04 ,2009
深海魚 24
「あいつ、一体なにを・・・・」
呟く声が、風に震えて消えた。
漸く、伏した体がぐらリ、とよろめきながらも立ち上がると、静は覚束ない足取りで真っ直ぐ
海を目指す。
湧き上る胸騒ぎに戦慄した。
「シズカァーーッ!!」
叫んだ声は風に煽られて空に吸い込まれてゆく。
圭太は身を翻すと、セカンドハウスを飛び出した。
裸足のまま冷たいアスファルトの坂を走ってくだり、ガードレールを超えて砂浜に飛び降りた。
「シズカ!!」
身も凍りそうな風が抜ける冬の砂浜に人影はなかった。静のいた場所にも、白く寒々しい色の砂浜のどこにも静を見つけられない。唯一、海水に洗われた砂の上に残された新しい足跡を波が持ち去ろうとしているのを見つけ、圭太の心臓が跳ね上がった。
名を叫び、一直線に海を目指して走りながらガウンとセーターを脱ぎ捨てる。迷わず静の足跡を追って波間に分け入った。
残された今にも消えそうな浅い足跡の頼りなさに、ひたりと冷たいものが心臓を撫でる。
心臓麻痺を起こしそうなくらい冷たい海水が、圭太を押しつぶそうと身体を圧迫する。こういう時こそ冷静でいなければ。そう焦る気持ちを捩じり伏せ、辺りを見まわし目を凝らす。曇り空の外光は弱く水底は暗い。
早く、早く見つけないと手遅れになってしまう。
冷たく暗い静寂の世界は、絶対の孤独を連想させる。
シズカ
絶対に見つける・・・そう思っていないと、頭がパニックに陥ってしまいそうだ。
焦る気持ちが、更なる焦りを呼び、潜って一分も経っていない筈なのに、もう何時間もここにいる気分になる。一旦、息継ぎをしないと、そう思いながらも海中に留まり動けないでいた。口から大きな気泡が出て、いよいよこれまでかと思った時、一筋の光が海中に差し込んできた。雲が切れたのか、幾筋もの光が降りてきて束となり溶け合い、みるみる広がってゆく。
絶望に沈みそうだった世界に光が満ち溢れ、その光の中をゆっくり沈んでいく静の姿がぼんやりと浮かび上がった。即座に方向を変え追いかけた。時間が無い。
シズカ!!
心の中で叫び、その姿に手を伸ばす。閉じていた静の瞳がうっすらと開いた。
暗い海底を背景に差し込んだ日差しの中で、白いシャツを着た静の身体がぼうっと光って見えた。
青白く目蓋を閉じた顔がわずかに微笑み、指先がこちらに伸ばされたような気がした。
その微笑を見た瞬間、頭と心の中で同時にピントが会い、一面深緑のモノクロームの海底に鮮やかな色が付いたように感じた。微笑が消え、再び瞳を閉じ沈んでゆくシズカのすぐ下を、黒い大きな魚影が横切り、ピタリとシズカの躯の下に付いた。
怪魚 まるで、ゆっくりと沈む静を誘(いざな)うかのように、ゆるりゆるりと速度を合わせてついて行く。
ゾワリと寒気がした。
水圧が高まる中、渾身の力で手を伸ばしシズカの手首を捕まえた。
腕を引き抱き寄せると、静に付いていた怪魚がゆっくり濁った眼(まなこ)を向けてくる。
襲われるのかと思ったが、そのまま巨大な魚は暗い海底へと姿を消した。
やっとのことで浜辺に引き上げ、乱れる息を整えて人工呼吸をする。
合間に何度も名前を呼んだ。
海水で冷え切った肌には色がなく、反応も無い。何とか体温を取り戻したくて、頬や皮膚も擦る。
