04 ,2009
深海魚 21
『カッコイイ・・・』
その日、静は名前だけいつも耳にしていた兄のクラスメイトをはじめて見て、そう思った。癖のある頭髪は利発そうな顔を柔かく縁取り、この年頃にはつきもののニキビひとつない甘いルックスの容を更に甘く際立たせている。形の良い鼻梁にかかる四角いフレームの眼鏡と、その奥の二重の切れ長の瞳の凍てつくような冷たい光が、顔全体の甘さをいい意味で裏切っていた。
兄の薫は付き合いは浅く広くというタイプで、よく学友だの遊び仲間だのを家に連れて来ていたが、落ち着き払った大人びた雰囲気が、それまでの歳相応にガサガサと落ち着きのない薫の友人たちとは一線を隔していた。
有名な大病院の息子だと聞いて、なるほど生まれが違うと自ずと纏う空気も違ってくるものなのかと、子供心に妙な納得をした。そんなことを考えながら、醒めた感じのハンサムな顔をボンヤリ見ていると、その整った顔が薫に紹介された自分に向けて唐突に相貌を崩した。
ぱっと胸の中が華やぎ顔が熱くなった。
「へえ、いいな。薫には弟がいたのか。可愛いな、名前は?」
「は、花隈 静(セイ)。5年生」
「俺はね、河村 圭太。よろしくな、静」
目線の高さに降りてきてくれた圭太の眼鏡の奥の瞳が、綺麗な弧を描きながらにっこりと笑う。頭に載せたれた掌の温もりにドキドキした。その日から、静にとって河村 圭太は憧れと羨望の人となり2人が夜遊びに行く時以外は2人にくっ付いて遊びに出かけた。
圭太はテニスクラブやゲームセンターに薫が弟を連れた来ても嫌な顔ひとつせず、まるで自分の弟のように可愛がり、テニスやスカッシュのフォーム、ゲームの攻略法、勉強なども静が習得するまで根気よく教えてくれた。こっちの方が似合うからと、静を、『シズカ』と呼び始めたのもこの頃からだ。
そんな、3人で遊ぶ日々も高校2の夏頃から兄らがそれぞれ恋人を連れ立って会うことが多くなり、3人のバランスが微妙に変化していった。早々とゲイとしての自覚を持っていた薫には年齢がまちまちの男の恋人が、圭太の隣にはいつも年上の綺麗な大人の女性がいた。
流動的に付き合う相手がめまぐるしく変わり、静が慣れた頃には次の彼女(彼氏)に変わっているという有様だ。
だがそれも、アメリカ留学から戻った圭太の隣に、ちょっと神経質そうな瞳を持った線の細い小柄な男性が並んだことで静の心は大きく変化した。一ヶ月にも満たない、ほんの短い間だったように思う。その男性は静と殆ど声を交わす事もなく、医師として発展途上の国へと赴いていった。初めて目にする圭太の傷心する姿に胸の辺りがキリキリと痛んだ。
それだけで充分だった。
兄の性癖を知っていた静は、圭太に対して生まれた胸を焦がす切なさを直ぐに理解した。
憧れは、狂おしいほどに相手を想う秘すべき恋へと変貌を遂げていた。
それからは、煌びやかな男女に囲まれ、恋人がしょっちゅう変わる圭太への恋心をひた隠し、弟のふりをして傍にいた。それが一番、圭太と永くいられる方法だとも思った。
この恋慕に眼を伏せてさえいれば、いつまでも圭太の傍で「弟」としている事ができる。
だが、恋は死んだ。
自らの禁忌を破り、もう少しだけと欲を出して、シーラカンスを欲しがったりしたからだ。
今更、汚れた自分を圭太に晒す事など出来はしない。
せめてと願った自らの欲が、何もかも奪い去っていった。
目を開けると、焦げ茶の荒削りな木製の回り縁のある白い天井が目に入った。身体中が鉛のように重く、四肢がバラバラに砕けているのだと思った。目を落とすと壁のフックに自分のウイングシャツとスラックスが吊ってある。昨日は部屋の中にもクローゼットの中にも無かった。
無意識に自分の服に近付こうと身体を動かすと、全身が悲鳴をあげる。腰の違和感に吐き気を感じ、激痛に床に膝を突きしゃがみ込む。それでも、一刻も早くあのシャツに袖を通したかった。ボロ雑巾のような身体に衣類を纏うとズボンのポケットに入っていた携帯がメールの着信を知らせる。
習慣で手が動き、指先がスライドを押し上げボタンを押す。
メールは伊原からで、その時になって初めて静は伊原の姿が無いことに気がついた。
←前話 次話→
深海魚 1 から読む
■静×圭太 関連<SS> ― 願い ―
■河村 圭太 関連作 翠滴 2
その日、静は名前だけいつも耳にしていた兄のクラスメイトをはじめて見て、そう思った。癖のある頭髪は利発そうな顔を柔かく縁取り、この年頃にはつきもののニキビひとつない甘いルックスの容を更に甘く際立たせている。形の良い鼻梁にかかる四角いフレームの眼鏡と、その奥の二重の切れ長の瞳の凍てつくような冷たい光が、顔全体の甘さをいい意味で裏切っていた。
