03 ,2009
深海魚 15
河村 圭太が開けようとしたノブを回すと、プライベートのダイニングがあり、その向こうにこちらに背を向けケータリングの食器を洗っている静のしなやかな後姿がある。
いつもなら、何組かこの別荘に残って海沿いの一夜を楽しんでもらうところだが、今日は全員自分の経営するリゾートホテルの方へ部屋を取り、移ってもらった。
もうこの別荘には、自分たち2人しかいない。
伊原は口角を吊り上げて笑うと、ダイニングのテーブルに山積みにされているゲスト達からの豪華な花束や誕生日の祝いの品には目もくれず、真っ直ぐ食器を洗い仕分けをする後姿に近付いた。
何も言わず、背後から食器を洗う腕ごと抱きしめると腕の中でほっそりとした体がビクリと驚き、続いてガシャンという硬質な音が響いた。
「あらら、ジノリが真っ二つだ」
「す、すみません」
「構わないよ、どうせ保険の範疇だ」
「河村君はもう帰ったよ」
「・・・・そうですか」
明らかに落胆し消沈していく気配が抱き締める背中を通して伝わってきた。
「後片付けはもういいよ。明日、ケータリングのスタッフがやってきて全てやってくれる」
「でも、今日中にと・・・さっき伊原さんが・・・」
「嘘。君が河村君ばかり見てるから、意地悪をした。
僕はね、君のありったけの気持ちに想われ続ける河村君に嫉妬しているのさ。僕の誕生日の願い事はね、君が河村君を諦めて、僕のことを愛してくれるようになることだ」
「一晩だけの約束です」
「君が満足しなければ・・・の話だろう?言っただろう、失望はさせない」
伊原は一旦、静の身体を離すと、その身体を自分に向けさせた。きちりとタイを締めたバーテンダー隙の無い装いの静の姿を検分するように見る伊原の目には、いつもの茶化すような色は無く、眼力で押し潰されてしまいそうな程の強い視線に静は耐え切れず顔を背けた。
「素敵だね、静君。特にそのレジメンタルタイはとても君らしい、よく似合っているよ」
「シズカって呼ばないんですね」
伊原は『シズカ』という呼び名を呼ばれるたびに、顔を曇らせる静を面白がって、朝から何度も口にしていたのに、ぴたりと呼ぶのを止めた。
伊原はそれには応えず薄く笑う。
「おいで」
静は差し出された手をすぐには取れず、その手を見詰めた。
伊原は、静を急かすことなく手を差し出したままの形で待っている。
やがて、諦めたようにおずおずと伊原の掌に自分の手を載せるとギュッと握りこまれ、掴まれた掌から体中に慄えが走った。鳶色の中に怯えの色が混ざり後悔が過る。
「怖がらなくていいよ。誰にだって最初はあるんだから・・・全て、任せてくれれば良い」
そう言うと、そのまま手を引き歩き出した。ダイニングを出て階段を上がる間も、伊原は時折、静を振り返り、愉悦と欲情、それに慈愛に似た色が綯交ぜになった表情で微笑んだ。
その欲情の狭間に垣間見える慈愛の顔に困惑し、今までとは違った別の種類の畏れが心の中に生まれる。
「どうぞ、入って」
暗い主寝室に入り伊原が空いた手を暗闇に伸ばすとパチという音とともに室内のフロアスタンドの仄かなあかりが灯る。正面に吐き出しの大きなガラス戸があり、月光で銀色に光る暗い海面を背景に、仄暗い室内に設置された この建物には不似合いのシンプルなソファや広いベットが映り込んでいる。
海が近い。
部屋に満ちる潮騒が、自分の知っている波の音ではないような気がして、自分がとんでもなく遠い処に来てしまったのだと感じた。
心もとなく立ち尽くす身体の背後で小さくドアの閉まる音がしたかと思うと、繋がれたままの手を強く引かれ、よろけた身体を伊原の腕の中に抱き込まれた。首の後ろに手が掛かり、顎の付け根まで延びた指に顔を固定され逃げる間もなく唇が重なってくる。先程、階下で受けた唇を重ねるだけの穏やかなキスとは違い、荒々しく歯を立て唇を割り深く押し入ってきた舌に口腔を蹂躙される感触にきつく目を閉じる。
衣擦れの音を響かせタイを抜き、スタッドを外して入り込んできた指に、心が悲鳴をあげパニックを起しそうになった。
←前話 次話→
■深海魚 1 から読む
■静×圭太 関連<SS> ― 願い ―
■河村 圭太 関連作 翠滴 2
いつもなら、何組かこの別荘に残って海沿いの一夜を楽しんでもらうところだが、今日は全員自分の経営するリゾートホテルの方へ部屋を取り、移ってもらった。
もうこの別荘には、自分たち2人しかいない。
伊原は口角を吊り上げて笑うと、ダイニングのテーブルに山積みにされているゲスト達からの豪華な花束や誕生日の祝いの品には目もくれず、真っ直ぐ食器を洗い仕分けをする後姿に近付いた。
何も言わず、背後から食器を洗う腕ごと抱きしめると腕の中でほっそりとした体がビクリと驚き、続いてガシャンという硬質な音が響いた。
「あらら、ジノリが真っ二つだ」
「す、すみません」
「構わないよ、どうせ保険の範疇だ」
「河村君はもう帰ったよ」
「・・・・そうですか」
明らかに落胆し消沈していく気配が抱き締める背中を通して伝わってきた。