静の目は、睫の綺麗なカーブを下げたままで、美しい鳶色を出し惜しみしているかのようだ。その時になって初めて静の鬚が剃り落とされていることに気がつき、圭太の中を衝撃が走った。だが、今はこんな事に拘っている場合ではないのだと、無理矢理思考から切り離す。ちぐはぐに釦のかけられたシャツを開くと、体中に散らばる眼を背けたくなるような鬱血痕に、思わず頬が歪んだ。
早く、早く・・・目を覚ませ、シズカ。シズカ。
心臓マッサージに切り替え、名前を叫びながら胸を強く2回圧した時、シズカはゴフッと少量の水を吐き出し息を吹き返した。苦しそうに噎せる静の姿に、目じりが熱くなる。
幸い救出が早かったらしく、それ以上、海水を吐き出すこともなく、発作のような噎せ込みもすぐに止んだ。
「シズカ、しっかりしろ! 聞こえるか?」
薄らと開いた瞼の下の鳶色の虹彩は、なにも感情も示さず、ただ空に向けられている。
「すぐに救急車を呼ぶから、待ってろよ!」
圭太はシズカを、気道を確保するラテラルポジションにして寝かせると、脱ぎ捨てたガウンを取りに走った。ポケットの中に携帯が入っている。が、辿り着くまでに、静の携帯が砂の上に落ちているのを見つけた。急いで拾い上げ、フリップを開く。
目に飛び込んできたその画面に、圭太は凍りついた。
←前話 次話→
深海魚 1 から読む
関連<SS> ― 願い ―
呟く声が、風に震えて消えた。
漸く、伏した体がぐらリ、とよろめきながらも立ち上がると、静は覚束ない足取りで真っ直ぐ
海を目指す。
湧き上る胸騒ぎに戦慄した。
「シズカァーーッ!!」
叫んだ声は風に煽られて空に吸い込まれてゆく。
圭太は身を翻すと、セカンドハウスを飛び出した。
裸足のまま冷たいアスファルトの坂を走ってくだり、ガードレールを超えて砂浜に飛び降りた。
「シズカ!!」
身も凍りそうな風が抜ける冬の砂浜に人影はなかった。静のいた場所にも、白く寒々しい色の砂浜のどこにも静を見つけられない。唯一、海水に洗われた砂の上に残された新しい足跡を波が持ち去ろうとしているのを見つけ、圭太の心臓が跳ね上がった。
名を叫び、一直線に海を目指して走りながらガウンとセーターを脱ぎ捨てる。迷わず静の足跡を追って波間に分け入った。
残された今にも消えそうな浅い足跡の頼りなさに、ひたりと冷たいものが心臓を撫でる。
心臓麻痺を起こしそうなくらい冷たい海水が、圭太を押しつぶそうと身体を圧迫する。こういう時こそ冷静でいなければ。そう焦る気持ちを捩じり伏せ、辺りを見まわし目を凝らす。曇り空の外光は弱く水底は暗い。
早く、早く見つけないと手遅れになってしまう。
冷たく暗い静寂の世界は、絶対の孤独を連想させる。
絶対に見つける・・・そう思っていないと、頭がパニックに陥ってしまいそうだ。
焦る気持ちが、更なる焦りを呼び、潜って一分も経っていない筈なのに、もう何時間もここにいる気分になる。一旦、息継ぎをしないと、そう思いながらも海中に留まり動けないでいた。口から大きな気泡が出て、いよいよこれまでかと思った時、一筋の光が海中に差し込んできた。雲が切れたのか、幾筋もの光が降りてきて束となり溶け合い、みるみる広がってゆく。
絶望に沈みそうだった世界に光が満ち溢れ、その光の中をゆっくり沈んでいく静の姿がぼんやりと浮かび上がった。即座に方向を変え追いかけた。時間が無い。
シズカ!!
