04 ,2009
深海魚 26
目の前に蒼穹の空があった。
自分に向けて降り注ぐ、目が痛いくらいの鮮やかな四角い蒼を不思議な気分で眺めた。
頭上にそびえる、真っ白な壁に落ちた影に太陽が高いということだけがわかった。
「シズカ、気が付いたか?」
掠れてはいるが、頭の芯を甘く震わせる声に誘われて瞳を彷徨わせる。この声はあの空から降ってきたのだろうか?バサリという音が頭の横で鳴って微かな風を頬に感じると目の前に自分を気遣う心配げな顔が現れた。
圭太さん?
呼びかけたつもりだったけれど、声にはならない。睡魔が訪れた。
もう、何度もこの繰り返しをしたような気がする。その度に、目の前には月があり夕焼に燃える雲があり、夜があった。
優しく額や頬を撫でられる感触に、自分が笑んでいる事に気付く。額に舌を鳴らす小さな音とともに訪れた柔らかいぬくもりに、泣きたいくらいの幸福感を感じた。それと同時に、顎の辺りを愛しむように辿る指の感触に、突然、何かを忘れているような、何かが欠けてしまったような喪失感に襲われて、現実に引き戻された。さっきより、はっきりとした視界に、完全に覚醒した事を自覚した。
「点滴が終わったな。針を外しておこうか、シズカ」
独り言のような呟きは、自分が目覚めた事に気付いていないらしい。鉛のように重い腕を持ち上げて圭太の腕に触れる。振返った圭太の顔が驚きに変わり、そのまま無言で抱きしめられた。その抱擁に安堵しうっとりと目を閉じる。どうやらまだ夢は続いていたらしい。
「よかった。お前が目覚めなかったら、もう一度、伊原をぶちのめしに行くところだった」
伊原の名に足の指の先までもがビクリと緊張する。
「伊原さんに、会ったんですか?」
圭太に助けられて身を起こした。久しぶりに目にする圭太の別荘は前に見たときとさほど変わっていない。クッションを背に当ててもらい圭太とベッドの上で丁度向い合せるかたちで座る。
「全部、吐かせてやった。この鬚の事も」
顎に触れる右手に真新しい包帯が巻かれていた。
「圭太さん、この手どうしたの?」
「伊原は奥歯を2本折って、肋骨にひびが入ったらしい。俺的には、まだ足りてないけど、お前の話をしたらマジでショックを受けたみたいで全て白状したから、少しだけ手加減しておいた。
でも、3日目の今日もお前が覚めなかったら、もう一度止めを刺しに行くつもりだった」
そう言うと圭太は悔恨の色を濃くする。圭太は一見インテリそうに見えるが喧嘩に関しては結構な場数を踏んでいる。見かけで嘗めていたとしたら、伊原は相当なダメージを被ったに違いない。
伊原だけが悪い訳ではない、もともとは、自分のまいた種がこの事態を引き起こした。
自分の取った曖昧な態度と、不甲斐ない恋が、伊原を引き寄せシーラカンスを失い、圭太を冷たい海に潜らせ自分を救出させるという危険な目に合わせる結果を招いた。
「死のうとした訳じゃないんだ」
「わかってる」
「聞いてほしい、圭太さん。何もかも・・・・話させて」喩え、全てを失うことになっても。
「俺は、圭太さんが好きだ。ずっと前から好きだった。その・・・弟としてじゃなく・・・
伊原さんの誘いに乗ったのはシーラカンスのためだけじゃない」
天窓から差し込んだ日の光が、ベッドの端をかすめ下まで降りてきた。明るく照らされた圭太の顔がしずかに耳を傾け、静の顔を真正面から見ている。その顔を鳶色の瞳に焼き付けようと静も真っ直ぐ見返す。
「興味があったんだ。圭太さんが享一君にしたことに。伊原さんから同じ事をしてやると言われて、誘いに乗った。俺は、享一君に嫉妬してた。俺は最低なんだ。
伊原さんに抱かれた時、自分がもともと汚れている事に気が付いて堪らなく自分が嫌になった。みんな、俺のことを清楚だの美人だの言うけれど、全然違う。俺の中にはドロドロした計算や欲望が渦巻いてる。だから、あの朝・・・海に入った。
冷たい海水に身を浸せば、浄化される気がしたんだ。
・・・・・結果的に圭太さんを危険な目に合わせてしまって、本当に悪かったと思ってる」
圭太からの返答はない。表情を消した一対の眼差しが静に注がれている。
「俺には、願掛けまでして圭太さんを求める資格なんて、なかった」
「だから、どうするんだ?俺を諦めるのか?」
ようやく口を開いた圭太の瞳は鋭い光を放ち、美しい切れ長の瞳は形相が変わるほどに吊り上っていた。
←前話 次話→
■静×圭太 関連<SS> ― 願い ―
■河村 圭太 関連作 翠滴 2
自分に向けて降り注ぐ、目が痛いくらいの鮮やかな四角い蒼を不思議な気分で眺めた。
頭上にそびえる、真っ白な壁に落ちた影に太陽が高いということだけがわかった。
「シズカ、気が付いたか?」
掠れてはいるが、頭の芯を甘く震わせる声に誘われて瞳を彷徨わせる。この声はあの空から降ってきたのだろうか?バサリという音が頭の横で鳴って微かな風を頬に感じると目の前に自分を気遣う心配げな顔が現れた。
呼びかけたつもりだったけれど、声にはならない。睡魔が訪れた。