兄の薫は付き合いは浅く広くというタイプで、よく学友だの遊び仲間だのを家に連れて来ていたが、落ち着き払った大人びた雰囲気が、それまでの歳相応にガサガサと落ち着きのない薫の友人たちとは一線を隔していた。
有名な大病院の息子だと聞いて、なるほど生まれが違うと自ずと纏う空気も違ってくるものなのかと、子供心に妙な納得をした。そんなことを考えながら、醒めた感じのハンサムな顔をボンヤリ見ていると、その整った顔が薫に紹介された自分に向けて唐突に相貌を崩した。
ぱっと胸の中が華やぎ顔が熱くなった。
「へえ、いいな。薫には弟がいたのか。可愛いな、名前は?」
「は、花隈 静(セイ)。5年生」
「俺はね、河村 圭太。よろしくな、静」
目線の高さに降りてきてくれた圭太の眼鏡の奥の瞳が、綺麗な弧を描きながらにっこりと笑う。頭に載せたれた掌の温もりにドキドキした。その日から、静にとって河村 圭太は憧れと羨望の人となり2人が夜遊びに行く時以外は2人にくっ付いて遊びに出かけた。
圭太はテニスクラブやゲームセンターに薫が弟を連れた来ても嫌な顔ひとつせず、まるで自分の弟のように可愛がり、テニスやスカッシュのフォーム、ゲームの攻略法、勉強なども静が習得するまで根気よく教えてくれた。こっちの方が似合うからと、静を、『シズカ』と呼び始めたのもこの頃からだ。
そんな、3人で遊ぶ日々も高校2の夏頃から兄らがそれぞれ恋人を連れ立って会うことが多くなり、3人のバランスが微妙に変化していった。早々とゲイとしての自覚を持っていた薫には年齢がまちまちの男の恋人が、圭太の隣にはいつも年上の綺麗な大人の女性がいた。
流動的に付き合う相手がめまぐるしく変わり、静が慣れた頃には次の彼女(彼氏)に変わっているという有様だ。
だがそれも、アメリカ留学から戻った圭太の隣に、ちょっと神経質そうな瞳を持った線の細い小柄な男性が並んだことで静の心は大きく変化した。一ヶ月にも満たない、ほんの短い間だったように思う。その男性は静と殆ど声を交わす事もなく、医師として発展途上の国へと赴いていった。初めて目にする圭太の傷心する姿に胸の辺りがキリキリと痛んだ。
それだけで充分だった。
兄の性癖を知っていた静は、圭太に対して生まれた胸を焦がす切なさを直ぐに理解した。
憧れは、狂おしいほどに相手を想う秘すべき恋へと変貌を遂げていた。
それからは、煌びやかな男女に囲まれ、恋人がしょっちゅう変わる圭太への恋心をひた隠し、弟のふりをして傍にいた。それが一番、圭太と永くいられる方法だとも思った。
この恋慕に眼を伏せてさえいれば、いつまでも圭太の傍で「弟」としている事ができる。
だが、恋は死んだ。
自らの禁忌を破り、もう少しだけと欲を出して、シーラカンスを欲しがったりしたからだ。
今更、汚れた自分を圭太に晒す事など出来はしない。
せめてと願った自らの欲が、何もかも奪い去っていった。
目を開けると、焦げ茶の荒削りな木製の回り縁のある白い天井が目に入った。身体中が鉛のように重く、四肢がバラバラに砕けているのだと思った。目を落とすと壁のフックに自分のウイングシャツとスラックスが吊ってある。昨日は部屋の中にもクローゼットの中にも無かった。
無意識に自分の服に近付こうと身体を動かすと、全身が悲鳴をあげる。腰の違和感に吐き気を感じ、激痛に床に膝を突きしゃがみ込む。それでも、一刻も早くあのシャツに袖を通したかった。ボロ雑巾のような身体に衣類を纏うとズボンのポケットに入っていた携帯がメールの着信を知らせる。
習慣で手が動き、指先がスライドを押し上げボタンを押す。
メールは伊原からで、その時になって初めて静は伊原の姿が無いことに気がついた。
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■静×圭太 関連<SS> ― 願い ―
■河村 圭太 関連作 翠滴 2
□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
いつもありがとうございます。
本当は更新日ではないんですけれど、明日は公私共にテンパリそうなので、
早めに更新します。
運良く用事が片付いたら、明日も更新します♪
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しーちゃんの圭太への向けた想いの始まりから…回想を通じて伝わって来る一途な想いが痛いですねぇ。
ボロボロになっちゃったしーちゃん。
伊原氏のメールは何を?!
予想が合ってればアレをコウって事なんでしょうが、それって今のしーちゃんには辛いよなぁとか(意味不明ですね、スミマセン/苦笑)
あぁ~~圭太!!どうやって掬い上げるか楽しみです!!
明日も拝読出来たら嬉しいですが、ご無理なさらずに~!