心の中で叫び、その姿に手を伸ばす。閉じていた静の瞳がうっすらと開いた。
暗い海底を背景に差し込んだ日差しの中で、白いシャツを着た静の身体がぼうっと光って見えた。
青白く目蓋を閉じた顔がわずかに微笑み、指先がこちらに伸ばされたような気がした。
その微笑を見た瞬間、頭と心の中で同時にピントが会い、一面深緑のモノクロームの海底に鮮やかな色が付いたように感じた。微笑が消え、再び瞳を閉じ沈んでゆくシズカのすぐ下を、黒い大きな魚影が横切り、ピタリとシズカの躯の下に付いた。
怪魚
ゾワリと寒気がした。
水圧が高まる中、渾身の力で手を伸ばしシズカの手首を捕まえた。
腕を引き抱き寄せると、静に付いていた怪魚がゆっくり濁った眼(まなこ)を向けてくる。
襲われるのかと思ったが、そのまま巨大な魚は暗い海底へと姿を消した。
やっとのことで浜辺に引き上げ、乱れる息を整えて人工呼吸をする。
合間に何度も名前を呼んだ。
海水で冷え切った肌には色がなく、反応も無い。何とか体温を取り戻したくて、頬や皮膚も擦る。
静の目は、睫の綺麗なカーブを下げたままで、美しい鳶色を出し惜しみしているかのようだ。その時になって初めて静の鬚が剃り落とされていることに気がつき、圭太の中を衝撃が走った。だが、今はこんな事に拘っている場合ではないのだと、無理矢理思考から切り離す。ちぐはぐに釦のかけられたシャツを開くと、体中に散らばる眼を背けたくなるような鬱血痕に、思わず頬が歪んだ。
早く、早く・・・目を覚ませ、シズカ。シズカ。
心臓マッサージに切り替え、名前を叫びながら胸を強く2回圧した時、シズカはゴフッと少量の水を吐き出し息を吹き返した。苦しそうに噎せる静の姿に、目じりが熱くなる。
幸い救出が早かったらしく、それ以上、海水を吐き出すこともなく、発作のような噎せ込みもすぐに止んだ。
「シズカ、しっかりしろ! 聞こえるか?」
薄らと開いた瞼の下の鳶色の虹彩は、なにも感情も示さず、ただ空に向けられている。
「すぐに救急車を呼ぶから、待ってろよ!」
圭太はシズカを、気道を確保するラテラルポジションにして寝かせると、脱ぎ捨てたガウンを取りに走った。ポケットの中に携帯が入っている。が、辿り着くまでに、静の携帯が砂の上に落ちているのを見つけた。急いで拾い上げ、フリップを開く。
目に飛び込んできたその画面に、圭太は凍りついた。
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
ご訪問、ありがとうございます。
昨日は、本来なら更新日でしたのに、お休みをしまして、すみませんでしたm(_ _)m
明日も更新します!!・・・(言っちゃっていいのかな・・・・アタシ・・ドキドキドキ・・・・・)
そういえば、13話でこの記事の挿絵モドキを入れたんですけれど、あの時の予定では16か17話で、このシーンが来るはずだったんですね(苦笑~)
もう一回、載せてもいいでしょうか?・・・イエイエ、冗談です(笑)
もし、まだ見てなくて、ご興味をお持ち方は、こちらの→イラスト倉庫からどうぞ♪絵をクリックしていただいたら、画像が鮮明になります。
それと、23話の、拍手がランキング復帰後、はじめて『24』もついていました~すごい!ウチでは滅多にお目にかかれない高い数字なので(笑)嬉しいです♪ みなさまに、読んで頂けていると思うと、嬉しいやら照れるやら・・・本当にありがとうございます!
4月15日・拍手鍵コメの[ j ]さま、お返事はこちら↓にUPしています♪
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明日も更新します!!・・・(言っちゃっていいのかな・・・・アタシ・・ドキドキドキ・・・・・)
そういえば、13話でこの記事の挿絵モドキを入れたんですけれど、あの時の予定では16か17話で、このシーンが来るはずだったんですね(苦笑~)
もう一回、載せてもいいでしょうか?・・・イエイエ、冗談です(笑)
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それと、23話の、拍手がランキング復帰後、はじめて『24』もついていました~すごい!ウチでは滅多にお目にかかれない高い数字なので(笑)嬉しいです♪ みなさまに、読んで頂けていると思うと、嬉しいやら照れるやら・・・本当にありがとうございます!
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よく、よく間に合ってくれた゜+.゜.(⊃Д`*)゜+.゜
しーちゃん…精神的にもかなりヤバイですよね……元のしーちゃんに戻れるのかな…圭太の愛の力次第ですよね、きっと。
携帯の写真が…うぅ、痛い(;つД`)
メルまで読めば、少しは圭太も分かりますよね?!ね?!
必死にしーちゃんを探して手を伸ばす圭太に惚れ直しましたよ…もっと惚れさせて下さい!!!
明日も?明日も更新あるんですか?!
わーーーー!!!!ドキドキしながらお待ちしてます!