05 ,2009
翠滴 3 交差 1 (8)
「キョウ」
「・・・・瀬尾」
振り返った先にはさっきの子供を連れた背の高い男が立っていた。
「いや・・・驚いたな。こんなところでキョウと会うなんて」
「ああ、俺も・・・・驚いた」
目の前に立つ男、瀬尾 隆典は、5年前 享一の恋人だった上原 由利に横恋慕し享一から奪っていった。いや、横恋慕うというのは正しくはないのかも知れない。あの時、由利はずっと瀬尾のことを好きだったと言ったのだ。享一の恋人だった由利は、享一に自分に妊娠を告げたその口で、子供の父親が瀬尾であることを告げたのだった。
享一は少し前に自分が抱きあけた子供を、不思議な面持ちで眺めた。
子供が瀬尾の子であると聞く寸前まで、由利の腹の子を享一は自分の子だと信じ喜んだ。
今となっては、由利が浮気するに至った事に関しては、自分にも原因があったことなのだと理解できる。あの時の自分は、自分勝手な幸せの形に拘り過ぎて、由利を無理やりその中に填め込もうとしていた。
同性である周を愛し、見えない枷から放たれて初めて見えてきたものがたくさんあった。5年前の自分はまだまだ未熟で、自分にも非があると認めながらも、2人のことを許せないでいた。
蟠りのようなものが全然ないといえば嘘になるが、5年の月日が経つうちに、由利のことも、親友であった瀬尾のこともいつか心の底から祝福できる日が来ればよいと、そう思っていた。
「きみ、名前は?」
屈み目線を合わせて尋ねると透明度の高い澄んだ黒い瞳と見返してくる。
「瀬尾 和輝(かずき)」
「ふうん、和輝くんか、いい名前だね」
自分を見つめるつぶらな瞳は確かに由利に似ているような気もした。
「上原さんは?」
人妻になった自分のもと恋人を、なんと呼んでいいか分からず、呼び捨てにするのもどうと婚姻前の苗字で呼ぶ。こうやって、以前付き合っていた恋人を苗字で呼ぶと、急に空々しく感じ、あの頃に関わるもの全てがスピードを上げて過去のものへと変化し色褪せた気がして、ほんの少しの寂しさと自分の中で完全なる“過去”になった安堵感のようなものを感じた。
「由利はまだ、NYにいる。運良くあっちの設計事務所に潜り込めたんで、もう少しNYで自分を試したいそうだ。」
「へえ、瀬尾たちはNYか、格好いいな。お前は、法律関係の仕事についているのか?」
「ああ、この近所の法律事務所だ。司法試験にも合格して弁護士をやっている」
「この若さで?流石、瀬尾だな。お前は高校の時から優秀だったからな」
「はは、キョウにそう言われると、なんだかくすぐったいな」
なんの衒いもなく、口から出た賞賛の言葉に、瀬尾は本当に嬉しそうに笑った。
それが、享一にも瀬尾を親友だと思っていた頃の気安さや心地よさを思い出させて、享一もつられて笑う。和輝も、新しく買ってもらったのか絵本の包みを抱えながらにこにこしている。
一度は絶縁してしまった瀬尾との穏やかな邂逅に、自分の中に残っていた小さな塊が解けて消えていく。
「キョウ、よかったらこれから一緒に飯食わないか? ちょうど、これから和輝と行くところだったんだ。それに・・・」
「それに?、なんだ?」
「俺は、一度キョウに会って、ちゃんと謝りたいと思ってた・・・」
自分を裏切ったとばかり思っていた瀬尾は、実はこの5年の間、自分に謝りたいと思っていてくれたのだと知り一気に親友だった時間に戻ったような気がした。
「瀬尾、俺はもうお前たちを恨んでなんかいないし、俺こそ、瀬尾と由利に会えたら、ちゃんと祝福しようって思っていたんだ」
こんな言葉を自然と毀れるのも、周というかけがえのないパートナーを得ることが出来たからなのだと、実感する。
「キョウ、一緒にご飯食べるの?やったぁ!」
幼い和輝にいきなり呼び捨てにされ、唖然とするが“おじさん”よりは幾分ましかと、和輝に腕を取られてぶんぶん揺らされるに任せた。代わりに瀬尾が詫びを入れてきた。
