04 ,2009
深海魚 22
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おはよう、静。
残念だけど、仕事でトラブルが発生した。一足先に東京に戻ります。
昨夜は、アンフェアな手を使ってすまなかった。僕は君に完全に参ってるんだ、
これほど誰かを好きになったことは今まで無かった。どうか許してくれ。
僕は、君を恋人にするよ。いつも綺麗な君だけど、昨夜の君は眩暈がするほど可愛かった。
証拠写真を添付しておく。写メは他にもたくさん撮ってある。
今夜、迎えに行くから起き上がれるようだったら、用意しておいてくれ。
胸ポケットの合鍵は君のだ、持っておいて。また、連絡する。
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添付された画像を見て、嫌悪に全身の血液が音を立てて凍りついた。
画像は小さいながらも自分だとはっきりわかる。目元を紅く染め、瞳を潤ませて快感によがり狂った顔の両側に自分の膝裏がある。睫の下の鳶色は淫蕩を極め、唇は愉悦に歪んでいる。皮膚の下に隠れる、不誠実で矮小な自分の正体を見た気がした。
声にならない笑いが洩れた。
赦しを請うた、その舌ですぐ脅迫を繰り出す伊原と俺、どっちもどっちじゃないか。
銀色の鍵が、トイレの底に沈み流れていくのを何の感慨もなく見つめた。
トイレの水音がおさまると波の音が耳についた。バスルームの窓の端に設えられたガラスのジャロジーが開いていて、そこから冷たい冷気とともに潮騒が流れ込んでいる。
帰りたい・・・ただ、そう思う。シーラカンスが無性に恋しかった。
だがシーラカンスは、もう自分の帰れる場所ではない。静は立ったまま長い睫を下ろし潮騒に身を任せた。思考が波間に散り散りに千切れて呑込まれていくのを感じ、冷たい海風に、自分が浄化されて行くような気がした。
このまま、潮騒に連れ去られてしまいたい。
頬を濡らす涙を拭おうと頬に手の甲を当てた時、違和感に気付いた。震える手で顎のラインをなぞり、恐る恐るパウダールームにある大きな鏡の前に立った。そこには、よく知っている筈なのに、まったく見知らぬ気もする少年のような男が立っていた。
トイレでもどした。嘔吐きながら嗚咽する。再びメールの着信音がした。
追伸
驚いた?君の鬚は今朝、僕が落とした。
やっぱり君は美人だね、惚れ直した。
君は僕のものだ、シズカ。
愛している。
潮騒が、頬を撫でる。
帰りたい
春がそこまで来ているというのに、早朝の潮風は身を切るように冷たく、寒さというよりは、鋭い刃物で切りつけるような痛さと、骨までも凍てつきそうな冷たさが カシミアのガウンと、その下のセーターを容易にすり抜け肌に凍みてくる。
空は低く重たい雲が立ち込め海は鈍色の唸りをあげ白波が立っている。深く息を吸い込むと肺と同時に頭の中まで冷たく冴え渡るようだった。
昨夜遅くに梅原が車で迎えに来て二ノ宮は東京へ帰っていった。
2人の関係がいつからなのかわからないが、二ノ宮が圭太のセカンドハウスに泊まると連絡を入れると血相を変えて飛んで来て、渋る二ノ宮を宥めながら強引に連れ帰る梅原に、呆れつつも笑いが零れた。
冷たい潮風を肺に流し込むと、頭がじわりと覚醒する。
素面でも酔っ払い並みに煩く、息つく暇なく見事なくマシンガントークを繰り出す二ノ宮がいなくなり、これ幸いとベッドに入ったのに、殆ど眠れなかった。
伊原の昨日の言葉が蘇る。
『願掛けですよ。想いが伝わったら剃り落とすといっていました。
僕はね--答えるつもりです』
シズカは、本当に伊原と・・・?
