10 ,2008
翠滴 1-3 隠れ郷4
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部屋に入ると、布団が用意されていた。
この家には、蛍光灯の灯りが無い。全て白熱灯だ。その薄暗い灯りが、この屋敷の
息衝いてきた時間と歴史に引きずり込む。静寂の中に建物の息遣いが聞こえそうだ。
なるほど、周(あまね)の言う通りだ。この空間に無粋な携帯や最新の家電があっても
ちぐはぐなだけだ。
「うぅーっ。 疲れた。頭、痛いかも・・・」
瀬尾から頻繁に着信の入る携帯を手放して、少しだけ心が軽くなって、また少し孤独に近付いた気がする。享一は布団に倒れこみ、そのまま撃沈した。
目の前に、昼間見た赤いフェアレディが止まる。
下品に、ぬめるような光沢を放つボディが 真っ赤な口紅を引いた女の唇のように
享一の瞳を誘った。
ドアが開いて降りてきたのは由利と瀬尾だ。エスコートされる由利の腹が大きく
膨らんでいる。その腹を、顔を見合わせた2人の手が愛しそうに撫でている。
自分の切望していた”幸せな家族”という形がそこにあった。
由利と見詰め合い、生まれ来る命に微笑みかけるのが、なぜ自分ではないのか?
「もう、産まれるの。私達、家族になるのよ。ゴメンネ、時見君。」
「ゴメンな。キョウ・・」
許しを請うような目を向けられて、余計に惨めな気持ちになる。
「謝るなーーっ!」絶叫した。
2人は、享一に憐れむような一瞥を投げて再び車に乗って去っていった。
泣いていた。辺りは真っ暗で、たった一人残された寂しさや切なさが胸を締め付ける。
涙が頬を伝って、顎から一粒また一粒と零れ落ちていき、足下に深緑の涙の泉が
湧いて、バランスを崩し仰け反らせた身体を飲み込んでいく。
仕方が無い。心は変わるのだから・・・
不意に延びてきた手に腕をつかまれ引き寄せられた。
後ろから抱きすくめられて驚いて身を捩ると 唇を塞がれた。
「享一、俺の子供を産めよ」
乱暴な口調に驚いて見上げると、何もかも燃え尽くしてしまうような翠の瞳に見据えられて胸が苦しくなり、喘いだ。
目の前の周(あまね)は夕方会った時の穏やかで紳士然とした大人の雰囲気を持つ男とは全くの別人格で、口調や表情に怖いくらいの凄味があった。
好印象を抱いていた享一は獣めいた周の男臭さに混乱した。
誰だ、コレハ?
「む、無理です周さん。俺、男ですから」
「大丈夫、この躯にちゃんと俺を埋め込んでやるから」
「え?えぇっ!」
恐ろしい事を口にして、圧し掛かられたところで、大声を上げながら目覚めた。
ゼイゼイと荒い息をつきながら、夢の中の周の瞳に閃いた猛獣のような猛々しい光を思い出し、両手で顔を覆う。指の間から覗く瞳が、恐怖で見開かれていた。
「こ・・怖えぇぇ・・・」
体中に嫌な汗を掻き苦しくて、気持ちの悪い汗で肌に張り付く布を剥がそうと、胸元に手をやると襟心の硬さが指先に触れる。着慣れないものを着たまま寝てしまった事が夢見に悪さの原因とばかりに乱暴に脱ぎ捨てた。
帯が解けず格闘したものの、何とか身から引き剥がした。
Tシャツとハーフパンツに着替え、人心地つくと着物用のハンガーに掛け、コンタクトを
外して眼鏡に替える。外気を入れる為に障子を開けた。
澄んだ夜の空気を肺一杯に吸い込むと、夜の濃厚な酸素が体内を巡る。
角部屋の張り出された窓に腰掛け、今になって安易に偽の花嫁役を引き受けてしまった事を激しく後悔した。
目まぐるしい程のスピードで変化する現実離れした展開に、ついて行けてない自分を
実感して、低く唸り声を上げて頭を抱えた。
「近所のおばちゃん集めて オーディションやってくれないかな」
満天の夜空に、溜息と共に叶わぬ希望をボソリと呟く。
部屋に入ると、布団が用意されていた。
この家には、蛍光灯の灯りが無い。全て白熱灯だ。その薄暗い灯りが、この屋敷の
息衝いてきた時間と歴史に引きずり込む。静寂の中に建物の息遣いが聞こえそうだ。
なるほど、周(あまね)の言う通りだ。この空間に無粋な携帯や最新の家電があっても
ちぐはぐなだけだ。
「うぅーっ。 疲れた。頭、痛いかも・・・」
瀬尾から頻繁に着信の入る携帯を手放して、少しだけ心が軽くなって、また少し孤独に近付いた気がする。享一は布団に倒れこみ、そのまま撃沈した。
目の前に、昼間見た赤いフェアレディが止まる。
下品に、ぬめるような光沢を放つボディが 真っ赤な口紅を引いた女の唇のように
享一の瞳を誘った。
ドアが開いて降りてきたのは由利と瀬尾だ。エスコートされる由利の腹が大きく
膨らんでいる。その腹を、顔を見合わせた2人の手が愛しそうに撫でている。
自分の切望していた”幸せな家族”という形がそこにあった。
由利と見詰め合い、生まれ来る命に微笑みかけるのが、なぜ自分ではないのか?