「すまん、向こうで変な癖がついちまったみたいで、追々直していかなくちゃならないんだけどな」
「まあ、構わないよ。晩飯に行くんだろう、どこへ行くか決めているのか? 俺も、久しぶりに瀬尾と話したいし、お言葉に甘えて一緒させてもらうことにするよ」
享一の返事を聞いた瀬尾の顔が、「よし、決まりだな」と嬉しそうに微笑んだ。
「ね、こっち、こっち!」
享一の手を和輝はどんどん引っ張っていく。
一人遅れて歩き出した瀬尾は、享一が慌てて戻した本にさり気なく目を落とすと、片眉を上げ口の端を歪めて嗤った。
「これはまた、永邨 周に高波 清輝、加納 太一とは。三者揃い踏みってところだな」
そして顔を上げ、仮面を付け替えるように穏やかな友人の表情を創ると、エレベーターに向かった2人を追いかけた。じゃれ合う2人の後姿を見る目には、一瞬冷ややかな影が浮かぶが、追いつく頃にはそれも消えうせた。
「和輝、そっちのエレベーターじゃなくて、あっちのに乗ろう」
「えー!パパ、こっちがいい。ぼく、お外が見たいもん」
「和輝、このお兄ちゃんはね、高いところがダメなんだ。だから窓はないけど、あっちので我慢しような」
「キョウちゃん、高いの怖いの?」
呼び捨てから『ちゃん』がついた。幼い和輝に気遣うように見上げられ、微妙に哀れむ瞳に情けなくなり、声のトーンを落として小声で瀬尾に講義した。
「瀬尾、いいって。子供の前で余計なこと言うなよ。恥ずかしい」
「ん?直ったのか?高所恐怖症」
「や、まだだけど・・・さ。まったく、つまらない事よく覚えてんな」
瀬尾は、参ったなと呟いて閉口する享一の肩を抱くように手を回すと和輝の手を取り、楽しそうに笑いながら歩き出した。
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「・・・・瀬尾」
振り返った先にはさっきの子供を連れた背の高い男が立っていた。
「いや・・・驚いたな。こんなところでキョウと会うなんて」
「ああ、俺も・・・・驚いた」
目の前に立つ男、瀬尾 隆典は、5年前 享一の恋人だった上原 由利に横恋慕し享一から奪っていった。いや、横恋慕うというのは正しくはないのかも知れない。あの時、由利はずっと瀬尾のことを好きだったと言ったのだ。享一の恋人だった由利は、享一に自分に妊娠を告げたその口で、子供の父親が瀬尾であることを告げたのだった。
享一は少し前に自分が抱きあけた子供を、不思議な面持ちで眺めた。
子供が瀬尾の子であると聞く寸前まで、由利の腹の子を享一は自分の子だと信じ喜んだ。
今となっては、由利が浮気するに至った事に関しては、自分にも原因があったことなのだと理解できる。あの時の自分は、自分勝手な幸せの形に拘り過ぎて、由利を無理やりその中に填め込もうとしていた。
同性である周を愛し、見えない枷から放たれて初めて見えてきたものがたくさんあった。5年前の自分はまだまだ未熟で、自分にも非があると認めながらも、2人のことを許せないでいた。
蟠りのようなものが全然ないといえば嘘になるが、5年の月日が経つうちに、由利のことも、親友であった瀬尾のこともいつか心の底から祝福できる日が来ればよいと、そう思っていた。
「きみ、名前は?」
屈み目線を合わせて尋ねると透明度の高い澄んだ黒い瞳と見返してくる。
「瀬尾 和輝(かずき)」
「ふうん、和輝くんか、いい名前だね」
自分を見つめるつぶらな瞳は確かに由利に似ているような気もした。
「上原さんは?」
人妻になった自分のもと恋人を、なんと呼んでいいか分からず、呼び捨てにするのもどうと婚姻前の苗字で呼ぶ。こうやって、以前付き合っていた恋人を苗字で呼ぶと、急に空々しく感じ、あの頃に関わるもの全てがスピードを上げて過去のものへと変化し色褪せた気がして、ほんの少しの寂しさと自分の中で完全なる“過去”になった安堵感のようなものを感じた。
「由利はまだ、NYにいる。運良くあっちの設計事務所に潜り込めたんで、もう少しNYで自分を試したいそうだ。」
