04 ,2009
ラッシュアワー
「シャワーにいっておいで」
左右の肩甲骨の間に唇が落とされた
オレをいたわるような柔かい唇が、行為が終わったことを合図してくる。
いつもはこのキスの後すぐに事後処理をするためにシャワーを使いにベッドを離れた。
今夜はいつまでたっても起き上がらないオレを、熱の残った躯が寄り添うように抱き寄せた。三沢の手が何度もオレの髪を撫でる。
「きれいな髪だね。本当は今のままのほうが好みだけど、もう少し切った方がいいかな」
少し癖のあるオレの髪が三沢の指に絡みついては、するりと解ける。
そんなに撫でられたら、三沢の指の間で髪が蕩けてしまいそうだ。
「職場の上司から、顔を合わせるたびに同じ事言われてるよ」
「綺麗だって?」
「違う、切れって」
駅長の川島に「髪が綺麗だね」なんていわれた日にゃ、天地がひっくり返ってすし詰め電車も空を飛ぶってなもんだ。全く、気持悪りぃったら。
顔を顰めるオレの項に三沢が鼻先を突っ込み楽しそうに笑う。三沢の吐息がオレの躯に新たな熱を撒き散らした。その熱に、更にオレは眩惑され狼狽する。
逢瀬を重ねる度、肌を重ねる度、オレの”躯だけ”を知り尽くした唇と掌は心を含めた俺の全てを震わせる。この苗字しか知らないエイリアン男は抗いようの無い引力でオレを惹き付ける。
それは、同性同士の関係の継続に懐疑的で、この関係を研修期間の間だけと割り切ろうとする俺の首をゆるゆると絞め上げていった。今まで付き合った相手にこんな感情を抱いたことは無い。誰かに心奪われるなんぞありえない、真っ平ゴメンだ、そう思ってきた。
明後日から、本社の総務部への配属が決まっている。
研修は今日で終った。オレがあのホームに立硝で立つことはもう無い。
「この関係さ、いつまで続けるつもり?」
何でこんな質問をしてしまうのか、どんな答えを欲しているのか、自分でもわからなくなる。三沢が小さく息を吐いた。
「君は、いつまで続けたい?」
お互いの素性を知らないオレと三沢は、ほんの少し引っ張れば切れてしまう細いリールで繫がっている。『いつまで』と、自分が放った問いをそのまま返されて、俺は返答に窮した。
オレにとって、この関係は時間や期間の問題ではなくなっている。
三沢のことをもっと知りたい、下の名前、年齢、携帯番号、三沢にももっと自分に興味を持ってもらいたい。
自分らしからぬバカげた欲求に、自分で戸惑った。自分の望みとは裏腹な問いが口を吐く。
「オレがもし、今日でお終いにしたいって言ったら?」
髪を撫でている手がピタリと止まる。
安っぽい駆け引きを口にする自分が、堪らなくイヤになる。こんなのはオレじゃない。
オレは、三沢の腕の中から身を起した。
「シャワー、いってくる」
いつもなら、もう一度ベッドに戻って朝まで眠るところを、帰り支度を始めたオレに三沢が問いかけの視線を寄越す。
身支度を整えて三沢を振り返った。
「オレ達って、後腐れの無い関係だよな」 ・・・やめろ、オレ。
ベッドに座った三沢が立てた膝に頬杖をついてオレを見上げている。
「そうかな?」
三沢の惚けたような態度がオレのイライラに油を注ぐ。
「オレ達の関係なんて、朝、会えなかったらそれでお終いじゃないか。
もしあんたが俺を切りたくなったら、あの電車に乗るのをやめればいいだけだろう?」
オレは、はっと詰まる。
自分で言った核心をつく言葉にたじろいだ。そうだ、オレは自分が切られることを恐れていた。
「達彦?」
俺の名前・・・・・ああ、制服の名札を見たのか。
一瞬、何かを期待しようとした自分の胸の内に、いっそう惨めになる。
「サヨナラだ、『三沢』さん」
←前話 次話→
ラッシュアワー1 ・ 2 ・ 3
左右の肩甲骨の間に唇が落とされた
オレをいたわるような柔かい唇が、行為が終わったことを合図してくる。
いつもはこのキスの後すぐに事後処理をするためにシャワーを使いにベッドを離れた。
今夜はいつまでたっても起き上がらないオレを、熱の残った躯が寄り添うように抱き寄せた。三沢の手が何度もオレの髪を撫でる。
