04 ,2009
深海魚 25
携帯を持つ手が怒りと後悔に震える。
わが目が信じられず、ぎこちない動きで静を振り返った圭太は驚愕と恐怖に瞠目した。
砂浜に寝かせていた筈の静の姿は無く、波間をゆく白いシャツの背中に静の悲しみを知る。
掌から抜け携帯が砂の上に落ちた。
「シズカーーーッ!!」
叫びながら砂浜を走り、波を蹴り飛沫を上げながら追いかけた。
圭太の呼びかけに、何も反応を示さない背中に、再び恐怖し焦りだす。
腰の深さまで進んだ静の身体が急に深くなった海底にバランスを崩し、そのまま大きく傾いだ。糸の切れた操り人形のように、何の抵抗も無く海水の中に身体が崩れ落ちた。
「シズカッ!!」
泳いで何とか追いついた圭太の腕が静の身体を掴まえ浅瀬へと引き寄せる。
「バカ!なにやってんだお前はっ」
強く肩を揺さぶられ、緩慢に顔を向ける静の瞳には、感情というものが見えない。
「シズカ、シズカ! 俺がわかるか?」 鳶色の瞳は揺れながら、圭太の顔を見上げた。
「・・・・圭太さん?」
無表情だった瞳の焦点がゆっくり結ばれていき、やがて大きく見開かれていく。
瞳の中の怯えに圭太は後悔と愛おしさが渾然となり、胸が苦しくなる。
静の視線が自分の腕を掴む圭太の掌にゆっくり落ちた。
「俺に・・・触らないでくれ、圭太さん」
呟くような小さな声だが、波音に消される事も無くはっきり聞こえた。
「シズカ?」
「俺に、触るなーーっ!!」
静が叫ぶと同時に乱雑に圭太の腕をもぎ離し、圭太から離れた。波の抵抗の中を身を翻し、さっきバランスを崩し倒れそうになった深みに向かおうとする。すぐに追いかけた圭太は再び捕まえた腕をねじり上げた。言葉にならない声を上げながら、なおも抵抗する静の身体を抱きこんだ。
「圭太さん、離して、離してくれ。俺は醜いから、汚れているから!
だから・・・だから洗うんだっ!離せーーっ!」
暴れながら、静の声は絶叫に変わる。
怒りと絶望に満ちた鳶色の瞳はぎらついた光を放ち、狂人のごとく震えた。
「俺は、汚い。穢れてる。俺は、オレは・・・・・!」 その頬が、鋭い音を立てて鳴った。
「落ち着け、シズカ!!」
荒い息をつきながら、静は圭太を見つめた。今まで圭太に手を上げられた事は無かった。
濡れそぼり、血の気を失った圭太の髪の毛や輪郭から海水が滴っている。
「お前は、どこも汚れてなんていないし、醜くもない! 薫や俺が大事にしてきたままのシズカだ。それなのに、お前は、お前の事が可愛くてしょうがない薫や俺を置いて、何処へ行く気だ?」
トーンを落としても柔らかく張りのある声に、瞳の中の狂気が次第に鳴りを潜めていく。気付けば自分を強く抱きこんだ腕が小さく震えている。
「お前、一体 伊原と何があったの? メールにあった"アンフェア” って、何なんだ?」
静の中に重い衝撃が走った。
「言えよ、シズカ。なんでこんな事になるんだ?お前は、伊原とちゃんと付き合ってたんじゃないのか?頼むから、俺にちゃんとわかるように説明してくれ」
正気の戻った静の目が大きく見開き、深い絶望の色に染まった瞳を隠すように目蓋が落された。圭太は携帯を見たに違いない・・・静は、自分が携帯をどうしたのかすら思い出せなかった。
だが、一番知られたくない圭太に知られてしまった。もう隠す価値のあるものなど、何も無い。
「伊原さんは、一晩寝たらシーラカンスの譲渡を考えてもいいって言ったんだ」