「へえ、瀬尾たちはNYか、格好いいな。お前は、法律関係の仕事についているのか?」
「ああ、この近所の法律事務所だ。司法試験にも合格して弁護士をやっている」
「この若さで?流石、瀬尾だな。お前は高校の時から優秀だったからな」
「はは、キョウにそう言われると、なんだかくすぐったいな」
なんの衒いもなく、口から出た賞賛の言葉に、瀬尾は本当に嬉しそうに笑った。
それが、享一にも瀬尾を親友だと思っていた頃の気安さや心地よさを思い出させて、享一もつられて笑う。和輝も、新しく買ってもらったのか絵本の包みを抱えながらにこにこしている。
一度は絶縁してしまった瀬尾との穏やかな邂逅に、自分の中に残っていた小さな塊が解けて消えていく。
「キョウ、よかったらこれから一緒に飯食わないか? ちょうど、これから和輝と行くところだったんだ。それに・・・」
「それに?、なんだ?」
「俺は、一度キョウに会って、ちゃんと謝りたいと思ってた・・・」
自分を裏切ったとばかり思っていた瀬尾は、実はこの5年の間、自分に謝りたいと思っていてくれたのだと知り一気に親友だった時間に戻ったような気がした。
「瀬尾、俺はもうお前たちを恨んでなんかいないし、俺こそ、瀬尾と由利に会えたら、ちゃんと祝福しようって思っていたんだ」
こんな言葉を自然と毀れるのも、周というかけがえのないパートナーを得ることが出来たからなのだと、実感する。
「キョウ、一緒にご飯食べるの?やったぁ!」
幼い和輝にいきなり呼び捨てにされ、唖然とするが“おじさん”よりは幾分ましかと、和輝に腕を取られてぶんぶん揺らされるに任せた。代わりに瀬尾が詫びを入れてきた。
「すまん、向こうで変な癖がついちまったみたいで、追々直していかなくちゃならないんだけどな」
「まあ、構わないよ。晩飯に行くんだろう、どこへ行くか決めているのか? 俺も、久しぶりに瀬尾と話したいし、お言葉に甘えて一緒させてもらうことにするよ」
享一の返事を聞いた瀬尾の顔が、「よし、決まりだな」と嬉しそうに微笑んだ。
「ね、こっち、こっち!」
享一の手を和輝はどんどん引っ張っていく。
一人遅れて歩き出した瀬尾は、享一が慌てて戻した本にさり気なく目を落とすと、片眉を上げ口の端を歪めて嗤った。
「これはまた、永邨 周に高波 清輝、加納 太一とは。三者揃い踏みってところだな」
そして顔を上げ、仮面を付け替えるように穏やかな友人の表情を創ると、エレベーターに向かった2人を追いかけた。じゃれ合う2人の後姿を見る目には、一瞬冷ややかな影が浮かぶが、追いつく頃にはそれも消えうせた。
「和輝、そっちのエレベーターじゃなくて、あっちのに乗ろう」
「えー!パパ、こっちがいい。ぼく、お外が見たいもん」
「和輝、このお兄ちゃんはね、高いところがダメなんだ。だから窓はないけど、あっちので我慢しような」
「キョウちゃん、高いの怖いの?」
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「ん?直ったのか?高所恐怖症」
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瀬尾は、参ったなと呟いて閉口する享一の肩を抱くように手を回すと和輝の手を取り、楽しそうに笑いながら歩き出した。
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
みなさま、こんにちは♪
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さり気に肩を抱くなー!消毒\(゜ロ\)(/ロ゜)/消毒
何だかなぁ~亨たん素直に騙され(っていうと御幣有り?)て、掌で転がされそうだわ…怖いよぉ(;つД`)
息子はやっぱり可愛い( ´艸`)ムププ♪
小学校入ると生意気ちゃんになっちゃうのよねぇ~未就学児が一番めんこい(可愛い)わぁ♪