「もう、産まれるの。私達、家族になるのよ。ゴメンネ、時見君。」
「ゴメンな。キョウ・・」
許しを請うような目を向けられて、余計に惨めな気持ちになる。
「謝るなーーっ!」絶叫した。
2人は、享一に憐れむような一瞥を投げて再び車に乗って去っていった。
泣いていた。辺りは真っ暗で、たった一人残された寂しさや切なさが胸を締め付ける。
涙が頬を伝って、顎から一粒また一粒と零れ落ちていき、足下に深緑の涙の泉が
湧いて、バランスを崩し仰け反らせた身体を飲み込んでいく。
仕方が無い。心は変わるのだから・・・
不意に延びてきた手に腕をつかまれ引き寄せられた。
後ろから抱きすくめられて驚いて身を捩ると 唇を塞がれた。
「享一、俺の子供を産めよ」
乱暴な口調に驚いて見上げると、何もかも燃え尽くしてしまうような翠の瞳に見据えられて胸が苦しくなり、喘いだ。
目の前の周(あまね)は夕方会った時の穏やかで紳士然とした大人の雰囲気を持つ男とは全くの別人格で、口調や表情に怖いくらいの凄味があった。
好印象を抱いていた享一は獣めいた周の男臭さに混乱した。
誰だ、コレハ?
「む、無理です周さん。俺、男ですから」
「大丈夫、この躯にちゃんと俺を埋め込んでやるから」
「え?えぇっ!」
恐ろしい事を口にして、圧し掛かられたところで、大声を上げながら目覚めた。
ゼイゼイと荒い息をつきながら、夢の中の周の瞳に閃いた猛獣のような猛々しい光を思い出し、両手で顔を覆う。指の間から覗く瞳が、恐怖で見開かれていた。
「こ・・怖えぇぇ・・・」
体中に嫌な汗を掻き苦しくて、気持ちの悪い汗で肌に張り付く布を剥がそうと、胸元に手をやると襟心の硬さが指先に触れる。着慣れないものを着たまま寝てしまった事が夢見に悪さの原因とばかりに乱暴に脱ぎ捨てた。
帯が解けず格闘したものの、何とか身から引き剥がした。
Tシャツとハーフパンツに着替え、人心地つくと着物用のハンガーに掛け、コンタクトを
外して眼鏡に替える。外気を入れる為に障子を開けた。
澄んだ夜の空気を肺一杯に吸い込むと、夜の濃厚な酸素が体内を巡る。
角部屋の張り出された窓に腰掛け、今になって安易に偽の花嫁役を引き受けてしまった事を激しく後悔した。
目まぐるしい程のスピードで変化する現実離れした展開に、ついて行けてない自分を
実感して、低く唸り声を上げて頭を抱えた。
「近所のおばちゃん集めて オーディションやってくれないかな」
満天の夜空に、溜息と共に叶わぬ希望をボソリと呟く。
はーどきどき。
でもそのうちこれが正夢になるんですよね。
楽しみです^^
「ぬめるような光沢を放つボディが 真っ赤な口紅を引いた女の唇のように」
この一文が印象的でした~