「一晩って・・・・何言ってるんだ、お前は?」
驚きと怒りで、圭太の目が吊り上る。
「なんで、あの店に拘る?よりによって伊原なんかの。バーなら、他にいくらだってあるだろう?」
静の鳶色の瞳から、涙が零れ落ちた。
伏せられていた瞳が、真っ直ぐに圭太を見る。
「俺があの店を離れられないのは、圭太さんが設計した店だからだ」
陽光の差していた空はまた厚い雲に覆われ、灰色の雲が低く垂れ込めている。
頬をぬくもりが通り過ぎては、またすぐ冷えていく。言葉にすれば全てが終わる。
このまま、空が堕ちてくればいいと静は願う。
「好きなんだ。圭太さん」
頬に触れた指先は冷え切って涙ほど温かくは無かったが、涙のようにすぐに去っては行かなかった。
重なる唇は、色を失っているのにとても熱い。柔らかい熱に静はうっとりと目を閉じる。
「お前はどうして。こんなにボロボロになる前に、なぜ・・・・」
圭太の声が、耳元で悔しげにつまった。
自分のために圭太が泣いている。・・・・ああ、圭太さんが好きだ。
冷え切った皮膚の下の体温が触れ合う肌を通じて互いを行き来する。
唇には優しい熱がある。
このぬくもりに包まれていられるなら、他には何もいらない。
シーラカンスも、願いをかけた鬚でさえも。
本当は、自分の身体はあのまま深い海に沈んでいて、深海を漂っているのかもしれない。
夢ならそれでもいいから、このままもう少しこの時間が続いてはくれないだろうか?
意識は波間を漂い、力を失くした静の身体は圭太の腕の中で崩れていった。
←前話 次話→
深海魚 1 から読む
■静×圭太 関連<SS> ― 願い ―
■河村 圭太 関連作 翠滴 2
わが目が信じられず、ぎこちない動きで静を振り返った圭太は驚愕と恐怖に瞠目した。
砂浜に寝かせていた筈の静の姿は無く、波間をゆく白いシャツの背中に静の悲しみを知る。
掌から抜け携帯が砂の上に落ちた。
「シズカーーーッ!!」
叫びながら砂浜を走り、波を蹴り飛沫を上げながら追いかけた。
圭太の呼びかけに、何も反応を示さない背中に、再び恐怖し焦りだす。
腰の深さまで進んだ静の身体が急に深くなった海底にバランスを崩し、そのまま大きく傾いだ。糸の切れた操り人形のように、何の抵抗も無く海水の中に身体が崩れ落ちた。
「シズカッ!!」
泳いで何とか追いついた圭太の腕が静の身体を掴まえ浅瀬へと引き寄せる。
「バカ!なにやってんだお前はっ」
強く肩を揺さぶられ、緩慢に顔を向ける静の瞳には、感情というものが見えない。
「シズカ、シズカ! 俺がわかるか?」 鳶色の瞳は揺れながら、圭太の顔を見上げた。
「・・・・圭太さん?」
無表情だった瞳の焦点がゆっくり結ばれていき、やがて大きく見開かれていく。
瞳の中の怯えに圭太は後悔と愛おしさが渾然となり、胸が苦しくなる。
静の視線が自分の腕を掴む圭太の掌にゆっくり落ちた。
「俺に・・・触らないでくれ、圭太さん」
呟くような小さな声だが、波音に消される事も無くはっきり聞こえた。
「シズカ?」
「俺に、触るなーーっ!!」
静が叫ぶと同時に乱雑に圭太の腕をもぎ離し、圭太から離れた。波の抵抗の中を身を翻し、さっきバランスを崩し倒れそうになった深みに向かおうとする。すぐに追いかけた圭太は再び捕まえた腕をねじり上げた。言葉にならない声を上げながら、なおも抵抗する静の身体を抱きこんだ。
「圭太さん、離して、離してくれ。俺は醜いから、汚れているから!