キスシーンまで目撃したというのに、まだ頭のどこかが2人の関係を拒否していた。
昨夜のパーティーでのシズカの顔が頭から離れない。鳶色の瞳をこちらに向けているかと思い目を向けるとタイミングを合わせたかのように、僅かに逸らす。こんな風に、シズカの視線を意識したのは初めてかもしれない。思えば、今までシズカと視線が合わなかったことなど、記憶を探れど見つからない。
圭太は海を見下ろすバルコニーの手摺に凭れ、前髪を掻き揚げながら胸の動揺を灰色の空に向けて吐き出した。恨めしげともとれる流し目は、伊原の別荘の方向に向けられていた。
←前話 次話→
深海魚 1 から読む
■静×圭太 関連<SS> ― 願い ―
■河村 圭太 関連作 翠滴 2
おはよう、静。
残念だけど、仕事でトラブルが発生した。一足先に東京に戻ります。
昨夜は、アンフェアな手を使ってすまなかった。僕は君に完全に参ってるんだ、
これほど誰かを好きになったことは今まで無かった。どうか許してくれ。
僕は、君を恋人にするよ。いつも綺麗な君だけど、昨夜の君は眩暈がするほど可愛かった。
証拠写真を添付しておく。写メは他にもたくさん撮ってある。
今夜、迎えに行くから起き上がれるようだったら、用意しておいてくれ。
胸ポケットの合鍵は君のだ、持っておいて。また、連絡する。
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添付された画像を見て、嫌悪に全身の血液が音を立てて凍りついた。
画像は小さいながらも自分だとはっきりわかる。目元を紅く染め、瞳を潤ませて快感によがり狂った顔の両側に自分の膝裏がある。睫の下の鳶色は淫蕩を極め、唇は愉悦に歪んでいる。皮膚の下に隠れる、不誠実で矮小な自分の正体を見た気がした。
声にならない笑いが洩れた。
赦しを請うた、その舌ですぐ脅迫を繰り出す伊原と俺、どっちもどっちじゃないか。
銀色の鍵が、トイレの底に沈み流れていくのを何の感慨もなく見つめた。
トイレの水音がおさまると波の音が耳についた。バスルームの窓の端に設えられたガラスのジャロジーが開いていて、そこから冷たい冷気とともに潮騒が流れ込んでいる。
帰りたい・・・ただ、そう思う。シーラカンスが無性に恋しかった。
だがシーラカンスは、もう自分の帰れる場所ではない。静は立ったまま長い睫を下ろし潮騒に身を任せた。思考が波間に散り散りに千切れて呑込まれていくのを感じ、冷たい海風に、自分が浄化されて行くような気がした。
このまま、潮騒に連れ去られてしまいたい。
頬を濡らす涙を拭おうと頬に手の甲を当てた時、違和感に気付いた。震える手で顎のラインをなぞり、恐る恐るパウダールームにある大きな鏡の前に立った。そこには、よく知っている筈なのに、まったく見知らぬ気もする少年のような男が立っていた。
トイレでもどした。嘔吐きながら嗚咽する。再びメールの着信音がした。
追伸
驚いた?君の鬚は今朝、僕が落とした。
やっぱり君は美人だね、惚れ直した。
君は僕のものだ、シズカ。
愛している。
潮騒が、頬を撫でる。
春がそこまで来ているというのに、早朝の潮風は身を切るように冷たく、寒さというよりは、鋭い刃物で切りつけるような痛さと、骨までも凍てつきそうな冷たさが カシミアのガウンと、その下のセーターを容易にすり抜け肌に凍みてくる。
空は低く重たい雲が立ち込め海は鈍色の唸りをあげ白波が立っている。深く息を吸い込むと肺と同時に頭の中まで冷たく冴え渡るようだった。
昨夜遅くに梅原が車で迎えに来て二ノ宮は東京へ帰っていった。
2人の関係がいつからなのかわからないが、二ノ宮が圭太のセカンドハウスに泊まると連絡を入れると血相を変えて飛んで来て、渋る二ノ宮を宥めながら強引に連れ帰る梅原に、呆れつつも笑いが零れた。
冷たい潮風を肺に流し込むと、頭がじわりと覚醒する。
素面でも酔っ払い並みに煩く、息つく暇なく見事なくマシンガントークを繰り出す二ノ宮がいなくなり、これ幸いとベッドに入ったのに、殆ど眠れなかった。
伊原の昨日の言葉が蘇る。
僕はね--答えるつもりです』
シズカは、本当に伊原と・・・?
キスシーンまで目撃したというのに、まだ頭のどこかが2人の関係を拒否していた。
昨夜のパーティーでのシズカの顔が頭から離れない。鳶色の瞳をこちらに向けているかと思い目を向けるとタイミングを合わせたかのように、僅かに逸らす。こんな風に、シズカの視線を意識したのは初めてかもしれない。思えば、今までシズカと視線が合わなかったことなど、記憶を探れど見つからない。
圭太は海を見下ろすバルコニーの手摺に凭れ、前髪を掻き揚げながら胸の動揺を灰色の空に向けて吐き出した。恨めしげともとれる流し目は、伊原の別荘の方向に向けられていた。
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
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あんたって人は~~!
しーちゃんどうするんだろうなぁ……。
思い余った行動に移ったりとか…Σ( ̄□ ̄;)
案の定髭まで落とされちゃいましたか~涙
圭太ーーしーちゃんを頼むよぉ(;つД`)
2日連続で拝読出来たせいか、いつも以上に感情移入しちゃいました(大泣)
続きもお待ちしてますね!!