「きれいな髪だね。本当は今のままのほうが好みだけど、もう少し切った方がいいかな」
少し癖のあるオレの髪が三沢の指に絡みついては、するりと解ける。
そんなに撫でられたら、三沢の指の間で髪が蕩けてしまいそうだ。
「職場の上司から、顔を合わせるたびに同じ事言われてるよ」
「綺麗だって?」
「違う、切れって」
駅長の川島に「髪が綺麗だね」なんていわれた日にゃ、天地がひっくり返ってすし詰め電車も空を飛ぶってなもんだ。全く、気持悪りぃったら。
顔を顰めるオレの項に三沢が鼻先を突っ込み楽しそうに笑う。三沢の吐息がオレの躯に新たな熱を撒き散らした。その熱に、更にオレは眩惑され狼狽する。
逢瀬を重ねる度、肌を重ねる度、オレの”躯だけ”を知り尽くした唇と掌は心を含めた俺の全てを震わせる。この苗字しか知らないエイリアン男は抗いようの無い引力でオレを惹き付ける。
それは、同性同士の関係の継続に懐疑的で、この関係を研修期間の間だけと割り切ろうとする俺の首をゆるゆると絞め上げていった。今まで付き合った相手にこんな感情を抱いたことは無い。誰かに心奪われるなんぞありえない、真っ平ゴメンだ、そう思ってきた。
明後日から、本社の総務部への配属が決まっている。
研修は今日で終った。オレがあのホームに立硝で立つことはもう無い。
「この関係さ、いつまで続けるつもり?」
何でこんな質問をしてしまうのか、どんな答えを欲しているのか、自分でもわからなくなる。三沢が小さく息を吐いた。
「君は、いつまで続けたい?」
お互いの素性を知らないオレと三沢は、ほんの少し引っ張れば切れてしまう細いリールで繫がっている。『いつまで』と、自分が放った問いをそのまま返されて、俺は返答に窮した。
オレにとって、この関係は時間や期間の問題ではなくなっている。
三沢のことをもっと知りたい、下の名前、年齢、携帯番号、三沢にももっと自分に興味を持ってもらいたい。
自分らしからぬバカげた欲求に、自分で戸惑った。自分の望みとは裏腹な問いが口を吐く。
「オレがもし、今日でお終いにしたいって言ったら?」
髪を撫でている手がピタリと止まる。
安っぽい駆け引きを口にする自分が、堪らなくイヤになる。こんなのはオレじゃない。
オレは、三沢の腕の中から身を起した。
「シャワー、いってくる」
いつもなら、もう一度ベッドに戻って朝まで眠るところを、帰り支度を始めたオレに三沢が問いかけの視線を寄越す。
身支度を整えて三沢を振り返った。
「オレ達って、後腐れの無い関係だよな」 ・・・やめろ、オレ。
ベッドに座った三沢が立てた膝に頬杖をついてオレを見上げている。
「そうかな?」
三沢の惚けたような態度がオレのイライラに油を注ぐ。
「オレ達の関係なんて、朝、会えなかったらそれでお終いじゃないか。
もしあんたが俺を切りたくなったら、あの電車に乗るのをやめればいいだけだろう?」
オレは、はっと詰まる。
自分で言った核心をつく言葉にたじろいだ。そうだ、オレは自分が切られることを恐れていた。
「達彦?」
俺の名前・・・・・ああ、制服の名札を見たのか。
一瞬、何かを期待しようとした自分の胸の内に、いっそう惨めになる。
「サヨナラだ、『三沢』さん」
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
やっぱり、終わりませんでした・・・もう1話続きます。
ブログ拍手コメントのお返事は、サイトの”もんもんもん”の
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今回の初めの部分、事後の気だるさや残る熱が見え隠れするそんな場面がとてもいいです。
人恋しがり屋の彼は、「ともっとあなたが知りたい、別れたくない、次の約束をしたい」って心で叫んでいるみたいで切なくなりました。
最後(かな?)に初めて名前呼んでくれたんですね『達彦』って。意地になって偶然知ってしまった『三沢さん』も本人から教えられなくちゃ呼びたくないよね。