だから・・・だから洗うんだっ!離せーーっ!」
暴れながら、静の声は絶叫に変わる。
怒りと絶望に満ちた鳶色の瞳はぎらついた光を放ち、狂人のごとく震えた。
「俺は、汚い。穢れてる。俺は、オレは・・・・・!」 その頬が、鋭い音を立てて鳴った。
「落ち着け、シズカ!!」
荒い息をつきながら、静は圭太を見つめた。今まで圭太に手を上げられた事は無かった。
濡れそぼり、血の気を失った圭太の髪の毛や輪郭から海水が滴っている。
「お前は、どこも汚れてなんていないし、醜くもない! 薫や俺が大事にしてきたままのシズカだ。それなのに、お前は、お前の事が可愛くてしょうがない薫や俺を置いて、何処へ行く気だ?」
トーンを落としても柔らかく張りのある声に、瞳の中の狂気が次第に鳴りを潜めていく。気付けば自分を強く抱きこんだ腕が小さく震えている。
「お前、一体 伊原と何があったの? メールにあった"アンフェア” って、何なんだ?」
静の中に重い衝撃が走った。
「言えよ、シズカ。なんでこんな事になるんだ?お前は、伊原とちゃんと付き合ってたんじゃないのか?頼むから、俺にちゃんとわかるように説明してくれ」
正気の戻った静の目が大きく見開き、深い絶望の色に染まった瞳を隠すように目蓋が落された。圭太は携帯を見たに違いない・・・静は、自分が携帯をどうしたのかすら思い出せなかった。
だが、一番知られたくない圭太に知られてしまった。もう隠す価値のあるものなど、何も無い。
「伊原さんは、一晩寝たらシーラカンスの譲渡を考えてもいいって言ったんだ」
「一晩って・・・・何言ってるんだ、お前は?」
驚きと怒りで、圭太の目が吊り上る。
「なんで、あの店に拘る?よりによって伊原なんかの。バーなら、他にいくらだってあるだろう?」
静の鳶色の瞳から、涙が零れ落ちた。
伏せられていた瞳が、真っ直ぐに圭太を見る。
「俺があの店を離れられないのは、圭太さんが設計した店だからだ」
陽光の差していた空はまた厚い雲に覆われ、灰色の雲が低く垂れ込めている。
頬をぬくもりが通り過ぎては、またすぐ冷えていく。言葉にすれば全てが終わる。
このまま、空が堕ちてくればいいと静は願う。
「好きなんだ。圭太さん」
頬に触れた指先は冷え切って涙ほど温かくは無かったが、涙のようにすぐに去っては行かなかった。
重なる唇は、色を失っているのにとても熱い。柔らかい熱に静はうっとりと目を閉じる。
「お前はどうして。こんなにボロボロになる前に、なぜ・・・・」
圭太の声が、耳元で悔しげにつまった。
自分のために圭太が泣いている。・・・・ああ、圭太さんが好きだ。
冷え切った皮膚の下の体温が触れ合う肌を通じて互いを行き来する。
唇には優しい熱がある。
このぬくもりに包まれていられるなら、他には何もいらない。
シーラカンスも、願いをかけた鬚でさえも。
本当は、自分の身体はあのまま深い海に沈んでいて、深海を漂っているのかもしれない。
夢ならそれでもいいから、このままもう少しこの時間が続いてはくれないだろうか?
意識は波間を漂い、力を失くした静の身体は圭太の腕の中で崩れていった。
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■河村 圭太 関連作 翠滴 2
□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
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圭太と一緒になって心臓止まるかと思いましたよ!!!
またしーちゃんの姿が無くなってどうなったのかと…。
はぁ~~ドキドキしましたぁ(;´Д`)
そしてそして…さ、さり気にチッスしましたか、圭太さん?
キャーーー゜+.゜.(⊃Д`*)゜+.゜
目を覚ました時に、ちゃんと圭太も気持ちを伝えてあげて欲しいですね…ここまでボロボロになってしまったしーちゃんを救えるのは、圭太の愛しかない!
しっかりと教え込んであげてねぇ~圭太ぁ~~!
お兄ちゃんがこの事知ったら、とんでもない事になりそうですねぇ…メディア動かして伊原を抹殺しそうだ。