「後片付けはもういいよ。明日、ケータリングのスタッフがやってきて全てやってくれる」
「でも、今日中にと・・・さっき伊原さんが・・・」
「嘘。君が河村君ばかり見てるから、意地悪をした。
僕はね、君のありったけの気持ちに想われ続ける河村君に嫉妬しているのさ。僕の誕生日の願い事はね、君が河村君を諦めて、僕のことを愛してくれるようになることだ」
「一晩だけの約束です」
「君が満足しなければ・・・の話だろう?言っただろう、失望はさせない」
伊原は一旦、静の身体を離すと、その身体を自分に向けさせた。きちりとタイを締めたバーテンダー隙の無い装いの静の姿を検分するように見る伊原の目には、いつもの茶化すような色は無く、眼力で押し潰されてしまいそうな程の強い視線に静は耐え切れず顔を背けた。
「素敵だね、静君。特にそのレジメンタルタイはとても君らしい、よく似合っているよ」
「シズカって呼ばないんですね」
伊原は『シズカ』という呼び名を呼ばれるたびに、顔を曇らせる静を面白がって、朝から何度も口にしていたのに、ぴたりと呼ぶのを止めた。
伊原はそれには応えず薄く笑う。
「おいで」
静は差し出された手をすぐには取れず、その手を見詰めた。
伊原は、静を急かすことなく手を差し出したままの形で待っている。
やがて、諦めたようにおずおずと伊原の掌に自分の手を載せるとギュッと握りこまれ、掴まれた掌から体中に慄えが走った。鳶色の中に怯えの色が混ざり後悔が過る。
「怖がらなくていいよ。誰にだって最初はあるんだから・・・全て、任せてくれれば良い」
そう言うと、そのまま手を引き歩き出した。ダイニングを出て階段を上がる間も、伊原は時折、静を振り返り、愉悦と欲情、それに慈愛に似た色が綯交ぜになった表情で微笑んだ。
その欲情の狭間に垣間見える慈愛の顔に困惑し、今までとは違った別の種類の畏れが心の中に生まれる。
「どうぞ、入って」
暗い主寝室に入り伊原が空いた手を暗闇に伸ばすとパチという音とともに室内のフロアスタンドの仄かなあかりが灯る。正面に吐き出しの大きなガラス戸があり、月光で銀色に光る暗い海面を背景に、仄暗い室内に設置された この建物には不似合いのシンプルなソファや広いベットが映り込んでいる。
海が近い。
部屋に満ちる潮騒が、自分の知っている波の音ではないような気がして、自分がとんでもなく遠い処に来てしまったのだと感じた。
心もとなく立ち尽くす身体の背後で小さくドアの閉まる音がしたかと思うと、繋がれたままの手を強く引かれ、よろけた身体を伊原の腕の中に抱き込まれた。首の後ろに手が掛かり、顎の付け根まで延びた指に顔を固定され逃げる間もなく唇が重なってくる。先程、階下で受けた唇を重ねるだけの穏やかなキスとは違い、荒々しく歯を立て唇を割り深く押し入ってきた舌に口腔を蹂躙される感触にきつく目を閉じる。
衣擦れの音を響かせタイを抜き、スタッドを外して入り込んできた指に、心が悲鳴をあげパニックを起しそうになった。
←前話 次話→
■深海魚 1 から読む
■静×圭太 関連<SS> ― 願い ―
■河村 圭太 関連作 翠滴 2
□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
前回の14話ですが、途中消しておく筈の文章をそのまま載せて更新してしまいました。
後で気が付いて削除しましたが、お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした
(ペコペコペコ・・・
21.22日のコメントへのレスは週明けになります。スミマセンm( _ _ )m
ブログ拍手コメントのお返事は、サイトの”もんもんもん”の
ブログ拍手コメ・メールのお返事からか、もしくは*こちら*から

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前回の14話ですが、途中消しておく筈の文章をそのまま載せて更新してしまいました。
後で気が付いて削除しましたが、お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした
(ペコペコペコ・・・
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もう、心臓がバクバクです!!
やっぱり・・・いっちゃうんでうよね?
いっちゃいますかぁ~?
あ~ん!!
圭太には悪いけど、この展開に悶えそう・・。(ぐふふっ・・)
でも、今日の伊原を見てると、彼は彼で切ないのかなぁ~?
静に想いを寄せても、通じ合う事のない事に・・なんとしてでも、手に入れようとしている伊原・・。
ううっ・・もどかしいですね・・・。
ふふっ・・でもクセになりそう!!
こんな展開でも(あっ・・失礼かしら・・?そう言う意味ではないですよ~笑)紙魚さまに掛かれば、何でこんなにも透明感溢れる文章になるのでしょうね~?
不思議・・・。
大好きです!!紙魚さま~!(笑)