04 ,2009
深海魚 23
思えば、これまでいつもシズカの鳶色の瞳と目を合わせていた気がする。
まだ静に幼さの残る時分から、薫とともに弟として愛しんできた。ともにすごした長い年月の節々で、自分を見つめる瞳と目が合った。元々、優しい性質を持つ少年だった。
はじめは憧れ慕うだけだった瞳は、いつしか成長とともに強さや深い慈しみといったものを具えていった。
父親と揉めて大学を辞めアメリカに留学を決めた時も、享一と別れた時も、振り向けばそこにいて鳶色の瞳でさり気なく気遣ってくれる。
追いかければ遠く離れてしまう。逃げ水のように圭太の目線からするりと抜けてしまう昨夜のシズカの態度に、心が動揺している。いや、それだけじゃない。自分の心の深層を探ると、そこには確かに怒りとか嫉妬といった身勝手な感情が渦巻いている。
バレンタインに静を、ここ葉山に送り届けて以来、圭太を捉え続けた想いは、今や圭太の否定を押し退け、完全な形を成していた。肌を切るような冷たい潮風が、切り立った岸壁で砕けた細かい波の飛沫を舞い上げ、圭太の癖のある髪の毛を弄り体温を奪ってゆく。圭太は、年甲斐にも無く暴走を始めた静への恋心に、冷え切った眉を顰めた。
ようやく気付いて観念し、その想いを認めたとしても、いつもいるはずの場所には既に肝心のシズカの姿はない。
手を伸ばせば、僅かに届かない位置までさりげなく身体を引く。圭太を避けるような昨夜の態度を思い起こすと、どうしようの無いもどかしさや憤りがわきおこる。
感情のままに、あの繊細な指を持つ手指を捻りあげ、態度の変化の理由を厳しく問いただしたい。邪魔な鬚の生えた細い顎を押さえつけて、謝罪を紡ぐであろう唇を強奪したい。自分の中に潜在する、凶暴な欲望と感情が蠢き出すのを抑えられない。
何度も、潮の混ざった凍てつく空気を吐いては吸い込んだ。
頭が冷えない。
伊原はそう言った。自分は伊原や雅巳とは違うのだと思いたい。なのに今、シズカを捩じり伏せたいと望む自分がいる。
これまで、シズカにこんな欲望を感じたことは無かった。『シズカ』と名を口に出さなくとも、振り返ればいつもそこにいて、柔かく澄んだ明るい色の瞳が俺の言葉を待っていた。
身内として大切にしてきたつもりだった。
静かに自分に起こる全ての諸事を受け止めようとする瞳に不図、似た感じの目をするもう1人の男の顔が浮かぶ。
時見 享一。永邨 周(あまね)を忘れようと決意した享一の瞳は、誠意をもって圭太を受け入れようと覚悟を漂わせる一方で、周に対する切ないまでの深い想いに苦しんでいた。
シズカ。シズカの瞳は、享一と違い真っ直ぐに自分に向けられている。ただ、ただ柔かく優しい瞳に、俺は安心しきって甘えていたのかもしれない。兄キ面をして庇護していたつもりが、実は静の繊細で柔らかな襞を持つ心に甘えていただけと気付いても、もう遅い。
あの瞳はもう自分を受け止めることはない。
心の柔かい部分を掠め取られたような喪失感が圭太の胸が塞ぐ。
「シズカの決めたことだ。何を今更、俺は・・・」
女々し過ぎだ。そう呟きながらも視線は、伊原の別荘の方に向いてしまう。
オレンジ色のスペイン瓦を頂いた屋根は静かな休日の朝の眠りを貪っているようだ。
今もあの別荘にシズカはいるのだろうか?自分の下品な邪推に呆れて自嘲した。
その別荘の影から人影が飛び出してきた。砂浜を歩くその人影に目が釘付けになる。離れていてもその細身のバランスのとれたシルエットから、それが誰であるかはすぐにわかった。
「シズカ・・・?」
やっぱり、お前は伊原と
わかってはいても、鳩尾辺りに重たい拳を喰らったような衝撃を感じた。
不意に、そのシルエットが砂浜の上で転ぶ。驚き、目を凝らすと裸足であることが見て取れる。転んだ拍子に捲れたシャツの裾から肌の色が見えた。
何か様子がおかしい。
この寒空に、黒いスラックスと昨夜と同じだと思しき白いウィングシャツを一枚羽織っただけの薄着だ。
肩に羽織った保温性に優れたカシミヤのガウンの下で鳥肌が立つ。
暫らく砂の上に伏していた体が、緩慢で重たげな動作で漸く膝を突き、砂の上で四つん這いになるとそのまま動作が止まってしまう。かくんと項垂れたままの頭部は、髪が冷たい風に玩ばれ持ち上がることは無い。
強風に煽られシャツの裾がめくれ上がると、素肌が晒されて腹や背中が剥き出しになった。皺の寄ったシャツのボタンが、ちぐはぐなのがこの位置からも見て取れる。
どこか常軌を逸したその光景に、圭太はゾっとした。
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深海魚 1 から読む
■静×圭太 関連<SS> ― 願い ―
■河村 圭太 関連作 翠滴 2
□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
いつも、ご訪問くださるみなさま、本当にありがとうございます。
めずらしく、連続3日目の更新でございます。思えば、去年はこのペースで更新していたような・・・
なんということは無く、タネを明かしますとこの辺りの記事は前に書いていたものなのです(とは言っても、そのままでは出せないんですけれど・・・苦笑)
明日以降はまだ白紙なので、元のペースに戻るとは思いますが、なるべく詰めてお送りしたい・・・という”気持ちだけ”はありますので、今後ともよろしくお願い致します。
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今度こそ、間違えないようにしてほしいです。
それとももう一波乱あるのでしょうか?
気になって、私の原稿は白紙のままです(笑)。
(patiコメのお返事を日記にてさせて頂きます。感激! ありがとうございました♪)