もう、何度もこの繰り返しをしたような気がする。その度に、目の前には月があり夕焼に燃える雲があり、夜があった。
優しく額や頬を撫でられる感触に、自分が笑んでいる事に気付く。額に舌を鳴らす小さな音とともに訪れた柔らかいぬくもりに、泣きたいくらいの幸福感を感じた。それと同時に、顎の辺りを愛しむように辿る指の感触に、突然、何かを忘れているような、何かが欠けてしまったような喪失感に襲われて、現実に引き戻された。さっきより、はっきりとした視界に、完全に覚醒した事を自覚した。
「点滴が終わったな。針を外しておこうか、シズカ」
独り言のような呟きは、自分が目覚めた事に気付いていないらしい。鉛のように重い腕を持ち上げて圭太の腕に触れる。振返った圭太の顔が驚きに変わり、そのまま無言で抱きしめられた。その抱擁に安堵しうっとりと目を閉じる。どうやらまだ夢は続いていたらしい。
「よかった。お前が目覚めなかったら、もう一度、伊原をぶちのめしに行くところだった」
伊原の名に足の指の先までもがビクリと緊張する。
「伊原さんに、会ったんですか?」
圭太に助けられて身を起こした。久しぶりに目にする圭太の別荘は前に見たときとさほど変わっていない。クッションを背に当ててもらい圭太とベッドの上で丁度向い合せるかたちで座る。
「全部、吐かせてやった。この鬚の事も」
顎に触れる右手に真新しい包帯が巻かれていた。
「圭太さん、この手どうしたの?」
「伊原は奥歯を2本折って、肋骨にひびが入ったらしい。俺的には、まだ足りてないけど、お前の話をしたらマジでショックを受けたみたいで全て白状したから、少しだけ手加減しておいた。
でも、3日目の今日もお前が覚めなかったら、もう一度止めを刺しに行くつもりだった」
そう言うと圭太は悔恨の色を濃くする。圭太は一見インテリそうに見えるが喧嘩に関しては結構な場数を踏んでいる。見かけで嘗めていたとしたら、伊原は相当なダメージを被ったに違いない。
伊原だけが悪い訳ではない、もともとは、自分のまいた種がこの事態を引き起こした。
自分の取った曖昧な態度と、不甲斐ない恋が、伊原を引き寄せシーラカンスを失い、圭太を冷たい海に潜らせ自分を救出させるという危険な目に合わせる結果を招いた。
「死のうとした訳じゃないんだ」
「わかってる」
「聞いてほしい、圭太さん。何もかも・・・・話させて」喩え、全てを失うことになっても。
「俺は、圭太さんが好きだ。ずっと前から好きだった。その・・・弟としてじゃなく・・・
伊原さんの誘いに乗ったのはシーラカンスのためだけじゃない」
天窓から差し込んだ日の光が、ベッドの端をかすめ下まで降りてきた。明るく照らされた圭太の顔がしずかに耳を傾け、静の顔を真正面から見ている。その顔を鳶色の瞳に焼き付けようと静も真っ直ぐ見返す。
「興味があったんだ。圭太さんが享一君にしたことに。伊原さんから同じ事をしてやると言われて、誘いに乗った。俺は、享一君に嫉妬してた。俺は最低なんだ。
伊原さんに抱かれた時、自分がもともと汚れている事に気が付いて堪らなく自分が嫌になった。みんな、俺のことを清楚だの美人だの言うけれど、全然違う。俺の中にはドロドロした計算や欲望が渦巻いてる。だから、あの朝・・・海に入った。
冷たい海水に身を浸せば、浄化される気がしたんだ。
・・・・・結果的に圭太さんを危険な目に合わせてしまって、本当に悪かったと思ってる」
圭太からの返答はない。表情を消した一対の眼差しが静に注がれている。
「俺には、願掛けまでして圭太さんを求める資格なんて、なかった」
「だから、どうするんだ?俺を諦めるのか?」
ようやく口を開いた圭太の瞳は鋭い光を放ち、美しい切れ長の瞳は形相が変わるほどに吊り上っていた。
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■河村 圭太 関連作 翠滴 2
□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
ギリギリ更新でした(汗
思うほど進めませんでした(やっぱり・・・・)推敲も、校正もナシでUPの不埒者・・・
ご指摘は甘受いたします・・・・というか、よろしくお願いいたします!他力本願でゴメンナサイ~
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続き書いてもいいよ~♪
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しーちゃん目覚めて良かったよ~~(涙
そして圭太、しっかりしてやったんですね( ̄ー ̄)ニヤリッ
格好良かっただろうなぁ~( ´艸`)ムププ♪
そーかそーか、伊原氏もショック受けてたか…人としての心は残ってたのね、ちょっと嬉しいです。
しーちゃんはきちんと想いを伝えましたね♪
さぁ、お次は圭太の番だ!!
もう、3日間ずっと傍に寄り添って看病してたのかと思うと…それだけで萌えますぅ(///∇//)テレテレ☆