10 ,2008
翠滴 1-4 ポートレート 3 (12)
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「大丈夫ですか?」
享一の躯を抱き込むように、周の右腕が背中に巻かれていた左腕は両膝の下にある。
「うわっ・・すみません。助かりましたっ」
慌てて、身を離して下に降りた。顔が熱い。
「痛っ…」
攣れるような痛みに左手首の内側を見ると、5cm程の赤い線のような傷が出来ている。傷からは、鮮やかなカーマインの血が盛り上がってきた。
見上げると鴨居と欄間の間に噛ませた板に古い釘が顔を出している。
「申し訳ありません。昔、打ったまま、抜くのを忘れていたようです。大丈夫ですか?」
周がすまなさそうに眉間に皺を寄せ覗き込んでくる。
「大丈夫です。見た目よりは、浅いですから」
「ちょっと見せてください」
周の手が、傷の状態を見ようと伸びてきたのに対し、まるで高温の火箸でも
近付けられたかのように凄い勢いで、傷を負った手を逃がした。
問いかけるような周の視線に、俺は一体何を逃げているのか・・と我に返り
慌てて傷を周に差し出した。
「いや・・本当に大丈夫ですよ」
心配させまいと「ほら」、と笑いながら手首を周に向けて近づけると、そのまま掴まれて傷をキュッと吸われ吃驚した。
「う、周さんっ?」
吸われた傷の痛みより驚きの方が先に立って素頓狂な声が上がる。
「古い釘ですし、細菌が入ったら大変でしょう?」
そう言いうと周は赤い舌を覗かせて、舌先で掻き傷を辿る。
舌の先に赤い血が滲んで、それが形の良い唇の間に消えると 唇が綺麗な弧を描き
また繰り出される。
「あっ…」
くすぐったいようなザワザワとした感覚に粟肌が立ち、掴まれた手が震える。
周の開かれたままの口許が卑猥で、目のやり場に困ってオロオロしていると、
半分伏せられた瞼の下の翡翠は、揶揄うようにこちらを伺っていて
目が合った途端、ドクンと心臓が跳ね上がった。
鮮烈な流し目と手首を這う舌先から、感電したように躯の芯が痺れて脳天を直撃する。あろうことか、熱を孕んで反応する下半身に慄き、乱暴に手を引き抜いた。
「伝えておきますので、後で美操か茅乃に消毒してもらうとよいですよ」
今や、赤面した顔を隠すように俯き、無言で荒い息を整える享一に、周は涼しい顔だ。
「もう…、大丈夫です。ありがとうございます」
俯いたまま横目で周を見ると、外出時にしか着用しないスーツを着ていることに気が付いた。
「周さん 出掛けるんですか」
そういえば、鳴海もスーツ姿だった。とはいっても、鳴海はいつもスーツ姿だが、ただ、今日のスーツはダークな色でいつもより固めで、いかにも臨戦態勢という感じだった。
「ええ 今夜は泊まりになります。運が良ければ明日の昼過ぎに戻れる、かも…です」
「仕事、忙しいんですね」 と言うと、享一の顔に視線を注ぐように見詰めて緩く笑い、無機質な声で、ええ…と短く答えた。
今の"間"は何だろうと訝しむが、わからない。
周は自分の仕事の話をあまりしない。
東京には便宜上の事務所を置いていると言っていた。今日は、そこかホテルにでも泊まるのだろうか?向うから振らない話題は、享一も口にのせない。元々、他人に過度な興味は抱かない方だ。
享一は、自分の目の前にいる人間のみを判断し先入観となりうる背景などは無視する事にしていた。だから、周がクオーターだと聞いても、本人がそこに拘りが無い限り、享一にも何の感慨も湧いては来ない。
「周様、車の用意が出来ました」
いつの間に来ていたのか、鳴海が広縁に立っていた。
周を呼びに来た筈だが、なぜか鳴海の視線は享一に注がれていて、視線は合うのに眼鏡の奥のクールな瞳からは、やはり感情が読み取れなかった。
「行きましょう、鳴海。申し訳ない、待たせたみたいですね」
「いえ、忘れ物はございませんか?」
「何をですか?この身、ひとつで充分でしょう?」
鳴海の表情に珍しく困ったような複雑な色が浮かんだ。周の顔は無表情だ。
周が享一から離れ、鳴海の傍らに立ち思案顔の鳴海の肩に手を掛ける。
享一を振り返った周の顔に、穏やかな微笑が浮かぶ。
2人が並ぶと壮観だ。享一は、サマになり過ぎるる2人に、暫し見惚れた。
「では、行って来ます」
「あ、はい、気をつけて…」
周がつと、進めかけた歩を止めて振り返る。
「そうだ、享一君 帰ったら一杯やりませんか?」
「はい、楽しみにしています」
周がにっこり笑った後、揶揄うように流し目で「お大事に」と言い、笑みを残して去ると、享一の顔に戸惑いが揺れ、頬に朱が走った。
