーク・・・」
声のトーンを落とした片岡のひと言に、背筋が凍りつく。
硬直した享一の肩を、訳知り顔の片岡がニヤニヤしながら指先で押す。
「付けてたってウ・ワ・サ、聞いたぞ~。このお~、お前ばっかモテやがって。ずるいぞ、時見ィ。俺にも女、紹介しろっての」
懇親会参加の話から完全に論点がずれ、勝手な論理で暴走を始めた片岡に険しい顔を向ける。横目で平沢を睨むと、何気に視線を逸らされた。がっくり力が抜けて、盛大に溜息をつく。
片岡は、顔はやや濃い目だが見目も悪くなく、学生時代にラグビーで鍛えたがっしりとした体格と朗らかで面倒見のよい性格は異性にもてそうなものだが、却ってその性格が災いして同期の中でも兄貴的な存在に収まってしまった。
「片岡、俺がこれから会うのは、大学時代の友達で男だ。それに、キスマークは噂なんだから、いちいち真に受けるなよ」
そこに、ひょいっと逃げを打ったはずの平沢がまた首を突っ込んでくる。
「そうそう、ウ・ワ・サなんだからさ~。それより片岡ァ、時見には首の両側にキスマークを付けちゃうような熱烈な恋人がいるって、噂好きのおねえちゃんたちに言っちゃえば?これでライバルひとり撃沈だ。どうよ?」
平沢は唇の片方を上げ、ニカリと笑い親指を立てた。眩暈がする。
「平沢さんっ!」
今度は、まったく真逆の意味で片岡と声が重なった。
片岡は平沢においおい泣きつく真似をし、平沢は片岡の肩をポンポンと叩いている。
「持つべきものは先輩っすね!俺、こんな薄情なヤツは捨てて、平沢先輩について行くっす!」
「よしよし、片岡、今日は男2人で飲みに行こうな。奢んないけどよ」
「え?奢ってくれないんすか?先輩じゃないですか、給料前の可愛い後輩からも、金とるんすか?」
「たりめぇだ。こちとらだって、おめぇと同じ、給料前だっつうんだよ」
「ちぇっ!ケチ。つれないなあ、平沢さんは」
平沢がニヤニヤとこちらを見てウインクを寄越してきた。思い切り睨みつけて念押しをするが、仕事以外にはとことんアバウトな平沢がどこまで判っているのか怪しいものだ。
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瀬尾と待ち合わせる駅に向かう。
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
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いくら子供がいてもね。
イケナいことされて、子供に聞かれちゃまずいなんて抵抗できなくなったらどうする?行っちゃダメだよー。
胸の辺りのざわつきですか、享一クン。ソレって悪い予感ってやつですね。あるいは、ムシの知らせ? その野生の勘には忠実に行動するのが正解ですよ。
瀬尾は、やっぱり子供をエサに着々と享一クンを手中におさめつつあるんですね。
周助けて~。