「大丈夫ですか?」
享一の躯を抱き込むように、周の右腕が背中に巻かれていた左腕は両膝の下にある。
「うわっ・・すみません。助かりましたっ」
慌てて、身を離して下に降りた。顔が熱い。
「痛っ…」
攣れるような痛みに左手首の内側を見ると、5cm程の赤い線のような傷が出来ている。傷からは、鮮やかなカーマインの血が盛り上がってきた。
見上げると鴨居と欄間の間に噛ませた板に古い釘が顔を出している。
「申し訳ありません。昔、打ったまま、抜くのを忘れていたようです。大丈夫ですか?」
周がすまなさそうに眉間に皺を寄せ覗き込んでくる。
「大丈夫です。見た目よりは、浅いですから」
「ちょっと見せてください」
周の手が、傷の状態を見ようと伸びてきたのに対し、まるで高温の火箸でも
近付けられたかのように凄い勢いで、傷を負った手を逃がした。
問いかけるような周の視線に、俺は一体何を逃げているのか・・と我に返り
慌てて傷を周に差し出した。
「いや・・本当に大丈夫ですよ」
心配させまいと「ほら」、と笑いながら手首を周に向けて近づけると、そのまま掴まれて傷をキュッと吸われ吃驚した。
「う、周さんっ?」
吸われた傷の痛みより驚きの方が先に立って素頓狂な声が上がる。
「古い釘ですし、細菌が入ったら大変でしょう?」
そう言いうと周は赤い舌を覗かせて、舌先で掻き傷を辿る。
舌の先に赤い血が滲んで、それが形の良い唇の間に消えると 唇が綺麗な弧を描き
また繰り出される。
「あっ…」
くすぐったいようなザワザワとした感覚に粟肌が立ち、掴まれた手が震える。
周の開かれたままの口許が卑猥で、目のやり場に困ってオロオロしていると、
半分伏せられた瞼の下の翡翠は、揶揄うようにこちらを伺っていて
目が合った途端、ドクンと心臓が跳ね上がった。
鮮烈な流し目と手首を這う舌先から、感電したように躯の芯が痺れて脳天を直撃する。あろうことか、熱を孕んで反応する下半身に慄き、乱暴に手を引き抜いた。
「伝えておきますので、後で美操か茅乃に消毒してもらうとよいですよ」
今や、赤面した顔を隠すように俯き、無言で荒い息を整える享一に、周は涼しい顔だ。
「もう…、大丈夫です。ありがとうございます」
俯いたまま横目で周を見ると、外出時にしか着用しないスーツを着ていることに気が付いた。
「周さん 出掛けるんですか」
そういえば、鳴海もスーツ姿だった。とはいっても、鳴海はいつもスーツ姿だが、ただ、今日のスーツはダークな色でいつもより固めで、いかにも臨戦態勢という感じだった。
「ええ 今夜は泊まりになります。運が良ければ明日の昼過ぎに戻れる、かも…です」
「仕事、忙しいんですね」 と言うと、享一の顔に視線を注ぐように見詰めて緩く笑い、無機質な声で、ええ…と短く答えた。
今の"間"は何だろうと訝しむが、わからない。
周は自分の仕事の話をあまりしない。
東京には便宜上の事務所を置いていると言っていた。今日は、そこかホテルにでも泊まるのだろうか?向うから振らない話題は、享一も口にのせない。元々、他人に過度な興味は抱かない方だ。
享一は、自分の目の前にいる人間のみを判断し先入観となりうる背景などは無視する事にしていた。だから、周がクオーターだと聞いても、本人がそこに拘りが無い限り、享一にも何の感慨も湧いては来ない。
「周様、車の用意が出来ました」
いつの間に来ていたのか、鳴海が広縁に立っていた。
周を呼びに来た筈だが、なぜか鳴海の視線は享一に注がれていて、視線は合うのに眼鏡の奥のクールな瞳からは、やはり感情が読み取れなかった。
「行きましょう、鳴海。申し訳ない、待たせたみたいですね」
「いえ、忘れ物はございませんか?」
「何をですか?この身、ひとつで充分でしょう?」
鳴海の表情に珍しく困ったような複雑な色が浮かんだ。周の顔は無表情だ。
周が享一から離れ、鳴海の傍らに立ち思案顔の鳴海の肩に手を掛ける。
享一を振り返った周の顔に、穏やかな微笑が浮かぶ。
2人が並ぶと壮観だ。享一は、サマになり過ぎるる2人に、暫し見惚れた。
「では、行って来ます」
「あ、はい、気をつけて…」
周がつと、進めかけた歩を止めて振り返る。
「そうだ、享一君 帰ったら一杯やりませんか?」
「はい、楽しみにしています」
周がにっこり笑った後、揶揄うように流し目で「お大事に」と言い、笑みを残して去ると、享一の顔に戸惑いが揺れ、頬に朱が走った。
紙魚サマの書く小説は!
私も見習わなくちゃ……
享一って可哀想で可愛いですね(笑
好みのタイプですw